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しおりを挟むところ変わって第二王子ルシアンの部屋では、やはりイアンに追い返された使者がお叱りを受けていた。
「せめて手紙くらいは置いてくればいいだろう!?」
「それもイアン殿が持って帰れと!」
「もういい!出ていけ!」
“結婚したい方がいる”
姉の衝撃的な発言に、ルシアンは頭を殴られたような衝撃に見舞われた。
姉は十八歳という貴族の結婚適齢期にも関わらず、婚約者も作らず今日まできた。
それは姉の気持ちを両親が尊重した結果だろう。
アナスタシアはその身体のせいで、他人と全く同じ生活を送ることが難しい。そして妊娠、出産は命を落とす可能性もあるのだ。
そんな自分と結婚するなんて相手に酷だ。
いつだったかアナスタシアが淋しそうに笑いながらそう言っていたのをよく覚えている。
それならそれでいい。大好きな姉を自分が一生守っていくのだとルシアンは決めていた。
姉は美しく、賢く、そしてなにより優しい。
忙しい両親のもとで淋しい思いをしていたルシアンに気づき、面倒を見てくれたのも姉だった。
十五になり、結婚も意識するようになったルシアンにとって、結婚相手の理想はやはりというべきかアナスタシアだった。
だから、万が一アナスタシアが結婚しなければならない時がきたら、相手は自分が見極め、認めた男でなければ許すことはできない。
だが今回に限っては相手を見極める必要もない。
ラザフォード侯爵家の歪な家族関係のことは、ルシアンっだってよく知っている。
ラザフォード侯爵とその愛人の子アーヴィング。おそらくその境遇から抜け出すために、優しい姉をたぶらかしたに違いない。
「見てろよ……その汚い性根を必ず暴いてやる……!!」
ルシアンは側に控えていた侍従にペンと便箋を持ってこさせると、ある人物に宛てて急ぎ筆を走らせたのだった……
*
慌ただしく時間は過ぎ、いよいよアナスタシアとアーヴィングが王家の直轄領へと赴く日がやってきた。
アナスタシアの身体のことも考えて、移動の合間の休憩と宿泊、それに馬の交換なども含めると、現地につくのは五日後の予定となっている。
王城の正門前には王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車と、警備を担当する騎士団員とその愛馬たちが勢揃いしていた。
出発するアナスタシアの見送りには、王太子ローレンスと第二王子ルシアン、そして宰相のロイド、アナスタシアの宮に勤める者たちが集まっていた。
アーヴィングとイアンは、途中で合流する手筈になっている。
「無理をするんじゃないぞ、シア!」
「シア姉さま、必ず無事に帰ってきてね!」
人目も憚らず抱きつく兄弟。アナスタシアは若干呆れながらも二人をきつく抱きしめ返した。
「あら、あなたたちも来てくれたの?」
見ればいつの間にか兄弟たちの後ろには、それぞれの相棒がちょこんと前足を揃えて座っていた。
「みゃっ!」
「わふっ!」
仲良く並ぶ二人の口には巨大なモグラと血の滴った肉がそれぞれ咥えられていた。
ハリーの肉は調理場から処理したばかりのものを持ってきたのだろうか、そしてイヴのモグラはおそらく朝採れの新鮮なやつだ。
可愛いと凄惨が融合した凄まじいヴィジュアルに衝撃を受け、アナスタシアは思わずのけぞった。
「せ、餞別にくれるの?でもこれはあなたたちの大切なものでしょう?」
幸いなことに二人の口からはダバダバ涎が垂れている。これを好機とみたアナスタシアは、さらに畳み掛けた。
「それにね、これはいつもあなた達の面倒を見てくれているお兄さまとルシアンにあげて欲しいわ。私は帰ってきた時に、あなたたちといっぱいぎゅーってできたらそれが一番嬉しいご褒美だわ」
「は?」
「え?」
兄弟が声を出すのと、イヴとハリーがアナスタシアの言わんとすることを理解したのは同時だった。
義理堅い猫と犬は、主人めがけて突進した。するとローレンスとルシアンは、聞いたこともないような叫び声を上げながら全力で走って逃げていった。
思いがけず兄弟から開放されたことで自由になったアナスタシアは、見送りに来てくれた者たち一人一人に挨拶をすることができた。
「よい報告をお待ちしております」
心からそう言ってくれているのだろう。ロイドの目は、まるで娘を送り出す父親のように優しく細められている。
「ロイド、留守を頼みます。それと……」
アナスタシアは口元を手で隠すようにしてロイドに囁いた。
「あなたのアドバイスを活かせるよう頑張るわ」
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