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しおりを挟む王都は夏の盛りだが、これから赴く直轄領は比較的冷涼な地域である。
身体の弱いアナスタシアにはちょうどいい静養にもなるだろう。
馬車を走らせて四時間ほど経った頃、アーヴィングとの待ち合わせ場所である集落に到着した。
馬屋の前には既にラザフォード侯爵家の家紋が刻まれた馬車が到着しております、馬の交換がされているところだった。
アーヴィングと、その隣にいたイアンはアナスタシアの乗る馬車に気づき、揃ってやってきた。
「待たせてしまったかしら、ごめんなさいね」
「いいえ、俺たちもさっき到着したばかりです」
「そう?それならよかったわ。それにしてもアーヴィング、あなた……」
アナスタシアは、アーヴィングの頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと見つめた。
なぜならアーヴィングの身なりがつい一週間前に見たときよりも随分と垢抜けていたからだ。
おそらくラザフォード侯爵が揃えたのだろう。息子に価値があると知り、すぐさま手のひらを返すその姿勢は、ある意味称賛に値する。
「へ、変ですか……?」
今日の彼は白の立て襟にクラヴァットを巻き、若草色が爽やかなウエストコートを着ていた。
素材の質も仕立ての良さも、どれをとっても貴族の令息に相応しい装いであったが、アーヴィング自身は着慣れない服に戸惑っているようだ。
良い物を身に着けると、それだけで自分がなにかすごいものになったような気になる者もいる。
(でも彼はなにを着ても……この先どんな地位に就いたとしても、きっとその内面は変わらないような気がする)
アナスタシアは静かに微笑んだ。
「ううん。とっても素敵よアーヴィング。その色、あなたのダークブロンドの髪にとっても似合ってる」
真っ直ぐに目を見て告げられた言葉に、アーヴィングは頬を染めた。
「イアン、あなたもご苦労様。お兄さまたちの従者を追い払ってくれたんですってね。ありがとう」
「いえ……任務ですから当然のことです」
お喋りな兄弟に囲まれて育ったアナスタシアは、二人の口数の少なさに心の中で苦笑する。お互いにどう思っているのかはわからないが、二人は案外気が合うのかもしれない。
しばらく談笑していると、馬の交換が終わったようで、御者が手を振っている。
「アーヴィング、私の馬車に乗って行きましょ」
「えっ!?」
「なにか不都合でも?」
「いえ、そういうことではありませんが……王族の馬車になんてそんな……」
「この旅であなたのことをたくさん知りたいの。だから乗って?」
アナスタシアは一歩前に出て、アーヴィングを下から見上げた。
真っ赤に染まる顔を見ると、なんだか悪いことをしているような気になるが、慣れてもらわなければ困る。
「……はい」
アーヴィングが弱々しい声で降参する頃には、初々しい二人を見守るように人の輪ができていた。
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