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1章
9ー2 ユリシス
しおりを挟む年に一度、貴族に名を連ねる者が一堂に会する夜会がある。この日だけはどんな末端貴族でも参加を許されるため、会場は王族に会えるチャンスを逃すまいと鼻息を荒くする者であふれ返っている。
「ユリシス。笑顔ね、笑顔。」
母上はそう言って僕の頬を優しくさする。
「……できる限り努力はします。」
父上の挨拶が終わり音楽が流れ出すのを合図に、我先にと僕たちの周りに人が押し寄せてくる。媚売りの始まりだ。
ただ媚を売るくらいなら僕だって目くじらを立てることはない。だが……
「陛下、こちらは娘のルイーズでございます。これがまぁなかなかに賢くて、見目もこのとおり美しく育ちまして…。毎日の激務でお疲れの陛下をお慰めする話し相手にいかがでしょうか……?娘も雄々しく美しい陛下の側に侍る事を心より望んでおります。」
この侯爵……さっき僕にタックルしてきた乳牛侍女のねっとりとした視線そのままだ。
こいつら、父上の側で母上が聞いているのをわかっていながらいつもこうやって自分の娘を王家に嫁がせようと売り込んでくる。
僕が生まれてからの9年間、父上と母上はこの上なく愛し合っていたが、残念な事に母上に懐妊の兆しは現れなかった。それを幸いとばかりに未だ若く美しい父へ侍ろうと、母上に敵意むき出しの令嬢が山ほどいるし、目の前の狸親父のように娘を側妃にと、呼んでもいないのに押し掛ける者が後を立たない。
「マホガニー侯爵、ルイーズ嬢、今夜はよく来てくれたね。見てごらんリュシエンヌ、とても可愛らしいお嬢さんだね。彼女を見てると君と初めて出会った頃を思い出すよ。」
父上が母上の腰を抱き寄せその頬を手のひらで包む。
「リュシー。君に出会えた私は本当に幸せ者だ………。」
父上、長い。母上を見つめすぎ。
「父上」
「あぁ、すまない。リュシーがあまりにも美しすぎてつい……ユリシス、ありがとう。失礼したねマホガニー、ルイーズ嬢。ルイーズ嬢にも良いお相手が現れると良いね、私達のように。では……。」
話を終わらされたマホガニー侯爵はアワアワと汗をかき、ルイーズ嬢は真っ赤になって震えている。
「おっ、お待ち下さいませ!!陛下、陛下はお気に召さなかったようですが、ユリシス殿下はいかがでしょうか!?娘は殿下より少し…年上ですが、なぁに、落ち着いた雰囲気で殿下を包んで差し上げられるでしょう。」
ほら始まった。いつもこれだ。
父上が駄目なら今度は僕。ルイーズ嬢もまんざらではないらしい。父親そっくりのねっとりした視線を僕に向けてきた。
「嬉しい申し出ありがとうマホガニー侯爵。だがルイーズ嬢が僕のような子供では物足りないでしょう。」
「そっ、そんな事ありませんわ!!美しいユリシス様のお側に置いてもらえるのでしたらわたくし………」
「軽々しく僕の名前を呼ばないでくれる?賢いと言う割には礼儀作法が身に付いてないようだね。」
今まで冷たくあしらわれた事などない人生だったのだろう。公の場で王子に叱られるなんて恥さらしもいいとこだ。
僕の拒絶の意を感じたのか、羞恥に震える娘を抱えマホガニー侯爵は挨拶もそこそこに逃げるようにその場から立ち去った。どうせまたすぐ他の貴族の元へ行き、同じ事をして回るのだろう。
「皆の気づかいはありがたいが、私とリュシーはこの通り今も変わらず互いを想い合い、ユリシスという最愛の息子も授かれた。これ以上望むものなどない。騒がしくして悪かったね。さぁ、存分に楽しんでくれ。」
父上の声に、マホガニーの後に続こうとしていた娘連れの貴族は諦めたように散っていく……かと思いきやギラギラした視線は僕の方に集結している。
「……アラン……僕は今からごくごく自然な早歩きで中庭に逃げるぞ。」
「………付いてきてくれって素直に言って下さい………言われなくても行きますけど……。」
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