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2章
19ー5
しおりを挟む何度交わったかわからない。
昼も夜もない。光を遮断した部屋でひたすらに責めては気を失わせた。
そして約束通り三日後、シモンは王宮からフランシスを跡形もなく消した。
俺から解放された彼女は空っぽになったフランシスの宮の前で力が抜けたように崩れ落ちる。
誰に聞いてもフランシスの行方を知るものはいない。
彼女は失意のうちに公国へ帰国した。
**************
「ジュリアン様……さすがにそろそろ……。」
リュシエンヌが公国へ帰ってから数ヶ月経ち、何の音沙汰もない。
あの後フランシスとの婚約を破棄する書類と共に同封した俺との婚約を結ぶ書類にサインがされて返送されてきた。おそらく彼女の意思じゃないだろう。
彼女とフランシスの事は特に騒がれる事もなかった。婚約者又は夫が何らかの不幸に見舞われた女性をその兄弟が娶るなんてのは王族でなくてもよくある話だから。
ただ、不幸に見舞われた弟の婚約者と婚約し、その女性に避けられ続けて交流もないのはいささか外聞が悪いし嫁いでくる彼女のためにならないとシモンは言いたいのだろう。
「そうだな…そろそろ何とかしないとな。」
そして半月後、俺はアルディエラへと旅立つ。
**************
見事なコントロールだ。
男たるもの惚れた女の怒りなら受け止めねばと思っていたが、これだけ当たると心が折れる。
本に花瓶に熱湯の入ったティーポットだけは避けたが最終的には結構重いだろう豪奢な椅子まで飛んできた。
確認済みのあの華奢な身体のどこにこれだけの力があるのか。
「よく私の前に平気で顔を出せるわね!!あれだけ数多の女性に手を出しておいてなぜ弟の婚約者に手を出す必要があるの!?この好色男!!」
……好色男…………これだけ長い間一人の女性を想ってきたのに好色男………。
「あなたなんかと結婚するくらいなら死んだ方がマシだわ!!あなたは私じゃなくたって誰でも良いんでしょ!?なら他の人と結婚しなさいよ!!そして私にフランシスを返して!!」
駄目だフランシス……これは無理だ……。
床に突っ伏して叫び泣く彼女の周りにはオロオロとする侍女。
騒ぎを聞き付けた彼女の父親が急ぎ俺を部屋から連れ出す。
「も、申し訳ないジュリアン殿!!娘は未だフランシス殿の事で心を痛めていて……どうか、どうか長い目で見てやってもらえないだろうか!!」
答えに惑う俺に大公は尚も続ける。
「なぁに、リュシエンヌがお気に召さぬようなら妹もいる!親の私が言うのも何だがこれもまた美しい娘で………。」
「いや……彼女以外は考えていない。」
「まぁまぁそう言わず一度顔を見てやってくれ。きっと気に入るはずだ。」
帰国前の晩餐を皆でとろうと言い残し大公は戻って行った。
**************
アルディエラに来て三日になる。
あれからリュシエンヌには会えていない。
俺の滞在する賓客用の離宮は綺麗に手入れされた庭の中に建っていた。青々と広がる芝生に懐かしさを憶える。
「ジュリアン様。またそんな裸足で……。」
シャツの前をくつろげて裸足で芝生に寝転がる俺を見付けてシモンがため息をつく。
「……懐かしくてな………。昔はよく必死になって裸足で王宮の庭を駆け回った。部屋から出れないフランシスに、たくさんの世界を見せてやりたくて……。」
花や草、虫に蝶に魚、川を流れる冷たい水まで……。形あるものなら何でも持って行った。
「ふふ…そうでしたね。薔薇園の薔薇を無理矢理千切りまくって血だらけになって、その姿を見たフランシス様が気を失った事もありましたね。」
「あれは俺が悪かった。でも朝咲きの薔薇を早く見せてやりたかったんだ。そのお陰でフランシスは朝から倒れたけどな。フフッ。」
今思えば俺の人生はいつもフランシスと共にあった。だけどもう俺は一人だ。たったひとりの唯一の王子。
「シモン……リュシエンヌの事はもう諦める。フランシスの最後の願いは俺では叶えてやれそうもない。」
俺が彼女じゃなければ駄目なように、彼女もフランシスでなければ駄目なんだ。
「全ての責は俺が背負う。最大限彼女に傷が付かないようにしてやってくれ。保証もな。」
「ジュリアン様はこれからどうなさるのです?」
「王家の男子はもう俺一人だ。早く婚姻を結ばねばならないだろう。……シモン、お前に任せるよ。俺を愛して、子を産んでくれる女性を探してくれないか。」
「………俺も、誰かに愛されてみたい………。」
愛する幸せはもう教えてもらった。
次は、愛される喜びを教えてもらいたい。
俺を励まし笑い返してくれるフランシスはもういない。
孤独の中でただ国を背負って生きるだけの人生はごめんだ。
「その代わり約束する。生涯ただ一人、その人だけを愛し続けるよ。だからシモン…よろしく頼む。」
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