【本編完結】マリーの憂鬱

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
242 / 331
7章

31

しおりを挟む





    「さぁ、残念ですけどそろそろ……。ジョエル様も戻られる頃です。」

    リンシア王女は申し訳なさそうに寄り添う私達を見る。
   
    「…ユーリ……。」

    わかってはいるけどやはり辛い。せっかく会えたのに。もう二度と会えなかったらと思うと怖くて離れられない。

    「マリー……お腹の子を一人で守らせる事になってしまってすまない。だが必ず君をジョエルの元から助け出す。だから私を信じて待っていてくれ。愛してるよ…私の大切な人。」

    ユーリは名残惜しそうに私を抱き寄せ、髪に、額に、頬に、最後に優しく唇にキスをした。

    「アラン、ユーリの事をお願い!そしてクリストフ様、皆さんもどうかご無事で……!」

    私は必死に涙を堪え、部屋を後にした。

    「さぁマリエル様!いかにも楽しくお茶会をしていたと思わせなければなりませんわ!」

    「はい!たくさん食べて飲んで笑いましょう!リンシア王女!」

    あと私達が皆のために出来るのは笑って送り出す事だけ。そしてジョエル様の目をどうにかして皆から逸らす事だけだ。

    そしてお茶の席へ戻ってしばらくするとジョエル様が私を迎えに来た。

    「マリー、迎えに来たよ。リンシア王女との話は楽しかったかい?……少し目が赤いね。何かあったの?」

    泣き腫らした目ばかりはどうにも誤魔化せない。でも私には今とても良い言い訳の材料がある。

    「…リンシア王女からお父様の憔悴した様子を聞いてつい…。」

    「そうか……リンシア王女、マリーは今心身共に不安定な状態ですからあまりその話は……」

    「エル、私がリンシア王女に無理を言って教えて貰ったの。リンシア王女は何も悪くないわ。むしろ黙っていてくれたのよ。だから…」

    真っ直ぐ目を見てお願いすると、ジョエル様は困ったように笑ってリンシア王女に謝罪した。

    「すみませんリンシア王女。私はマリーの事となるとつい……」

    「構いませんわ。仲がよろしくて羨ましいですわね。ねぇジョエル様?またマリエル様を連れて来て下さいませんか?」

    ジョエル様はおや?という顔をする。

    「リンシア王女とそんなに仲良くなったのマリー?」

    「ええ。私もまたお邪魔したいわエル。だって楽しくて全然時間が足りないんだもの………ダメ?」

私がリンシア王女に会いに来る間はさすがに王家の皆様に手出しするような事はないだろう。ユーリ達の準備が整うまでの間、出来るだけこの人の動きを遅らせたい。
    
    「私にはダレンシアに誰もお友達がいないし……。」

    元々いないけど。

    「わかったよマリー。リンシア王女、またお邪魔してもよろしいですか?」

    「えぇ、大歓迎ですわ!」




*************





    後ろ髪を引かれる思いで城を後にした私は今日の事を思い返しながら帰りの馬車に揺られていた。

    「疲れたかい?」

    不意に声をかけられここがジョエル様の膝の上だった事を思い出す。久し振りに抱かれたユーリの腕の中と全然違う。

    「ほんの少しだけ。でも連れて行ってくれてありがとう。とっても楽しかったの。ここに来てからずっと不安で寂しかったから…。ねぇエル?」

    「なに?」

    「今日は何をしてたの?」

    ふと、私達が話していた二時間ほどの間この人は一体どこで何をしていたのだろうかと疑問が浮かんだ。

    「あぁ…知り合いに会っていたよ。」

    「お知り合い?」

    誰だろう。母方の縁者だろうか。

    「ああ、王宮の専属医をしていてね。マリーの身体の事についてもよく聞いてきたよ。悪阻のひどい時はこうやって気分転換をするのも一つの手だって。だから今日は本当に良かったね。」

    王宮の専属医…!この人と繋がりのあるダレンシアの医師は一人しかいないはず。

    「お医者様のお知り合い?どんな方なの?……エルみたいに素敵な人?」

    私のお世辞に気を良くしたのかジョエル様の口が軽くなる。

    「どうしたのマリー?今日はとても機嫌がいいね。でも嬉しいよ…ここのところ君とはずっとギスギスしていたから……。えーっと何の話だったっけ?あぁ、医者の話だったね。名前はギヨーム。ギヨームって言うんだけど、俺には全然似てないよ。」

    ジョエル様は何やら苦笑いだ。私は不思議そうな顔を返してみる。

    「うーん…何て説明しようかな。…身体的特徴であって悪口じゃないからね?まず頭は禿げてる。ピカピカ。」

    「ピカピカ?」

    「うん。眩しいよ。離れた所から見ると後光が射してるみたいにね。あと背は小さい。俺の半分くらいかな。」

    「半分?冗談でしょう?」

    「バレたか。さすがにそこまでは小さくないけど、でもマリーよりは小さいかな。」

    ……間違いない。リンシア王女から聞いた特徴そのままだ。一体ギヨームと何の話をしていたのだろう。ダレンシアを奪う計画の進行具合だろうか。

    「私も見てみたいわ。ピカピカ。」

    「見たいの?じゃあ次に王宮へ行った時にでも会わせてあげるよ。でも笑わないでね。約束だよ?」

    「笑いそうになったら悪阻のふりをするから助けてね。」

    私の言葉にジョエル様は口を開けて笑った。
    





***********






    その夜、ベッドに横になるといつものようにジョエル様が隣に滑り込んでくる。
   
    「マリー…」

    彼は私の身体に手は出さないが、こうやっていつも唇を求めてくる。まるで私の気持ちを探るように。
    最初は息苦しいだけの激しいキスだったが、この頃は気持ちが落ち着いたのだろうかずいぶん優しくしてくれるようになった。

    「…明日は少し出掛けて来る。ここで良い子にしていてね。」

    「どこに行くの?」

    彼は私の問いに答えずにまたキスをする。
    一体どこに行くと言うのだろう。早ければ明日にもカイデン将軍が王宮に来るはずだ。勘の鋭いこの人がその様子を見れば何かに気付いてしまうかもしれない。何とかしてここに留めておくことは出来ないだろうか。

    「…明日はエルと一緒にいたい……」

    「…マリー……どうしたの?そんなに甘えてくれるなんて…。」

    「…甘えたら駄目…?」

    「いや…嬉しいよ。とても。でも明日は…ごめんね。すぐ帰ってくるから。」

    「…いや……お願いだから行かないで……」

    お願いだから王宮には行かないで。ユーリに気付かないで。

    「ほら、こっちにおいで。今夜はこうしてずっと抱いていてあげるから…だから泣かないで。妊娠初期は特に不安定になるんだってね。大丈夫だよ。用が済めば明日はずっと側にいる。たくさん甘やかしてあげるからね。…お休みマリー……愛してるよ。」


    その夜、私は彼が寝息を立て始めた後もずっと眠る事ができなかった。

    

しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

2度目の結婚は貴方と

朧霧
恋愛
 前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか? 魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。 重複投稿作品です。(小説家になろう)

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

行動あるのみです!

恋愛
※一部タイトル修正しました。 シェリ・オーンジュ公爵令嬢は、長年の婚約者レーヴが想いを寄せる名高い【聖女】と結ばれる為に身を引く決意をする。 自身の我儘のせいで好きでもない相手と婚約させられていたレーヴの為と思った行動。 これが実は勘違いだと、シェリは知らない。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

塔に住むのは諸事情からで、住み込みで父と暮らしてます

ちより
恋愛
魔法のある世界。 母親の病を治す研究のため、かつて賢者が住んでいたとされる古塔で、父と住み込みで暮らすことになった下級貴族のアリシア。 同じ敷地に設立された国内トップクラスの学園に、父は昼間は助教授として勤めることになる。 目立たないように暮らしたいアリシアだが、1人の生徒との出会いで生活が大きく変わる。   身分差があることが分かっていても、お互い想いは強くなり、学園を巻き込んだ事件が次々と起こる。 彼、エドルドとの距離が近くなるにつれ、アリシアにも塔にも変化が起こる。賢者の遺した塔、そこに保有される数々のトラップや魔法陣、そして貴重な文献に、1つの意思を導きだす。 身分差意識の強い世界において、アリシアを守るため、エドルドを守るため、共にいられるよう2人が起こす行動に、新たな時代が動きだす。 ハッピーエンドな異世界恋愛ものです。

処理中です...