【本編完結】マリーの憂鬱

クマ三郎@書籍&コミカライズ3作配信中

文字の大きさ
308 / 331
8章

42

しおりを挟む





    「これ以上君と問答する気はない。王族殺しは例え未遂とはいえ重罪だ。覚悟しておくんだな。」

    「…そんな……私は何もしていません!!私はカイデンの娘ですよ!?王族とはいえ他国の方が勝手にこんな事して…許されないわ!」

    「無実を証明したければ今すぐ服を脱いでみろ。何も出てこなければこちらも考えるさ。」

    脱げる訳がない。胸元にすっぽりと隠れる小瓶。一本あれば人を殺すには十分だと言われた。取り上げられ、調べられればこれ以上の言い逃れは不可能となる。

    「さぁ、いい加減にしなよ。服を脱ぐか、出来ないなら手を拘束させてもらう。」

    クリストフは縄を持ちマリアに近付いた。

    「嫌…嫌よ!!殿下助けて下さい!あなたに相応しいのは私です!この女よりずっと私の方があなたを愛してるわ!!」

    その時だった。部屋中に肉を打つ派手な音が響き渡る。

    「シ、シア!!」

    「いい加減にしなさいこの恥さらし!!それでもあなたカイデン将軍の娘ですか!?」

    尚もユリシスにすがろうとするマリアをリンシアが無理矢理引き剥がし、その胸ぐらを掴んで頬を思いきり平手で打ったのだ。
    
    「あなたのような女がマリエル様に勝るですって!?ふざけるんじゃないわよ!!お二人がどんな思いでここまで来られたと思っているの!!」

    王女に打たれた頬は熱を持ってジンジンと痛む。マリアはなぜ自分がこんな目に遭わねばならぬのか納得出来なかった。
    きっと殿下は私の事を憎からず思っていたのにマリエル様にバレたから手のひらを返したのだ。そうに違いない。やはり悪いのはあの女だ。
    誰に何をされても、何度諭されてもマリアの恨みは全てマリエルへと向く。

    「リンシア殿下に何がわかるのです!?ユリシス殿下は私の事が好きなの!!何で!?何でよ!?何でこうなるのよーーーー!!!」

    マリアの絶叫を聞き付けた兵士達は現場の状況を見るなり慌て、すぐにカイデンへと知らせに行った。
    息を切らしやってきたカイデンが見たのは涙と鼻水で顔を濡らし、喚きながらそれでも尚ユリシスの足を離さない娘の姿だった。



   ***



    「…女の子なんだから無茶しちゃ駄目だよ。ほら、シアの手の方が真っ赤じゃないか。」

    クリストフはリンシアの部屋で彼女の赤く染まった手を水に浸した布を当てて冷やしていた。

    「男も女も関係ありませんわ…。無性に腹が立ってしまったの。」

    この不器用な恋人は、もうマリエル様の事が大好きなのだ。だから心底腹が立ったのだろう。

    「マリエル様は幸せ者だよ。」

    「どうして?」

    「自分の事で本気で泣いて怒ってくれる君が側にいるんだもん。この先もずっとね。」

    いい子、いい子だとクリストフは優しくリンシアの頭を撫でる。
    誰かに頭を撫でられるなんて随分久しぶりの事だ。リンシアはクリストフの胸に身体を預ける。

    「私も幸せよ…」

    「ん?」

    「だって…誰よりも私の事を知っているあなたがいるんだもの…。これから一生ね。」

    誰もいないせいもあるかもしれないけれど、こんなに甘えてくれるのは初めての事だ。
    クリストフはもうすぐ訪れるしばしの別れのためにリンシアの匂いを胸に刻み込むように吸い込んだ。



    ***



    一方ユリシス達の部屋ではマリーがユリシスの足を消毒していた。

    「ユーリ…痛くない?」

    「…痛い。」

    細く長い線状の傷。服が擦れると痛むだろうと思い、マリーは優しく包帯を巻いていく。
    
    結局マリアは最後の最後までユリシスの足から離れようとせず、最後は父親とその側近達に三人がかりでユリシスから引き剥がされ、離れる瞬間に爪痕を置き土産のように残して行った。

    『殿下!!申し訳ありません!!申し訳ありませんでしたーーーー!!』

    娘の隠し持っていた瓶を床に置き土下座する父親の姿を虚ろな目で見ていたマリア。彼女はあの時何を思っていたのだろう。

    ユリシスはあれから何も喋らない。
    沈黙に耐え兼ねたマリーは恐る恐るユリシスに尋ねた。

   「…怒ってる……?勝手な事をしたわ…。」

    ユリシスはマリーが包帯を巻いた足を見ながらしばらく黙っていた。

    「それに…まだ妃でも何でもないのに偉そうな事も言っちゃった。ごめんなさい…。」

    自分の言葉を思い返しうつむきながら反省するマリーにユリシスは優しく口を開いた。

    「嬉しかったよ…。」

    「え……?」

    聞き間違いじゃないだろうか。いや違う。だって彼は微笑んでいる。

    「もう少し聞いていたかった。君がどれほど強くなったのかを。」

    「私が…強い…?」

    強くなんてない。マリアを撃退したのだってリンシア王女の強烈な張り手だ。

    「強くなったよ。今までもそう思ってはいたけど今回はそれの比じゃない。これでもう安心だ。」

    言っている事がわからない。一体何が安心だと言うのか。

    「君がガーランドの王妃となった暁には必ずや国民からの絶大な信頼を得るだろうという事。そして私の隣に立つ者として臣下からの信頼もね。」

    「ユーリ……。」

    「以前の君は生まれたばかりの雛鳥だ。助けがなければ生きて行けない。生きる術を教えて貰わなければすぐに狙われて殺されてしまうようなね。でも今の君は違う。これまでの経験が君に戦う力を授けてくれた。私の手を離れ、自分の身を守るために戦う力と胆力をね。」

    “おいで”とユーリは私を寝台へ誘う。
    そして私を座らせると自分は床に膝をつき、お腹から腰に優しく手を回し抱きついてきた。

    「この子はすごい子だ。私でさえ出来なかった事をあっという間にやってのけた。きっとこれから先もこの子が私達を照らす光になる。」

    「…私…あんまり強くなりたくないわ。」

    ユーリは不思議そうな顔で私を仰ぎ見た。

    「だってずっと…ずっとあなたに甘えていたいもの。強くなり過ぎると甘えられなくなっちゃうかもしれないでしょ?意地張って。」

    ユーリは白い歯を見せて笑う。

    「大丈夫だ。その時は何も言わせずに寝所に連れ込んで襲うよ。嫌でも甘えるようにね。」

    それ、私が強かろうが弱かろうがいつもそうなるんでしょ?とは言わなかった。
    きっとこの人は私の事ならなんでもわかるはずだから。だから今は…素直に甘えられる今は思ったことを言うことにした。

    「…今も甘えたいわユーリ。たくさん。」


    私の言葉にユーリはニヤリと悪い顔で笑った。
    





    
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】身代わり皇妃は処刑を逃れたい

マロン株式
恋愛
「おまえは前提条件が悪すぎる。皇妃になる前に、離縁してくれ。」 新婚初夜に皇太子に告げられた言葉。 1度目の人生で聖女を害した罪により皇妃となった妹が処刑された。 2度目の人生は妹の代わりに私が皇妃候補として王宮へ行く事になった。 そんな中での離縁の申し出に喜ぶテリアだったがー… 別サイトにて、コミックアラカルト漫画原作大賞最終候補28作品ノミネート

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

塔に住むのは諸事情からで、住み込みで父と暮らしてます

ちより
恋愛
魔法のある世界。 母親の病を治す研究のため、かつて賢者が住んでいたとされる古塔で、父と住み込みで暮らすことになった下級貴族のアリシア。 同じ敷地に設立された国内トップクラスの学園に、父は昼間は助教授として勤めることになる。 目立たないように暮らしたいアリシアだが、1人の生徒との出会いで生活が大きく変わる。   身分差があることが分かっていても、お互い想いは強くなり、学園を巻き込んだ事件が次々と起こる。 彼、エドルドとの距離が近くなるにつれ、アリシアにも塔にも変化が起こる。賢者の遺した塔、そこに保有される数々のトラップや魔法陣、そして貴重な文献に、1つの意思を導きだす。 身分差意識の強い世界において、アリシアを守るため、エドルドを守るため、共にいられるよう2人が起こす行動に、新たな時代が動きだす。 ハッピーエンドな異世界恋愛ものです。

処理中です...