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06 決意

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「前世の私――《ツバキ》と前世の彼――王太子殿下は結婚していたの。
でも彼には別に好きな女性ができて……出張だと嘘をついて、その女性の家にいたわ。そのうち単身赴任すると言って女性と別の土地で暮らしていた。
《ツバキ》のことを家に独り残して」

「《シュッチョウ》?《タンシンフニン》?」

「それは流して。とにかく、前世の彼――王太子殿下は、他の女性を好きになったのに《ツバキ》とも別れず《ツバキ》を放置したの!
たまに会えば何食わぬ顔で優しいことを言って、裏で《ツバキ》をずっと裏切っていたのよ!」

「それは……酷いですね」

「そうでしょう?!あり得ないわよね!
《ツバキ》が前世の彼――王太子殿下の裏切りを知った時、どれほど傷ついたか……」

「よろしければ、その前世の王太子殿下のお名前をお聞きしても?
話がわかりやすくなると思うのですけれど」

「言いたくない!思い出したくもない!」


私は堰を切ったように打ち明けていました。
限界だったのです。一人で抱え込んでいるのは。

話を聞いてくれる人なら相手は誰でも良かったのですが、執事見習いは聞き上手。その上、偶然にも《ツバキ》の生きた国で一番多い髪色をしているので話やすかったのでしょう。

もう止まりませんでした。


「記憶が心に入ってきて、驚いたなんてものじゃなかったわ。
信じられる?私は前世と、今世の一度目。
二度も同じ人間に裏切られたのよ?
しかもそれが、これから生涯を共にしようと思っていた恋人よ?」

「それなんですが。
今世はともかく前世の貴女――《ツバキ》様を裏切ったのが何故、前世の王太子殿下だとわかったのですか?」

「わかるわよ。姿形。おまけに性格までそっくりだもの。
髪と瞳の色は違うけれど、あんな他人がいるわけがないわ」

「はあ……そういうものですか」

「ちなみに私の方は、何故か姿形はそんなに似ていないの。
前世の私――《ツバキ》は、自分の容姿にさほど興味がなかったからかしら。
だとしたら前世の彼――王太子殿下はどんだけ自分の容姿が好きだったのか、って話よね?笑えるー」

「……性格も似ていらっしゃらなかったのでは?と思えますが……」

「何か言った?」

「いえ、何も」


執事見習いはこほん、と咳払いして言いました。

「――ともかく。
では、本気で王太子殿下の婚約者候補を辞退されるおつもりなのですね?」

「ええ、そうよ」

「……後悔はされませんか……?」

はしたなくも鼻で笑ってしまいました。

「それ聞く?
彼に二度も裏切られた私に」

執事見習いは「そうですか」と呟いて。
腕を組み、顎に手をやって何か考え始めました。考える時の癖なのでしょう。

私はその間に折っていた足を伸ばしてソファーに座り直し、今度は靴を履いてきちんと座りました。
いつもの姿勢のはずなのに少し落ち着かない気がするのは、前世の私――《ツバキ》の記憶の影響でしょうか。


しばらくして。
考えがまとまったのか、執事見習いが静かに言いました。

「《ツバキ》様のお話はともかく。
今世の前回の話は、旦那様と奥様にお話ししましょう」

「え?……大丈夫かしら。内緒にしておいた方がいいと思うのだけれど」

私の両親――カーステン侯爵夫妻は今、執事に付き添われ休んでいます。
昨晩まで頬を染めて王太子殿下の話をしていた娘が、朝起きたら王太子殿下とは絶対に結婚したくないから婚約者候補を辞退する。駄目なら縁を切ってくださいと言うのを聞いて倒れてしまったのです。
打ち明けない方がいいのではないでしょうか。

でも執事見習いの意見は違いました。

「娘の貴女が突然、王太子殿下の婚約者候補を辞退するという大きな決断をした。
それには相当の理由があるはずなのに、聞かせてはもらえない。
ご両親にとって、それは何よりも辛いことですよ」

「……そうかもしれないけれど……信じてもらえるかしら」

両親にも、彼のように「悪夢を見たくらいで」と言われてしまったら?
そう思うと打ち明ける勇気が出ません。

「ご両親には必ず信じてもらえますよ」

「どうして言い切れるの?」

「王太子殿下の婚約者候補を辞退すると聞いたからではありません。
貴女から縁を切る、という言葉が出て、お二人は倒れたのですよ?
貴女の言うことは必ず信じてもらえますよ。
だから安心して、打ち明けてください」

執事見習いが落ち着いた声で言うのを聞いていたら、私も信じてもらえる気がしてきました。


「……そうね」

「それに前回、貴女の身に起きたことを放置しておけません。
調べる必要がある」

「え?必要?」

「当然です。貴女が何故別棟に閉じ込められたり、毒杯を賜ったりしたのか。
理由を調べなけなければ」

「理由」


未来の話です。
今、調べても何もわからないかもしれません。

けれど、私の行動が変われば未来が変わります。
私の記憶にある未来ではなくなるのです。

私が婚約者候補を辞退すれば、残る婚約者候補の中から王太子殿下の婚約者が決まるでしょう。

そうなれば
新たな婚約者となるご令嬢の、あったはずの未来も
私に子が授からなかったから嫁いで来られた西の大国の王女カタリナ様の未来も
変わるのです。

場合によっては、彼――王太子殿下とカタリナ様の間にお生まれになった王子様は……。


怖くなりました。
それでも。
私はもう、あんな未来を歩みたくはないのです。

―――せめて、未来を変える理由を調べなければ申し訳ないわ。


そう思い直して私は頷きました。
執事見習いも頷き返します。

「では少しお待ちを。先に、ケビンに旦那様と奥様の様子を聞いてきます」


ケビン。

ふと、前回の記憶が甦りました。
ケビンは執事です。長年働いてくれていますが、今から半年ほど前に「歳をとりましたので後継を」と、執事見習いを連れてきました。

でも今から二年後。
私が王太子殿下と結婚し屋敷を出た時も、この屋敷の執事はケビンでした。
ケビンは執事を辞めなかったのでしょう。
なら、この執事見習いはどうしたのだったかしら。覚えていません。

彼――王太子殿下に夢中で、婚約者候補として学ぶことも多くて。
きっと私は、見えていなかったのでしょう。


私は出て行こうとする執事見習いを呼び止め、聞きました。


「そういえば貴方、名前は?」


執事見習いは振り向くと


「クロードです、お嬢様」


そう言って少し微笑み、応接室を後にしました。


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