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33-2 最終話 貴女に ※クロードside
しおりを挟む王弟殿下と呼ばれる男がいて、兄たちと同じ年頃の子どもを二人連れていた。
血の繋がりなどないはずなのに、自分にそっくりなその三人を見て。
周りから刺すような視線を向けられて。俺から目を逸らした母を見て。
俺は本当の父が誰なのかを知った。
その後、俺の瞳の色を見れば父親は王族だとすぐにわかることを知った。
父も母も兄たちも、屋敷の使用人たちも、今まで俺に会った者全員が皆、俺の本当の父が誰だか知っていて――俺には言わなかったことを知った。
俺は絶望した。
「二人は恋人同士だったんだよ。それが政略で引き離されたんだ」
本当のことを知った俺に父――養父は言った。
「王弟妃殿下は亡くなられている。
彼女は私の子を――跡取りを産んで、夫人としての責務を果たし終わっている。
だから――」
「――だから俺という不貞の子がいても構わないんだ?」
そう嘲笑った俺に、養父は静かに言った。
「お前の父は、お前が生まれた時から私だよ」
俺には養父が理解できなかった。
それが母に裏切られ、不倫相手の子を押し付けられた男の言葉か?
一目で不義の子だとわかる俺だ。
自分の子だ、などと思えたはずはないだろう。
妻が不貞の末に産んだ憎い子どもでも、《王弟の子》だから我慢して育てただけだろう?
「嘘なんて欲しくない!」
俺は叫んで逃げ出した。
こんな家になどいたくない。こんな国になんていたくない。
二度と帰るものか―――――。
◆◇◆◇◆◇◆
久しぶりに夢を見たことは最悪だったが、カーステン侯爵家の居心地は良かった。
少し警戒していたが、ケビンの仕事は本当に《執事》だった。
俺は執事見習いとして、ケビンの補助――つまり雑用をして過ごした。
休んでいくといいと言ってくれたカーステン侯爵に感謝していた。
何かあるとしたらひとつだけ。
お嬢様とは顔を合わせないように努めた。
カーステン侯爵とケビンは、俺が出自を《王太子の婚約者候補であるお嬢様》に知られたくないからだろうと思ったようだが違う。
俺はただ苦手だったのだ。
お嬢様が。
侯爵を訪ねてきた騎士だと勘違いされ、あっという間に屋敷に連れ込まれたからかもしれない。
俺は、お嬢様との距離の取り方がわからなかった。
だが、そのせいだろうか。
顔を合わせないようにしようと思えば、お嬢様に目がいった。
距離を取ろうとすれば自然と、お嬢様の行動が気になるようになった。
お嬢様はよく嘘を言った。
王宮へ婚約者候補として王太子妃教育を受けにいったあと。
王太子に、会う約束を反故にされたあと。
「疲れてないわ。平気よ」
「気にしてないわ。大丈夫」
平気でも大丈夫でもない顔で言う、誰も騙されない嘘だ。
嘘の下手な人だ。
もっと複雑な嘘を。平然と、何年も吐き続けられる人は大勢いるのに。
俺は呆れていた。
だが、侯爵に「本当かい?」と問われたお嬢様はきっぱりと言った。
「そうでありたいの」
……妙に響く声だと思った。
お嬢様を見るたび、声を聞くたび、落ち着かなくなった。
何故か平静ではいられない。
自分ではどうしようもないその感情をなんと言うのか。
気づいたのは、カーステン侯爵家で過ごすようになって半年近くたったある日。
お嬢様が奥様と、恒例の孤児院へ行かれた後だった。
「寂しい」と、玄関で肩を落としているお嬢様がいた。
「そうね。でも喜ぶべきことよ?」と、お嬢様を奥様がそっと抱きしめた。
感情を抑えきれなくなったのか、お嬢様はぽろぽろと涙を溢し――それでも一気に言った。
「私も喜んでいるわ。
あの子は迎えにきた新しい両親と幸せそうに笑い合っていたもの。
でも。もう孤児院に行っても、あの子に会えないと思うと寂しいの」
―――孤児院にいた、自分とは何の繋がりもない子どもにもう会えないのが寂しい?
俺は泣いているお嬢様から目が離せなかった。
こんな家になどいたくない。こんな国になんていたくない。
二度と帰るものか―――――。
長年そう思っていた俺は、お嬢様の言葉ひとつで変えられた。
――「お前の父は、お前が生まれた時から私だよ」――
そう言ってくれた養父に――父に会いたいと。
家を国を出てから初めて思った。
帰ろうと決めた。
家族のもとへ。
そして話したかった。
俺を変えてくれた、お嬢様のことを。
◆◇◆◇◆◇◆
故郷では、王弟は臣下に下り公爵となっていた。
何故かは知らないが、母は父といた。
兄たちはそれぞれ結婚し、それぞれ暮らしていた。
ここにいるのは嫌だと飛び出し、家を持たず常に旅をしていた俺だったが……結婚したら、ここで静かに暮らすのも悪くないと思っていた。
―――だがお嬢様は違ったようだ。
しばらく暮らすことになる父の別邸に着いて早々、街へ出たいと言い出した。
市場や、お店や、診療所や、色々なところに行きたい。
まずはこの国の靴と椅子が見たいわ、と。
静かに暮らす気は全くないようだ。
俺は半ば呆れ笑ってしまった。
「疲れていないのですか」
「疲れていないわけじゃないわよ?
でも休むのは夜でいいでしょう。まだ外は明るいんだもの。もったいないじゃない」
「今日くらいはゆっくりしてもいいのでは?」
「じゃあ私だけで」
「それは許可できません」
むう、と頬を膨らませたお嬢様に仕方なく、折衷案を言ってみる。
「では今日は庭を散歩しませんか。
今の時期ですと、ちょうどこの国にしかない木の花が満開のはずです」
突然、お嬢様の顔が変わった。
「お嬢様?どうかされましたか?」
「……お花見ね」
「え?……ええ。そうです」
「二回目の?」
「は?」
何故だかわからないが
お嬢様は、涙をこらえるような顔をして俺を見ていた。
しかしすぐに「なんでもない」と首を振って。
お嬢様は再び頬を膨らませた。
「お花見はいいわね。行くわ。
けれど、クロード。
どうしてまだ私のことを《お嬢様》って呼ぶの?
もう私は貴方のお嬢様じゃないでしょう?」
「…………」
「クロード?」
俺はお嬢様に背を向けた。
勘弁して欲しかった。
お嬢様に前世があるように、俺にも前世があるとしたら、きっとどうしようもなく奥手な男だったのだと言い切れる。
だから生まれ変わった俺も、愛しい女性の名前ひとつ呼べないのだ。
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みんなの感想(71件)
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読み応えあったー
sarumaro 様
お読みいただき、感想まで。ありがとうございます。
お礼が遅くなり申し訳ありません。
読み応えがあったと言っていただけて嬉しいです。
ありがとうございました。
副題にまで"センシティブ云々"と丁寧に書かなくても、あらすじなどに"センシティブな話には*で表記"くらいで大丈夫ですよ。
玄兎狼 様
お読みいただきありがとうございます。
はっ!そうですよね!完全に失念しておりました。
今後そうしたいと思います。
ありがとうございました!
黒猫(シャノワール) 様
感想ありがとうございます!
お、終わりました。ようやく。ゼエゼエ
ああ〜。もう、なんと申し上げて良いのやら。
素敵なお言葉の数々、家宝にさせていただきます!涙
全てをクリアに、ができない性分でして。
いや、腕がないせいで伏線全て回収できないだけなんですけどw
クロードについては、作者的にはそれは《そう》として書いておりましたが。
正直、今の気持ちが大切であって、前世のあの人だから好きになった、と言うわけでもなし。
どっちでもいいんじゃない?と、読者様の良いように取っていただくことにしました。
《白黒つけずに》ボカしましたw
前の殿下は……別作品にちらっと登場するような、しないような…です…ボソボソ。
最後までお読みいただき、素敵な感想まで。
こちらこそ、感謝しております。いくら感謝してもしたりないです。
本当に、ありがとうございました。