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迎えてくれる人がいる
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息を切らして走る私の顔に、冷たい風が吹きかかる。体育着にハーフズボンを指定されているため、膝から下も冬の風に晒されていた。
というか、もう一時間は走っている。そのせいで、これ以上ないほど、私の足は冷えきっていた。
今日は、年に一回の競歩大会。競歩とは名ばかりで、実際は走るからマラソン大会みたいなものだけど。
学校外を走るこのイベントは、男子二十キロ、女子十五キロを走らされる。その距離の長さから、所々にいる先生の目を盗んで何人かはたまに歩いて休んでいた。
それに、友達と話しながら走っている人も多い。けれど、この学校の特徴のせいか、友達というよりはカップルばかりだ。
「ちょっと、早いよぉ~」
「大丈夫、置いてかないよ」
そんなことを言いながら、のろのろ走っているカップルを静かに抜かした。
かくいう私にも、彼氏がいる。けれど、野球部に属している彼は全力で走らねばならず、待っていてはくれなかった。
男子の方が走る距離が長いため、強歩大会も体育の持久走も男子からスタートする。だから、一緒に走るためには、男子はゆっくり走って待っていなければならないのだ。
当然、男女で一緒に走っていたら、見守りの先生は気づくだろう。だが、それは何故か許されている。それも、この学校の校風なのかもしれない。
卒業を控える私たち三年生は、そんな光景を見慣れるほど見てきた。
今頃、武人も必死に走ってるんだ。
どれだけ疲れても、そう思えば私は頑張れた。去年と変わらない。
「あと一キロだ。頑張れ~!」
見守りで立っている先生が、そう声を張り上げる。あと少しだと思うと、俄然、やる気が湧いてきた。
あと一キロ走れば、武人がいる!
スキップするような気持ちで、走るスピードを早めた。
少しして、校門が見えてくる。ゴールだ。校門のそばでは、たくさんの生徒が疲れてへたり込んでいた。
私はゴールすると、そこにいた先生に小さな紙を貰った。
「よく頑張ったね~、五十八だよ」
いつも私のクラスで体育の授業をしてくれている女の先生は、笑顔でそう言った。こちらは笑い返す気力もなく、頭を下げて息を切らしながら、ゆっくりと歩いた。
五十八というのは、女子のみの到着した順番だ。私も一応運動部だから頑張ったけど、意外と早くゴールできたようだ。
「あっ、紗奈~!!」
その時、遠くの方から聞き慣れた声がした。待ちわびていた声でもある。
「武人!」
私は嬉しくなって、作る気力もなかったはずの笑顔を浮かべて走り寄った。そのまま飛びついた私を、武人はしっかりと受け止めてくれた。
武人は坊主頭から、汗を僅かに滴らせていた。ハイスピードで走って、まだ疲れているのかもしれない。
「去年より早かったんじゃない?」
「そうかな? だったら、早く武人に会いたいって気持ちが強くなったとも言えるね」
顔を覗き込んで言うと、武人は日焼けした肌を紅潮させて、手の甲を口元に当てていた。
武人は照れ屋だ。そんなところが可愛いし、一年生の時から好きで付き合っているんだ。いつまでも純粋でいてくれるから、私もいつまでも純粋に好きでいられる。
「お、俺だって、早く会いたかったよ……」
そして三年生になってからは、照れながらもこういうことを言ってくれるようになった。私はそれがたまらなく嬉しくて、口角が上がりっぱなしだ。
「ありがと! じゃあ、豚汁食べに行こ!」
私は照れ隠しのつもりで、元気よく言った。
競歩大会のあとは、保護者の何人かがボランティアで豚汁を作ってくれている。
去年と同じように、私たちはそれを貰いに行った。
「はい、どうぞ。お疲れ様~」
笑顔が素敵なおばさんから豚汁を受け取ると、校舎寄りの地面に座ってもたれた。武人とは、肩が触れ合う距離で座る。
普段から筋トレをしていてガタイがいい武人は、私より一回りくらい大きい。背も大きくて、何でもないふりをしているけど私はそれにずっとドキドキしていた。
「相変わらず、走った後の豚汁はうめぇな」
「うん……あったまる……」
両手でカップを持ち、しみじみと豚汁の温かさを噛み締めていたら、武人がふと思いついたようにこちらを見て言った。
「紗奈の本当に美味しそうに食べるとこ、可愛いよなあ」
「ゴフッ……!?」
驚きすぎて、啜っていた豚汁を吹き出すところだった。こういうところがあるから、武人は油断ならない。
「でも、競歩の後に豚汁食べる紗奈も、今年で見納めか……」
本当にしょげたように言うので、私はつい勢いで励ましてしまった。
「武人のためなら走って豚汁飲むくらい、いつだってやるよ!」
武人は一瞬きょとんとして、それから思いっきり笑った。目には、僅かに涙が浮かんでいるようだ。
困惑して見つめていると、やがて武人は言った。
「やっぱり紗奈には敵わねーな」
何の話かさっぱり分からなかったが、武人が楽しそうだったから私も楽しくなった。
武人となら、何年後でもこんな風に笑っていられる。
彼の笑顔が、私にそう思わせてくれた。
というか、もう一時間は走っている。そのせいで、これ以上ないほど、私の足は冷えきっていた。
今日は、年に一回の競歩大会。競歩とは名ばかりで、実際は走るからマラソン大会みたいなものだけど。
学校外を走るこのイベントは、男子二十キロ、女子十五キロを走らされる。その距離の長さから、所々にいる先生の目を盗んで何人かはたまに歩いて休んでいた。
それに、友達と話しながら走っている人も多い。けれど、この学校の特徴のせいか、友達というよりはカップルばかりだ。
「ちょっと、早いよぉ~」
「大丈夫、置いてかないよ」
そんなことを言いながら、のろのろ走っているカップルを静かに抜かした。
かくいう私にも、彼氏がいる。けれど、野球部に属している彼は全力で走らねばならず、待っていてはくれなかった。
男子の方が走る距離が長いため、強歩大会も体育の持久走も男子からスタートする。だから、一緒に走るためには、男子はゆっくり走って待っていなければならないのだ。
当然、男女で一緒に走っていたら、見守りの先生は気づくだろう。だが、それは何故か許されている。それも、この学校の校風なのかもしれない。
卒業を控える私たち三年生は、そんな光景を見慣れるほど見てきた。
今頃、武人も必死に走ってるんだ。
どれだけ疲れても、そう思えば私は頑張れた。去年と変わらない。
「あと一キロだ。頑張れ~!」
見守りで立っている先生が、そう声を張り上げる。あと少しだと思うと、俄然、やる気が湧いてきた。
あと一キロ走れば、武人がいる!
スキップするような気持ちで、走るスピードを早めた。
少しして、校門が見えてくる。ゴールだ。校門のそばでは、たくさんの生徒が疲れてへたり込んでいた。
私はゴールすると、そこにいた先生に小さな紙を貰った。
「よく頑張ったね~、五十八だよ」
いつも私のクラスで体育の授業をしてくれている女の先生は、笑顔でそう言った。こちらは笑い返す気力もなく、頭を下げて息を切らしながら、ゆっくりと歩いた。
五十八というのは、女子のみの到着した順番だ。私も一応運動部だから頑張ったけど、意外と早くゴールできたようだ。
「あっ、紗奈~!!」
その時、遠くの方から聞き慣れた声がした。待ちわびていた声でもある。
「武人!」
私は嬉しくなって、作る気力もなかったはずの笑顔を浮かべて走り寄った。そのまま飛びついた私を、武人はしっかりと受け止めてくれた。
武人は坊主頭から、汗を僅かに滴らせていた。ハイスピードで走って、まだ疲れているのかもしれない。
「去年より早かったんじゃない?」
「そうかな? だったら、早く武人に会いたいって気持ちが強くなったとも言えるね」
顔を覗き込んで言うと、武人は日焼けした肌を紅潮させて、手の甲を口元に当てていた。
武人は照れ屋だ。そんなところが可愛いし、一年生の時から好きで付き合っているんだ。いつまでも純粋でいてくれるから、私もいつまでも純粋に好きでいられる。
「お、俺だって、早く会いたかったよ……」
そして三年生になってからは、照れながらもこういうことを言ってくれるようになった。私はそれがたまらなく嬉しくて、口角が上がりっぱなしだ。
「ありがと! じゃあ、豚汁食べに行こ!」
私は照れ隠しのつもりで、元気よく言った。
競歩大会のあとは、保護者の何人かがボランティアで豚汁を作ってくれている。
去年と同じように、私たちはそれを貰いに行った。
「はい、どうぞ。お疲れ様~」
笑顔が素敵なおばさんから豚汁を受け取ると、校舎寄りの地面に座ってもたれた。武人とは、肩が触れ合う距離で座る。
普段から筋トレをしていてガタイがいい武人は、私より一回りくらい大きい。背も大きくて、何でもないふりをしているけど私はそれにずっとドキドキしていた。
「相変わらず、走った後の豚汁はうめぇな」
「うん……あったまる……」
両手でカップを持ち、しみじみと豚汁の温かさを噛み締めていたら、武人がふと思いついたようにこちらを見て言った。
「紗奈の本当に美味しそうに食べるとこ、可愛いよなあ」
「ゴフッ……!?」
驚きすぎて、啜っていた豚汁を吹き出すところだった。こういうところがあるから、武人は油断ならない。
「でも、競歩の後に豚汁食べる紗奈も、今年で見納めか……」
本当にしょげたように言うので、私はつい勢いで励ましてしまった。
「武人のためなら走って豚汁飲むくらい、いつだってやるよ!」
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困惑して見つめていると、やがて武人は言った。
「やっぱり紗奈には敵わねーな」
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武人となら、何年後でもこんな風に笑っていられる。
彼の笑顔が、私にそう思わせてくれた。
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