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中学生編
出会い
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翌日。
ピンポーン。
昼ご飯の準備をしている最中、インターホンのベルが鳴った。
「回覧板だべ。今手ぇ離せねぇから悪いけど璃都、代わりに受け取ってくれねえか」
幾ばあは台所で忙しそうに手を動かしながら僕に言う。
「分かった」
僕は持っていた食器を座敷机に置いて玄関に向かった。
少なくとも何か一言は言わなきゃいけないんだよな……人と関わりたくないのに。怖い人だったらどうしよう……。
「はい……」
僕は恐る恐る格子戸を開く。
「やあ!」
その瞬間目の前に立っていた人物に僕は目を見開く。
捲り上げた半袖半ズボン、少し焼けた薄茶色の肌、くりっとした目、まさに昨日川で会ったあの子だった。
で、でた……。
「幽霊だー!」
僕は一目散に台所に駆け込んだ。
「いいいい幾ばあ! ゆゆゆゆ幽霊がでた……」
「幽霊? こんな真昼間からでるわけねぇべ」
「いたんだよ! 格子戸を開けたら『やあ!』って話しかけられたんだ」
「やあ!」
「そうそうこんな風に……ってうわぁー‼」
さっきまで玄関先にいたはずの彼が幾ばあに必死に訴える僕の横にいつの間にか来ていた。
「あれ? 彩恵でねぇの」
「幾ばあこんにちは! 回覧板持ってきたよ」
……は?
僕は目の前で起こっている光景に理解が出来なかった。
「おー。ありがとうがんす。あ、よがったら家で昼ご飯食べてきない」
「え、いいの? やったー!」
……一体何が起きたんだ……。
***
「あはははは! それじゃあ君は私の事幽霊だって思ってたんだ」
「……」
「透けてもねぇのに普通幽霊だなんて思わねぇべ。璃都はやっぱとぼけだの」
座敷机の向こう側で二人が腹を抱えて大笑いしている。
元はと言えば幾ばあが言ったんじゃないか……。
僕は顔を真っ赤にして俯く。
「君ひどいよー。昨日あんなに手を振ったのに私の事無視してー」
「いやあれは——」
ん? 今「私」って……。
「ね、ねぇ君ってもしかして……女?」
「んー? そうだよ。もしかして男だと思ってた?」
「うん……」
僕は控えめに頷く。
「ひどーい!」
「いやだって髪短いし、恰好も男っぽいというか……」
「動きやすいからこれ着てるの! 別にいいでしょ」
「まあまあ。ほら、かっけが冷めるべ。早く食べない」
「はーい」
……かっけ? なんだこれ見たこと無いな。
座敷机の真ん中にどんと置かれた鍋料理、かっけとやらを二人は箸をつついて黙々と食べ始める。
「……もしかしてかっけ食べたこと無いの?」
見たことの無い料理をまじまじと見つめる僕を不思議に思ったのか彼女はかっけを口いっぱい頬張りながら聞いてくる。
「うん」
「へー珍しいね。これはね、小麦とか蕎麦の生地を薄く伸ばして三角形に切ったのを豆腐と大根と一緒に煮てにんにく味噌をつけて食べるんだよ。本当は冬に食べることが多いんだけどかっけはいつ食べても美味しいんだよー!」
「へぇ……」
病気の事だと思ってたのは言わないでおこう……。
「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私門崎彩恵よろしくね」
彩恵はお椀を置いてニコッと僕に微笑みかける。
「僕は小鳥遊り——」
自分も自己紹介しなければと名前を口にした瞬間、ふと頭の中に二年前の光景が蘇ってきた。
『俺は原田拓だ。よろしくな!』
僕は途中で名前を言うのを止めた。
「……」
「……? どうしたの? 璃都くん」
「いや、なんでもない」
……そうだ。あの時もう友達は作らないって決めたんだ。ここで誰かと仲良くする気なんて……ってえ?
「……どうして僕の名前知ってるの?」
「そりゃ知ってるよー。田舎の情報網をなめちゃいかんのだよ少年」
いやお前も少女だろ……。
「璃都くんも早くかっけ食べなよ。私が全部食べちゃうよ?」
「食わせてもらってる身がなにゆーとるだ」
幾ばあは箸を持った手でコツンと彩恵の頭を叩く。
「えへへ」
「ほら、早く璃都も食べない。でないとこん食いしん坊が食っちまうべ」
「うん……」
今はあの時の事は忘れよう。戦うべきなのは目の前の敵、かっけだ……。
まずは何もつけずに一口。
「ハフッハフッ」
熱いな……。
う~ん……。これは! 口に入れた瞬間蕎麦の香りが口いっぱいに広がって……。食感はほうとうみたいだな。しっかりとした歯応えがあって美味しい……! 汁の昆布だしも効いてる!
そして本命のにんにく味噌。
かっけとどんなコラボレーションを見せるのやら……。
ちょんちょんとかっけを小皿にのったにんにく味噌につけて一気に頬張る。
……これは!
僕の頭の中に電撃が走る。
甘辛いにんにく味噌が舌の上で広がって昆布だしの効いたかっけを優しく包み込む……。
これは今までに無いベストマッチ! 美味すぎる!
頭の中が幸せで満たされる。こんな素晴らしい料理今まで食べたこと無い……。
「ほわぁ……」
「璃都くんって幸せそうに食べるね」
「え?」
彩恵の一言で現実世界に引き戻される。
「川の時でもそうだったけどずっとつまらなそうな顔してたのに何か美味しいものを食べるときはとても幸せそうな顔になるんだね」
見られてたのか……。
確かにここに来てからが初めてかもしれない、何かを食べて美味しいと感じたのは。
今までは冷めたごはんばっか食べてきたし、味もろくに感じることが出来なかった。それどころではなかったから。
ここの何にも邪魔されない緩い空気と、豊かな自然、そしてこの賑やかな食卓が僕に味を感じさせてくれたのかもしれない。
「いつもどんな顔をしてるかは自分では分からないけどこれだけは言えるよ。ここの料理は美味しい」
「でしょ? 幾ばあの料理は九戸一、いや世界一だからね!」
「彩恵。いくらおへずれまげようったって無駄だべ」
「あちゃーばれてたか」
彩恵は背中を丸めてペロッと舌を出す。
「あ、そうだ。今春休み期間中だしさ、一緒に遊ぼうよ。ここら辺じゃ遊べる人少ないんだよねー」
「……僕に春休みなんて無いよ」
「え? 今年から同じ中学だよね? だったら春休みはあるはずだけど」
「僕は学校には行かないんだ」
「え……」
彩恵は何でとは聞いてこなかった。この前の幾ばあと同様僕に気を遣ってくれたのかもしれない。
「そっか。じゃあ休みとか関係なくていいよ。私が遊べる日は毎日来るから。首を洗って待ってるがいい!」
……あれ? なんか遊ぶ流れになってない?
「ちょっとま——」
「ごちそうさま!」
彩恵は僕の声を遮って箸とお椀をバンと置くと和室を走って出て行った。
「全く彩恵はいくつになっても変わらんの……」
「……」
何だったんだあいつは……。
すると帰ったはずの彩恵が入り口からピョコッと顔を出してきた。
「あ、明日も来るから! よろしくね。璃都くん!」
「は、はぁ」
どうやら僕が一人でいれる時間はたった一日で消えたみたいだ。
どうなっちゃうんだ僕の田舎ライフ……。
これが僕と彼女の不条理な初めての出会いだった。
ピンポーン。
昼ご飯の準備をしている最中、インターホンのベルが鳴った。
「回覧板だべ。今手ぇ離せねぇから悪いけど璃都、代わりに受け取ってくれねえか」
幾ばあは台所で忙しそうに手を動かしながら僕に言う。
「分かった」
僕は持っていた食器を座敷机に置いて玄関に向かった。
少なくとも何か一言は言わなきゃいけないんだよな……人と関わりたくないのに。怖い人だったらどうしよう……。
「はい……」
僕は恐る恐る格子戸を開く。
「やあ!」
その瞬間目の前に立っていた人物に僕は目を見開く。
捲り上げた半袖半ズボン、少し焼けた薄茶色の肌、くりっとした目、まさに昨日川で会ったあの子だった。
で、でた……。
「幽霊だー!」
僕は一目散に台所に駆け込んだ。
「いいいい幾ばあ! ゆゆゆゆ幽霊がでた……」
「幽霊? こんな真昼間からでるわけねぇべ」
「いたんだよ! 格子戸を開けたら『やあ!』って話しかけられたんだ」
「やあ!」
「そうそうこんな風に……ってうわぁー‼」
さっきまで玄関先にいたはずの彼が幾ばあに必死に訴える僕の横にいつの間にか来ていた。
「あれ? 彩恵でねぇの」
「幾ばあこんにちは! 回覧板持ってきたよ」
……は?
僕は目の前で起こっている光景に理解が出来なかった。
「おー。ありがとうがんす。あ、よがったら家で昼ご飯食べてきない」
「え、いいの? やったー!」
……一体何が起きたんだ……。
***
「あはははは! それじゃあ君は私の事幽霊だって思ってたんだ」
「……」
「透けてもねぇのに普通幽霊だなんて思わねぇべ。璃都はやっぱとぼけだの」
座敷机の向こう側で二人が腹を抱えて大笑いしている。
元はと言えば幾ばあが言ったんじゃないか……。
僕は顔を真っ赤にして俯く。
「君ひどいよー。昨日あんなに手を振ったのに私の事無視してー」
「いやあれは——」
ん? 今「私」って……。
「ね、ねぇ君ってもしかして……女?」
「んー? そうだよ。もしかして男だと思ってた?」
「うん……」
僕は控えめに頷く。
「ひどーい!」
「いやだって髪短いし、恰好も男っぽいというか……」
「動きやすいからこれ着てるの! 別にいいでしょ」
「まあまあ。ほら、かっけが冷めるべ。早く食べない」
「はーい」
……かっけ? なんだこれ見たこと無いな。
座敷机の真ん中にどんと置かれた鍋料理、かっけとやらを二人は箸をつついて黙々と食べ始める。
「……もしかしてかっけ食べたこと無いの?」
見たことの無い料理をまじまじと見つめる僕を不思議に思ったのか彼女はかっけを口いっぱい頬張りながら聞いてくる。
「うん」
「へー珍しいね。これはね、小麦とか蕎麦の生地を薄く伸ばして三角形に切ったのを豆腐と大根と一緒に煮てにんにく味噌をつけて食べるんだよ。本当は冬に食べることが多いんだけどかっけはいつ食べても美味しいんだよー!」
「へぇ……」
病気の事だと思ってたのは言わないでおこう……。
「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私門崎彩恵よろしくね」
彩恵はお椀を置いてニコッと僕に微笑みかける。
「僕は小鳥遊り——」
自分も自己紹介しなければと名前を口にした瞬間、ふと頭の中に二年前の光景が蘇ってきた。
『俺は原田拓だ。よろしくな!』
僕は途中で名前を言うのを止めた。
「……」
「……? どうしたの? 璃都くん」
「いや、なんでもない」
……そうだ。あの時もう友達は作らないって決めたんだ。ここで誰かと仲良くする気なんて……ってえ?
「……どうして僕の名前知ってるの?」
「そりゃ知ってるよー。田舎の情報網をなめちゃいかんのだよ少年」
いやお前も少女だろ……。
「璃都くんも早くかっけ食べなよ。私が全部食べちゃうよ?」
「食わせてもらってる身がなにゆーとるだ」
幾ばあは箸を持った手でコツンと彩恵の頭を叩く。
「えへへ」
「ほら、早く璃都も食べない。でないとこん食いしん坊が食っちまうべ」
「うん……」
今はあの時の事は忘れよう。戦うべきなのは目の前の敵、かっけだ……。
まずは何もつけずに一口。
「ハフッハフッ」
熱いな……。
う~ん……。これは! 口に入れた瞬間蕎麦の香りが口いっぱいに広がって……。食感はほうとうみたいだな。しっかりとした歯応えがあって美味しい……! 汁の昆布だしも効いてる!
そして本命のにんにく味噌。
かっけとどんなコラボレーションを見せるのやら……。
ちょんちょんとかっけを小皿にのったにんにく味噌につけて一気に頬張る。
……これは!
僕の頭の中に電撃が走る。
甘辛いにんにく味噌が舌の上で広がって昆布だしの効いたかっけを優しく包み込む……。
これは今までに無いベストマッチ! 美味すぎる!
頭の中が幸せで満たされる。こんな素晴らしい料理今まで食べたこと無い……。
「ほわぁ……」
「璃都くんって幸せそうに食べるね」
「え?」
彩恵の一言で現実世界に引き戻される。
「川の時でもそうだったけどずっとつまらなそうな顔してたのに何か美味しいものを食べるときはとても幸せそうな顔になるんだね」
見られてたのか……。
確かにここに来てからが初めてかもしれない、何かを食べて美味しいと感じたのは。
今までは冷めたごはんばっか食べてきたし、味もろくに感じることが出来なかった。それどころではなかったから。
ここの何にも邪魔されない緩い空気と、豊かな自然、そしてこの賑やかな食卓が僕に味を感じさせてくれたのかもしれない。
「いつもどんな顔をしてるかは自分では分からないけどこれだけは言えるよ。ここの料理は美味しい」
「でしょ? 幾ばあの料理は九戸一、いや世界一だからね!」
「彩恵。いくらおへずれまげようったって無駄だべ」
「あちゃーばれてたか」
彩恵は背中を丸めてペロッと舌を出す。
「あ、そうだ。今春休み期間中だしさ、一緒に遊ぼうよ。ここら辺じゃ遊べる人少ないんだよねー」
「……僕に春休みなんて無いよ」
「え? 今年から同じ中学だよね? だったら春休みはあるはずだけど」
「僕は学校には行かないんだ」
「え……」
彩恵は何でとは聞いてこなかった。この前の幾ばあと同様僕に気を遣ってくれたのかもしれない。
「そっか。じゃあ休みとか関係なくていいよ。私が遊べる日は毎日来るから。首を洗って待ってるがいい!」
……あれ? なんか遊ぶ流れになってない?
「ちょっとま——」
「ごちそうさま!」
彩恵は僕の声を遮って箸とお椀をバンと置くと和室を走って出て行った。
「全く彩恵はいくつになっても変わらんの……」
「……」
何だったんだあいつは……。
すると帰ったはずの彩恵が入り口からピョコッと顔を出してきた。
「あ、明日も来るから! よろしくね。璃都くん!」
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どうやら僕が一人でいれる時間はたった一日で消えたみたいだ。
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