私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭

文字の大きさ
36 / 78
9.魔女

しおりを挟む
 扉を開けると、机の上の鏡にもう光がともっている。

(リュシアン様!)

 さっきまでリュシアン様のあんまりな仕打ちに憤っていたというのに、彼の姿を見られると思った瞬間、私は犬のようにしっぽを振って鏡の前に飛んでいった。

『ジスレーヌ、今日も生きていたようだな』

「リュシアン様! はい、今日も一日頑張りました。今日は薬草茶作りをしたんですよ。ほら、前に庭に生えているのを見つけたと言った薬草が乾燥し終えたので」

 私がそう言うと、リュシアン様は呆れ顔になる。

『……随分楽しんでいるみたいだな。そんな呪いの屋敷で』

「慣れればここもそんなに悪くありません」

『それは結構だが、ちゃんと反省はしたのだろうな。もう二度と毒を入れないと』

「それは……」

『なぜ即答できないんだ。本当に反省しているのか』

 私が言葉に窮していると、リュシアン様は顔をしかめた。不快な思いをさせてしまったことに申し訳なくなる。

 けれど、今後もリュシアン様がご令嬢たちと親しくする可能性がある以上、はっきりやらないと約束することはできないのだ。

 私はいくら反省しても、リュシアン様がほかの女性と仲良くしているのを見るだけで理性がどこかに行ってしまう。

 リュシアン様が今のように美しくなく、健康でもなくなれば、誰も見向きもしなくなるんじゃないかなんて、恐ろしい考えで頭がいっぱいになってしまうのだ。


「すみません、リュシアン様……」

「もういい。幽霊の幻覚を見たなどと言って相当追い詰められているようだから、反省しているなら早めに出してやろうと考えていたんだが。お前がそのような態度ではそうするわけにはいかないな」

 リュシアン様は苛立たしげにそう言う。幽霊が幻覚ではないこと以外は反論の余地もなく、私は顔をうつむけた。

 本当は私にだってちゃんとわかっている。

 調査も何も、方法が証言と違うだけで、毒を入れたのは私。いくつも前科のある私をリュシアン様が疑うのは当然のことなのだ。


「そうですよね。私、ちゃんと反省します……。今日は早めに通信を切って、自分を省みようと思います」

 しょんぼりとそう言って鏡に手をかざし、通信を切ろうとすると、リュシアン様は急に慌て顔になった。

「あ、おい! ちょっと待て! まだ通信し始めたばかりだろう。一日十分の約束だったではないか」

「けれど反省もちゃんとできない私が、リュシアン様に十分間も時間を使ってもらうのは申し訳ないですわ……」

「確かに俺はお前のような愚かな女に時間を使っている暇はない。しかし、約束は約束だ」

「まぁ、なんと慈悲深い……! では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」

 私がそう言うと、リュシアン様は明らかにほっとした顔になって「仕方ないからな」と言った。


「それで今日は薬草茶作りをしたんだったか。うまくできたのか?」

 リュシアン様は少し声を和らげて言う。私は嬉しくなって元気に答えた。

「はい、蝶のような形をした青い薬草を使って作ったんですが、とてもおいしくできました。お茶は綺麗な青色をしていて」

『ふぅん。珍しいな』

「リュシアン様にも帰ったら茶葉を差し上げますね。瓶に詰めてあるので!」

『いらん。お前から渡された飲食物など怖くて口に入れられない』

 リュシアン様は顔を引きつらせて言った。

「で、でも、おいしくできたんですよ。綺麗に瓶に詰めてリボンをかけたんです」

『いらないと言っているだろう。どうしてつい最近毒を盛られた女から渡された茶など飲まなくてはならないんだ』

「そ、そうですよね……。私、調子に乗っちゃって……。申し訳ありません……」

 しゅんとしながら謝ったら、リュシアン様はむすっとした顔で言う。

『……仕方ないな。じゃあ、お前が先に飲んで毒が入っていないと証明しろ。それなら飲んでやってもいい』

「まぁ! 飲んでくれますの? それに、私と一緒にお茶してくれるんですね! 嬉しいですわ。そのときは、ほかのご令嬢は呼ばないでくださいね!」

『おい、調子に乗るな』

 リュシアン様には呆れ顔をされてしまったけれど、私はその言葉が嬉しくて堪らなかった。
しおりを挟む
感想 72

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。 王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。 ※世界観は非常×2にゆるいです。     文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された

夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。 それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。 ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。 設定ゆるゆる全3話のショートです。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

処理中です...