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10.そもそもが間違い リュシアン視点②
①
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鏡に手をかざして通信を切り、王宮から遠く離れた裁きの家にいるジスレーヌに思いを馳せる。
いつもは通信を切る直前まで鏡に張り付いてずっと手を振っているジスレーヌが、今日は心ここにあらずの様子だった。
ベアトリスの息子が亡くなっているという話がそれほど堪えたのだろうか。
しかし、気の毒な話ではあるが、二十年も前に亡くなっている会ったこともない人間の息子が亡くなっていたからといって、それほど気持ちを揺さぶられるものなのだろうか。
少しだけ、ジスレーヌが言う幽霊の話は本当なのではないかなんていう考えが頭をかすめる。
「……そんなわけないよな」
あの女のことだ。ふざけたことばかり言うのも、いつも通りの奇行の一種だろう。
ジスレーヌの思考回路は、俺には全く理解できないのだから、気にするだけ無駄だ。
***
あの女が婚約者になって以来、何度殺されかけたかわからない。
毒を盛られたり、腕を刺されたり。その度に隠蔽し、内々の処罰で済ませてやってきた。あの馬鹿は王太子に危害を加えることがどんなに罪が重いのかわかっていないとしか思えない。
大事にしないため、犯人があいつだと予想がつくときは毒を盛られても何とか意識を手放さないように努め、刺された腕が痛むのを歯を食いしばって堪えて、翌日から普段通りに公務を行った。
自分でもなぜあの馬鹿のために耐えているのかはわからない。
数日間連続で殺されかけたときはさすがに苛ついて、王宮の部屋に閉じ込める際に蹴り飛ばしてしまったこともある。
けれどこちらは毒で数日間寝込んだのだから、それくらいは許されていいはずだ。
あいつを増長させた原因は俺にもある。
あれは俺が十三歳でジスレーヌが十二歳の時……まだ婚約者になったばかりの頃のこと。あいつは貴族の令嬢や令息たちの集まる小さなパーティーの前に、俺に睡眠薬を盛ったのだ。
『リュシアン様、剣術の稽古お疲れ様です! 喉が渇いているかと思って、お茶を持ってきました。飲んでくださいますか?』
『ありがとう、ジスレーヌ。いただくよ』
剣術の稽古から戻って来た俺を、ジスレーヌは門のところで待ち構えていた。
その頃はこんな弱々しい少女を警戒するなんて思いつきもしなかったので、俺は渡されたオレンジ色のお茶を躊躇なく口に入れた。
なんだか少し苦みがある気がしたが、せっかく持ってきてくれたのだからと、残らず飲み干す。
お茶を飲み終わってから客室に移動し、しばらくジスレーヌと話していた。しかし、ふいに強烈な眠気が襲ってくる。
これから着替えてパーティー会場に行かなくてはならないのに……。わかっているのに、瞼が重く、立っていられない。
『ジスレーヌ、誰か使用人を……』
呼んできてくれ、と言い終わる前に俺は意識を手放した。
目を閉じる前、ジスレーヌが口の端を上げて嬉しそうに笑っているのが見えた。
ジスレーヌは俺が眠りこけてしまうと、その間に使用人のところに行って「リュシアン様は体調が悪いみたいで、今日のパーティーは参加できないそうです」なんて報告したらしい。
後から事情を聞いた俺は、ジスレーヌが睡眠薬を盛って俺がパーティーに参加するのを邪魔したのだと気づき、呆然とした。
ジスレーヌのところに行ってなんでそんなことをしたのだと問い詰めると、あいつは目に涙を溜めて俺がほかの令嬢と話すのが嫌だったと言ったのだ。
つまらない理由に心底呆れた。
しかし愚かにも俺は、呆れると同時に焼きもちを焼かれたことをまんざらでもなく思ってしまったのだ。そんな理由で、「次はやるなよ」の一言で済ませてしまったのがまずかった。
最初は睡眠薬程度だったジスレーヌの奇行が、年を経るにつれどんどん悪質化していった。
いつもは通信を切る直前まで鏡に張り付いてずっと手を振っているジスレーヌが、今日は心ここにあらずの様子だった。
ベアトリスの息子が亡くなっているという話がそれほど堪えたのだろうか。
しかし、気の毒な話ではあるが、二十年も前に亡くなっている会ったこともない人間の息子が亡くなっていたからといって、それほど気持ちを揺さぶられるものなのだろうか。
少しだけ、ジスレーヌが言う幽霊の話は本当なのではないかなんていう考えが頭をかすめる。
「……そんなわけないよな」
あの女のことだ。ふざけたことばかり言うのも、いつも通りの奇行の一種だろう。
ジスレーヌの思考回路は、俺には全く理解できないのだから、気にするだけ無駄だ。
***
あの女が婚約者になって以来、何度殺されかけたかわからない。
毒を盛られたり、腕を刺されたり。その度に隠蔽し、内々の処罰で済ませてやってきた。あの馬鹿は王太子に危害を加えることがどんなに罪が重いのかわかっていないとしか思えない。
大事にしないため、犯人があいつだと予想がつくときは毒を盛られても何とか意識を手放さないように努め、刺された腕が痛むのを歯を食いしばって堪えて、翌日から普段通りに公務を行った。
自分でもなぜあの馬鹿のために耐えているのかはわからない。
数日間連続で殺されかけたときはさすがに苛ついて、王宮の部屋に閉じ込める際に蹴り飛ばしてしまったこともある。
けれどこちらは毒で数日間寝込んだのだから、それくらいは許されていいはずだ。
あいつを増長させた原因は俺にもある。
あれは俺が十三歳でジスレーヌが十二歳の時……まだ婚約者になったばかりの頃のこと。あいつは貴族の令嬢や令息たちの集まる小さなパーティーの前に、俺に睡眠薬を盛ったのだ。
『リュシアン様、剣術の稽古お疲れ様です! 喉が渇いているかと思って、お茶を持ってきました。飲んでくださいますか?』
『ありがとう、ジスレーヌ。いただくよ』
剣術の稽古から戻って来た俺を、ジスレーヌは門のところで待ち構えていた。
その頃はこんな弱々しい少女を警戒するなんて思いつきもしなかったので、俺は渡されたオレンジ色のお茶を躊躇なく口に入れた。
なんだか少し苦みがある気がしたが、せっかく持ってきてくれたのだからと、残らず飲み干す。
お茶を飲み終わってから客室に移動し、しばらくジスレーヌと話していた。しかし、ふいに強烈な眠気が襲ってくる。
これから着替えてパーティー会場に行かなくてはならないのに……。わかっているのに、瞼が重く、立っていられない。
『ジスレーヌ、誰か使用人を……』
呼んできてくれ、と言い終わる前に俺は意識を手放した。
目を閉じる前、ジスレーヌが口の端を上げて嬉しそうに笑っているのが見えた。
ジスレーヌは俺が眠りこけてしまうと、その間に使用人のところに行って「リュシアン様は体調が悪いみたいで、今日のパーティーは参加できないそうです」なんて報告したらしい。
後から事情を聞いた俺は、ジスレーヌが睡眠薬を盛って俺がパーティーに参加するのを邪魔したのだと気づき、呆然とした。
ジスレーヌのところに行ってなんでそんなことをしたのだと問い詰めると、あいつは目に涙を溜めて俺がほかの令嬢と話すのが嫌だったと言ったのだ。
つまらない理由に心底呆れた。
しかし愚かにも俺は、呆れると同時に焼きもちを焼かれたことをまんざらでもなく思ってしまったのだ。そんな理由で、「次はやるなよ」の一言で済ませてしまったのがまずかった。
最初は睡眠薬程度だったジスレーヌの奇行が、年を経るにつれどんどん悪質化していった。
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