噂好きのローレッタ

水谷繭

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第二部

21.変化③

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 なのに、そのアデル様が、今はすべて私が悪いとでも言うようにこちらを睨みつけている。会場は静まり返って、誰も言葉を発さない。

 しかし、誰もが私達三人に注目していた。

「アデル様、私のほうを信じてくれたのではなかったのですか?」

「ああ、信じたよ。私は何も真実が見えていない愚か者だったからな。けれど今はすべてわかった」

 アデル様はそう言って自嘲気味に笑う。

「答えろ、リディア。お前はフィオナに嫌がらせをしたんだな」

「……嫌がらせ、のつもりはありませんでした。ただ、フィオナ様に貴族のやり方をわかってもらおうと思って……」

 私が答えると、アデル様は冷たい声で笑う。

「貴族間に気に入らない者は階段から突き落としたり、持ち物を壊してもいいなんてルールはないが。しかし、一応は認めるわけだ」

 アデル様の声は明らかに敵意に満ちていた。

 これまでだってアデル様にそっけなくされたことは何度もある。しかし、彼の態度にはどこか甘さがあった。今の彼には一切の情が感じられない。

 初めて彼を怖いと感じた。

 目の前のアデル様も、一切動じずに隣に立つフィオナも、周りで冷たい好奇心に目を輝かせてこちらを見ている者たちも。

 怖くて足がすくむなんて、初めてのことだ。

「リディア」

 低い声で呼ばれ、思わず肩がびくりと跳ねる。

「私はお前のような者と婚姻を結ぶ気はない。……お前との婚約は破棄させてもらう」

 そう告げられた瞬間、頭が真っ白になる気がした。


 静まり返っていた会場がざわめき始める。「婚約破棄だって」「王子とリディア嬢が?」「だって最初からふさわしくなかったものね」。勝手な言葉に苛立つが、言い返す気も睨みつける気も起きない。

 私はなんとか気持ちを奮い立たせ、アデル様の目を見る。

「私との婚約を破棄するとおっしゃるんですか」

「ああ、君とはもうやっていけない」

「そうですか。それで、今お隣にいるフィオナ様と婚約を結び直すとでも?」

 私の言葉にアデル様は顔をしかめる。

「フィオナとはそんな関係ではないと何度も言ったはずだ。私が新しく婚約を結ぶ相手は別にいる」

「へぇ? 別の。本当はただお気に入りの女性ができたから、私を切り捨てて新しい婚約者に据えたいだけなのではありませんか?」

「いいや。本人を見ればすぐに違うとわかるだろう」

 アデル様はそう言うと、会場の後ろの扉に向かって声をかける。扉がゆっくりと開き、頭の上から黒いベールを被って顔を隠した女が歩いてきた。

 ベールの下からは豊かな金色の髪が見える。見覚えのある色に、心臓がばくばく音を立て始める。

 まさか。そんなはずはない。

 あの女は──……。


「紹介しよう。新たに私の婚約者となる人だ」

 アデル様の言葉と同時に、目の前の女はベールを外す。

 金色の長い髪。緑色の目。真っ白な肌。私と同じ顔が、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。

 私の双子の妹、リディア。

 会場のざわめきが一層大きくなる。

「リディア……! お前こんなところで何をしている!!」

 後ろから突然怒鳴り声が響いた。振り返ると、お父様が今にも飛び掛からんばかりの様子で叫び声をあげて、お兄様に必死に押さえつけられている。

「クロフォード公爵。静かにしてもらえますか。私の婚約者を怖がらせないでください」

「アデルバート殿下、どういうことです! なぜ私の娘がここにいるのです!」

 お父様は血相を変えて言うが、アデルバート様は平然としている。

「あなた方の家の噂を聞いて保護させてもらったんですよ。あのまま屋敷にいればリディアは搾取され、苦しめられ続けたはずですから」

「なぜそれを……! どうやってリディアを連れ出したんだ!」

「そちらの家からお預かりしたメイドがいるでしょう? あの子が協力してくれたんです。ローレッタは地下牢の鍵のある場所や、見張りのいる場所を私の部下に教え、見張りの食べ物にこっそり眠り薬を仕込んでくれました。おかげで無事にリディアを保護することができました」

「ローレッタが……? あの頭の悪い娘に、そんなことができるわけ……」

 お父様はどんどん青ざめていく。

 ローレッタがアデル様に保護するという名目で取り上げられたことは、もちろん話していた。

 しかしお父様は、双子の妹の専属メイドでうちの事情を知るローレッタが王宮にいると聞いても、特に動揺することはなかった。

 あの頭の足りないメイドがリディアを救出するために何かできるはずがないし、この前鞭打ちしたときにうちの事情を話さないようにキツく言い聞かせておいたので問題はないだろうと。

 私もアデル様の行動には納得がいかなくても、ローレッタが秘密をぶちまける可能性なんて想像していなかった。


 双子の妹が、口をにやりと歪ませるのが見えた。こちらを完全に馬鹿にしている顔。

 今すぐ首を絞めてやりたい衝動に駆られる。私がこの奴隷同然の妹に馬鹿にされるなんて、あっていいはずがない。

「リディアとローレッタにクロフォード家の秘密についてはすべて聞きました。クロフォード家では領地から人をさらうか、人買いから買うかして連れてきた人間に文様を入れて、魔力を溜めさせていたそうですね。それだけではない。あなたたちは実の娘を地下室に閉じ込め、生贄として扱ってきた」

「私たちはそんなことをやっていない……!」

「認めないおつもりですか? それではここにいるリディアの存在をどう説明します? 先ほどあなたはリディアを「私の娘」だと言いましたよね。クロフォード家の子供は公には三人ということになっていますが」

 アデル様の言葉にお父様は声を詰まらせていた。説明できるはずがない。アデル様の言ったことはすべて真実なのだから。

 お父様もお母様もお兄様もシェリルも、皆口を引き結んで黙りこくっている。私も何一つごまかしの言葉が浮かばない。会場中の刺すような視線が痛かった。

 アデル様は黙り込む私たちに容赦なく言い渡す。

「禁忌を破り国民を犠牲にしてきた罪は重い。クロフォード家の爵位は剥奪されることになるでしょう。後日、陛下から話が行くはずです」

「アデルバート殿下、お考え直しください。確かに私たちは罪を犯しました。けれど、それはこの国を守るためなのです!」

「言い訳は聞いていません。今後さらに厳しく調査が勧められることになるでしょう。今のうちに戻って、見られるとまずいものは処分しておいた方がいいのでは?」

 アデル様はそう言って冷たく笑った。

 お父様は唇をぶるぶるふるわせて悔しそうに俯いた後、お母様たちに「行くぞ」と怒鳴る。

 こんな場所に一人で残されたくなくて、私も慌てて後を追う。

 アデル様は逃げるように去って行く私を、引き止めることはなかった。
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