時間のない恋

東雲 周

文字の大きさ
5 / 14

第五話

しおりを挟む

 ───その30分前───
 僕は銃を持ち込むにあたって、無条さんに一つ訊いておきたいことがあった。武台裏にいた僕たちは声を抑えながら話した。
 「今回の僕たちの相手TEAMの井口ってどんな人なの……?」
 「たぶん、けっこう手ごわいとおもうよ。だって、前回の『試』では、第四位という結果を残しているし」
 「そのときは、どんな手法を使ってきたの……?」
 「それは、思い出すだけでゾッとするようなものだったよ。いつも井口君───グッチーの相手TEAMは、致命傷にはなっていないものの、大きな傷を受けて時には病院送りにもなっているくらいなんだよ」
 「で、具体的には……?」
 「あぁ、そうだね。自分の相手TEAMを殺傷寸前の状態まで傷つけるために、改造して威力を弱くしたアサルトライフルに、自作の仮弾を装填して武台に上がってくる。それがグッチーが使う非人道的な手法なの」
 「なんか、ダサいね……」
 「うーん、でも、彼は彼なりに昇格するための手段を選んでいるんだと思うよ」
 「ほんとにそうかな……?」
 僕がそう呟くと、彼女は不思議そうな顔で僕の顔を見つめてきた。
 「なんで、そう思うの?」
 「だって、もし本当に昇格するのが目的なら、必要最低限の道具で、短時間かつHPが100%の状態で勝利しようとするはずじゃない……?」
 「まぁ、確かにそうだけど」
 「ってことで、僕はこのハンドガン一つで闘うよ……」
 「そのハンドガンには、まさか実弾なんて入っていないよね?」
 「うん、入ってないよ、ただ1つ───」
 「りょーかいっ!もうすぐ私たちの試合が始まるよ」
 僕の言葉は、肝心なところで遮られてしまった。
 そして数分後、第二試合の終了を告げるホイッスルが鳴った───。



 「……、……」
 静寂が訪れた。彼───西野はたった今、俺に銃口を向けたそのハンドガンのトリガーを躊躇なく引いた。にも関わらず、銃声は響かなかった。
 「なっ……!」
 西野を含む、俺以外のこの教室にいる者の中で、誰一人としてこの状況を理解できる者はいなかった。
 「一体どういうことだ!なぜ弾が発射されない!」
 彼の率直な疑問に、俺はストレートに答える。
 「そりゃ、当たり前だろ?だって、弾が入っていないんだから」
 「は?でもお前、さっき地面に向かって一発撃っただろ!」
 「あぁ、『一発だけ』な」
 「なに?ってことはまさか───」
 「そう。最初から『一発だけ』しか弾が入っていなかったんだよ」
 「ァ……、ァ……、あァ……」
 西野は俺のかんっぺきなカラクリに声を失い、平常心をも失っていた。それが意味するのは───
 「あっ!西野君のHPが0%になってる!ってことは───」
 “ピッピッピ───”
 というホイッスルと共に第三試合が終了した。のと同時に、観闘席から大きな歓声が巻き起こった。
 「ウォォォォ───!」
 「こいつはバケモノだ!」
 「たったの五分で決着しやがったぞ!」
 「えげつないヤツが入ってきたぁ!」
 「今学期のダークホースだぁ!」
 といった意外な声が飛び交う中で俺は一つ、大きな深呼吸をした。僕がそれを終えたころに無条さんは僕に駆け寄ってきた───と思ったら、その勢いのまま僕に抱きついてきた。
 「光地之君、すごいよ!ほんとにすごいよ!」
 と言いながら、苦しいくらいに僕に抱きついている彼女に、僕は目を点にする。
 「ちょっ、むじょさんっ、そんなことしたらみんなの誤解を招きますよ……?」
 案の定僕が言った通り、C組の全生徒の目が僕たち二人に集中していた。無条さんは相当美しいスタイルを持っている。そんな彼女が僕みたいな底辺男子に抱きついていたら、みんなから嫉妬の目を向けられるのも無理はない。
 彼女もさすがにやりすぎたと気づいたのか、
 「うれしくって、ついつい……ね?」
 と言って僕に抱きついていた手を解いた。やはり彼女は自分の容姿と周囲の目は無自覚なのだろうか。
 彼女が抱きつくのをやめて、みんなの注目が僕たちからそれたところで再び話しかけてきた。
 「あっという間に勝っちゃったね。私、今でも信じられないの」
 「まぁ、多少危なかったところもあったけどね……」
 「うん、ホントに危なかったんだよ。グッチーが弾を入れていなかったからよかったものの、もし本当に入っていたら───」
 「それはないよ」
 「えっ?」
 僕の見た目に合わない、はっきりとした口調に目を丸くする無条さん。僕はそのまま言葉を続けた。
 「だって、試合が始まってからすぐにグッチ―の銃に弾は入っていない、ということに気づいたからね」
 「なんで?」
 「僕、開始のホイッスルが鳴るとすぐにハンドガンを捨てて、グッチーの懐に走りこんだでしょ?」
 「うん」
 「で、僕が彼の銃口に額をつけたときに、トリガーを引きかけた彼は顔色一つ変えなかったんだ。『殺傷してはいけない』のだから、あの状況だと普通はトリガーを引きそうになったら焦るでしょ?そこで僕は、グッチーは弾を入れていないということに気づいたんだ」
 「うーん。にしてもなんで今日に限ってグッチーは弾を入れていなかったんだろ?」
 「それは、きっと僕の『見た目』に騙されたんだと思うよ。まんまとね」
 最後の方は周りに聞こえないように、声を小さくして言った。
 「うん。たぶんそうだね。私も光地之君の闘いっぷりにびっくりしたんだよ。かっこよすぎたよ」
 彼女───無条さんはやはり無自覚のうちに他人を引き付けてしまうようだ。僕もそのうちの一人だった。
 「転入三日目にしてはなかなかすごいでしょ」
 「転……、あっ、うん。そだね」
 「ん?」
 彼女の口調に少し違和感を覚えたが、気にしないフリをした。



 そして一通り話し終えると、二人で観闘席へ戻り、残りの試合を見ることにした。



 この日から、僕の存在と実力はCクラスだけにとどまらず、全クラスへの波紋となる───。



 ばれなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...