時間のない恋

東雲 周

文字の大きさ
7 / 14

第七話

しおりを挟む

 無条さんはなぜかC組の教室の前を通り過ぎて、B組の教室の扉の前で立ち止まった。
 「何してるの……」
 僕も、彼女が見ている紙をのぞき込む。
 彼女もそれに気づいて、僕の方へ向き直す。
 「これは、『座標』。つまり、他の学校でいう座席表みたいなものなの。日曜日に『試』を行う。次の日にその結果が出る。そして、新しいクラスが決まる。でもここで『座標』替えをしなければ、同じクラスにとどまり続けて、仲の良いグループが形成される。そうすると、『試』にも不都合が出るでしょ?だから、一週間ごとにそうやって『座標』替えをするの」
 確かに、彼女の言わんとすることはわかる。でも、「座標」替えをしなければ「試」に生じる不都合とは何なのか、それはこの時の僕にはわからなかった。
 「その不都合って何なの……?」
 「今はなすと長くなるから、また今度でもいい?」
 彼女はそういって、僕の返事を待たずに、さっさと教室に入っていってしまった。
 廊下に残された僕は、自分の座標を確認して教室に入る。



 ここの空気はC組とは全く違う。
 それは教室に入った時点ですぐにわかった。何が違うのか、と言われれば、うまく言葉で表せるようなものではないが、何かそういう雰囲気が流れていた。
 ひとまず、自分の席へと向かう。
 木目がきれいな机の端で、僕の目がはたと止まった。
 木目のそれとは正反対のメッセージがあった。
 鉛筆で書かれたであろうそのメッセージは、筆跡からして恐らく、男子のものであろうと推測できた。
 しかし。
 「なんだこれ……。字が読めない……」
 判別できなかった。
 意図的なものなのか、それとももともとなのかはわからないが、いずれにせよ、どれもこれも字が潰れていて、その記述から何かのメッセージを読み取ることは不可能だった。
 僕が筆箱から消しゴムを取り出したところで、後ろから声をかけられた。
 「ちょっと待って。俺、それ読んでみてもいい?」
 僕はその声の方をゆっくりとした動作で振り向いて、彼にも「貧弱な光地之」を植え付け───
 「あっ、光地之君じゃん。同じクラスなんだね。お互い頑張ろうね」
 「……、……」
 その必要はなかったみたいだ。
 彼から感じられる「何か」と同じようなものを僕は以前にも感じ取ったことがあった。
 髪型こそ変わっていたが、どう考えても彼は「生徒A」に違いなかった。
 「……、その反応もしかして俺のこと忘れた?」
 「無条さんの友達、だよね……?髪型一つで、人って別人に見えるんだね」
 「髪型……?あっ、確かに変えたよ。あはははっ!光地之君って、面白いこというんだね」
 よし、いける。つかみは悪くない。B組に知り合いはほとんどいないから、少しでも多くの生徒と良好なつながりを持たなければ、「試」にも支障が出てしまうだろう。
 それを踏まえたうえで、思い切った言葉で攻めてみる。
 「あのさ……。正直、無条さんのことどう思ってるの?」
 「えっ?」
 想定通りの反応。僕は無条さんの方をチラリと見るが、彼女はカバンをゴソゴソして、何かを探しているようだった。
 「無条さんとは幼馴染なんでしょ?」
 「うん」
 「ということは、僕がやてくるまでは、無条さんとペアを組んでいた……?」
 「そうだけど?」
 「じゃあ、急に出てきた僕にペアを取られた君は寂しくないの……?」
 「寂しいよ」
 「じゃあ、なんで君は……」
 僕はそこで言葉を失った。
 理由は単純。彼が笑っていたからだ。
 「君はどうして寂しいのに笑えるの……?」
 そんな僕の意地悪な言葉に、彼はさらに笑う。
 「光地之君。もしかして、僕の名前知らない?」
 「えっ……?」
 緊迫していた場が一瞬にして和む。彼の言葉にはそんな「力」があった。
 「確かに、俺、まだ名前言ってなかったよね?」
 「うん」
 「俺、西極 星護(さいごく せいご)っていうんだ。ジョーとは、仲のいい友達ってくらいの関係かな」
 「さいごく……、せいご……」
 「星護って呼んでくれたらいいよ。俺、自分の苗字、あんまり好きじゃないんだ」
 「そう……、なんだ……」
 「光地之」と違って、「西極」ってカッコいいよな、と思いながら、彼の名前をもう一度自分の中で反芻してみる。
 西極、星護。
 「これからよろしくね」
 「よろしく……」
 僕が彼の「力」の余韻に浸っている間に、彼は僕の机の横に立っていた。
 「え~っと。これは……。あぁ、わかった」
 「えぇ……、ホントに……?」
 「うん。これを書いたのは恐らく、アイツじゃないかな。意図がまるわかりすぎて……。まったく、可愛いヤツだ」
 僕は彼の人差し指が向いている方に視線をやる。その先にいたのは───
 「あははっ!そうだよね!やっぱ演技演技~だよねっ!」
 「えっ?あれって……、さっきの人だ」
 僕は思わず独り言をこぼす。
 僕たちが見ていたのは、教室に入ってすぐのところで、無条さんを見つけて飛びつくように話しかけていた「アレ」だった。
 「えっ?光地之君、「アレ」のこと知ってるの?」
 「知ってるというか、さっき廊下で急に告られたんだけど……」
 「お、おい。ウソだろ?お前、『アレ』に告られたのか?」
 「うん。大衆の前でね」
 僕は一応、というか全力でありのままの真実を伝える。
 教室で、急に大声があがる。
 まだ人がほとんどいないこの教室でそんなことが起こる元凶といったら、僕には「アレ」しか思いつかなかった。
 「も~っ!さっきから私のこと物扱いしているヤツは誰なの!ほんと信じらんない!」
 予想的中。などと喜んでいる暇なんて僕には与えられなかった。彼女は星護の方、すなわち僕がいるところをめがけて、ずんずん歩いてくる。
 「もうほんっとに!それだから星護はモテモテないんだよ!あんたも少しはえんせいを見習……」
 空間がピタリと止まる。
 彼女と目が合った僕は、そんな錯覚に陥る。
 そして、束の間の静寂の後、彼女は顔を真っ青にして、視線を宙に泳がせる。
 「えっとぉ……。い、今のはなかったことね?」
 僕と星護の頭の中の疑問符が一致する。
 一体、何が言いたいんだ、こいつ。僕たちに可愛らしいウインクまでくれて、何がしたいんだ?
 しかし、星護の「力」は絶大な威力を発揮する。
 「でもまぁ、可愛らしいウインクまでくれたことだし、今回は見逃してあげようよ」
 「うん……?」
何を見逃すのかはさっぱりわからないまま、とりあえず彼の意見に賛成しておく。
彼女は僕の反応を受け取って、自分の「座標」へと歩いていって、ストンと座る。僕のところから机四つ分くらい離れたところに彼女のはあった。
「いったい、あの子何なの……?」
朝一番から僕の頭に疑問符を作り続ける彼女に対する率直な思いを、星護に尋ねてみる。
「あぁ、あの子の名前は、西園 幸乃(にしぞの ゆきの)。あの子は常日ごろからえん……円熟した関係にある友達をつくりたくて、その努力を惜しまない、ある意味真面目な子なんだ」
「ふーん……」
このとき、僕は何も知らないフリをしていたが、本当はわかっていた。



「ウソ」の極意は、「省略」。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...