無詠唱魔術が最強の時代、俺はあえて詠唱することを選ぶ。だってそのほうがカッコいいから。

大豆茶

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9.決断

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「え、と……あなたたちが……?」

 ――これが、マティカ村の村長である壮年の男性、サイモンが、開口一番で放った言葉だった。

「はい……えと、なんかすみません」
「あっ、いえ! こちらこそ失礼な態度をとってしまい、すみませんでした」

 カイルが申し訳なさそうに頭を下げると、サイモンは慌ててカイルよりも深く頭を下げた。

 謝る必要はない。カイルはそう思っていた。
 ゴブリン退治の件は、村の者だけでは対処しきれないから、星降りの杖に依頼したものだ。相当困っていたに違いない。

 だというのに、派遣されたのは学生……それも階級を示すバッジすら付けていないひよっこだったのだ。サイモンが落胆してしまうのも無理からぬことだ。

「どうか頭を上げてください。正直、村長さんの気持ちもわかりますよ。俺たち頼りなさそうですしね。とくに、こんな怪しい見た目の奴がいたら尚更っす」

 カイルは半笑いしながら、後に立つマロゥを親指で指した。

「はは、ええまあ……はい」

 サイモンは顔を上げ、苦笑いで返答した。
 実際、マロゥの格好……眼帯や包帯、そしてボロボロのマントなど、下手をしたら怪我人にすら見られかねない少年がいたことが、落胆した理由のなかに多分に含まれていた。

「村長さん。あたしたち頼りないかもしれませんが……でも学生の身分とはいえ、星降りの杖の名を背負っている身です。その名に恥じぬ働きをすると約束します。ですので、まずは詳しいお話をお聞かせください」

 ミーナの凛とした態度、そして真剣な眼差しに、サイモンの胸中から落胆や侮りの感情は消え去った。
 
 そして、一度深呼吸してから、村の内情を語り始める。

「……被害が出始めたのは一ヶ月ほど前からです。初めは村外れの畑が荒らされていました。最初はその程度で済んでいたのですが、最近では被害に遭う頻度や規模が増え、家畜が殺されたり連れ去れたり、村人にも怪我人が頻出する始末で……」 

 サイモンの話を聞いたカイルは、顎に手を当てながら、思考を巡らせていた。
 そして数秒後、いくつかの不可解な点があると結論付けた。

「……あの、ちょっと質問いいすか? いくつか気になるところがあって」

 ふと、カイルが軽く手を挙げながら、サイモンに問う。
 その横で、ミーナはマロゥへこっそりと話しかけた。

「ねぇマロゥ、今の話におかしなところなんてあった……?」
「フッ、案ずるな……奴は『金色の智者』。策謀の類いは任せておけばいい」
「なによ偉そうに……あんたもわからないんじゃない」

 ミーナに睨まれ、たじろぐマロゥをよそに、カイルは質問を続けていた。

「この村は防衛設備がしっかりしてますよね。ゴブリン数匹程度が突破できるものじゃないと思うのですが? それも何度も頻繁にとなると、ちょっと信じがたいっすね」

 カイルの追及に、サイモンは口をつぐんでしまう。返す言葉が出てこないのだ。

「年季が入った防護柵でしたし、今まで充分に防げていたんじゃないですか?」
「……た、確かに、今までは村に侵入される前に撃退できることがほとんどでした」
「ですよね? ゴブリンは知能が低くて、獲物を見付けたら一直線に突っ込んでくぐらいしかできない。それが誰にも見られずに侵入し、それも獲物をその場で食わずに持ち帰るなんてことはあり得ない」
「い、言われてみれば……」

 サイモンが村長になって約十余年。今まで魔物に襲われたことは何回もある。
 もちろんその中にはゴブリンもいた。しかし、カイルの言うように、ゴブリンは比較的対処しやすい魔物だ。それこそ戦闘訓練を受けていない村人でも対処可能なくらいに。

「で、ではあれはゴブリンではないと……? 目撃証言によると、間違いなくゴブリンの容貌だったということですが……」
「まあそこは間違いないでしょう。でも、一連の犯行の手際のよさから察するに、村への襲撃は衝動的なものじゃなくて、おそらく計画的なもの……つまりはゴブリンに指示を出す指揮官がいるはずです」
「――っ!」

 カイルの言葉に、サイモンは思わず息を呑んだ。
 その言葉の意味するところは、ゴブリンの指揮官……つまりゴブリンリーダーか、の存在が関与しているということだ。

 ゴブリンはFランクの魔物だが、指揮官がいる場合は話が別だ。
 知能が低く、ただ闇雲に突っ込んでくるだけだったゴブリンが、軍隊のように統率された動きをしてくる。それだけでも厄介さは跳ね上がるのに、指揮する特殊個体のゴブリンはゴブリンリーダーと呼ばれ、単体でDランク相当の強さを誇っている。

「……ってわけだ、マロゥ、ミーナ。俺の勘ではゴブリンリーダーがいるんじゃないかと踏んでる。指揮官に率いられたゴブリンの群れは、規模にもよるけど……本来ならCランク相当の任務になるはずだ」

 カイルは、言外に「任務を降りるべきか否か」を仲間に確認した。
 Cランクの任務は、本来課題として学園が想定していた難易度を大きく上回る。ここは一度、星杖学園へ戻って報告する……というのが、賢明な判断だろう。

 ――だがその場合、次に団員が派遣されるのはどんなに早くても一週間後……場合によっては一ヶ月以上かかると考えるのが現実的なところだ。
 
 Cランクの驚異を凌げる設備や装備など、マティカ村にはない。ゴブリンの群れが本気で攻めてきたら、村が壊滅する可能性が高い。
 かといって村を棄てて逃げようにも、それなりの時間をかけて準備しなければならない。結局、マロゥたちがここを離れるのならば、マティカ村の人々は恐怖に怯えながら、幾度もの夜を越えねばならないのだ。

「――やるわ」

 沈黙のなか、しばらく俯いていたミーナは、ぱっと顔を上げ、先程と同じように真剣な眼差しで答えた。
 危険な相手だろうと、この村の人たちを助けるために戦いたい。そんな気持ちが、言葉にせずとも伝わってくる。

「フッ……案ずるな、いざとなったらこの俺がいる」

 マロゥもミーナに続いて、自らの胸を軽く叩き、なんの根拠のない自信を示してみせた。

「ははっ、そうだな……マロゥがいればなんとかなるかもな。よし、やってやろうぜ二人とも!」

 カイルは掛け声とともに、握りこぶしを突き出した。マロゥとミーナは一瞬目を見合わせたあと、同様にこぶしを突き出す。

「――いざ、伝説への序曲を奏でるとしよう」

 こうして、三人は想定外の難度となった課題に、真っ向から挑むこととなった。
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