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第一章 器用貧乏な少年、ユーリ
2.神童と呼ばれる器用貧乏
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ユーリが追放を言い渡される一ヶ月前。
グランマード家の所有する屋敷の中庭で、二人の少年が木剣を打ち合っていた。
「やあっ!」
「ぐあっ……!」
カァン!
剣と剣とががぶつかりあい、乾いた音が響く。
背の低い方の少年、ユーリが握る木剣の鋭いひと振りで、ユーリよりも一回り身体の大きな少年の手元から木剣が弾かれ、その拍子にバランスを崩し尻餅をついた。
「勝負あり……ですね、パオロ兄さん。さ、手を」
「……ちっ」
ユーリは二つ年上の兄、パオロに笑顔で手を差しのべる。だが、パオロはぎりりと歯を噛み締め、恨めしそうな顔でユーリを睨みつけているだけで、その手を取ることはなかった。
「おおっ、素晴らしいぞユーリ! 既にパオロを超えたとは……お前の剣の上達ぶり、まさに神童と呼ぶにふさわしいぞ!」
「ありがとうございます、父様」
彼らの父であるミゲルは、転倒したパオロには目もくれずにユーリのもとへ駆け寄り、その肩を掴みながら称賛した。
未だ尻餅をつきながらそれを見ていたパオロの表情は、ユーリと二人だったときより更に険しいものとなる。
「我がグランマード男爵家の男児は、代々剣術を嗜むならわしなのだが……まだ六歳なのに【剣術】スキルのレベルを3まで伸ばすとは、すさまじい才能だぞ!」
「いえ……そんな、僕なんてまだまだです」
スキルとは、それを所持する人物が、どれだけの技量を持っているかの証のようなものだ。
各スキルにはレベルが存在し、1から始まり、最大で10まで成長する。このスキルレベルは、対応する行動を積み重ねることによってレベルを上げることができる。
例えば、【剣術】のスキルであれば、剣を使った鍛練や実戦を繰り返せばレベルを上げられる、といった具合だ。
ユーリが神童と呼ばれる所以は、六歳という若さにして、【剣術】スキルレベルを3まで上昇させたことにある。
凡人がこの【剣術】のスキルレベルを3にしようとすると、一日の大半を鍛練に費やしたうえで、十年はかかるとされている。
ユーリは、まだ幼く身体が成長途上であるからと、鍛練の時間は朝と昼の一時間ずつ、一日二時間だけに抑えられていた。
しかも、鍛練を始めたのはわずか三ヶ月前という、驚異的に短い期間でスキルレベル3に達したのだ。故に、ミゲルがユーリを神童ともてはやすのも無理はないだろう。
このときのミゲルの興味関心は、本来なら跡継ぎ候補筆頭である長男のパオロには一切向けられていなかった。パオロはユーリより二年も早く剣術の指導を受けていたにも関わらず、未だスキルレベルが2だったからだ。
それでも世間一般で見ればかなり優秀な部類ではあるのだが、ユーリの驚異的な成長速度と比べるとどうしても霞んでしまう。
「ユーリがこの調子で成長したなら、成人するころには達人級と言われる【剣術】レベル8……いや、剣聖の称号を与えられるレベル10も夢じゃないぞ。そうなれば我がグランマード男爵家が陞爵するのは間違いないな、ハハハハハッ!」
ユーリの成長速度は、歴史上数人しか存在していない『剣聖』まで届くのでは、と思わせるぐらいの期待感があった。
剣聖を輩出したとなれば、陞爵は確実なものとなるだろう。ミゲルの上機嫌ぶりも当然だと言える。
父の満足そうな顔を目にしたユーリは、その期待に応えたいと強く想った。
子が親の役に立ちたいという気持ちは普遍的なものだが、ユーリの抱く想いは特別強い。
その理由は、ユーリの生い立ちにある。
ユーリ自身は知らないが、ユーリは妾との子で、正妻の子ではない。そのせいで屋敷に住んでいる義理の母親からはぞんざいに扱われ、家族はおろか、使用人たちからも蔑ろな扱いを受けてきた。
だが、剣の鍛錬を始めてからユーリの世界は一変した。義理の母からは相変わらず嫌われており、頑なに顔を合わせようともしなかったが、今まで毎日のように小言を浴びせ続けていた父は、手のひらを返して甘い言葉を吐き続けた。
剣は、ユーリにとって父に認められる唯一の光明となった。誰からも愛してもらえなかった少年は、ようやく自分を人たらしめる道を見つけたのだ。
父の期待に応えるために、愛してもらうために。ユーリはこれからも剣を振るい続けようと心に誓った。
――――すべてが、ほんのひとときの幻に過ぎなかったとは知らずに。
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