千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第一章 器用貧乏な少年、ユーリ

EX2.グランマード家のその後②

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「ふ……ざけないでくれ! なんであんなやつの名前が出てくるんだよっ!」

 小娘の発言に憤慨したパオロが大声を上げる。

 まったく同じことを私も思っていたのだが、パオロが私よりも早く小娘へと叫んだ。さっきまでガチガチに緊張して一言も発していなかったというのに、すごい変わりようだ。
 しかし激昂するパオロの様子を見たおかげか、私はある程度の冷静さを保つことができていた。

「……? どうしましたユーリ君」
「俺はユーリじゃない! パオロ・グランマードだ! あんな野郎といっしょにするんじゃねぇよ!」
「……成程。人違いでしたか、それは申し訳ありません」

 パオロはかなりの剣幕で詰め寄るが、小娘のほうは少しも動揺せずに、あくまで淡々と話す。
 
「そういえばご子息は二人いるのでしたね。どうりで報告書に記されていた情報と差異があるはずです。申し訳ないですがには用はありません。ミゲル殿、ユーリ君を呼び出していただけますか?」
「てめえっ……!!」

 パオロが今にも手を出しそうな気配があったので、私は慌ててパオロと小娘の間に割って入った。
 小娘とはいえ騎士団の一員に変わりない。揉め事を起こしてしまっては王への印象が悪くなってしまうからな。

「まあ落ち着けパオロ。こむす……ゴホン。アニエス殿は何か勘違いをしているだけのようだぞ」
「勘違い? 私は勘違いなどしていません」

 このガキが……私のフォローを無駄にする気か!
 用事があるのはユーリではなくパオロだったと、報告書に誤りがあったと、そう訂正すれば済むことだろうが!
 
「しかしアニエス殿、パオロは九歳にして【剣術】レベル3に達した天才だ。噂を聞きつけ我が息子をスカウトしに来たのではないのか?」
「……? いえ、先ほど申し上げた通り、自分はユーリ・グランマードのスカウトに来ました」

 なんだと……?
 間違いじゃないのか。本当に? わざわざあの出来損ないをスカウトしに来たっていうのか?
 
「何故……何故あいつを?」
「知りませんでしたか? 特異な加護を持つものが現れた場合、司祭から王都に報告書が上がります。それを見た団長がユーリ君のことをいたく気に入りましてね。もちろん、私自身も興味があります」

 くっ、あのジジイか! 王都への報告など勝手なことをしおって!
 ……しかし、あのハズレ加護を気に入るだと?
 白翼騎士団の連中は風変わりな者が多いと聞いてはいたが、あんなゴミクズに興味津々とは度が過ぎる。ユーリは何をやっても一流にはなれない不良品なんだぞ!

「ま、待ってくれよ。俺はユーリよりも強い! スカウトするなら普通俺のほうだろう!」

 パオロも同じ思いのようだ、私が言いたいことを代弁してくれている。

「……ええと、あなたは確か【剣術】のスキルレベルが3……と言ってましたか?」
「そうだ! ちょっと前まではユーリに遅れをとっていたが、今ではもう奴に負けることはない!」
「……そうでしょうね。ただ、それは【剣術】スキルを競う場合だけです。例えば、剣術大会など純粋な剣の実力を試す場でなら、おそらく君が勝つでしょう」
「ほらな! それなら、やっぱり俺をスカウトするべきだろ!?」
「しかし、実戦でならどうでしょうか?」
「は? 実戦……?」
「私たち騎士団の戦いの場は、剣術大会の舞台のように整えられた環境下ばかりではありません。深い森の中や沼地、ときには剣を振ることすらできない狭い建物の中で戦うことだってある……そんな状況で求められるのは何だと思いますか?」
「そ、それは……」

 パオロが押し黙ってしまったので、私が代わりに答えてやろう。答えは簡単だ。

「ふん……愚問だな。そんなもの、圧倒的な強さに決まっているだろう」

 私がそう答えたので、小娘はパオロから私へと目線を移した。

「その答えでは不十分です。その圧倒的な強さとやらを決定付けるものは何ですか?」
「ああ……? そんなものスキルレベルに決まっているだろう」
「……確かに、スキルレベルが高いに越したことはないですね。しかし、それだけでは問題があります」
「な、なんだと!?」

 ぴしっと人差し指を私へと突きつけ、あくまで平坦な声で小娘はそう言い放った。

「実戦に求められるのはあらゆる場面に対応できる手札の多さ、そしてそれを冷静に実行できる対応力。これに尽きます」
「何を言っているのだ! 竜の鱗を貫き骨すら断つ至高の剣技さえあれば、恐れるものなど何もないではないか!」
「では、敵が剣を溶かす霧を吐く魔物だったら? 足の自由が利かないような沼地で、遠距離から魔法攻撃をされたら? そもそも相手の剣が自分よりも上だった場合は? あなたはどうしますか?」
「ぐ……そ、そんなものすべて斬ってしまえば問題なかろう」
「……答えになっていませんね」

 ため息混じりに一呼吸したあと、小娘の声のトーンがひとつ落ちる。
 私の出した答えを真っ向から否定したあげく、貴族である私に向かってそのような小馬鹿にした態度……万死に値するぞ……!

「その点、ユーリ君の加護【器用貧乏】なら、然るべき環境で数年訓練を積めば、いくつものスキルを習得できるでしょう。そうすれば、様々な状況に対応できる万能の戦士になります。
 そういった者が部隊にひとりいるだけで、生存率は大きく跳ね上がります。ユーリ君はそれだけの可能性を秘めた、いわば金の卵なのです」
「ぬ……ぐ……!」
「……とにかく、ユーリ君に会わせてはいただけないでしょうか? あなたの意見はともかく、本人の意思を確認したいのです」

 私は全身の血が沸騰しそうなほどの怒りを、強く歯を噛み締めることでなんとかこらえていた。

 この小娘が騎士団の人間でなければ、数発殴って叩き出していたところだ。しかし、下っ端とはいえ騎士団の連中を敵に回すのは得策ではない。
 ユーリがこの場にいたならば喜んで差し出すところだが……やつはもうここにいない。なれば、小娘にはここでおとなしく退散してもらうとしよう。

「残念だが、ユーリには会えない。なぜなら――」
「そうだぜ! ユーリはこの家から追放されてもういない! 今頃どこかで野垂れ死んでいるだろうよ!」

 パオロ……! 何を勝手なことを口走っておるのだ!
 私は適当な理由をつけてこの小娘を追い払おうとしただけなのだぞ!?

「追放……?」

 そら見ろ、あの鉄面皮な小娘があからさまに顔をしかめているではないか。
 そうなって当然な奴だとはいえ、外部に……それも王国直属の騎士団に知られてしまえば当家の品格を著しく落としかねない。

 いやまだだ、まだ言いくるめられる……!

「物置に閉じ込めて弱らせて、出ていく間際にこの俺が骨をへし折ってやったのさ! しかもそのまま魔物が出没する森へ行ったらしいから、間違いなく食い殺されているはずさ。ですよね、父上?」
「っ、パオロ!!」

 くそ、この馬鹿息子がっ! 前々から思慮が足りん奴だと思っていたが、いったい誰に似たんだか!
 余計なことを考えてないでさっさとパオロの口を塞ぐべきだった……。全てを馬鹿正直に話す必要などあるまいに!

「――――そうですか。非常に残念です」

 冷淡だった小娘の表情は氷点下を下回り、氷のごとく冷えきっていた。

 そしてそのまま出口の扉へと振り返り、背中越しにこう言った。

「この件は団長……並びにアムダルシア王へと報告させていただきます。あなたたちが今後どうなるか、王の判断を待ちなさい」
「――っ!!」

 ……まずいまずいまずいまずいまずい!!
 このことが厳格な王の耳に入ろうものなら、相応の処罰が下される。最悪、爵位の剥奪もあり得るかもしれん!

 私はこの場をやり過ごす方法を必死になって考えた。このまま小娘を行かせてしまえば、私は終わりだ。

 ……そして、今まさに去ろうとする小娘の後ろ姿を見た私は、天啓の如くあることに気が付いた。

 こやつ、武装していない……。剣を持たないことでこちらに気を遣ったのかどうなのかは知らんが、失敗だったな!

「ふ、ふふふ……!」

 私は小娘に気取られぬよう壁にかけられた装飾用の剣を二本掴み、ひとつをパオロへと渡した。そして、パオロにしか聞こえない声量で、告げる。

「パオロ……責任を取れ。やつを殺すぞ」
「えっ……?」

 私とてグランマード家の男児、【剣術】のスキルレベルは4だ。パオロもレベル3ある。
 スキルによる補正が加わり、装飾用の剣といえどうまく急所を狙えば十分な殺傷能力がある。非武装の小娘ひとりを殺すことなど造作もなかろう。
 使いっぱしりにされるぐらいだ、どうせやつは騎士団の中でも下っ端だろう。道中、強力な魔物に襲われて死んだことにでもしておけば問題あるまい。

 そう算段を立てて、私は剣を抜き、小娘へと斬りかかった。パオロも戸惑いつつ私に続く。

「死ねぇぇぇっ!!」
「――ほんと、残念です」

 ふっ、と小娘の姿が消え、私の剣が空を切る。

「なっ……消えた……?」
氷刃エルス・クリンゲ

 背後から私の喉元へと冷たい刃が突きつけられる。
 この刃を持つ手を少し引くだけで私は死ぬ。背後から奇襲したにも関わらず、ほんの一瞬のうちに形勢は逆転。気付けば生殺与奪の権を、このような小娘に掌握されてしまったのだ。

「動かないでくださいね。手元が狂ってしまうかもしれませんので」
「ぐ……パオロ、何をやっている……! 早く助けろ!」
「ああ……息子さんなら既にお休みいただいてますので、助けは期待しないでください」
「なっ……!?」

 眼球だけを動かしパオロを探すと、パオロは私の隣でうつ伏せに倒れていた。
 こやつ……あの一瞬でパオロの意識を刈り取り、かつ私の背後を取ったというのか……!?
 それに、武器の類いは携帯していなかった。それなのに、何故……?

 そう思い、眼下の刃に目を凝らす。

「なっ、透明な刃だと……!?」

 刃の向こう側が透けて見えるほどの透明度。 これは鉄で作られた剣ではない。まるで氷のよう――――っ、待てよ。聞いたことがある。氷で作られた刃を振るう、【魔法剣】スキルを使いこなす十年にひとりの天才が騎士団にいると。

「貴様……まさか、あの『雪花の剣姫』か……!?」
「その名前で呼ばないでください。お姫様なんて呼び方、恥ずかしいので」

 くそ、若い女だとは聞いていたがこんな年端もいかぬ小娘だったとは!
 なんだって隊長クラスの地位に就いている者がわざわざ勧誘に――――な、んだ。急に寒気が……私の、身体が……足先から凍ってきて、い、る……?

「安心してください、あなたも息子さんも命に別状はありません。少々冷えますけれどね。半時もすれば元通り動けるようになりますよ。
 ……それでは、失礼しますね。あ、それと自分に剣を向けた件も追加で報告させていただきますがよろしいですか?」

 く――そ――――

「――まあ、返事なんてできないでしょうけどね」

 氷結は既に私の口元までに及び、怨み言のひとつも言えずにいた。もはや、まだかろうじて自由が効く目で去り行く小娘の背中を追うことしかできない。
 そして、バタンと扉が閉まるのを最後に、私の五感全てが凍てついた――――
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