千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第二章 王都アニマ

16.危険地帯に住んでいた器用貧乏

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「お待たせしましたユーリ殿、出発の準備が整いましたよ」

 カールのおっさんの呼び掛ける声に、俺は目を開く。
 自身の深いところへと潜っていたために、どれだけ時間が経っていたのか把握できていないが、日の傾き具合から見て一時間経ったかどうかぐらいのものだろう。

 【瞑想】スキルの効果で魔力の自然回復力が上昇していたため、一時間程度で魔力がほぼ全回復している。
 こちらの準備も万全といったところだな。

「ああ、じゃあ行こうか」
「っと、申し訳ないユーリ殿。馬車の中は怪我をした仲間を寝かせているのと、無事な積み荷を移したせいでユーリ殿の入る余地が無くなってしまっています。私と共に御者席に座るか、申し訳ないですがそのまま屋根に居てくれませんか?」

 俺が立ち上がって馬車の屋根から降りようとすると、おっさんは慌ててそう言った。

「そうか。じゃあ、このまま屋根の上にいさせてもらうとするよ」
「面倒をかけてすみません」
「いいさ、こっちにいるほうが周囲を見渡しやすいしな」

 俺としても狭い空間で知らん人間と一緒にされるのはごめんだしな。屋根の上は多少居心地が悪いだろうが、まあ慣れれば平気だろう。

「それでは出発します」

 俺が再び腰を下ろすと、馬車はゆっくりと移動を始めた。
 しかしここは森のすぐ近くだ。地面が整地されているわけではないので、けっこう揺れる。
 そういえば、なんで街道を外れてまでこんな森の側を移動していたのだろうか。ちょっと聞いてみるか。

「カールのおっさ……カールさん、ちょっと聞いていいか?」

 俺は屋根の上から御者台にいるカールのおっさんへと声をかけた。
 
 しかし、心の中で『カールのおっさん』と呼んでいたのが、不意に口に出てしまった。
 さすがに初対面の子供におっさん呼ばわりされるのは気分を害してしまうだろう。

 ……自分でも偉そうな口調だなと思う。
 しかし、この口調は日々地獄を味わわせてくる師匠に対する反骨心から始まり、今では骨身に染み付いてしまっていて戻すことができなくなってしまっている。
 丁寧に話そうと思えば話せなくもないが、どうしても言葉に詰まったり、ぎこちない感じになってしまうのだ。

「ははは、私のことは好きに呼んでくれて構いませんよ」

 そんな俺の心配をよそに、カールのおっさんは俺の無作法な言葉にも笑って応じてくれた。懐の深い人だ。

「それで、聞きたいこととはなんでしょう?」
「なんだってこんな森の近くを移動していたんだ? 馬車で移動するなら、整備された街道を通るのが普通だと思うんだが?」
「……ああ、そのことですか。ええと、それはですね……」

 カールのおっさんが言葉を詰まらせている。うーむ、突っ込んだ話すぎたか?

「すまない、不都合があるなら言わなくても大丈夫だ」
「いえ、私らはユーリ殿に命を預けている身。お話し致します。
 ……とはいえ、なんてことはないですよ。うちの商隊長……だった男が横着した。ただそれだけのことです」
「どういうことだ?」
「我々は北方から国境を越えて旅して来たのですが、目的地である王都アニマへ通じる関所が通行止めになっていたのです。それでやむなく強行策をとった……って感じですね。いやはや、危うく商隊が全滅してしまうところでした……結果論ですが、愚策だったと言う他ありません」
「……ああ、なるほどね。なんとなく理解した」

 地理に明るいわけではないので確証はないが、おそらく関所を通らずに王都へ向かうため、こんな辺鄙なところを通らざるを得なかった、ってとこだろう。

「……まったく、この『帰らずの森』の近辺は強力な魔物が出るからと、私は反対したのですが……」

 ……ん?
 なんか気になるワードが出てきたな。『帰らずの森』だって?
 おいおい、まさか俺が暮らしていた場所って、そんな物騒な名前が付いてたのか。

「えと……『帰らずの森』ってのはなんだ?」
「おや、知りませんか? この辺りの樹海の名称ですよ」

 おっさんはまだ視界の端に映っている森を指差してそう言った。

「この森に住み着く魔物はどれも狂暴で、足を踏み入れた者は殆ど帰ってこないことから、『帰らずの森』と呼ばれるようになったようです」

 うわ、そんな物騒な名前の森だったのか……。
 師匠の結界の中で生活していたから、魔物と遭遇することはなかったし、普通に生活するぶんには全然気にならなかったぞ。
 
「それでですね、運良く帰還する者がごく稀にいるらしいのですが……彼等は口を揃えて『森で銀髪の魔女を見た』と証言しているとか。それも、数百年前から今に至るまで何件もの同様の証言があるようなんですよ?
 それで、いつからかこの森は本物の魔女が住み着いていると噂され、別名『魔女の森』とも呼ばれているんです。まあ、確証はないんですけどね」
「へ、へぇ……」

 銀髪……ね。うーん、その『魔女』とやらの正体に心当たりがありすぎる……。

「『帰らずの森』を知らないということは、ユーリ殿はここらの出身ではないのですかな?」
「まあ……そんなところだ。少し前まで山奥に住んでいてな。今は世界を巡る旅をしている」

 生まれも育ちもここアムダルシアだが、魔女の森とやらについてはまったく知らなかったし、その森で何年も過ごしたと言っても信じてはくれないだろう。
 話をこじらせてもなんなので、とりあえずは世間知らずの旅人だということにしておこう。

「……ああ、もしかしてユーリ殿も我々と同じ理由でこの森の近くを通っていたのですかな?」
「まあ、そんなところだ」

 おっさんは俺がこの場に居合わせた理由を、頭の中で勝手に補完してくれたようだ。
 危険な森の中に住んでいたなんて言っても、どうせ信じて貰えないだろうし、その方が都合がいい。

「ふむ、あれだけの腕があれば、順当な手段でしょうね。ブラッドウルフ単体での危険度はDランク……あの規模の群れならCランク認定されてもおかしくない。それをああもあっさりと退けるあたり、もしかして高名な冒険者でいらっしゃるのですか?」
「いや、冒険者じゃない。ただの旅人だよ」
「……あっ、それもそうですね。自分から聞いておいてなんですが、高ランクの冒険者には関所を自由に出入りできる権利があるのを失念しておりました。
 冒険者ならわざわざ危険な裏ルートを使う必要がありませんからね」

 ――――とまあ、こんな感じでおっさんとのとりとめのない会話を挟みつつ馬車は進んでいく。道中魔物に襲われることもなく、いたって平和な道のりだ。
 そして、太陽が沈み始め、夕焼けで空が赤くなったころ、俺たちは王都アニマへと到着するのだった。
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