千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第二章 王都アニマ

17.釣られる器用貧乏

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「すみません。手続きに少々時間がかかってしまいまして」

 王都に入る際、当然ながら検閲があった。
 カールのおっさんたちは関所を通らずにやってきた、いわば不法入国者である。なので、もしかしたら捕縛されたりするのかとヒヤヒヤしていたのだが、馬車に戻ってきたおっさんの様子を見る限り大事にはならなかったようだ。

 どんな手を使ったのかは知らないが、ついでに俺もチェック無しで王都へ入ることができたので、運が良かったと言える。
 もしカールのおっさんたちと一緒に来なければ、身分を証明できるもののない俺は門前払いが妥当……関所が通行止めになっている情勢を考えると、最悪捕まっていた可能性すらある。

 師匠のところでは魔物やスキルの知識ばかり学んでいたせいで、やや一般常識に疎いところがあるな。……反省せねば。

「よいしょっと」

 王都に着く前に御者席へと移動していた俺の隣に、カールのおっさんが腰かける。

「いやあ、ユーリ殿のおかげで無事に王都へ辿り着くことができました。依頼を引き受けてくれてありがとうございます」
「ああ、俺の方もいろいろ聞けたし、一人旅よりかは有意義だったよ」
「それはなによりでございます」

 馬車を移動させ、広場へとやってきた俺は、カールのおっさんと別れの握手を交わしていた。

「それではユーリ殿、お達者で」
「ああ」

 無事王都まで辿り着いたので、依頼は終了。結果として戦闘は一度もなかったが、約束通り報酬の金貨二枚は受け取り済みだ。

「ちなみに、ユーリ殿はしばらく王都に滞在する予定ですかな?」
「……ん、ああ。特に決めてはいないが、観光がてら少なくとも一ヶ月ぐらいは滞在すると思うぞ。金もできたしな」

 おっさんからの問いに、俺はさっき受け取ったばかりの金貨が入った麻袋をこれ見よがしに胸の前へと掲げた。金貨二枚のうち一枚は、大銀貨五枚と銀貨五十枚に両替してもらったので、けっこうな重みがある。
 これだけあれば一ヶ月間の寝床と食事を確保するのは容易いだろう。贅沢をしなければだが。

「はは、喜んで貰えてなによりです。私は王都にある支店でしばらくやっかいになるつもりです。
 もしご入り用があれば、『カザマ商会』をご贔屓に。ご来店の際にはサービスしますよ」

 おっさんは、商人らしい見事な営業スマイルを俺に見せた。
 道中聞いた話だと、冒険者向けの商材を扱っているらしいし、旅を続ける手前、入り用になるものも多く置いているだろう。こうやって出会ったのも何かの縁だ、そのときが来たらおっさんの店に行ってみるとしよう。

「ああ、滞在中に必ず寄らせてもらうよ」
「へへっ、毎度あり!」



「……さて、もう夜も更け始めてきたし、宿を探さないとな」

 商魂たくましいカールのおっさんと別れた俺は、宿を探すためにとりあえず目についた表通りを散策していた。
 通りには様々な商店がびっしりと建ち並び、空きスペースには露店商が所狭しと商品を広げている。

「さすが王都だな……俺が住んでいたところとは活気が違う」

 まもなく日も暮れようというのに、通りには結構な数の人間が行き交っていた。俺の住んでいたところなんて、夕方になると急に人気ひとけがなくなるのになあ。まあ、そんなに何度も見たわけじゃないが。

 ぐぅ~

「む……」

 そんなことを考えていると、突然腹が鳴った。
 ……そういえば、森を出てからしばらく何も口にしていないな。
 次元倉庫内に食料の備蓄はあるが、殆どが住んでいた森で採れた味気ないものだ。せっかく資金が手に入ったことだし、どうせならいいものを食べたい気分だ。
 それと宿も探さないとならない。その宿に美味い食事が出れば一石二鳥なんだけどな……。

「……ん?」

 『美味い食事を出す宿』を探すと決めた瞬間、ふと、俺の【直感】スキルに反応があった。
 それはどうやら、表通りを外れた路地の先から感じる。

 自らの感覚を信じ、俺はふらふらと裏路地へと足を踏み入れた。

「お、いい匂いがしてきた。この建物からか……?」

 人通りの少ない裏路地をしばらく進んでいると、食欲がそそられるいい匂いが俺の鼻腔を刺激した。
 荷車がギリギリ通れるかどうかぐらいのこの小さな路地へと入ってからは、周りが完全に住宅街となっていて、食事処があるのか少し不安だった。
 だが匂いの発生源であろう建物を見つけると、大きな看板がぶら下がっているのが確認できたので、俺はほっと胸を撫で下ろす。

「ええと……『銀の魔女亭』か」

 気が付けば真っ暗になっていた空の下、【暗視】スキルを使って看板の文字を読むと、なにやら最近聞いたばかりの単語が記されていた。
 
「魔女……か」

 つくづく魔女と名の付く場所に縁があるのだなとぼやきつつも、俺は銀の魔女亭の扉の前に立つ。その外観は、看板があること以外はごく一般的な二階建ての住居で、周りの建物とそう大差ない。
 わずかに開いた窓の隙間からは、さっきまで感じていたものより、さらに濃厚な匂いが漏れ出ている。やはりこの美味そうな匂いはここから香ってきているな。

 コンコン。

 俺は軽くノックをしてから扉を開いた。

「邪魔する――――ん?」

 空腹のあまり足早に入店したのはいいものの、吹き抜けになっていて思っていたより広々とした店内には、従業員らしき人物はどこにも見当たらない。
 ……というか人っ子ひとりいない。こここらだと死角になって見えないが、一応奥に誰かいる気配はあるんだけどな……。あれ、やっぱり普通の民家だったのか……?

 俺が首をかしげていると、二階から慌ただしい物音が響いた。

 ドタン、バタバタ!
 ガン、バタン!

 誰かが取っ組み合いの喧嘩でもしているのかと思うぐらいの物音がしたと思ったら、二階にある一室の扉が開き、少女が姿を現した。

「や、やっぱりお客さん!? すみません、すぐ行きまーす!」

 まだあどけなさの残るその少女は、俺の姿を見るや否や、金髪のポニーテールを揺らしながら階段を軽快に下りてくる。

「すみませんお客さん。お待たせしましたっ!」

 とても申し訳なさそうに頭を下げる少女の姿に、逆にこちらが申し訳ない気持ちになってしまう。

「ああいや、そんなに待ってないから大丈夫だ」
「本当ですかっ!? 怒ってないです?」
「ああ、怒ってないよ」
「はぁ~、よかった……」

 ずいぶん表情豊かな子だな。
 今のやりとりの間だけで幾度も表情が変わったぞ。俺なんて師匠のせいで感情が稀薄になって基本仏頂面なのに。

「……こほん。では改めまして、宿屋『銀の魔女亭』へようこそ! いらっしゃいませお客さん! 今日はどういったご用件ですか?」
「ええと……とりあえず一泊したいんだが、部屋は空いてるか?」
「あっ、はい! もちろん空いてますよ! 素泊まりで一泊銀貨二枚になります」

 銀貨二枚か、これはかなり安いんじゃないか?
 一般的な宿だと倍以上取られるなんてのはざらだからな。
 まあ……民家と変わらない外観だったので、部屋の広さや質なんかはなんとなく察することができるし、それ故の値段設定なのかもしれないな。

 ――っと、そんなことよりも大事なことを聞かないとだな。

「ちなみになんだが、食事を付けることは可能か? 正直なところ腹ペコなんだ。ものすごくいい匂いに釣られてここへ来たんだが……」
「あっ、はい。もちろん食事を出すことはできるんですけど……そのぉ……」

 少女は、さっきまでハキハキと話していたのにも関わらず、食事の話題に触れたとたんに言葉を詰まらせた。

「何か問題でもあるのか?」
「はい……。すみませんがウチが提供するお食事はお夕食だけで、すべて予約制になってるんです」
「予約制……?」
「そうなんです。ウチは、とーーーってもおいしいご飯が自慢なんですけど、仕込みに時間がかかってしまうので、前日までにご予約していただいたぶんしかお出しできないんです……」
「な……!? じゃあ、このとびきりいい匂いのする料理が、今日は食べられないってことか……!?」
「はい……。あっ、でもパンとスープぐらいならお出しできますが……?」

 ……なんてこった。
 俺の胃袋はこの匂いの元であろう料理を今か今かと待ち望んでいたというのに。もうただのパンとスープじゃ絶対に満足できないぞ……。

 どうする、一旦外へ出て別の店を探すか?
 いやいや、ここに来るまでに結構歩いたし、今から表通りに出るのもなぁ。くっ、仕方がない。街中だが、あらゆるスキルを駆使してでも――

 コトッ。

 頭の中であれこれと考えていたら、テーブルに何かが置かれた音がした。
 その音の方向に意識を向けると、いつの間にやら俺より頭みっつぶんは身長の高い大男がテーブルに皿を置いていたのだ。
 その皿から漂う濃厚な匂いは、間違いなく俺が求めていた料理だということを主張している。

「お客様、こちらをお召し上がりください」
「お父さん……!?」

 どうやらこの大男は、この少女の父親のようだ。
 調理服を着ているので、この料理は彼が作ったみたいだな。

「……いいのか?」

 俺は男に問う。
 少女の話では、食事は予約制とのことだった。つまり、本来ならばこの料理を食べるべき人間がいるはずなのだ。
 それを無視して勝手に料理を出してしまったならば、店の信用問題になってしまうだろう。

 俺としてはもちろん食べれたほうが嬉しいのだが、他人に迷惑をかけてまで自分が幸せになろうだなんて思わない。この男の返答次第では泣く泣く皿を突っぱねなければならないだろう。
 
「ええ、実はこの料理を予約していたお客様が、約束の時間をかなり過ぎているというのに一向に現れないのです。だから気にしないで食べてください」
「お父さん、でもこれから来るかもしれないよ?」
「とてもお忙しい方だ。きっとやむを得ない事情ができたのだろう。……なあに、心配するな。仮にこの後来店されても、事情を話せばきっとお許しくださるだろう。それに、これ以上時間が経つと、料理の味を損ねてしまうからね」
「そっか……そうだよね! よーし、そうと決まったら支度しなきゃね。じゃあお客さん、座って座って。お父さんの料理は天下一なんだから」
「あ、ああ……」

 予約していた時間に客が来なかったのか……まあ、そういう事情ならご断る理由はないだろう。
 せっかくの料理を駄目にしてしまうのはもったいないしな。うん。

 俺は少女に誘われるがまま、引かれた椅子へと腰かけた。
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