千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

文字の大きさ
21 / 71
第二章 王都アニマ

19.情報を集める器用貧乏

しおりを挟む


「ふぁ~あ」

 翌朝、宿泊用の二階の一室から出た俺は、あくびをしながらゆっくりと階段を下りていく。
 宿泊部屋は想像通りやや手狭だったが、きちんと手入れが行き届いており、不快感は微塵もなかった。師匠のせいで常に散らかってる部屋と比べたら天地の差がある。

 階段を下りきると、カナがせかせかと床の掃除をしているのが目に入った。ふと目が合うと、屈託のない笑顔を浮かべながらこちらへと近寄ってくる。

「おはよう、お兄さん!」
「ああ、おはよう」

 一晩明け、初対面のときよりもカナの対応がより気安いものになっていた。パグラムから、俺に対して『あまり畏まらなくていい』という話を聞いたのだろう。

「へへー、お父さんから聞いたよ、ウチを一週間も利用してくれるんだってね。しかも料理付きで!」
「そりゃあんなの食わされたら当然だろ」

 うーん、思い出しただけでもよだれが出る。しかも今日からは『完全なもの』とやらが食べれるのだ、期待せずにはいられない。

「だよねー! お父さんの料理は王都で一番なんだから!」
「……こら、滅多なことを言うんじゃない」

 カナの自信たっぷりな言葉に反応して、カウンターの向こうから、彼女の父親であるパグラムが反論する。

「む、ほんとだもーん!」

 カナは「んべー!」と舌を出しながら逃げるように二階へと駆け上がっていく。

「まったく、カナのやつ……」
「はは、父親も大変だな」
「ユーリくん……からかわないでくれよ。そうだ、軽いものだが朝食があるのだが食べるかい?」
「いいのか? 食事が出るのは夕食だけって聞いていたが」
「なあに、ちょっとしたサービスだよ。ただ、出来合いのものだからあまり期待しないでくれよ?」

 パグラムはそう言い残し、カウンターの奥にある厨房へと姿を消した。
 そして、俺がカウンター席に腰掛けてから数分後、パグラムは片手に皿を持ちながら戻ってきた。

「おまちどうさま」
「おお……!」

 目の前に置かれた皿の上には、パンが乗っていた。
 だがパグラムの出すパンだ、もちろんパンひとつをそのまま出したわけじゃない。

 食べやすいのサイズに薄切りされたパンの表面はいい具合に焼かれていて、じつに香ばしそうだ。そこにパンからはみ出るほどのベーコンが二枚乗り、その上に黄身がとろとろになった目玉焼きが乗っかっている。

 シンプルな料理だが、それ故に料理人の腕次第で味に差が出やすい。このレベルのものは一朝一夕では作ることができないだろう。

「――うん、うまい」

 一口食べてみると、予想通り……いや、予想以上の美味さだった。
 そして黙々と食べ進め、気が付けば一皿まるごと平らげていた。

「ごちそうさん。美味かったよ」
「昨日も思ったけど、いい食べっぷりだね。腕のふるいがいがある」
「本当に美味いからな、つい夢中になってしまうよ。ここまでの腕になるには相当な努力をしたんじゃないか?」

 あの腕前からして、間違いなくパグラムは【料理】スキル持ちだろう。
 そしてそのスキルレベルは俺なんかを軽く超えているのは明らかだ。見たところまだ三十代前半ぐらいだろうに、相当努力したのだろう。

「ああ……本格的に料理を始めたのは今から十一年前、カナが生まれてからだ」
「へえ、ずいぶんと遅く始めたんだな」

 この国では、遅くても十六歳あたりで働き始めるのが普通だ。カナだって俺より若いのに、もう家業を手伝っているしな。
 パグラムの年齢から考えると、料理人になったのは二十代半ばぐらいからなのだろう。

「料理人をやる前は何をしていたんだ?」
「私は子供のころから冒険者に憧れていてね。あいにくと貧乏で自分の加護を知らなかったのもあって、十四のときに冒険者になろうと決意して家を出たんだ」
「……へえ、冒険者か」

 パグラムは体格に恵まれている。貧乏で天命の儀を受けられなかったとしても、そういった道を目指すのは不思議なことじゃない。

「ああ、危険は伴うが成功したときの実入りはいいからね。そして、少なからず才能があったんだろう。順調に依頼をこなして、二十歳になるころにはCランクへ昇級したんだ。
 だが、順調すぎたあまり調子に乗った私は、単身『帰らずの森』へ向かうという愚行を犯してしまったんだ」

 帰らずの森……か。カールのおっさんから聞いた話だと、強力な魔物が多く生息するって話だったな。

「森の危険性を完全に舐めていた私は、当然のように窮地に陥ったんだ。でも、その場は銀髪の魔女様に助けてもらって一命を取り留めたのさ」
「――っ、魔女に会ったことがあるのか!?」
「ああ、澄み渡る美しい空のような瞳をしたお方だった。……まあ、その方が噂に聞く本物の魔女かどうかはわからないのだが……私は魔女様だと信じているよ」

 銀髪に空色の瞳……間違いない、師匠だ。

「……とまあ、そのときに受けた傷をきっかけに冒険者を引退して、趣味だった料理の道へと進んだってわけさ。ちなみに、うちの屋号は命の恩人の魔女様にあやかって付けたものだよ」
「そうだったのか……」

 新たな情報を得たことで、件の魔女の森に住む銀髪の魔女ってのが師匠だって確信を持った。
 この宿に訪れたのはまったくの偶然だが、この出会いに運命を感じざるを得ないな。

「……ところで、ユーリくんはどうして王都へ来たんだい? あ、もしかして騎士団の入団試験を受けに来たのかな?」
「……ん? どうしてそう思うんだ?」
「おや、違うのかい? 昔冒険者をやっていたからわかるんだが、ユーリくんの普段の立ち振舞いが戦士のものだったからね。それに、もうじき年に一度の入団試験があるものだからさ」

 ……騎士団、か。
 昔は騎士団に入ることを目標としていたな。
 だがそれは、元父親のミゲル・グランマードによって植え付けられた強迫観念のひとつだ。
 しかし今の俺は自由の身。今更躍起になって騎士団に入ろうとする理由はない。

「いや……期待に添えなくてすまないが、入団試験を受けに来たわけじゃない。今は旅の途中で、王都にはたまたま立ち寄らせてもらっただけだよ」
「おや、そうなのかい? ……うーん、やはり関所が通行止めになってることもあって、今年は試験を受けに来る人がだいぶ減ってるみたいだな」

 関所が通行止め……か。そういえばカールのおっさんもそんなこと言ってたな。
 アムダルシア王国は大陸の南端に位置しているので、他所の国から入国するためには、北にある関所を通らなければならない。
 そこが通行止めになっているのだとすれば、現状、他国から入国するのは不可能に近い。いや、関所は他にもあるし、それらが同様の状況だったとしたら国内での移動すら制限されているかもな。

「……ええと、すまないパグラム。その世界情勢ってのをよく知らないんだが、簡単に説明してもらってもいいか?」

 旅を続けるのには情報収集が必要だ。そう思い、俺はパグラムに質問を投げ掛けた。

「もちろんだ。……と、言っても私自身、王都からは殆ど出ないから、伝え聞いた話になるのだが」
「それで構わない」

 パグラムは申し訳なさそうな表情で言ったが、今は少しでも情報が欲しい。情報の確度が曖昧であろうとも、長い間森で引きこもっていた俺よりは、間違いなく詳しいはずだ。

「ええと……だいたい一ヶ月前くらいから、各地で魔物の動きが活発化してきているようなんだ。その影響で魔物の分布が変わり、今までは平穏だった地域で突然強力な魔物と遭遇してしまうこともあるとか」
「魔物の活発化か……原因はわかっているのか?」
「いや、おおよそ一月前から異変が起こり始めたらしいんだが、未だに原因は解明されていない。この調子で街道が封鎖され続けてしまうと、流通が減って取り扱える食材も限られてしまうよ……っと、すまない、愚痴っぽくなってしまったね」
「いや、気にしないでくれ。情報ありがとう、すぐに流通が元に戻るといいな」
「違いない」

 パグラムはやれやれといった感じで肩をすくめ、厨房へと戻っていった。
 まあ、安全な王都に籠りっきりなら、パグラムのようなどこか他人事じみた反応になるだろう。

 だが、魔物の分布が変化するほどの事態となると、想像以上に深刻な問題だ。
 王都ほどの防衛設備と戦力があれば問題ないのだろうが、人口百や二百程度の自衛力が低いとこなんかは、急に強力な魔物が出現した場合、簡単に壊滅してしまう可能性が高い。

 ……それはよくないな。旅の道中に立ち寄る場所は必要だ。
 行った土地土地とちどちでの名産品や文化に触れるのが楽しみだったんだが、世界中がきな臭くなってきているこの状況はいただけない。このままだとせっかくの旅が味気ないものになってしまうぞ。

「……そうだ」

 ふと、ひとつの案が思い浮かぶ。

 それは、俺が抱えている問題を一気に解決できる名案だ。

「冒険者登録をしよう」
 
 冒険者のライセンスは、身分証代わりになるし、カールのおっさんの話によると、髙ランクの冒険者は関所の通行も自由になるらしい。
 つまりは、身分証兼世界中どこへでも行ける通行証になり得るってことだ。

 王都のような大都市に入るには身分証は必須だし、あちこちに足を伸ばすにはいくつもの関所を通らなければならない。入国や越境に非正規の手段を取るのはできるだけ避けたいからな。
 今の俺にとって、これ以上に欲するものはないと言っても過言ではない。
 
「……そうと決まれば、まずは冒険者ギルドに行ってみるか」

 実のところ、騎士になるよりも冒険者こっちになりたいという憧れを持っていた時期もある。
 騎士のように国や人を守るのも立派な務めだと思うが、冒険者になって未知のダンジョンに挑むっていうのもロマンがある。

 童心を思い出し、少しだけ弾んだ胸の鼓動をそのままに、俺は銀の魔女亭をあとにするのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...