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第二章 王都アニマ
23.手合わせする器用貧乏
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◇
あのあとすぐアイシャさんに案内され、大勢の人々でごった返す建物を出て別の施設へと案内された。
そこは、直径二十メートルほどの円形の更地が広がっており、その周囲を高い壁で囲んだ、いわゆる闘技場のような場所だった。ここに来る途中、同様の施設をいくつか見かけたので、おそらくはギルドが所有する演習場の類いなのだろう。
「……では、これより適正試験を始めます。形式は試験官と一対一の模擬戦闘、合格基準は試験管に一定以上の実力を示すことです。
武器はこちらからお好きなものを選択してください。すべて刃を潰してありますので危険性は低いですが、万が一のため急所は狙わないようにお願いします」
様々な武器が乱雑に入った木箱を手押し車に乗せて運んできたアイシャさんは、うっすらと額にかいた汗を拭いながら、そう告げた。
「それじゃあ、こいつを使わせてもらう」
俺は箱の中から、手頃な長さの直剣を手に取る。
……うん、細かい傷はあるが、最低限の手入れはされているようだ。悪くない。
「ではボクは、これと……そうだな、こいつにしようか」
俺が一本の剣を取り出したあと、ギルドマスターは俺よりやや短い形状の直剣を右手に取り、そして、同様のものを左手に持った。
「二刀流……か?」
「まあね、これがボクの戦闘スタイルさ。……まあ、安心してくれたまえよユーリくん。今回ボクは右手一本で戦わせてもらうよ、この左手に持つ剣は飾りだと思ってくれていい」
「どういうことだ?」
「ハンデだよ、ハンデ。さすがに新人くん相手に本気を出すのは大人げないからね。ただすまないが、試験中は左手にも剣を持たせてもらうよ。両手に剣を持っていないとしっくりこなくてね」
「……好きにしてくれ」
両手に剣を持ったギルドマスターは、じつに様になる立ち姿だ。
この男には自分なりの『型』があるのだろう。長年の研鑽によって培われた、自分だけの戦闘スタイルが。
俺は剣だけではなく様々な武器種のスキルを網羅している影響か、決まった型を持たない。それは長所であり、同時に短所でもある。今のように、扱える武器種が限られた状況での戦いとなると、決まった型があるほうが迷いが少なくなるからだ。
戦闘中における一瞬の迷いは、そのまま死に直結する。俺が剣を主戦術に選んだのもそれが理由だ。
スキルレベルこそ3止まりだが、一番多く使い続けてきたのは剣だ。それは、窮地に立たされたときに縋ることができる、確固たる自信となる。
だが、この男は間違いなく俺よりも長く、そして多く剣を振ってきたのだろう。
あまりに堂に入った立ち振る舞いが、それを実感させる。
「さあ、そろそろ始めようか。先手は譲ろう、いつでもかかってきたまえ」
アイシャさんが武器の箱を押しながら退場するまでは、少しにやけた表情だったギルドマスターの雰囲気が一変し、鋭い眼光を放ちながら開始の合図を告げる。
……さて、成り行きとはいえ、剣士としては間違いなく格上の相手と戦闘ができるのは願ってもない機会だ。
実戦ならまず距離を取って魔法から仕掛けるところだが、ここは剣士としての俺の力がどこまで通用するか試させてもらうとしよう。
「それじゃ、胸を借りさせてもらう」
歩数にしておよそ六歩。俺とギルドマスターの間にある距離だ。それを瞬時に詰めるため、俺は小さく跳ねてから姿勢を低くして相手へ向かって加速した。
そして、ハンデのため『飾り』だと言っていたギルドマスターの左手側を狙い、横薙ぎに剣を振るう。
「いい動きだね」
咄嗟に防御しにくいであろう左側からの攻撃を選択したのだが、大きく後ろへ跳躍されることで軽く躱されてしまった。
躱されるのは想定済みだ……だが、ギルドマスターは必要以上に大きく跳躍している。間合いを外すだけなら半歩でいいものを、わざわざ隙の多い動きをするとは……俺の追撃を誘っているのか?
「――いいだろう、乗ってやる」
どんな意図があるかはわからないが、ここは攻めあるのみだ。
そう決意し、俺は跳躍中のギルドマスターが着地するよりも速く、更に一歩踏み込む。宙に浮いた状態では、この一撃は回避不能だろう。
「はぁっ!」
キィンッ!
体重を乗せ、左肩から右脇腹を抜けるように放った斬撃の軌跡は、その途上で差し込まれたギルドマスターの剣によって防がれてしまう。
「うん、なかなかいい攻めだね」
「……そりゃどうも」
至近距離で視線を交わしながら、お互いに余裕の表情で軽口を叩く。
だが、俺の表情はフェイクだ。実際は余裕なんてない。
さっきから腕にかなり力を込めているというのに、ギルドマスターが握る剣はびくともしない。この感じだとまだまだ余力がありそうだ。この男、線が細く見えるが、膂力はあのブッチャルに匹敵……いや、それ以上かもしれない。
「……ふむ、ブッチャルを抑えるほどの力自慢だと思っていたのだが、それで全力かい?」
「……だったらなんなんだ?」
「ちょっと期待ハズレ……かなっ!」
「ぐっ……!」
ギルドマスターが軽々と俺の剣を押し返してくる。
くっ、ダメだ……素の状態では膂力に差がありすぎる。こうなったら支援魔法に頼るしかないか……!
俺は、ブッチャルの時と同様に、ダブルストレングスを重ねて発動する。
「おおおおっ!」
十倍近く上昇した俺の膂力は、ギルドマスターの剣を押し込み始める。
……しかし、驚いたな。先の支援魔法の効果で、力ではこちらが上回っているのは間違いない。だが、それでも一気に押し込むことができないでいる。
「――っ、このパワー……やはり相当なものだねぇ、ユーリくん! しかしこれならどうかな!?」
ギルドマスターは力比べを止め、するりと俺の剣を受け流したかと思った瞬間、その姿を消した。
あのあとすぐアイシャさんに案内され、大勢の人々でごった返す建物を出て別の施設へと案内された。
そこは、直径二十メートルほどの円形の更地が広がっており、その周囲を高い壁で囲んだ、いわゆる闘技場のような場所だった。ここに来る途中、同様の施設をいくつか見かけたので、おそらくはギルドが所有する演習場の類いなのだろう。
「……では、これより適正試験を始めます。形式は試験官と一対一の模擬戦闘、合格基準は試験管に一定以上の実力を示すことです。
武器はこちらからお好きなものを選択してください。すべて刃を潰してありますので危険性は低いですが、万が一のため急所は狙わないようにお願いします」
様々な武器が乱雑に入った木箱を手押し車に乗せて運んできたアイシャさんは、うっすらと額にかいた汗を拭いながら、そう告げた。
「それじゃあ、こいつを使わせてもらう」
俺は箱の中から、手頃な長さの直剣を手に取る。
……うん、細かい傷はあるが、最低限の手入れはされているようだ。悪くない。
「ではボクは、これと……そうだな、こいつにしようか」
俺が一本の剣を取り出したあと、ギルドマスターは俺よりやや短い形状の直剣を右手に取り、そして、同様のものを左手に持った。
「二刀流……か?」
「まあね、これがボクの戦闘スタイルさ。……まあ、安心してくれたまえよユーリくん。今回ボクは右手一本で戦わせてもらうよ、この左手に持つ剣は飾りだと思ってくれていい」
「どういうことだ?」
「ハンデだよ、ハンデ。さすがに新人くん相手に本気を出すのは大人げないからね。ただすまないが、試験中は左手にも剣を持たせてもらうよ。両手に剣を持っていないとしっくりこなくてね」
「……好きにしてくれ」
両手に剣を持ったギルドマスターは、じつに様になる立ち姿だ。
この男には自分なりの『型』があるのだろう。長年の研鑽によって培われた、自分だけの戦闘スタイルが。
俺は剣だけではなく様々な武器種のスキルを網羅している影響か、決まった型を持たない。それは長所であり、同時に短所でもある。今のように、扱える武器種が限られた状況での戦いとなると、決まった型があるほうが迷いが少なくなるからだ。
戦闘中における一瞬の迷いは、そのまま死に直結する。俺が剣を主戦術に選んだのもそれが理由だ。
スキルレベルこそ3止まりだが、一番多く使い続けてきたのは剣だ。それは、窮地に立たされたときに縋ることができる、確固たる自信となる。
だが、この男は間違いなく俺よりも長く、そして多く剣を振ってきたのだろう。
あまりに堂に入った立ち振る舞いが、それを実感させる。
「さあ、そろそろ始めようか。先手は譲ろう、いつでもかかってきたまえ」
アイシャさんが武器の箱を押しながら退場するまでは、少しにやけた表情だったギルドマスターの雰囲気が一変し、鋭い眼光を放ちながら開始の合図を告げる。
……さて、成り行きとはいえ、剣士としては間違いなく格上の相手と戦闘ができるのは願ってもない機会だ。
実戦ならまず距離を取って魔法から仕掛けるところだが、ここは剣士としての俺の力がどこまで通用するか試させてもらうとしよう。
「それじゃ、胸を借りさせてもらう」
歩数にしておよそ六歩。俺とギルドマスターの間にある距離だ。それを瞬時に詰めるため、俺は小さく跳ねてから姿勢を低くして相手へ向かって加速した。
そして、ハンデのため『飾り』だと言っていたギルドマスターの左手側を狙い、横薙ぎに剣を振るう。
「いい動きだね」
咄嗟に防御しにくいであろう左側からの攻撃を選択したのだが、大きく後ろへ跳躍されることで軽く躱されてしまった。
躱されるのは想定済みだ……だが、ギルドマスターは必要以上に大きく跳躍している。間合いを外すだけなら半歩でいいものを、わざわざ隙の多い動きをするとは……俺の追撃を誘っているのか?
「――いいだろう、乗ってやる」
どんな意図があるかはわからないが、ここは攻めあるのみだ。
そう決意し、俺は跳躍中のギルドマスターが着地するよりも速く、更に一歩踏み込む。宙に浮いた状態では、この一撃は回避不能だろう。
「はぁっ!」
キィンッ!
体重を乗せ、左肩から右脇腹を抜けるように放った斬撃の軌跡は、その途上で差し込まれたギルドマスターの剣によって防がれてしまう。
「うん、なかなかいい攻めだね」
「……そりゃどうも」
至近距離で視線を交わしながら、お互いに余裕の表情で軽口を叩く。
だが、俺の表情はフェイクだ。実際は余裕なんてない。
さっきから腕にかなり力を込めているというのに、ギルドマスターが握る剣はびくともしない。この感じだとまだまだ余力がありそうだ。この男、線が細く見えるが、膂力はあのブッチャルに匹敵……いや、それ以上かもしれない。
「……ふむ、ブッチャルを抑えるほどの力自慢だと思っていたのだが、それで全力かい?」
「……だったらなんなんだ?」
「ちょっと期待ハズレ……かなっ!」
「ぐっ……!」
ギルドマスターが軽々と俺の剣を押し返してくる。
くっ、ダメだ……素の状態では膂力に差がありすぎる。こうなったら支援魔法に頼るしかないか……!
俺は、ブッチャルの時と同様に、ダブルストレングスを重ねて発動する。
「おおおおっ!」
十倍近く上昇した俺の膂力は、ギルドマスターの剣を押し込み始める。
……しかし、驚いたな。先の支援魔法の効果で、力ではこちらが上回っているのは間違いない。だが、それでも一気に押し込むことができないでいる。
「――っ、このパワー……やはり相当なものだねぇ、ユーリくん! しかしこれならどうかな!?」
ギルドマスターは力比べを止め、するりと俺の剣を受け流したかと思った瞬間、その姿を消した。
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