千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第三章 調査任務

39.回復する器用貧乏

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 万が一のためにしばらくの間警戒していたが、魔人の亡骸は一切の反応もなく、最終的には足の先まで塵と化し、自然へと還っていった。

「ふう……」

 ここでようやく肩の力を抜き、深く息を吐き呼吸を整える。
 魔人と戦うのは初めてだったから、さすがに緊張した。しかし、前に師匠から魔人の話を聞いていたから警戒してたんだが……思っていたよりたいしたことなかったな。

「まあ、ここで考えても仕方ない……か。とりあえず戻るとしよう」

 少し離れた位置にいるアニエスたちのもとへと戻ろうと、振り返ったその瞬間だった。

「ユーリ……? あなたが魔人を……どうやって?」

 少しふらつきながら、アニエスがこちらへと歩いてきていたのが目に入る。遠くから見ていたのだろうが、【深淵領域】のせいで最後の攻防は見えていなかったようだ。

「ああ、剣や魔法でなんとかな。……と、いってもあいつは多分、魔人の中でも弱い方だと思うが」
「――っ、やはり、あなたは……うっ」

 言葉の途中で体勢を崩すアニエスだったが、俺は素早く近付き、倒れないように支える。
 【深淵領域】で受けた麻痺がまだ抜けきっていないようだ。

「大丈夫か?」
「え、ええ……すみません。身体が痺れていて……」
「わかった、すぐに治してやる」

 俺はアニエスを対象に、各状態異常に対応した回復魔法を発動する。これで問題なく元通りになるはずだ。

「これは……」
「どうだ? 問題なさそうか?」
「はい……まったく痺れがありません。……回復魔法までも使えるのですね」

 アニエスは少し俯きながら何か言いたげな表情をしていたが、ぱっと顔を上げ、俺に頭を下げた。

「ユーリ、お願いがあります。その癒しの魔法を私の仲間たちにも使ってはいただけないでしょうか? もし魔力不足でしたら、魔力回復のポーションのがありますのでお譲りします」

 急にかしこまって何を言うのかと思ったが、そんなことか。
 無論、そのつもりだ。おっさん以外のメンバーは魔人の不意打ちを受け、即死ではないが、放置すれば間違いなく死に至る傷を負っている。助けない理由はない。

「もちろん、必ず助けるさ。とりあえずポーションは不要だから急いで戻ろう」
「ありがとうございます!」



 おっさんたちの所へと到着した俺は、怪我をした全員の治療を終えた。
 ……と、言っても、やったのは状態異常の回復に、怪我の応急処置程度のものだ。比較的軽傷だったブッチャルや、状態異常を受けただけのおっさんを除き、腕や足を切断された者にとって、完治には程遠い。

 完全に治さなかった……いや、治せなかった理由は単純だ。簡単に言えば俺のスキルレベル不足にある。
 【回復魔法】スキルレベル3までに覚える魔法の中には、腕をくっつけたり生やしたりするような魔法はない。

 傷口を塞ぐ程度であれば簡単なのだが、骨や筋繊維などを元通り繋ぎ合わせるとなると、最高位レベルの回復魔法が必要になるのだ。
 これは、俺の持つ千以上のスキルを組み合わせても届かない境地にある。

 というか、そもそも癒しの力を持つスキルの種類自体が両手で数えられる程度しかない。そして、その大半が自身のみに働くものだということが大きな理由の一つだ。

「すまない……完治は無理だった」

 必ず助けると豪語しておいてこのざまだ。
 アニエスたちはさぞかし失望したことだろう。

「いえ……携帯していたポーションでは足りなかった可能性が高いです。あのまま放置していたら命はなかったでしょう」
「そうだぜ坊主、お前はこいつらの命の恩人だ。なあに、王都に戻れば最高峰の治療が受けられる。腕も足も元通りになるさ」

 しかし、アニエスたちからの反応は、予想に反して好意的なものだった。

 そう言ってくれると多少は気が軽くなるが……やはり俺の【器用貧乏】の加護には限界があるのだと思い知らされた。
 
「……そうだな。後は専門家に任せるとしよう。しかし、そうなると早く王都に戻らなければならないんじゃないか?」
「そうですね……あまり時間が経つと、治療の成功率が低くなると聞きます。まだ任務は完遂していませんが、すぐに王都へ帰還しましょう」

 やはり治療を受けるのは早ければ早いほどいいみたいだ。
 任務が中断になるのは痛手だが、人の人生がかかってるんだ、やむを得まい。

「ちょっと待ったお嬢。黒牙騎士団と冒険者の生死を確認しないといけないぜ。もしかしたら生きてるやつがいるかもしれねえ」

 すぐに帰還する流れになったが、おっさんが待ったをかける。

「フライオニールス、あなたの言うことももっともです。ですが、仲間の治療の件もそうであるように、同時に魔人の出現の報告をすることも火急でなければなりません。
 それに、二人目、三人目の魔人が潜んでいないとも限りません。今の消耗した私たちでは全滅もあり得る……心苦しいですが、今は撤退を優先しましょう」
「そう……だな。すまねえ、俺が間違っていた。お嬢の判断は正しい」

 おっさんとの問答を終え、俺に同意を求めてきたアニエスの視線に対し、無言の頷きで応える。
 もしも魔人レベルの敵が再度出現したのならば、間違いなく死人が出る。俺も全面的にアニエスの意見に賛成だ。

「ブッチャルさん。あなたもそれでよろしいですね?」
「……ああ」

 ここまで無言だったブッチャルが、アニエスの問いに応答し、口を開いた。
 そして何故か、俺の方を睨み付けているのに気が付いた。

「……なんだ?」
「いや、その……ありがとよ。ホソームを助けてくれて」

 俺が声をかけると、ブッチャルは渋々ながらも感謝の言葉を告げた。
 心なしか俺に対する態度が和らいでいるような気がする。

「もののついでだ。気にするな」
「――っ、その言い方……! やっぱ気に食わねえなお前は! くそっ、もういい、帰ると決まったのならさっさと馬車へ戻るぞ!」

 ……ふむ、多少好感度が上がったのかと思ったが、結局以前と態度が変わらないな。

 ブッチャルは不機嫌そうにしながらも、怪我人をまとめて抱き上げ、さっさと移動を開始した。

「ま、待ってくださいブッチャルさん。あなたも怪我をしていたんです、無理はしないでください」

 アニエスが制止するも、ブッチャルは構わずに歩みを止めようとしない。

「怪我はそこの生意気なガキに治してもらったから問題ねえよ。それに、たかだか三人の人間を運ぶ程度のことを、女子供や爺さんに頼るほどヤワじゃねえ」

 豪腕の二つ名に相応しい腕力をもって、ブッチャルは重さなど感じさせない軽快な足取りで進んでいく。
 まあ、あの鉄の塊を振り回せるなら人間の二人や三人ぐらいは余裕だろう。

 力仕事は得意分野だろうし、ここは奴に任せて花を持たせてやるとしよう。

 ……だが、その前にひとつ、ブッチャルに言わねばならないことがある。

「ブッチャル」
「あん!? なんだよ!?」
「そっちは逆方向だぞ」
「――っんとに生意気だなお前は!」

 おいおい、怪我に響くから大声を出さないでくれよ。
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