44 / 71
第三章 調査任務
40.見物に行く器用貧乏
しおりを挟む
◇
魔人との戦闘から五日。
俺は今、銀の魔女亭に間借りしている寝室のベッドの上で横になっていた。帰ってきてからというもの、一日の大半をこうやって過ごしている。
他に有意義な時間の使い方があるだろうと思うかもしれないが、事実としてやることが一切ない。
というのも、現在王都の外に出ることが禁止されてしまっているのだ。
魔人の出現に対する緊急宣言なので仕方がないんだろうが、定職に就いていない俺は、こうやってごろごろと寝ることしかやることがない。
結局、調査任務の成否も曖昧なままだし、冒険者の資格は得られなかった。今はただ、事態が収束するのを待つことしかできない。
「お兄さん! 騎士団が帰ってきたよ、すぐそこを通るんだって! 勢揃いしているところなんてめったに見れないからいっしょに見に行こうよ!」
バタンとドアを勢いよく開いて、カナが俺の部屋へと飛び込んできた。
気配は感じていたので驚きはしなかったが、まさかノックのひとつもしないとは……従業員としてどうなんだ?
まあ、ここ数日暇そうにしていた俺に対する気遣いの面が大きいだろうし、怒ることでもないか。話題を提供してくれるのはありがたいことだ。
「……ああ、行こうかな」
魔人出現の報告を受けた国王が出した命令は、対象地域の再調査だ。その任務に動員された戦力は、二つの騎士団を総動員するという、万全を期したものだった。
それが今日、任務を終え帰ってきたようだ。
重傷を負った団員は別だろうが、もちろんアニエスやおっさんもそこに含まれる。帰ってきてすぐまた同じ場所に駆り出されるとは、なかなかにハードな職場だな。
まあ、知らない仲でもないし、労いを兼ねて少し顔を見に行ってやるか。
「決まりだね! 行こっ、お兄さん!」
俺が体勢を整えベッドから腰を浮かせた途端、カナは俺の手を引きながら部屋を出て、階段を駆け下りていく。
「お父さん、ちょっとお兄さんと外行ってくるね!」
そして、厨房にいるパグラムへと声をかけ、返事を聞かぬまま宿の外へと飛び出した。
「おいおい、そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
「ダメダメ、騎士団には熱心なファンがたくさんいるんだからね! みんな見に来るだろうから、いい場所を確保しなきゃ!」
ファン……ね。まあ、王都を守る英雄みたいなものだから、そういうのに憧れる者がいても不思議ではないか。
そして、興奮しながらそう言うカナも熱心なファンの一人なのだろう。もしかしたら俺が連れ出されたのは、パグラムに外出を納得させるためのだしに使われたのかもな。
銀の魔女亭がある住宅街を抜け、大きな通りに出た瞬間、いつもに増して大勢の人間で通りが埋め尽くされていた。どうやら一足遅かったようだな。
「うーん、これじゃ見えないよー」
カナは人だかりの最後尾からぴょんぴょんと跳ねて、なんとか騎士団を見ようとするが、せいぜい俺の目線程度までしか跳躍できておらず、高さがまったく足りていない。
かといって前に進もうとしても、もはやカナのような小さな子供でさえ間を縫って前に進むこともできないような人の密度だ。
「あーあ、見れないかー。ここのお家の人はいいなー、二階からならバッチリ見えるんだろうな」
カナはそう言いながら、隣に立っていた家屋を見上げていた。いつも太陽のように輝いているその表情には、わずかばかりの陰りが読み取れた。
「……じゃあ、ちょっとばかり屋根を借りようか」
「……え?」
「ちょっと失礼」
俺は困惑するカナの華奢な身体をひょいと抱き上げ、建物の壁を蹴り、三角飛びの要領で上へと角度をつけて飛んだ。
それをすぐ向かい側の建物でも同様に行い、これを繰り返す。するとあら不思議、あっという間に屋根へと到着だ。
「わぁっ! お兄さんすごーい……」
「ここからならよく見えるだろ?」
「あっ、本当だ! よく見えるよ!」
予想通り、屋根からなら大通りがよく見渡せる。
そして、運のいいことに騎士団の連中がすぐ近くを通っている、いいタイミングだ。
……だが、本来なら華やかであろうその行軍に、強烈な違和感を覚えるのだった。
魔人との戦闘から五日。
俺は今、銀の魔女亭に間借りしている寝室のベッドの上で横になっていた。帰ってきてからというもの、一日の大半をこうやって過ごしている。
他に有意義な時間の使い方があるだろうと思うかもしれないが、事実としてやることが一切ない。
というのも、現在王都の外に出ることが禁止されてしまっているのだ。
魔人の出現に対する緊急宣言なので仕方がないんだろうが、定職に就いていない俺は、こうやってごろごろと寝ることしかやることがない。
結局、調査任務の成否も曖昧なままだし、冒険者の資格は得られなかった。今はただ、事態が収束するのを待つことしかできない。
「お兄さん! 騎士団が帰ってきたよ、すぐそこを通るんだって! 勢揃いしているところなんてめったに見れないからいっしょに見に行こうよ!」
バタンとドアを勢いよく開いて、カナが俺の部屋へと飛び込んできた。
気配は感じていたので驚きはしなかったが、まさかノックのひとつもしないとは……従業員としてどうなんだ?
まあ、ここ数日暇そうにしていた俺に対する気遣いの面が大きいだろうし、怒ることでもないか。話題を提供してくれるのはありがたいことだ。
「……ああ、行こうかな」
魔人出現の報告を受けた国王が出した命令は、対象地域の再調査だ。その任務に動員された戦力は、二つの騎士団を総動員するという、万全を期したものだった。
それが今日、任務を終え帰ってきたようだ。
重傷を負った団員は別だろうが、もちろんアニエスやおっさんもそこに含まれる。帰ってきてすぐまた同じ場所に駆り出されるとは、なかなかにハードな職場だな。
まあ、知らない仲でもないし、労いを兼ねて少し顔を見に行ってやるか。
「決まりだね! 行こっ、お兄さん!」
俺が体勢を整えベッドから腰を浮かせた途端、カナは俺の手を引きながら部屋を出て、階段を駆け下りていく。
「お父さん、ちょっとお兄さんと外行ってくるね!」
そして、厨房にいるパグラムへと声をかけ、返事を聞かぬまま宿の外へと飛び出した。
「おいおい、そんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
「ダメダメ、騎士団には熱心なファンがたくさんいるんだからね! みんな見に来るだろうから、いい場所を確保しなきゃ!」
ファン……ね。まあ、王都を守る英雄みたいなものだから、そういうのに憧れる者がいても不思議ではないか。
そして、興奮しながらそう言うカナも熱心なファンの一人なのだろう。もしかしたら俺が連れ出されたのは、パグラムに外出を納得させるためのだしに使われたのかもな。
銀の魔女亭がある住宅街を抜け、大きな通りに出た瞬間、いつもに増して大勢の人間で通りが埋め尽くされていた。どうやら一足遅かったようだな。
「うーん、これじゃ見えないよー」
カナは人だかりの最後尾からぴょんぴょんと跳ねて、なんとか騎士団を見ようとするが、せいぜい俺の目線程度までしか跳躍できておらず、高さがまったく足りていない。
かといって前に進もうとしても、もはやカナのような小さな子供でさえ間を縫って前に進むこともできないような人の密度だ。
「あーあ、見れないかー。ここのお家の人はいいなー、二階からならバッチリ見えるんだろうな」
カナはそう言いながら、隣に立っていた家屋を見上げていた。いつも太陽のように輝いているその表情には、わずかばかりの陰りが読み取れた。
「……じゃあ、ちょっとばかり屋根を借りようか」
「……え?」
「ちょっと失礼」
俺は困惑するカナの華奢な身体をひょいと抱き上げ、建物の壁を蹴り、三角飛びの要領で上へと角度をつけて飛んだ。
それをすぐ向かい側の建物でも同様に行い、これを繰り返す。するとあら不思議、あっという間に屋根へと到着だ。
「わぁっ! お兄さんすごーい……」
「ここからならよく見えるだろ?」
「あっ、本当だ! よく見えるよ!」
予想通り、屋根からなら大通りがよく見渡せる。
そして、運のいいことに騎士団の連中がすぐ近くを通っている、いいタイミングだ。
……だが、本来なら華やかであろうその行軍に、強烈な違和感を覚えるのだった。
86
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる