千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第四章 魔人襲撃

EX10.再会は偶然に

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「く、くそっ、離せって……!」

 男が拘束から逃れようとしましたが、エヴァンさんの手は微動だにしませんでした。
 圧倒的な筋力差に加え、間接技が極っている状態です。ここから逃れるには腕を一本失う覚悟が必要でしょう。

「まったく……そういう行いが冒険者全体の評価を落とすってことを自覚してほしいね。ほら、そんなに暇ならギルドから依頼を斡旋してあげるよ。
 なあに、王都の外に出れなくたって依頼は結構あるよ。例えば……猫探しとか運搬作業とかね」
「わ、わかった! 受ける、その依頼受けるからとりあえず手を離してくれ!」

 その言葉を聞き、エヴァンさんはにっこりと笑いながらあっさりと手を離しました。

「よーし、じゃああっちの受付で依頼を選んできてくれたまえ」
「クソ……あそこは初心者用の受付じゃねえか。俺はDランクだぞ……!」
「たまには初心に返りなって。さあさあ、文句言わずに四人とも行ってきな。ほら早く、しっしっ」

 エヴァンさんが野良犬でも追い返すように手をひらひらとさせると、渋々ながらも四人の冒険者たちは受付へと向かっていきました。
 腕を掴まれた男が去り際に、「ったく、馬鹿力で掴みやがって、怪我してたら慰謝料を請求してやる」と、わざとらしくこちらに聞こえるように文句を言いました。ギルド側に不手際があったわけでもないのに……あれで脅しのつもりでしょうか。

「ふふ、あれぐらいで済んでよかったじゃないか。ボクが止めに入らなきゃ、骨の一本ぐらいは折れてたかもしれないし……ねえ? 白翼騎士団の第七部隊長、アニエス・ネージュちゃん」
「――っ」

 なんという人でしょう。言葉を交わしたわけでもないのに、ただの町娘同然……それも顔がろくに見えない今の私の姿を見て、一瞬で正体を見破るとは……。
 さすがは若くしてギルドマスターに任命されるだけのお方です。その肩書きは伊達ではありませんね。

「ははは、驚いたかい? ボクぐらいのレベルになると変装なんて無意味なのさ。レディ限定でね」
「え……?」
「特にアニエスちゃんのような素敵なレディはバッチリ記憶しているよ。そう、その引き締まったヒップライン。そして普段は鎧の下に隠されていて慎ましく見えるが、その実なかなか豊満な――あだっ!」

 ハレンチな言動を繰り返すエヴァンさんに、突如として本の角という名の正義の鉄槌が下されました。あれは痛いです。

「ギルドマスター? 業務中にナンパなんて……いい度胸ですね?」
「あ、アイシャくん!? いやこれは違くてだね」
「問答無用です!」
「ひぃぃっ……!」


 ――と、しばらく問答をしていた私たちですが、誤解(?)は解け、今はギルドの一角にある部屋を使って話し合いをしています。
 ギルドに関係することは、ギルドマスターに聞くのが一番手っ取り早いですからね。

「魔人の襲撃、か……。これは一大事だね」
「はい、今日中にも国から冒険者ギルドへ協力要請があると思いますが、この場で先んじてお伝えします」
「うん、ボクとしては可能な限り応じるつもりだよ」
「ありがとうございます。それで、もうひとつの件なのですが……」

 エヴァンさんには既に二点の要件を伝えています。
 ひとつは魔人襲撃の件。そしてもうひとつは、ユーリの件です。

「ユーリくんの居場所……だね。申し訳ないけど、彼がどこに滞在しているかまではわからないな」
「そう、ですか……」
「ボクが彼を最後に見たのは、調査任務の報告を受けたときだ。それ以降は一度も姿を見ていないな」
「な、何でもいいんです。手掛かりはありませんか?」

 エヴァンさんは顎に手を当てて思案するものの、一向に閃きはないようでした。

「うーん、ごめんねアニエスちゃん。ユーリくんと会ったのは二度だけなんだ。それに彼はシャイだからあまり自分のことを話そうとしないし。
 ……ただ、冒険者ライセンスを欲しがっていたから、ほぼ確実にもう一度ギルドへ来ると思うよ。調査任務は結果的に失敗したんで飛び級は無理になったけど、Eランクからのスタートなら問題ないからね」
「本当ですか!? それはいつ頃になるかわかりますか!?」

 僥倖ぎょうこうとはこのことです。
 冒険者ギルドの線は無いかと諦めかけていたところに、有力な証言を得ることができました。

「任務失敗の件でいろいろと手続きがあるから、ライセンスの発行は十日ぐらいかかると伝えてあるから……早くて四、五日後じゃないかな」
「――っ」

 それでは駄目なんです……私に与えられた時間は残り二日間。いくら会える確率が高くとも、時間が許してはくれません。

「……わかりました。ご協力ありがとうございました」

 もうこれ以上得られる情報はないと判断し、私は席を立ちます。

「あれ、もう大丈夫なの?」
「はい、では失礼しますね」
「いやいや、せっかくアイシャくんからお許しが出たことだし、どうだい? お茶の一杯ぐらい――って、あれ、もういない……」

 逃げるようにギルドを出て、私はがむしゃらに城下町を走り回りました。
 そして、気付けば日は落ち、ぽつぽつとランタンの火が灯り始めていました。

「もうこんな時間……」

 道行く人々は夜という名の仮面を被り、その顔を隠します。
 商店などが多い大通りはともかく、路地に入ってしまえば明かりはごくわずか。ここまで暗くなってしまえば、捜索は更に困難なものになるでしょう。

 夜に人探しをするなど、現実的ではありません。そう考えれば、まともに探せるのは実質明日の日中のみ。
 それを認識した瞬間、途方もない焦燥感が私を襲います。集中しなければならないのに、悪い結果だけしか想像できなくなってしまうほどに。

 そもそも、王都を端から端まで歩くとなると丸一日はかかります。しかも、その中で目的の人間に偶然出会える可能性のどれだけ低いことか。

 ぐー、きゅるる。

「……あ」

 諦めずに捜索を続けていると、突如としてお腹が鳴りました。
 お昼も食べていなくて、今まで空腹を忘れるぐらい熱中していたはずでしたが、どうして急に……。

「……そういえば、今日はでしたか」

 ふと、今日が特別な日だったことを思い出しました。

 特別と言っても些細なもので、その内容は、とあるお店で食事をすることです。あれは三年前でしたか……偶然立ち寄った隠れ家的なお店の食事に惚れ込み、毎月三度ほど、決められた日に食事を予約していてます。
 今日がその日、その時間だったことを、たった今思い出したのです。

「時間が来たら勝手にお腹が鳴るだなんて……身体が覚えてしまっているのでしょうね」

 自嘲気味に呟きますが、空腹も相まって欲求に耐えきれるほどの理性は残っていませんでした。
 前回予約していた日は任務が忙しく、伺うことができなかったことも後押しして、私の足は自然と件のお店へと向かっています。

 暗くなっても簡単に辿り着けるぐらいに通いなれた道を進み、私は住宅街でひっそりと営業している宿屋へと到着しました。
 
 ――『銀の魔女亭』。

 一般的な住宅を宿に改装しているせいで、目立たずにひっそりと営業している、絶品料理を提供する宿屋です。

 まずは店主に前回来店できなかったことをお詫びしないと……そう思いながら、私は年季の入った扉に手を掛けます。

 その向こうに、偶然の再会が待ち受けてるとも知らずに――
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