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第四章 魔人襲撃
43.快諾する器用貧乏
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「こら。そういう冗談は笑えないぞ、カナ」
「えー、違うの? お兄さんイケメンだしお似合いだと思ったんだけどなー」
イケメン……ねえ。小さい頃に『女みたいな顔だ』と言われたことはあるけど、師匠からは『生意気な目付き』とか『死んだ魚の目』などと揶揄されていたし、自分の顔立ちが良いとは欠片も思っていない。
容姿端麗という言葉は、アニエスのような人にこそ相応しいと思う。
「まったく……いい迷惑だよ。なあ、アニエス――――」
そう言いながら改めてアニエスの方を見た俺は、思わず息を止めてしまった。
帽子が脱げてより鮮明に見えるようになったアニエスの顔は、よくよく見てみれば俺が知るものとだいぶ様相が異なっていたのだ。
以前の凛として自信に満ちていた表情は影を潜め、疲労、不安などが入り混じった、パッと見てわかるほどの影を落としている。
食事を楽しみにやって来た者の顔じゃない。
「……どうした、何かあったのか?」
「あっ、えと、その……」
言いたくても言えない。もしくは切り出しにくい話なのだろうか。
彼女にしては珍しく、歯切れの悪い話し方だった。
「アニエス様、お疲れみたいですね。前回ご予約されたときはお忙しくて来れなかったみたいなので、お父さん今回はアニエス様のためにはりきってましたよ。
ささ、もうすぐ料理ができますので、まずは美味しいご飯を食べて元気になりましょうよ!」
カナは言い淀むアニエスの手を引き、俺の隣の席へと座らせる。
……というか、前回予約していたってことは……俺がここに初めて来たときに出された料理は、本来ならアニエスのものだったってことだよな。
そう考えると、アニエスがいなければこの宿と出会うことはなかったかもな。知らないうちに恩を受けていたってことか。
「……カナの言うことはもっともだ。ここの美味い飯を食えば心にゆとりができる。話はそれからでも遅くないだろ?」
「ええ……そう、ですね……」
◇
それから約一時間後。
相も変わらず絶品だった魚料理を食べ終えた俺たちは、果実水を片手に、一息ついていた。
「……それで、どうしたんだ?」
「はい……ユーリ、あなたにお願いがあります」
俺の記憶にかなり近くなった表情で、アニエスはゆっくりと話を始めた。
その真剣な眼差しに、どんな大仰な話が飛び出すのかと、思わず息を飲む。
「……一ヶ月後、八体の魔人がこの王都アニマへと攻撃を仕掛けてきます。私たち騎士団、及び王国の総力をもってこれを撃退することが決定しました。
そこで、魔人との交戦経験があり、なおかつそれを撃破したユーリの力を借りたいのです。
もちろん無理にとは言いません。命懸けの戦いになるのは確実でしょう。ですが、あなたの力があれば……!」
なんだ、何を言い出すのかと思ったらそんなことか。別にそれぐらいならもっと気軽に頼んでくれてもいいのに。
「ああいいぞ。協力しよう」
「……えっ、その……魔人が八体ですよ? 死ぬかもしれないのですよ? それをそんなにもあっさりと……」
「なんだ、断ってほしかったのか?」
「い、いいえ! そうではありませんが……!」
アニエスは俺が即決したことに驚いているようだが……そんなに驚くようなことか?
そりゃあ、魔人はそこらの魔物とは比べ物にならない強さだったが、実際は明らかに実戦経験が不足していたし、案外たいしたことないと思うのだが……。
「まあ大丈夫だろ。あの程度の相手なら、少しばかり数が増えたところで問題ない」
「――っ、問題ない……ですか。ふふ、そう言いきれるなんて頼もしい限りです。あなたなら本当になんとかしてしまいそうな気さえしますね」
そう言ったアニエスの笑顔は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。
魔人と戦うだけでアニエスのこの表情が見れるだなんて、儲けものだったな。
「改めて、ご協力感謝します、ユーリ。ただ……こちらの都合で申し訳ないのですが、あなたの力を認めてもらう必要があるので、明日は王城まで足を運んでもらえないでしょうか?」
「王城まで? ……うーん、まあ予定はないから構わないけど、俺はこれ以外の話し方はできないし、ちゃんとした服なんて持ってないんだが……」
元貴族とはいえ、ちゃんとした教育を受けていなかったし、口の悪い師匠と一緒にいたからか、口調も似たようなものになってしまった。
そんな俺が王城なんかに行ってみろ。最悪、不敬罪とかで捕まってしまうのではなかろうか。
「服装に関しては、おそらく模擬戦闘をする流れになるので、いつも通りで構いません。
話し方は……ええと、私がなんとか間を取り持つので大丈夫です。た、多分」
……なんだか自信なさげだが、アニエスがそう言うのならまあ問題ないだろう。
犯罪者になるのは御免だからな、頼んだぞアニエス。
「そっか、じゃあそのへんは任せる」
「……が、頑張ります。それで、ええと……ユーリはこの宿に宿泊しているのですか?」
「ああ、そうだ」
「では明日の朝、私がこちらへ迎えに来ますね。服装は今のままで構いませんが、最低限の身だしなみだけは整えておいてくださいね。さすがに寝癖をつけた頭で来られたら私でもフォローしきれませんので」
「はは、了解だ」
さっきまでの憔悴した顔はどこへやら、どこか楽しげな表情でそう告げたアニエスは、軽やかな足取りで宿を去っていった。
なんなら、最初に会ったときよりも柔らかくなった印象があるな。さすがパグラムの料理、お堅い軍人にも効果抜群だ。
「……あ、報酬が貰えるのか聞いておくべきだったな」
真冬の如き懐事情を抱えた俺は、報酬について聞くべきだったと後悔しながら、その日は眠りにつくのだった。
「えー、違うの? お兄さんイケメンだしお似合いだと思ったんだけどなー」
イケメン……ねえ。小さい頃に『女みたいな顔だ』と言われたことはあるけど、師匠からは『生意気な目付き』とか『死んだ魚の目』などと揶揄されていたし、自分の顔立ちが良いとは欠片も思っていない。
容姿端麗という言葉は、アニエスのような人にこそ相応しいと思う。
「まったく……いい迷惑だよ。なあ、アニエス――――」
そう言いながら改めてアニエスの方を見た俺は、思わず息を止めてしまった。
帽子が脱げてより鮮明に見えるようになったアニエスの顔は、よくよく見てみれば俺が知るものとだいぶ様相が異なっていたのだ。
以前の凛として自信に満ちていた表情は影を潜め、疲労、不安などが入り混じった、パッと見てわかるほどの影を落としている。
食事を楽しみにやって来た者の顔じゃない。
「……どうした、何かあったのか?」
「あっ、えと、その……」
言いたくても言えない。もしくは切り出しにくい話なのだろうか。
彼女にしては珍しく、歯切れの悪い話し方だった。
「アニエス様、お疲れみたいですね。前回ご予約されたときはお忙しくて来れなかったみたいなので、お父さん今回はアニエス様のためにはりきってましたよ。
ささ、もうすぐ料理ができますので、まずは美味しいご飯を食べて元気になりましょうよ!」
カナは言い淀むアニエスの手を引き、俺の隣の席へと座らせる。
……というか、前回予約していたってことは……俺がここに初めて来たときに出された料理は、本来ならアニエスのものだったってことだよな。
そう考えると、アニエスがいなければこの宿と出会うことはなかったかもな。知らないうちに恩を受けていたってことか。
「……カナの言うことはもっともだ。ここの美味い飯を食えば心にゆとりができる。話はそれからでも遅くないだろ?」
「ええ……そう、ですね……」
◇
それから約一時間後。
相も変わらず絶品だった魚料理を食べ終えた俺たちは、果実水を片手に、一息ついていた。
「……それで、どうしたんだ?」
「はい……ユーリ、あなたにお願いがあります」
俺の記憶にかなり近くなった表情で、アニエスはゆっくりと話を始めた。
その真剣な眼差しに、どんな大仰な話が飛び出すのかと、思わず息を飲む。
「……一ヶ月後、八体の魔人がこの王都アニマへと攻撃を仕掛けてきます。私たち騎士団、及び王国の総力をもってこれを撃退することが決定しました。
そこで、魔人との交戦経験があり、なおかつそれを撃破したユーリの力を借りたいのです。
もちろん無理にとは言いません。命懸けの戦いになるのは確実でしょう。ですが、あなたの力があれば……!」
なんだ、何を言い出すのかと思ったらそんなことか。別にそれぐらいならもっと気軽に頼んでくれてもいいのに。
「ああいいぞ。協力しよう」
「……えっ、その……魔人が八体ですよ? 死ぬかもしれないのですよ? それをそんなにもあっさりと……」
「なんだ、断ってほしかったのか?」
「い、いいえ! そうではありませんが……!」
アニエスは俺が即決したことに驚いているようだが……そんなに驚くようなことか?
そりゃあ、魔人はそこらの魔物とは比べ物にならない強さだったが、実際は明らかに実戦経験が不足していたし、案外たいしたことないと思うのだが……。
「まあ大丈夫だろ。あの程度の相手なら、少しばかり数が増えたところで問題ない」
「――っ、問題ない……ですか。ふふ、そう言いきれるなんて頼もしい限りです。あなたなら本当になんとかしてしまいそうな気さえしますね」
そう言ったアニエスの笑顔は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかだった。
魔人と戦うだけでアニエスのこの表情が見れるだなんて、儲けものだったな。
「改めて、ご協力感謝します、ユーリ。ただ……こちらの都合で申し訳ないのですが、あなたの力を認めてもらう必要があるので、明日は王城まで足を運んでもらえないでしょうか?」
「王城まで? ……うーん、まあ予定はないから構わないけど、俺はこれ以外の話し方はできないし、ちゃんとした服なんて持ってないんだが……」
元貴族とはいえ、ちゃんとした教育を受けていなかったし、口の悪い師匠と一緒にいたからか、口調も似たようなものになってしまった。
そんな俺が王城なんかに行ってみろ。最悪、不敬罪とかで捕まってしまうのではなかろうか。
「服装に関しては、おそらく模擬戦闘をする流れになるので、いつも通りで構いません。
話し方は……ええと、私がなんとか間を取り持つので大丈夫です。た、多分」
……なんだか自信なさげだが、アニエスがそう言うのならまあ問題ないだろう。
犯罪者になるのは御免だからな、頼んだぞアニエス。
「そっか、じゃあそのへんは任せる」
「……が、頑張ります。それで、ええと……ユーリはこの宿に宿泊しているのですか?」
「ああ、そうだ」
「では明日の朝、私がこちらへ迎えに来ますね。服装は今のままで構いませんが、最低限の身だしなみだけは整えておいてくださいね。さすがに寝癖をつけた頭で来られたら私でもフォローしきれませんので」
「はは、了解だ」
さっきまでの憔悴した顔はどこへやら、どこか楽しげな表情でそう告げたアニエスは、軽やかな足取りで宿を去っていった。
なんなら、最初に会ったときよりも柔らかくなった印象があるな。さすがパグラムの料理、お堅い軍人にも効果抜群だ。
「……あ、報酬が貰えるのか聞いておくべきだったな」
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