千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第四章 魔人襲撃

44.連れられる器用貧乏

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「よし、こんなもんか」

 アニエスが銀の魔女亭に訪れた次の日の朝、俺はいつもよりも早起きをして、姿見に全身を映しながら軽く身だしなみを整えていた。
 とはいえ、癖のつきやすい髪質じゃないので、寝癖はなかった。やったことと言えば、顔を洗って、魔法で服のシワを伸ばした程度のものだ。

「さて、アニエスが朝に迎えに来るとは言っていたが、どれぐらいの時間に来るのかわからないな……」

 『朝』と一言で言っても、その言葉が定義する時間帯は短くない。
 俺の勝手なイメージだが、アニエスは『朝=朝一番』になると思い支度をしたものの、俺の予想が外れる可能性だってある。
 もしそうなった場合は、結構な時間を持て余すことになるのだ。

「ま、暇なのはここ最近ずっとだったし、別にいいか。アニエスが来なければパグラムに軽食でもせびって時間を潰そう」

 本来なら、この銀の魔女亭での食事提供は夕食のみなのだが、なんだかんだで前日に余った食材を使用した朝食を、ほぼ毎日いただいている。それも無料でだ。
 だからといって、料理に手抜きをしないのがパグラムのいいところだな。さすがに夕食ほど手が込んでいないが、一日の活力を補充するには充分すぎる。

 ……まあ、最近はやることがなかったので、『今日も一日頑張ろう』なんて気合いを入れたところで無意味だったけどな。

 ただ、今日はれっきとした予定がある。
 存分に堪能するとしよう。

「おや、今日は早いね」

 階下に降りると、パグラムは箒を手に掃除をしている最中だった。
 まだ日が昇って間もないというのに、仕事熱心なことだ。

「ああ、今日はちょっと予定があってな。それで、悪いが出かける前に腹に何か入れておきたいのだが……」
「今日は昨日の魚のアラを使ったスープがあるよ。温めるから座って待っていてくれ」
「すまない、ありがとう」

 カナの姿が見えないのでまだ眠っているのだろう。給仕がいないというのに手間をかけさせて申し訳ないと思うが、それ以上に食欲が勝ってしまっているのだ。

「おまたせ、どうぞ召し上がれ」

 スープ皿になみなみと注がれた魚介スープと、こぶし大の白パンがひとつ、俺の前に置かれた。

 早速スプーンでスープをすくい、ゆっくりと口へ運ぶ。

「うん、美味いな」

 昨日の煮物は甘辛く濃厚な味付けだったが、このスープの味付けは塩と少量の胡椒のみと、実にシンプルだ。
 だが、パグラムの腕により魚の旨味が引き立つ絶妙なバランスで完成されている。見事としか言いようがない。

「どれ、次はパンと一緒にいってみるか」

 パンを大きめにちぎり、半分ほどをスープに浸す。そこに魚の身の部分を乗せ、がぶりとかぶりついた。
 
 予想通りの見事な調和が口の中に広がった――その次の瞬間だった。

 コンコン。

 早朝だからか、入り口の扉が控えめにノックされた。

「――っ!?」

 ヤバい、アニエスが来てしまったか!?
 くっ、こうなったら仕方ない……!

「お邪魔します……あ、ユーリ、起きていたんですね」
「ふぉう、ふぁふぃふぇふ。……むごむご」

 現れたのは予想通りアニエスだった。昨日とは異なり、騎士団の制服に身を包んでいる。

 来店と同時に彼女に声をかけられたので、振り向き様に挨拶をした。……つもりだったのだが、急いで詰め込んだ料理が口を塞いでいたため、俺の口から発せられたのは、自分自身にしか解読できないであろう謎の言語だった。

「…………え、と……ユーリ?」

 ぽかんとしているアニエスを手で制しながら、俺は口に入っていたものを、ごくりと一気に飲み込んだ。
 できればもっと味わいたかったが、迎えが来てしまった以上仕方あるまい。

「ふ……ふふっ、どうしちゃたんですか、ユーリ?」

 よほど可笑しかったのだろうか、アニエスは笑いを堪えようとしているものの、クスクスとした笑いが漏れてしまっている。

「あ、あんなにいっぱい頬張って……ふふっ」

 今は口にあったものを飲み込んで、元の顔に戻っているはずだが、アニエスの脳裏には、さっきの俺の姿がはっきりと焼きついているようだ。
 ついには口元を隠しながら顔を背けてしまった。……そんなに可笑しかっただろうか。

「こほん……す、すいません取り乱しました」

 数十秒後、ようやく平静を取り戻したアニエスが、軽く咳払いしながら俺へと向き直った。
 文句のひとつも言ってやりたいところだが、生真面目なアニエスの貴重な姿を見れたので良しとしておこう。

「アニエスが楽しそうでなによりだよ」
「も、もう……謝ったじゃありませんか!」

 俺としては言葉通りの意味合いだったのだが、どうやら皮肉として受け取られたようだ。

 胸の内に、なにやら楽しいような微笑ましいような、そんな感覚が湧き上がってくる。
 なるほど、これが人をからかってるときの感情か。なんか気分がいいな。師匠がさんざん俺のことをからかってきていたのも、今なら理解できる。

 ……とはいえ、アニエスの方は不快に思ってるかもしれないし、一応謝っておくか。

「すまん、責めてる訳じゃないんだ。アニエスが楽しそうだったから、つい嬉しくてさ。あまり気を悪くしないでくれ」
「――っ、そ、そうですか。いえ、その……別に怒っているわけではないですよ?」
「そうか? ならよかった」
「は、はい……」

 ……おかしい。怒っていないと言ってはいたが、なんだか若干気まずい空気になったぞ。
 人の心というやつは難しいものだな。さて、どうしたものか……。

「あーっ! アニエス様! どうしてこんな時間にウチにいるんですか!?」

 沈黙を破ったのは、宿の看板娘による突然の乱入だった。
 俺たちの会話を聞いて目覚めたばかりなのか、いつもきっちりと後ろにひとつ結びにしている髪はまだ結われておらず、服も作業着ではなかった。
 そんな起き抜けの状態にも関わらず、カナはドタバタと階段を降りてきて、アニエスのそばへと近付いてくる。

「カナちゃん、おはようございます」
「おはようございますアニエス様! ところで、こんな時間にどうしたんですか? いつもはご予約された日にしかいらっしゃらないのに……」
「ええ、彼に用事がありまして――」
「えっ、お兄さんに会いにきたんですか!? や、やっぱり二人はお付き合いを……!?」
「えっ!? いや、それはその……」

 いやいや、そういう年頃なのかもしれないが、なんでも色恋沙汰に結びつけすぎだろ。

 そんなことを考えていたら、突然アニエスが俺の手を掴み、ぐいぐいと引っ張り始めた。

「さ、さあ早く行きますよ、ユーリ」
「お、おう……」
「ではパグラムさん、カナちゃん、ちょっとユーリを借りていきますね! これで失礼します、また来ますので!」
 
 そんなこんなで、耳を赤らめたアニエスに手を引かれるがまま、俺は王城へと向かうのだった。
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