千技の魔剣士 器用貧乏と蔑まれた少年はスキルを千個覚えて無双する

大豆茶

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第四章 魔人襲撃

EX.11 魔法の極致

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 カーン、カーン、カーン――――

 王都の各所から、鐘の音が響く。
 普段なら正午に一度鳴らされるだけのものだが、今日この日だけは、一日の終わり……そして、運命の日が訪れたことを告げる。

 私、宮廷魔術師団の団長マリーネ・セルベスは、魔術師団のために建設された尖塔のさらに上、塔を帽子のように覆う形で急設された骨組みだけの物見櫓ものみやぐらにて、周囲を警戒していた。

 魔人が襲撃してくるその日こそ宣言されていたが、時間帯までは指定されていない。そのため、日付が変わった今この瞬間から、王都全体を見渡せるこの場所で警戒をし続けねばならなかった。

「大丈夫……事前の準備はバッチリしてきたじゃない」

 王都の周囲に防護柵を作ったり、侵入を知らせる結界を張るなど、一ヶ月という短い期間でやれることはすべてやってきた。

 あとは全力を尽くすのみ……なのだけど、解せない点がひとつあった。

「それであなた……どうしてここにいるの?」

 急設のため、櫓の頂上は人ひとりぶんしか入れない程度のスペースしかなかった。だが、そんなのは関係ないとばかりに、物見櫓の縁にバランスよく立っている人物の背中に、私は言葉を投げかける。

「ん? ああ、ここが一番見晴らしがいいからな」

 謙虚さの欠片もない態度でそう言い放ったその男の名はユーリ。
 彼は陛下自らが頭を下げてまで協力を仰いだ、かの伝説の魔女の使者だという。

 そんな彼は実力を買われ、どの指揮系統にも属さず、遊撃部隊として動く手筈だ。とはいえ、他の兵士や騎士団たちが王都の外壁付近で待機しているなか、こんなところにいてもいいのだろうか。

「はぁ……まあ何でもいいわ。私の邪魔だけはしないでよね」
「ああ」

 私はため息をつきながら、視線を遥か前方へと移した。
 
 陛下へアニエスちゃんは彼に大きな期待を寄せているようだけど、正直なところ、私から見たらそこまでの実力者だとは思えなかった。

 興味本位で訓練場を使い魔で覗き見ていたとき、こちらの存在を見透かされたかのように目が合ったときはヒヤリとした。けれど、結局それっきりだったし、きっと偶然だったに違いない。
 それに、肝心の模擬戦闘では騎士団側の人間が鼻血を吹いて倒れただけで、結局ユーリが戦っている姿は見ることができなかったので、実力のほどは不明のままだ。

 ……となると見た感じで判断するしかないわけで。スキルが千個あるっていう話だけど、魔術師の私としては『だから何?』って感じ。

 スキルの多さ故に、様々な魔法が使えるのでしょう。確かにそれは凄いことだわ。けれど、肝心の使い手の魔力量がたいしたことないのよね。

 こうやって【魔力視】スキルを使って、間近で見てみるとよくわかる。
 彼……ユーリの身体からは、一切の魔力が感じられないのだ。

 すべての生物は、大なり小なり身体に魔力を宿している。そしてその魔力は、何をせずとも身体から溢れ出してしまうものだ。
 そしてその溢れる魔力の量は、保有魔力に比例する。

 つまり、一切の魔力を感じ取れないユーリの保有魔力は、ゼロ……もしくは相当微弱なものだということになる。

 これじゃあ下級魔法の一回でも使えば、即座に魔力が尽きてしまうことだろう。
 全魔術師の憧れ……史上最強の魔術師として名高い森の魔女様の教えを受けたと聞いたときには年甲斐もなく嫉妬したものだけど、蓋を開けてみればこの程度でしかなかったのは、心底残念だ。

「……っと、余計なことを考えている場合じゃないわね」

 魔人が結界内に侵入すれば、王都外壁の見張台から合図がある。合図があった方角へ使い魔を飛ばし、状況を把握。そして魔人を分断するために儀式魔法のコントロールをする……それが私に課せられた役目だ。
 他人にかまっている余裕なんてないのよ。
 


 ――そして、お互い無言のまま時が過ぎ、太陽が昇り始めたころ、ここまで微動だにしなかったユーリに動きがあった。

「……来たか」

 彼はそう呟くと、その場から大きく跳躍する。

「――えっ、ちょっ!?」

 王都全体が見渡せるような高さから、中空への跳躍。もちろん足場なんてどこにもない。
 いくら鍛えていようと落下したら無事では済まない高さだったので、思わず集中を解いてユーリの姿を目で追ってしまう。

 けれど、次の瞬間に私が見たものは、生涯忘れることはないであろう、衝撃的なものだった。

「よっと」

 ユーリの足元に突然光の板が現れ、ユーリはそれに乗ることで落下を免れていた。

「あれは魔力の塊……? 浮遊しているの……?」

 魔力の塊が突然出現するなんて、自然現象ではありえない。つまり、あれは魔法だ。
 浮遊する板を出すだけという突飛な魔法なんて、宮廷魔術師団のトップである私でさえ知らない。

 つまり、オリジナルの魔法……または一般的には知られていない希少な魔法ということだ。

「――なっ」

 驚きはそこで終わりではなかった。
 ユーリは一呼吸もおかぬ間に、更にいくつもの魔法を展開し、魔力で作られた大きなトンネルのようなものを、自らの眼前に顕現させたのだ。
 そして、煌めく粒子が螺旋を描きながらトンネルを覆っている。

 その美しさたるや、まるで夜空を飛び交う流星群のようだった。そんな神秘的とも言える光景、そして魔法技術に、私は目を奪われてしまっていた。

「……【詠唱破棄】に【多重詠唱】、それにあの未知の魔法は【魔法合成】によるもの……? ちょっと待ってよ、魔術師なら喉から手が出るほど欲しい上位スキルのオンパレードじゃない。
 っていうか、そもそもあれだけの魔法を使える魔力なんて、彼にはないはず……」

 目の前に顕現した魔法は、炎属性最上位魔法である『インフェルノ』に匹敵する魔力密度だ。
 ……ありえない。彼の魔力量では発動すらままならないはず。しかし事実としてユーリは魔法を行使し、それでいて涼しい顔をしている。

 通常、魔力が尽きかけると、体力が尽きたときと同様に、激しい息切れや頭痛のほか、吐き気を催すものだ。
 そんな様子は欠片も見せないことから、まだまだユーリの魔力には余裕があることが窺える。

「まさか……魔力を完全にコントロールしているというの……?」
 
 考えられる可能性としてはたったひとつ。それは、体内を巡る魔力を完全にコントロールすることだ。
 それができれば、理論上魔力が身体から溢れ出ることはない。

 集中すれば私だってできる……けど、抑え込めるのはせいぜい八割程度。それも、数分の間だけだ。
 しかし、ユーリは私の近くにいた間、魔力の欠片も見せていない。つまりは呼吸するのと同じように、無意識下で行えるほどの練度だということだ。

 ……だとすれば、本来の魔力量はいったいどのぐらいなのだろうか。指標がないため、まったく予想がつかない。

「向こうに魔人が出た。俺は先行する」

 ユーリはそれだけ言い残すと、光る板に乗ったまま、魔法のトンネルへと飛び込んだ。
 すると、どんな仕組みなのか、内部で数段階の加速を経て、まるで弓矢の如くユーリの身体は遠くへと打ち出され、あっという間に見えなくなってしまった。

「綺麗……」

 魔法の残滓が粉雪のように降り注ぐこの光景を、私は生涯忘れることはないだろう。
 魔法の極致……その一端を垣間見た私は、自分がまだまだだと思い知らされた。

「――っと、そういえば彼、魔人が出たって言ってなかった!?」

 未だ結界に反応はない。しかし、あれだけの魔法を操る彼の言うことだ、私の常識を超える方法で魔人の存在を察知しているに違いない。
 そう考え、私は慌ながら彼を追うように使い魔を飛ばすのだった。
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