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第四章 魔人襲撃
51.愛を知る器用貧乏
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――――あれからおよそ一ヶ月。
あれよあれよという間に、魔人襲撃の日がいよいよ明日に迫っていた。
俺はというと、相も変わらず『銀の魔女亭』に滞在していた。宿の代金に関しては、アニエスから少し借りたぶんと、パグラムの厚意によって、なんとかなっている。
……報酬の話をするのを忘れていたのは痛かった。
現在の王都は、まだ日が落ちたばかりにも関わらず不自然なほど静まり返っており、人の往来もまばらだ。
……それもそうだろう。住民の半分近くは急設された避難所や、それぞれの故郷へと離れていったからだ。
今、王都に残っているのは騎士団や一部の冒険者、そして何らかの事情や思惑がある住民だけだ。
魔人という未曾有の驚異に対し、半数の住民が残ったのは、ひとえに騎士団への信頼故だろう。
その騎士団も、冒険者と共に外へ避難する住民の護衛にかかりっきりだったが、今は一息ついていることだろう。
……俺はそのどちらでもないので終始暇だったが。
「お兄さん、ご飯だよー!」
階下からカナの明るい声が響く。
それを聞いた俺は、ゆったりとした足取りで階段を下りていく。
「なあ、本当によかったのか?」
いつもの席に着いた俺は、パグラムへ質問を投げ掛けた。
「避難しなかったことかい?」
「ああ、魔人の襲撃は明日だろ? もし護衛が依頼できないのであれば俺が引き受けるが……」
パグラムたちは、魔人の襲撃を知らされたあと、王都に残ることを選択していたのだ。
そのおかげで俺は新たに宿を探す手間がはぶけたし、美味い飯が食べれて言うことはない。
だが、魔人がどういう手段で攻撃してくるかは未知数だ。事と次第によってはパグラムたちが傷付く可能性もゼロじゃない。
「ありがとう、ユーリくん。でも、この宿……この家がわたしたちにとっての全てなんだ。
それに、前にも言ったかと思うが、妻のメリッサが軍の医官をしているからね。彼女を置いて自分だけ逃げおおせるなど、死んでもごめんだ」
パグラムの妻、メリッサ。
一ヶ月ほどこの宿に滞在しているが、俺がメリッサと会ったの片手で数えられる程度だ。それほどに現在の軍は多忙で、その証拠に襲撃を前日に控えた今日だって帰ってこれていない。
ほんの数回会ったっきりだが、メリッサが慈愛溢れる性格だったのをはっきりと記憶している。
カナもすごく懐いていたし、王都を離れたくないという気持ちはパグラムと同じだろう。
「……そうか、野暮なことを言ってすまなかったな」
「いいんだよ。ユーリくんのその気持ちだけでも嬉しいよ」
そう言いながらにっこりと微笑むパグラムだったが、その笑顔の奥には、拭いきれない不安が見え隠れしていた。
過去に冒険者をやっていたパグラムだからこそ、魔人の強さが明確に想像できるのだろう。
「しかし……ユーリくんだって戦場に立つのだろう? そっちの方が心配だよ」
少し前に俺が魔人との戦闘に参加すると伝えたとき、パグラムは相当驚いていた。
まあ、王様直々に協力を請われたのは伏せておいたので、後方で雑用などをするとでも思っていることだろう。
それでも、伝えてから数日の間は『考え直した方がいい』とか『まだ若いのだから無茶はするな』なんて言いながら心配していたっけか。
「心配するな。なんとかなるだろう」
「はは……頼りになる言葉だけど、一言だけ言わせてくれ。
自分が若いときに無茶した経験があるからわかるんだが、現実は甘くない。少しばかり自信がついたからって、わざわざ危険に飛び込まなくったっていいんだ。
君が傷付けば悲しむ人間がいることを忘れないでくれ。危なくなったらすぐに逃げるんたぞ? な?」
パグラムはそう言いながら、俺の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
その瞬間、俺の中に様々な感情が飛び交った。
――――ああ、そうか。そうだったのか。
今、ようやくわかった。師匠やパグラムたちは、俺がずっと欲しかったものを、とっくにくれていたんだ。
何も、家族から向けられる愛だけが本物ってわけじゃない。母に先立たれ、父には見放された天涯孤独の身の俺には、もう一生手に入らないものだと思い込んでいた。だけど……違うんだ。
騎士になれなくても、剣を振れなくたっていい……絆というものは、何かの見返りとして得るものではない。ましてや血の繋がりなんて、そこまで重要じゃなかったんだ。
力のなかった俺に手を差し伸べてくれる人がいる。俺のことを我が子のように心配してくれる人がいる。
それを自覚しただけで、心の底から力が湧いてくる。
守りたい人のために戦う……この国の騎士や兵士が当たり前に抱いている感情を、俺は今、ようやく理解した。
正直、俺は魔人との戦いを、まったく重く捉えていなかった。
ただ、新しい戦術を試せるとか、魔人がどんなスキルを使うのか。……なんて、自分本位なことばかり考えていた。
国のために戦う者たちの覚悟を虚仮にするような行いをしようとしていたのだ。そんな恥知らずな思考をしていたさっきまでの俺を、ぶん殴ってやりたいぐらいだ。
しかし、戦いを前日に控えた今、そんな無駄なことはしていられない。
行き当たりばったりでいいかと蔑ろにしていた魔人との戦い方を、熟考する必要がある。
――王都を滅ぼさんとする魔人たちよ、来るなら来い。
この俺がいる限り、怪我人のひとりも出させないからな。
あれよあれよという間に、魔人襲撃の日がいよいよ明日に迫っていた。
俺はというと、相も変わらず『銀の魔女亭』に滞在していた。宿の代金に関しては、アニエスから少し借りたぶんと、パグラムの厚意によって、なんとかなっている。
……報酬の話をするのを忘れていたのは痛かった。
現在の王都は、まだ日が落ちたばかりにも関わらず不自然なほど静まり返っており、人の往来もまばらだ。
……それもそうだろう。住民の半分近くは急設された避難所や、それぞれの故郷へと離れていったからだ。
今、王都に残っているのは騎士団や一部の冒険者、そして何らかの事情や思惑がある住民だけだ。
魔人という未曾有の驚異に対し、半数の住民が残ったのは、ひとえに騎士団への信頼故だろう。
その騎士団も、冒険者と共に外へ避難する住民の護衛にかかりっきりだったが、今は一息ついていることだろう。
……俺はそのどちらでもないので終始暇だったが。
「お兄さん、ご飯だよー!」
階下からカナの明るい声が響く。
それを聞いた俺は、ゆったりとした足取りで階段を下りていく。
「なあ、本当によかったのか?」
いつもの席に着いた俺は、パグラムへ質問を投げ掛けた。
「避難しなかったことかい?」
「ああ、魔人の襲撃は明日だろ? もし護衛が依頼できないのであれば俺が引き受けるが……」
パグラムたちは、魔人の襲撃を知らされたあと、王都に残ることを選択していたのだ。
そのおかげで俺は新たに宿を探す手間がはぶけたし、美味い飯が食べれて言うことはない。
だが、魔人がどういう手段で攻撃してくるかは未知数だ。事と次第によってはパグラムたちが傷付く可能性もゼロじゃない。
「ありがとう、ユーリくん。でも、この宿……この家がわたしたちにとっての全てなんだ。
それに、前にも言ったかと思うが、妻のメリッサが軍の医官をしているからね。彼女を置いて自分だけ逃げおおせるなど、死んでもごめんだ」
パグラムの妻、メリッサ。
一ヶ月ほどこの宿に滞在しているが、俺がメリッサと会ったの片手で数えられる程度だ。それほどに現在の軍は多忙で、その証拠に襲撃を前日に控えた今日だって帰ってこれていない。
ほんの数回会ったっきりだが、メリッサが慈愛溢れる性格だったのをはっきりと記憶している。
カナもすごく懐いていたし、王都を離れたくないという気持ちはパグラムと同じだろう。
「……そうか、野暮なことを言ってすまなかったな」
「いいんだよ。ユーリくんのその気持ちだけでも嬉しいよ」
そう言いながらにっこりと微笑むパグラムだったが、その笑顔の奥には、拭いきれない不安が見え隠れしていた。
過去に冒険者をやっていたパグラムだからこそ、魔人の強さが明確に想像できるのだろう。
「しかし……ユーリくんだって戦場に立つのだろう? そっちの方が心配だよ」
少し前に俺が魔人との戦闘に参加すると伝えたとき、パグラムは相当驚いていた。
まあ、王様直々に協力を請われたのは伏せておいたので、後方で雑用などをするとでも思っていることだろう。
それでも、伝えてから数日の間は『考え直した方がいい』とか『まだ若いのだから無茶はするな』なんて言いながら心配していたっけか。
「心配するな。なんとかなるだろう」
「はは……頼りになる言葉だけど、一言だけ言わせてくれ。
自分が若いときに無茶した経験があるからわかるんだが、現実は甘くない。少しばかり自信がついたからって、わざわざ危険に飛び込まなくったっていいんだ。
君が傷付けば悲しむ人間がいることを忘れないでくれ。危なくなったらすぐに逃げるんたぞ? な?」
パグラムはそう言いながら、俺の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
その瞬間、俺の中に様々な感情が飛び交った。
――――ああ、そうか。そうだったのか。
今、ようやくわかった。師匠やパグラムたちは、俺がずっと欲しかったものを、とっくにくれていたんだ。
何も、家族から向けられる愛だけが本物ってわけじゃない。母に先立たれ、父には見放された天涯孤独の身の俺には、もう一生手に入らないものだと思い込んでいた。だけど……違うんだ。
騎士になれなくても、剣を振れなくたっていい……絆というものは、何かの見返りとして得るものではない。ましてや血の繋がりなんて、そこまで重要じゃなかったんだ。
力のなかった俺に手を差し伸べてくれる人がいる。俺のことを我が子のように心配してくれる人がいる。
それを自覚しただけで、心の底から力が湧いてくる。
守りたい人のために戦う……この国の騎士や兵士が当たり前に抱いている感情を、俺は今、ようやく理解した。
正直、俺は魔人との戦いを、まったく重く捉えていなかった。
ただ、新しい戦術を試せるとか、魔人がどんなスキルを使うのか。……なんて、自分本位なことばかり考えていた。
国のために戦う者たちの覚悟を虚仮にするような行いをしようとしていたのだ。そんな恥知らずな思考をしていたさっきまでの俺を、ぶん殴ってやりたいぐらいだ。
しかし、戦いを前日に控えた今、そんな無駄なことはしていられない。
行き当たりばったりでいいかと蔑ろにしていた魔人との戦い方を、熟考する必要がある。
――王都を滅ぼさんとする魔人たちよ、来るなら来い。
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