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【貧乏貴族令嬢との出会い】

模造品

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「これを彼女に飲ませてやってくれ」

 アースは鞄から取り出した薬瓶をマーカスへと差し出す。

「――っ! お前っ! 馬鹿にしているのか!? お前が薬では回復しないと言ったんだろう!?」

 マーカスは先程の説明とは当てはまらないアースの行為を見て馬鹿にされたように感じ、憤りを隠せないでいた。

「ああ、ならな」

「なっ、それはどういう……」

 マーカスはその言葉を聞き、改めてアースの持つ薬瓶に注視する。人差し指ほどの大きさの透明な瓶の中に入っている液体は淡い光を放ち、それが普通の薬ではないことが見て取れる。
 
「の、呪いを解くことができる薬など帝都にも存在しない。そんなことが可能なのはそれこそ伝説上の霊薬でしか……まさか!?」

 マーカスが想像したものは、遥か昔に存在していたと考えられている霊薬だった。あらゆる傷を癒し、あらゆる病を治す。そしてその身からいかなる不浄をも消し去ると言われている。

 今やおとぎ話の中だけに存在する、実際に存在しかたかもわからない万能の霊薬『エリクサー』。

 もしそんなものがこの場にあれば妻を救えるかもしれない。
 にわかに信じがたい可能性であったが、他にすがるもののないマーカスの取る行動は一つたけだった。

「――あんた……いや、アースさん。無理を承知でお願いする。その薬を俺達に……妻に譲ってはもらえないだろうか! 俺にできることならなんでもする! どうか、どうか……!」

 頭を地面に擦り付け、マーカスはアースへと懇願する。
 しかし、そんなことをされずともアースの返答は変わらない。

「顔を上げてくれ。もとよりそのつもりだ。無論、命の恩人から金を取るつもりはない」

「――!! アースさん……ありがとう! ……ありがとう!」

 エリクサーという規格外の薬が本当に実在するのならば、世界中からエリクサーを求める者が後を絶たないであろう。
 もし競売にでもかけようものなら、一生遊んで暮らせるだけの金額が懐に入るだろうことは容易に想像できる。
 そんな物を今日初めて会った他人に、無償で提供するなど、正気の沙汰とは思えない。

 しかしアースの理想の根幹には、人間、魔族に関わらず、命を守りたいという思いがある。
 ましてやその相手が間接的にとはいえ、自分の命を救ってくれたのである。
 薬を差し出すアースの目に迷いや躊躇いは一切なかった。

「さあ、これを奥さんに」

 アースから薬を受け取ったマーカスは、恐る恐る薬をエリザの口元へと運ぶ。
 ごくり、とエリザが薬を飲み込むと、数秒経たずに変化が訪れる。

「あ、ああっ……!」

 マーカスは感嘆の声を上げた。
 エリザの体から立ち所に痣が消えていった。それどころか、蒼白だった顔は生気を取り戻し、みるみるうちに血色がよくなっている。傍から見てわかるほど、エリザは回復していったのだ。

 しばらくした後、回復を確かめるためかエリザは恐る恐るといった感じで自らの力でベッドから立ち上がる。

「エリザ……! エリザっ……!」

 何ともなかったかのように立ち上がるエリザを、マーカスは思わず抱き締める。
 
「あなた……心配をかけましたね」

「な、治ったんだな? もう、大丈夫なんだな……!?」

「ええ、驚きました。寝込む前より調子が良いくらい」

 エリザの言葉どおり、既に呪いの影響は消え去っていた。更には落ちていた体力や、元々持っていた体の不調なども正常化したようだ。

「ママー!」

 カノンも母親の元へと駆け寄り、家族三人抱き合っていた。その光景を目にしたアースは満足げに微笑む。

 ――実際にはあの薬はエリクサーではなく、その効果を限りなく再現したアース自作の霊薬である。

 過去の文献を参考に、アースの能力『天地創造クリエイション』による性質変化を様々な素材で繰り返し、数年間試行錯誤した後に生まれたものだ。

 アースはこの薬を『万能の霊薬イミテーション・模造品・エリクサー』と名付けている。

「――アース、あなた一体何者なの?」

 少しでもエリザの病を治す助けにでもなればと思い、アースに診断を頼んだエレミアだったが、エリクサーと思わしき伝説級の薬の登場に驚愕を隠しきれなかった。

「言っただろう。ただのしがない錬金術師さ」

 しがない研究者が伝説上の霊薬なんて持ってるわけないだろうと思いながらも、アースにも事情があるのだろうと考え、エレミアはこれ以上深く追及するのをやめる。

「――まあ、いいわ。改めて、領民を救ってくれたこと、領主の娘として感謝します。本当なら何か褒美を取らせたいのだけど……残念ながら金品の類いはこの街には殆ど無いの」

「いや、見返りを求めてやったことではない。気にしないでくれ」

「……いいえ、あなたがそのつもりでも、誇り高きリーフェルニア家の者としてなにもしない訳にはいかないわ。だから、金品の代わりに私にできることであれば何でもするわ。何でも言ってちょうだい」

 アースにはこれといって求める物などなかったが、エレミアも引く気はなさそうであったので、どうしたものかと思考を巡らせる。
 
「……それなら、俺を雇ってはもらえないか? 事情は言えないが、帰る宛がなくてな」

 死んだと思われているだろうが、魔王暗殺の濡れ衣を着せられたのだ。生きていることがばれてしまえば再び命を狙われることになってしまうので、もう魔族領には帰れない。
 であれば誰も寄り付かない所で一人隠れて暮らすか、人間そっくりな容姿を活かして人間の街に溶け込み、暮らしていくしかない。

 どちらか迷っていたのだが、エレミアらへの恩義や、この街の住民への共感もあり、アースはここで暮らしたいと直感的に感じたのだ。そこで報酬としてエレミアに雇ってもらえるか提案をした。

「あなたのような優秀な錬金術師は大歓迎なのだけど、うちは資金難だしあなたの働きに見合うだけの給金は払えそうにないわ。……あ、でももし館の使用人と同等の扱いで構わないのであればこちらからお願いしたいのだけど、……どうかしら?」

 エレミアとしてもアースの提案は非常に魅力的で、この領地をより発展させる切っ掛けになるのではと考えたので、自分の権限で出来る最大限の条件を提案した。

 対するアースは金銭に関して無頓着であったし、身分にもこだわりはなかったので、この提案を断る理由はなかった。

「ああ、それで構わない。よろしく頼む」

「そ、そうよね。やっぱりそんな条件じゃ――って、ええっ!? い、いいの……!?」

 正直ダメだろうなと思っていたエレミアだったが、まさか即決するとは思っておらず、ついすっとんきょうな声を上げてしまう。
 錬金術師というだけで稀有な存在なのに、そのなかでもアースほどの能力を持つ人材が、使用人扱いを受け入れるなど本来ありえないことなのだ。エレミアの反応も仕方がないものだろう。

「ん? ああ、それでいい。使用人で構わないぞ」

「そ、そうなの……? こちらとしては願ってもないことなんだけど、やっぱり何か特殊な事情があるってことよね……」

「すまないがそれに関しては話すことはできない」

「あっ、いいのよ。話したくないこともあるでしょうし。じゃあ改めて……これからよろしくね、アース」

 エレミアが手を差し出し、アースはそれに答え、二人はしっかりと握手をする。
 
「――ああ、そうだ……もう一ついいか?」

「構わないわ、言ってみて」

 アースが何かを思い出したようにエレミアに尋ねる。エレミアはなにか法外な要求でもされるのかと、緊張しながら少し身構えて続く言葉を待った。

「……たまにでいい、またあの美味い飯を食べたいんだ。作ってくれるか?」

「――っ!! わ、わかったわよ……」

 予想外の要求に対する驚きと、さらには今朝の出来事を思い出したのか、エレミアの頬に赤みが差す。
 そんな二人のやり取りを、落ち着きを取り戻したマーカス夫妻が我が子を見るような面持ちで見ていた。

「あらあら、エミリア様にも春が来たのかしら?」

「これはリーフェルニア卿に報告しないとな。ハッハッハッ!」

「おねーちゃん顔まっか!」

「も、もう! エリザさんも、マーカスさんも! カノンちゃんまで! からかわないでください!」

 つい先刻まで暗い雰囲気だった部屋が笑顔で満たされる。
 暖かい気持ちになりながら、しばらくの間アース達は笑いあっていた。
 


「……さて、家族団欒を邪魔しては悪いのでそろそろお暇しますね」

 頃合いを見て、エレミアが退出を切り出す。
 エレミアに続き館へ戻ろうとするアースをマーカスが引き留めた。

「待ってくれ! ……アースさん。こんなにも良くしてくれたあんたに酷い態度を取ったこと、どうか許して欲しい」

 出会い頭に怒りをぶつけてしまったことを後悔し、マーカスは深く頭を下げる。

「気にしないでくれ、俺なんてどこの馬の骨ともわからないやつだ、怒るのはもっともだと思う」

「すまない。ありがとう……アースさん、俺にできることがあれば何でも手伝おう。困ったことがあれば頼って欲しい」

「……ああ、その時は頼らせてもらう。では、またな」

「お兄ちゃんバイバーイ!」

 一家に見送られ、アース達は屋敷への帰路につく。

 こうして元魔王軍四天王のアースは魔王城より命からがら逃げ出し、その後辺境の貧乏貴族令嬢エレミア・リーフェルニアのもとで使用人として働くこととなった。
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