転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第五話 誘い -1

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「アーベントはほとんどの人間を寄せ付けないんだ。だから、ルインに懐いてて本当にびっくりしてる」
「はぁ」
「でも、ルインは毎朝、誰よりも早く竜の様子を見に来てくれるからな。アーベントもそういうところが好きなのかも」
「仕事ですからね」

 シグルドの手前、何でもない風を装っていたが、このときのルインは内心相当浮かれていた。

 だって、あのカタストローフェ種が、――それも絶対に竜騎士であるシグルド以外に気を許さないと言うアーベントがルインにはこんなにも好意的なのだ。竜師として、嬉しくないはずがない。

 だから、少しだけ気を抜いていたのだと思う。それまでしっかりと距離を取って来たはずのシグルドが、一歩だけ踏み出したことに気が付かなかった。

「アーベントの面倒を見てくれているお礼がしたいんだ。よければ、飲みに行かないか? 非番の前日とかに」
「……は?」

 突然の誘いに、ルインは思わず顔を上げた。それまで頑なに視線を合わせないようにしていたというのに、うっかりその青色を見てしまう。

 ヴィンターベルクの夏の空よりも澄んだ、明るい青。煌めく宝石のような瞳が、柔らかく弧を描いた。ずっとそっ ぽを向いていたルインと、ようやく目が合ったことが嬉しかったらしい。

「俺はヴィンターベルクに来たばかりだから、あまり店は詳しくないけど。ルインはここが長いんだろう。どこか旨い店を知っているか?」
「知りませんし、行きません。俺たち竜師に非番はありませんから。朝が早いのは中尉もご存じでしょう」

 驚きを押し殺して、ルインは出来るだけ素っ気なく聞こえるように返した。

 ――あんたと距離を取りたいのに、行くわけがないだろう。

 そう心の中で悪態をつく。けれども言葉とは裏腹に、魂が――つまり、ルインの内心は喜びで溢れていて、今にも飛び跳ねてしまいそうだった。

 ルインの中の「フェリ」が喜んでいるのだ。うっかりすると「やっぱり行きます」と言い出してしまいそうな唇を噛んで、ルインは下を向く。履き潰した革のブーツが、片づけ途中の寝藁を少しだけ踏みつけていた。

 しかし、そんなルインの頑なな態度を、シグルドは遠慮と取ったらしい。こちらを気遣うような口調で朗らかに言う。

「そうか。ここには竜師は三人しかいないんだったな」
「南方司令部はもう少し多いんですか?」
「ああ。あそこもたくさんいるわけじゃなかったけど、五人はいたと思う」

 その言葉にルインは、へぇと素直に感心した。
 最強を誇る帝国の竜騎士団であるが、その数は決して多くはない。

 騎乗する竜の数が少なく、捕獲も繁殖もなかなか出来ないからだ。国内の総数にして百頭あまり。国境の――それも最前線を中心に配備されており、竜騎士が多くいるということは、それだけ戦況が逼迫している場所であるということだった。

 竜騎士と竜がいれば、その補佐をする竜師も同じように配備される。けれども、数の少ない竜騎士よりさらに少ないのが竜師という職務だった。理由は単純、なりたがるものがいない上に、その離職率も高いからだ。

 竜師の主な仕事は騎竜たちの世話であるが、同時にその健康管理と調教も担当する。

 捕らえて来たばかりの竜を慣らし、騎士たちの指示を理解できるように調教すること。それは命がけの行為で、ともすれば竜師は簡単に命を落とす。

 竜種の中では比較的温厚と言われるフリューゲル種でも、慣れるまでは人を容易く殺すのだ。鋭い爪と牙を持ち、 見上げるほどの巨躯を誇る最強の種族。そんな竜の前に丸腰で立ちたいと思う酔狂な者などそうはいない。

 華やかな竜騎士と違い、憧れる者も少ないのが竜師だ。だからこそ、最前線として国内でも最多の竜騎士を有する ヴィンターベルク城塞ですら竜師はたった三人だけなのだ。

「南方の小国の捕虜をそのまま竜師として雇用したんだ。彼らも思うところはあるだろうが、死ぬよりはマシなんだろう」
「なるほど」

 シグルドの説明を聞いて、そういうものか、とルインは頷いた。

 そういえば、「フェリ」もリーヒラインが滅んだ後、帝国の竜師として生きていた。あの頃から、変わらず竜は空の王者で、戦争とは空を制した方が勝利するのだ。捕虜となった竜師は貴重な人材資源として丁重に扱われる。だからこそ、「レオン」や祖国を亡くして孤独になった「フェリ」が生きていけたのだろう。


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