転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第十九話 戦闘 -1

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 竜師は通常、戦闘中は常に竜舎か離着陸場に詰めて、竜騎士たちの帰還を待つ。
 戦闘が終了していなくても、負傷して飛べなくなった竜が帰ってくる可能性があるからだ。

 その日は珍しく、真冬だというのに雪が降っていない日だった。冬の弱い日差しが分厚い雲間から差し込んで、積もった雪がきらきらと輝いていた。
 見上げればそんな灰色の雲を背景に、数十の竜たちが飛び交っている。

 それをルインは離着陸場から息を飲んで見守っていた。
 戦場における竜騎士たちの最も重要な役割は、制空権の確保だ。

 地上で兵士たちがどれほど善戦していても、空から火薬を落とされたのでは戦線が総崩れになってしまう。だからこそ、竜騎士たちは敵の竜を味方に近づけないようにその銃を構えるのだ。

 ヴィンターベルク城塞に攻め込もうとする連邦兵たちは、砦に陣を敷きそこから竜を飛ばしてくる。竜であれば堅牢な城塞も飛び越えられるから、それを防ぐために竜騎士たちは敵の竜の進行を阻む。その様子はヴィンターベルク城塞内の見張り塔や城壁上からよく見えた。

 円を描くように飛ぶ竜と時折見える小さな爆発。小さく見える黒い影の中に、ひときわ大きく速い竜が、光の矢のように飛び交う竜たちをかわしては攻撃を仕掛けていく。――アーベントだ。

 フリューゲル種の中にあって、カタストローフェ種はやはり別格なのだ。

 シグルドの無事が確認できて、ルインがほっと息を吐いたときだ。遥か上空から滑空してきた一頭の竜が、竜騎士たちの包囲を抜けてヴィンターベルク城塞の城壁内に侵入を果たした。

 それを見て、あ、と思ったときにはもう遅かった。その竜は小さな黒い何かを軍の敷地内に放り投げ、瞬く間に上空へと舞い戻る。その瞬間、激しい爆発音があたりに響き渡った。
竜が落としていったのは、爆弾だ。落下の衝撃で爆発し、周囲のものを破壊しつくすためのそれは、帝国の竜騎士たちも含めた彼らの基本装備だった。

 音の方角から、爆発したのは武器庫のあたりだろうか、とルインはあたりをつける。消火活動や被害確認を行うために駆けていく兵士たちを見送り、ルインはぐっと空を見上げた。竜師であるルインは、ここを動くわけにはいかないのだ。

 攻撃を行う竜騎士たちは、ああやってよく上空から爆弾を落とす。
 地を這う者たちをあざ笑うかのような攻撃に、空を飛べない兵士たちはなすすべもなかった。地面から上空を攻撃するには最新式の砲台が必要で、けれどそれも素早く飛び回る竜に当てることはほぼ不可能だからだ。

 つまり、現時点で竜騎士の駆る竜を落とすには、同じ竜騎士で対抗するしか方法がなかった。
 だからこそ、竜たちは空の覇者で、騎竜と竜騎士をどのくらい所持しているかで、国力が測れるのだ。

 これまでも何度となく連邦側からの襲撃を受けて来たヴィンターベルク城塞ではあったが、城塞内に爆弾を落とされたことはなかった。それだけヴィンターベルクの竜騎士たちが優秀で、連邦兵を城塞に近づけなかったのだ。

 けれど、どうやら今日は戦況が思わしくないようだった。いつもであれば、竜騎士たちはもっと城塞から距離を取ったコーレ平原の上空で連邦を迎え撃つ。それが爆弾を落とせるくらい間近まで、連邦が迫ってきているらしい。

 帝国側も連邦側も一騎たりとも落ちてはいないが、ずいぶんと押されている印象を受けた。それもそのはずである。食い入るように見つめた空を舞う竜の数――それも連邦の竜騎士の数が、いつもよりも格段に多いのだ。

 目視で確認できるだけでも二十を超えるそれらは、間違いなく連邦の最大戦力だろう。厳冬の大地に長期間滞在する無茶をようやく理解した連邦が、総攻撃を仕掛けて来たらしい。
 対して、それらを迎え撃つ帝国の竜騎士の数はいつもと変わらない。カタストローフェ種を駆るシグルドを含めて十七頭だ。

 大陸最強の異名をとる帝国の竜騎士たちの錬度は非常に高い。彼らとて連邦に後れをとりはしないだろうが、それでも数の強さというものがあるのだ。一対一で相対している間に、わきを抜けられては止めようもない。
 だからこそ、今現在ヴィンターベルク側はここまで敵に迫られているのだろう。

 固唾をのんで見守っている間にも、一騎、また一騎と騎竜が城塞内に侵入し、爆弾を落としていく。派手な轟音を立てて、森の木々や基地内の建物が崩れた。

 それをルインはただ、地面に伏せて見守るしかなかった。出来るだけ森の近く、太い木の影に隠れるようにして蹲る。
 消火活動を手伝いたくとも、それはルインの職務ではない。ルインは離着陸場から一歩も動くことは許されていないのだ。

 同じ竜師であるグスタフとリアムは竜舎で、負傷して帰ってくるかもしれない騎竜たちを手当てする準備を整えている。ルインの役目は戻って来た竜たちの身体を検めて、素早く応急処置をすることだ。そのために持参した救急箱を抱えて、ルインは爆音が落ち着くのを待った。

 けれども爆音や銃声は一向に落ち着くことはなかった。それどころか、刻一刻と激しくなっていく。いくつかは離着陸場にも落ちたようで、伏せたままのルインの髪を熱風が嬲るように乱していった。

 竜が離着陸しやすいように均した地面はいくら森の木々で覆おうが、上空からの目印になるのだろう。連邦側から爆撃で破壊するべき拠点として、認識されている可能性もある。

 いっそのこと森の中に入るべきだろうか。それとも竜舎に逃げ込むべきか。いや、竜舎が攻撃されて、自分とグスタフが一緒に負傷する方がまずいだろう。このヴィンターベルクには騎竜の手当が出来る竜師は自分たちしかいないのだ。

 絶対に無事に帰ってくるであろう、竜騎士たちを迎えるために、ルインは何としてでも生き残る必要があった。そのために、どこにいれば身を守れるのだろうか。

 周囲の状況を把握しようと、ルインは静かに顔を上げた。立ち込める硝煙の匂いと辺りを覆いつくす土煙に、目と鼻がおかしくなってしまいそうだった。
 煙の刺激で滲んできた涙を誤魔化そうと、ルインは瞬きを繰り返した。そのときだ。

 黒い大きな影がルインめがけて落ちて来た。――否、舞い降りてきたのだ。
 大きな影の正体は騎竜。それも連邦国旗をまとったフリューゲル種だった。


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