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第三十話 作られた「竜」 -1
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それは不思議な「竜」だった。否、おそらく竜ではない。
しかし、それが何なのかシグルドには分からない。
見慣れた連邦の飛行服を着た敵竜騎士が跨っているのは、初めて見るものだったのだ。
強いて答えるのであれば、それは白い大きな鳥に見えた。ふたつの翼を大きく拡げ、竜よりも短い首がついている。しかし、目や口はなく、生き物というよりも機関車のような無機質な姿だった。
騎士たちは羽根と首の付け根に跨っている。それはまさに竜に騎乗する竜騎士そのものだったが、手綱はなく「竜」の短い首の部分にある取っ手に手をかけていた。
――なんだ、これは。
相手が竜ではないということよりも、シグルドが混乱したのはその速さだった。
先ほど、距離を詰めて来た速度から言えるように、謎の「竜」は明らかにフリューゲル種よりも早かった。
遭遇した「竜」の数は四。それは竜騎士たちの一部隊と同じ数で、アーベントにとっては決して敵わない数ではない。
このとき、シグルドは冷静だった。焦りも驕りも侮りもなかった。
ただ見たことのない新種の「竜」に身構え、多少いつもよりも慎重にはなっていたかもしれない。けれども、それは戦闘において決して不利になるようなものではなかった。
シグルドはいつものようにアーベントで「竜」の背後を取ろうと距離を取った。多勢を相手にする場合、いくらカタストローフェ種といえども真正面から挑むようなことはしない。
その速度を生かし、相手と距離を取りつつその死角から攻撃を仕掛けるのだ。対フリューゲル種の場合は、アーベントの方が圧倒的に速い。それは敵も十分理解しているから、彼らは絶対に複数でアーベントを抑えようと包囲してくる。
竜は人よりはるかに大きく、全身を筋肉に覆われており、ひどく重い。しかし、一度飛び立てば驚くほど軽やかに空を舞い、自由自在に小回りを利かせる。
アーベントは飛び込んでくる「竜」の動きを予測して、上下に身体を揺らしながら飛んだ。敵の銃撃からシグルドを守るためだ。
ぐるりと旋回して、一頭の「竜」の背後に回る。目の前の「竜」はやはり、普通ではなかった。背後から見ればそれは一目瞭然で、「竜」の臀部のあたりには尾はなく代わりに数本の管のようなものが出ていた。
――蒸気機関、か……?
ゴーグルに覆われた目を眇めて、シグルドは目を凝らす。「竜」から生えた管を見て、真っ先にそう思った。
管は金属でできており、絶え間なく黒煙を吐き出していた。それはまるで機関車を始めとした蒸気機関のようだった。否、ようではないのだろう。
あれは、間違いなく蒸気機関だ。捕まえて、詳しく調べてみないと確信は持てないが、それでもあの「竜」は生き物ではなく人が作ったものであると判断した。
空を飛ぶ蒸気機関――。
その存在を目の当たりにして、背筋に冷たいものを感じた。
先日、連邦は総力を挙げて投入した二十四騎のうち、十九騎の竜を失った。
竜は戦闘において、非常に重要な役割を果たすものだ。竜騎士を中心に作戦を立て、歩兵や砲兵は竜の援護をする。それが現在の主流な戦い方だった。
そんな軍の要である竜ではあるが、気高く気難しい彼らを捕獲し調教するには、眩暈がするほどの時間と資金が必要なのだ。大人の竜は捕獲するのがとても難しく、かといって仔竜や卵は滅多に人前に姿を現さない。
何とか苦労して捕らえたからといって、もちろんそこで終わりではなかった。竜種は気性が荒いため、慣れないうちは調教も難しく、慣らしを担当する竜師の命を奪うことだって珍しくはなかった。
つまり、戦闘で竜を失ったからと言ってすぐに補充できるものではないし、一頭の竜を一人前の騎竜に仕上げるためには、根気とやる気と莫大な金が必要だった。それくらい、竜は貴重で希少なのだ。
そんな竜を十九騎も失った連邦は、どうやらその代替としてこの奇妙な「竜」を作り出したらしい。見た目からして硬質で不気味な「竜」の姿。
蒸気機関を利用して動くらしいそれは、実のところ帝国でも開発が進められているし新型の兵器であった。
特務武官であるシグルドは南方司令部所属の頃、何度か王都での試験飛行に参加したことがある。形はまったくの別物ではあるが、目の前の「竜」はあのとき乗った空飛ぶ蒸気機関――小型飛行艇と呼ばれるもので間違いないだろう。
初見で気づかなかったのは、帝国のそれは実用に耐える代物ではなく、研究者たちによる手遊びと言われても仕方のない物であったからだ。まさか、連邦が小型飛行艇を作りあげ、実践に投入してくるとは欠片も思っていなかったのだ。
しかし、それが何なのかシグルドには分からない。
見慣れた連邦の飛行服を着た敵竜騎士が跨っているのは、初めて見るものだったのだ。
強いて答えるのであれば、それは白い大きな鳥に見えた。ふたつの翼を大きく拡げ、竜よりも短い首がついている。しかし、目や口はなく、生き物というよりも機関車のような無機質な姿だった。
騎士たちは羽根と首の付け根に跨っている。それはまさに竜に騎乗する竜騎士そのものだったが、手綱はなく「竜」の短い首の部分にある取っ手に手をかけていた。
――なんだ、これは。
相手が竜ではないということよりも、シグルドが混乱したのはその速さだった。
先ほど、距離を詰めて来た速度から言えるように、謎の「竜」は明らかにフリューゲル種よりも早かった。
遭遇した「竜」の数は四。それは竜騎士たちの一部隊と同じ数で、アーベントにとっては決して敵わない数ではない。
このとき、シグルドは冷静だった。焦りも驕りも侮りもなかった。
ただ見たことのない新種の「竜」に身構え、多少いつもよりも慎重にはなっていたかもしれない。けれども、それは戦闘において決して不利になるようなものではなかった。
シグルドはいつものようにアーベントで「竜」の背後を取ろうと距離を取った。多勢を相手にする場合、いくらカタストローフェ種といえども真正面から挑むようなことはしない。
その速度を生かし、相手と距離を取りつつその死角から攻撃を仕掛けるのだ。対フリューゲル種の場合は、アーベントの方が圧倒的に速い。それは敵も十分理解しているから、彼らは絶対に複数でアーベントを抑えようと包囲してくる。
竜は人よりはるかに大きく、全身を筋肉に覆われており、ひどく重い。しかし、一度飛び立てば驚くほど軽やかに空を舞い、自由自在に小回りを利かせる。
アーベントは飛び込んでくる「竜」の動きを予測して、上下に身体を揺らしながら飛んだ。敵の銃撃からシグルドを守るためだ。
ぐるりと旋回して、一頭の「竜」の背後に回る。目の前の「竜」はやはり、普通ではなかった。背後から見ればそれは一目瞭然で、「竜」の臀部のあたりには尾はなく代わりに数本の管のようなものが出ていた。
――蒸気機関、か……?
ゴーグルに覆われた目を眇めて、シグルドは目を凝らす。「竜」から生えた管を見て、真っ先にそう思った。
管は金属でできており、絶え間なく黒煙を吐き出していた。それはまるで機関車を始めとした蒸気機関のようだった。否、ようではないのだろう。
あれは、間違いなく蒸気機関だ。捕まえて、詳しく調べてみないと確信は持てないが、それでもあの「竜」は生き物ではなく人が作ったものであると判断した。
空を飛ぶ蒸気機関――。
その存在を目の当たりにして、背筋に冷たいものを感じた。
先日、連邦は総力を挙げて投入した二十四騎のうち、十九騎の竜を失った。
竜は戦闘において、非常に重要な役割を果たすものだ。竜騎士を中心に作戦を立て、歩兵や砲兵は竜の援護をする。それが現在の主流な戦い方だった。
そんな軍の要である竜ではあるが、気高く気難しい彼らを捕獲し調教するには、眩暈がするほどの時間と資金が必要なのだ。大人の竜は捕獲するのがとても難しく、かといって仔竜や卵は滅多に人前に姿を現さない。
何とか苦労して捕らえたからといって、もちろんそこで終わりではなかった。竜種は気性が荒いため、慣れないうちは調教も難しく、慣らしを担当する竜師の命を奪うことだって珍しくはなかった。
つまり、戦闘で竜を失ったからと言ってすぐに補充できるものではないし、一頭の竜を一人前の騎竜に仕上げるためには、根気とやる気と莫大な金が必要だった。それくらい、竜は貴重で希少なのだ。
そんな竜を十九騎も失った連邦は、どうやらその代替としてこの奇妙な「竜」を作り出したらしい。見た目からして硬質で不気味な「竜」の姿。
蒸気機関を利用して動くらしいそれは、実のところ帝国でも開発が進められているし新型の兵器であった。
特務武官であるシグルドは南方司令部所属の頃、何度か王都での試験飛行に参加したことがある。形はまったくの別物ではあるが、目の前の「竜」はあのとき乗った空飛ぶ蒸気機関――小型飛行艇と呼ばれるもので間違いないだろう。
初見で気づかなかったのは、帝国のそれは実用に耐える代物ではなく、研究者たちによる手遊びと言われても仕方のない物であったからだ。まさか、連邦が小型飛行艇を作りあげ、実践に投入してくるとは欠片も思っていなかったのだ。
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