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第三十話 作られた「竜」 -2
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しかし、とシグルドは目の前の「竜」を見据える。
あれは間違いなく空を飛んでいる。それもカタストローフェ種と張り合う速度で。
四機の飛行艇は縦横無尽に飛び回り、旋回しならが銃撃を避けるシグルドを追った。やはり飛び方は竜によく似ている。
操縦しているのはおそらく連邦の竜騎士で、彼らはフリューゲル種の乗り方しか知らないのだろう。飛行艇を上手く操っているように見えて、その速さに戸惑っているようにも見えた。
現に、何度もシグルドの背後に迫っているのに、銃弾が一発も当たらない。
フリューゲル種と飛行艇ではその性能に違いがありすぎるのだ。しかし、アーベントと飛行艇の速さはほぼ同じだった。敵は不慣れながらも四対一の数的有利を生かし、徐々にシグルドは包囲されていく。このままでは追い詰められて、撃ち落されてしまうだろう。
そう感じたシグルドは、逃げるのをやめた。右手で手綱を握り、左手で小銃を構える。
そのままアーベントの腹を蹴れば、アーベントは心得たとばかりに力強く加速した。
一瞬で低速から最高速度に到達するアーベントの飛行は、素晴らしいの一言に尽きる。大陸中探しても、きっとここまで自在に空を駆ける竜はいはしないだろう。けれども、その加速に誰もが耐えられるものではない。アーベントと長年ともに飛んできたシグルドだからこそ、彼の邪魔にならず背に乗ることが出来るのだ。
自分たちを囲むように位置を取っていた連邦兵たちのうち、正面にいた一機に狙いを定めシグルドは加速した。
それまで距離を測っていたシグルドがいきなり飛び込んで来たのは予想外だったのだろう。銃声に驚き飛行艇の操縦を誤ったらしい正面の騎士が、すれ違いざまに大きくバランスを崩した。それを見逃さず、シグルドは強く手綱を引いた。アーベントが加速したまま、急上昇する。そのまま上空に上がりきることなく、一回転して地面に向かって 垂直に落ちていく。真下――つまり、目の前には先ほどすれ違った飛行艇と騎士。
そこに照準を合わせて、素早く引き金を引く。ぱん、と乾いた音が響いてひとりの騎士が赤く染まった。銃弾は敵竜騎士の肩に命中し、姿勢を保持できなくなったのだろう。騎士はそのまま飛行艇から放り出された。
――まずは、ひとり。
軽く息を吐いてシグルドは敵兵に向き直る。撃たれた騎士は味方の騎士が受け止めて、地面への落下を防いだようだった。
ふたりを乗せた飛行艇は、当然動きが鈍くなる。アーベントががちがちと喉を鳴らした。
連邦が十九頭の竜を失ったあの日、そのうちの十一頭を殺したのはシグルドとアーベントだった。彼らにしてみれば、アーベントの黒い体躯はまさに悪魔そのものだろう。
あれは間違いなく連邦の最終兵器だ。竜を失った連邦が最後の悪あがきに持ち出してきた、最新鋭の蒸気機関を使った兵器。それをここで完膚なきまでに叩くことには大きな意味がある。
鉄道を狙っていた歩兵は陽動だ。帝国側は鉄道を狙われれば、それを全力で防ごうとする。そのために鉄道周囲の哨戒を強化し、その隙をついて新型の小型飛行艇で強襲する。歩兵は多少失うだろうが、飛行艇が鉄道を破壊すれば問題はない。
それは、ありふれてはいるが効果的な作戦に思えた。けれども、シグルドの中で何かが引っ掛かる。
――鉄道が陽動だとすれば、どうしてそのすぐそばに飛行艇を配置したのだろうか。
そもそも、本当に連邦は鉄道を狙っているのだろうか。狙うにしたってもう少し離れた場所に歩兵を潜ませていた方がよかったのではないか。
そこまで考えて、シグルドははっと顔を上げた。
負傷した騎士を乗せた飛行艇が重たくなった機体で、必死に戦線を離脱していく。
目の前に立ちふさがる二機を振り切ることは、おそらく難しくはない。つまり、墜とすには絶好の機会ではあった。
しかし――。
少し下に目線を動かせば、ベラに乗ったラルフが空を上がってくるのが見えた。
「中尉……!」
遠く、ラルフがシグルドを呼ぶ。
彼がここに来たということは、地上の制圧は終わったということだ。ラルフの乗るベラはフリューゲル種ではあるが、飛行が巧みでそれに合わせるラルフも錬度が高い。不慣れな飛行艇を必死で乗りこなそうとしている連邦の騎士たちごときに後れは取らないだろう。
ふたりでさっさと新型を片づけて、基地に戻らなければ。
胸騒ぎにも似た、妙な焦燥感がシグルドを襲った。――そのときだった。
それは、冬の冷たい空気を震わせるような音だった。
大きな爆発音が聞こえて、同時に視界の端に黒煙が上がる。ずいぶんと上に上がってきていたラルフが目を見開いて、黒煙の方角に向き直った。微かに耳に届いたのは、警笛の音だ。
竜を呼ぶほどの緊急事態を知らせるその音に、アーベントとベラが反応する。それを抑えるために、シグルドは手綱を握りしめた。
黒煙は基地の方で上がっている。目の前の飛行艇部隊ですら囮だったのだ。
連邦がどこまで帝国の動きを予測していたのかは分からない。シグルドが鉄道の哨戒を担当している時間を狙われたのか、それともただの偶然なのか。
何はともあれ、目の前の二機の飛行艇を撃墜して早々に戻らなければ、帰る場所がなくなってしまうのだ。
小さく舌打ちして、シグルドはアーベントの腹を蹴る。それに応えるようにして、アーベントが怒りを滲ませた咆哮を上げた。
あれは間違いなく空を飛んでいる。それもカタストローフェ種と張り合う速度で。
四機の飛行艇は縦横無尽に飛び回り、旋回しならが銃撃を避けるシグルドを追った。やはり飛び方は竜によく似ている。
操縦しているのはおそらく連邦の竜騎士で、彼らはフリューゲル種の乗り方しか知らないのだろう。飛行艇を上手く操っているように見えて、その速さに戸惑っているようにも見えた。
現に、何度もシグルドの背後に迫っているのに、銃弾が一発も当たらない。
フリューゲル種と飛行艇ではその性能に違いがありすぎるのだ。しかし、アーベントと飛行艇の速さはほぼ同じだった。敵は不慣れながらも四対一の数的有利を生かし、徐々にシグルドは包囲されていく。このままでは追い詰められて、撃ち落されてしまうだろう。
そう感じたシグルドは、逃げるのをやめた。右手で手綱を握り、左手で小銃を構える。
そのままアーベントの腹を蹴れば、アーベントは心得たとばかりに力強く加速した。
一瞬で低速から最高速度に到達するアーベントの飛行は、素晴らしいの一言に尽きる。大陸中探しても、きっとここまで自在に空を駆ける竜はいはしないだろう。けれども、その加速に誰もが耐えられるものではない。アーベントと長年ともに飛んできたシグルドだからこそ、彼の邪魔にならず背に乗ることが出来るのだ。
自分たちを囲むように位置を取っていた連邦兵たちのうち、正面にいた一機に狙いを定めシグルドは加速した。
それまで距離を測っていたシグルドがいきなり飛び込んで来たのは予想外だったのだろう。銃声に驚き飛行艇の操縦を誤ったらしい正面の騎士が、すれ違いざまに大きくバランスを崩した。それを見逃さず、シグルドは強く手綱を引いた。アーベントが加速したまま、急上昇する。そのまま上空に上がりきることなく、一回転して地面に向かって 垂直に落ちていく。真下――つまり、目の前には先ほどすれ違った飛行艇と騎士。
そこに照準を合わせて、素早く引き金を引く。ぱん、と乾いた音が響いてひとりの騎士が赤く染まった。銃弾は敵竜騎士の肩に命中し、姿勢を保持できなくなったのだろう。騎士はそのまま飛行艇から放り出された。
――まずは、ひとり。
軽く息を吐いてシグルドは敵兵に向き直る。撃たれた騎士は味方の騎士が受け止めて、地面への落下を防いだようだった。
ふたりを乗せた飛行艇は、当然動きが鈍くなる。アーベントががちがちと喉を鳴らした。
連邦が十九頭の竜を失ったあの日、そのうちの十一頭を殺したのはシグルドとアーベントだった。彼らにしてみれば、アーベントの黒い体躯はまさに悪魔そのものだろう。
あれは間違いなく連邦の最終兵器だ。竜を失った連邦が最後の悪あがきに持ち出してきた、最新鋭の蒸気機関を使った兵器。それをここで完膚なきまでに叩くことには大きな意味がある。
鉄道を狙っていた歩兵は陽動だ。帝国側は鉄道を狙われれば、それを全力で防ごうとする。そのために鉄道周囲の哨戒を強化し、その隙をついて新型の小型飛行艇で強襲する。歩兵は多少失うだろうが、飛行艇が鉄道を破壊すれば問題はない。
それは、ありふれてはいるが効果的な作戦に思えた。けれども、シグルドの中で何かが引っ掛かる。
――鉄道が陽動だとすれば、どうしてそのすぐそばに飛行艇を配置したのだろうか。
そもそも、本当に連邦は鉄道を狙っているのだろうか。狙うにしたってもう少し離れた場所に歩兵を潜ませていた方がよかったのではないか。
そこまで考えて、シグルドははっと顔を上げた。
負傷した騎士を乗せた飛行艇が重たくなった機体で、必死に戦線を離脱していく。
目の前に立ちふさがる二機を振り切ることは、おそらく難しくはない。つまり、墜とすには絶好の機会ではあった。
しかし――。
少し下に目線を動かせば、ベラに乗ったラルフが空を上がってくるのが見えた。
「中尉……!」
遠く、ラルフがシグルドを呼ぶ。
彼がここに来たということは、地上の制圧は終わったということだ。ラルフの乗るベラはフリューゲル種ではあるが、飛行が巧みでそれに合わせるラルフも錬度が高い。不慣れな飛行艇を必死で乗りこなそうとしている連邦の騎士たちごときに後れは取らないだろう。
ふたりでさっさと新型を片づけて、基地に戻らなければ。
胸騒ぎにも似た、妙な焦燥感がシグルドを襲った。――そのときだった。
それは、冬の冷たい空気を震わせるような音だった。
大きな爆発音が聞こえて、同時に視界の端に黒煙が上がる。ずいぶんと上に上がってきていたラルフが目を見開いて、黒煙の方角に向き直った。微かに耳に届いたのは、警笛の音だ。
竜を呼ぶほどの緊急事態を知らせるその音に、アーベントとベラが反応する。それを抑えるために、シグルドは手綱を握りしめた。
黒煙は基地の方で上がっている。目の前の飛行艇部隊ですら囮だったのだ。
連邦がどこまで帝国の動きを予測していたのかは分からない。シグルドが鉄道の哨戒を担当している時間を狙われたのか、それともただの偶然なのか。
何はともあれ、目の前の二機の飛行艇を撃墜して早々に戻らなければ、帰る場所がなくなってしまうのだ。
小さく舌打ちして、シグルドはアーベントの腹を蹴る。それに応えるようにして、アーベントが怒りを滲ませた咆哮を上げた。
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