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三宝
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「『魔女』は『三宝』を駆使したのだ!」
やっとこ場が静まったかと思ったら、またぞろミャンが騒ぎ出す。
周期が上の面々は諦め顔だが、ダニステイルの少女たちはそうもいかないようだ。
先手を打って、リシェはミャン以外の四人に、四竜を分配。
リャナにみー、マホフーフにラカールラカ、ケイニーにヴァレイスナ、パンにユミファナトラ。
もうミャンの好きなようにやらせるらしい。
「『やきやき』」
「『三宝』の一宝はっ、杖! 『魔法王の杖』なのだ!!」
マホフーフの査定を行ったラカールラカの声を押し遣って、意気天竜をど突くミャンは「魔法王の杖」を右手で掲げた。
マホフーフは一瞬、迷ったもののケイニーと風氷交換した。
「『そわそわ』」
「『三宝』の一宝はっ、剣! 昨日拾った『白竜剣』なのだ!!」
ケイニーの査定を行ったラカールラカの声を押し遣って、灯火消えんとして光竜が暴れるミャンは純白の心象がある長剣を左手で掲げた。
ユミファナトラはケイニーが行動する前に、自分から動いて風地交換。
「白竜剣」という銘を聞いたヴァレイスナの竜眉が、危険な角度に傾いた。
「『らんらん』」
「『三宝』の一宝はっ、使い魔! 『炎竜』のみーなのだ!!」
「たーう、ほのーはやわやわ、りゅーはもみくちゃ、むくむくおっきなゆめふくらむ! みゃーのつかいま、みーちゃんさんじょーなのだー!」
パンの査定を行ったラカールラカの声を押し遣って、焔焔に滅せずんば炎竜を如何せんミャンとみーはポーズを決めた。
直後に、みーが爆発。
恐らく、ヴァレイスナの仕業だろう。
爆音に一人と一竜の悲鳴が呑み込まれる。
「リャナ。ミャンが持っている、あの剣は?」
「あ、はい。昨日、あたしたち五人は纏め役に呼ばれ、翠緑宮に向かいました。個別の面接のようなものが済んだあと、『飛翔』で『雷爪の傷痕』に戻るまで自由行動ーーということになったのですが。『何か匂うのだ』と言ったミャンが、草叢から拾ってきました」
「りゅうのはっぷんっ!」
「もきょーっ!?」
ミャンに跨ったみーは、ミャンの頬を両手で叩いた。
発奮したミャンが勢いよく立ち上がると、みーはミャンのお腹から転げ落ちる。
そのまま外套に包まれた格好でリャナのところまで戻ってくる。
色々とあった所為か、皆はもう、これくらいでは動じなくなったようだ。
「あの『白竜剣』は、たぶん持ち主が居ると思うのですが……」
清廉なリャナからすると、気が気でないようだ。
自身を落ち着かせるように、くっ付いてきたみーの背中を優しく撫ぜる。
遅かれ早かれわかることだろうと、僕はヴァレイスナ、ではなく、リシェに尋ねる。
「あの長剣は、竜騎士の隊長が佩剣。リシェから伝えておいて欲しい」
僕は話したこともない隊長ではなく、ミャンの味方をする。
リシェを挟むことで、天秤を拮抗するところまで持っていけたはず。
「昨日、エルネアの剣隊は休養日でした。迷宮に吶喊できないと知ったギルースさんたちは、僕の悪口を肴に真昼間から一杯やっていました。因みに、長剣の銘は『白竜剣』ではなく『宝剣ヴァレイスナ』です。『宝剣ヴァレイスナ』は、万人が持てる魔力剣です。特定の人物しか持つことが出来ない『氷剣』は、ドゥールナル卿が所有しています」
僕はリシェを利用して、リシェは僕を利用する。
リシェが本気なら分が悪いが、ヴァレイスナがーー愛娘が絡んでいるので、リシェは最後には手を引く。
ヴァレイスナは森の奥の、深雪から覗き込んでくるような半眼で、僕とリシェの遣り取りを見ていた。
「酩酊して『宝剣』を落とした。とはいえ、誰にでも失敗はある。ギルースを咎める必要はないだろう」
「ーー二巡り。剣はポンさんに預けましょう。それだけ経てば、お冠のスナの……」
「ライルと侍従長は何を言っているのだ? この『白竜剣』はもう我のものだべっ、べべべべっ!」
僕の努力を打ち壊してくれたミャンの頬を、リャナは両手で掴んで捏ね繰り回す。
混乱の度合いが酷いのか、竜耳に届いていることに思い至らないようで、リャナはミャンに耳語する。
「ミャンっ、ライルさんがミャンの為に頑張っているのに、何で邪魔するの!」
残念ながら、リャナの言葉と真意はミャンには届かなかったようだ。
ミャンは思うまま、その矛先はリシェに向かう。
「侍従長は見る目がないのだ! 我に『白竜剣』を使わせずっ、魔法ばっかり使わせたのだ!!」
ミャンに魔法を使わせることが出来たリシェの指揮は、悪いものではなかった。
いや、悪いどころか、竜すら使い熟す、稀有なものだったと言っていい。
どうしたものか悩む。
真っ直ぐ過ぎるミャンは気付いていないが、リシェにはリシェの思惑がある。
リシェは周りから見られている以上に、苦労人だ。
コウを始めとした魔法使いに苦労させられてきたのなら、方針を転換したほうがいいかもしれない。
「僕はポンさんの、剣の技倆を知りません。それに、見たところ、剣に魔力を纏わせることは出来ないように見受けられます」
リシェはミャンではなく、リャナを見る。
「はい。ミャンは幼い頃から、『魔法剣士』の称号を持つ、ケイニーさんの御父上から指導を受けてきました。『不完全は不健全』との指標を掲げる御父上は、基準に達しない者に真髄を示すようなことはしていないようです」
「だが、ミャンは剣に魔力を纏わせることを何度も試してきたはず。ミャンは、遣らなかったのではなく、ーーできない」
僕がミャンの味方をしなかったのでリャナは驚く。
それ以上に、煮え湯を飲まされたことに心が揺さぶられたのか、ミャンの目の端に水竜の涙。
「我はっ、『魔女』……」
「そう、『魔女』を継ぐミャンが一切、怠ることがないことを僕は知っている」
僕はミャンの手を取って、掌を見る。
「治癒」は完璧ではない。
特に同一箇所の傷への、短期間での重ね掛けは効果を減じさせる傾向がある。
それは、身を以て体験したからわかる。
ミャンは、僕と同じ手をしていた。
「ミャンに、その先はまだ要らない。ミャンは、ミャンのまま『魔女』を目指せばいい。そんなミャンを、僕は好ましいと思っている」
リシェの譲歩を引き出す、打算のある言葉だが、本心でもある。
竜の国に遣って来たからこそ、出逢いを重ねたからこそ、届いた言葉。
「ふおぉぉ~~??」
自身の想いを言葉に出来なかったのか、ぷるぷる震えながらミャンは僕に近付いてくる。
口に口をくっ付けようとしてきたので、額に手を突いて止める。
「まだ早い」
「ふぬぬ、よくわからないけど、よくわからないのだ。だが、ライルと居れば、わからないものがわかるようになる気がするのだ」
それは、僕も同様。
空に放ってしまった以前の、僕を思い出させてくれる。
「魔女」ではなく「おうさま」に向けたーーあの誓いを。
「話は纏まったということで、そろそろ『終末の獣』について話しましょう」
リシェは僕を見てから、本題に入った。
この先、遠くない未来で、リシェが提案することを僕は断れない。
僕の、「終末の獣」に抱いた何かを。
リシェは酌んでくれている。
何故か、リシェを好きになることは不可能だが、この恩義に報いないことなど今の僕には考えられない。
「『終末の獣』について話すんですが、その前に。ここまでのことで気になったことを、エイルハーンさん。ちょろっと聞かせてもらえますか」
リシェは緩んだ笑顔でエルムスに振った。
リシェが言うように、「ここまで」に多くの腑に落ちない点があった。
ミャンや三人娘だけでなく、あに図らんやユルシャールも意に介していなかったようだ。
みーは興味自体がなかったのか、リャナの腕の中で寝入っていたーーその炎眼が、ゆっくりと見開かれて僕を見た。
「先ず、一番の疑問は、のんびりとし過ぎている点だ。『終末の獣』という重大事ーー時は竜を待たず、それこそ『魔法王』や侍従長、竜の方々が速攻で対処に当たる事柄。であるのに、今もこうして昼食の後片付けをしている」
エルムスの真剣な表情が緩んでしまう。
皆が使った食器は、勝手に「水球」に吶喊。
振動しているらしい「水球」。
どのような「魔法」なのかまったくわからないが、綺麗になった食器は突如、出現した一抱えもある箱に納まっていく。
「これはスナ箱です。改良した新スナ箱で、箱の大きさの十倍まで詰め込むことが出来るそうです」
「次に解せない点は、私たちを連れてきたことだ。正直、竜に匹敵する者以外は、役立たずと言って良い。役に立たないだけなら未だしも、足を引っ張ることになるだろう」
これまでリシェに振り回されてきたエルムスは、リシェが寄り道をするのを許さない。
躊躇いが見える、リシェ。
もしかしたらリシェは、怖じ気付いているのかもしれない。
これまでもそうであったように、僕たちが知らないことをリシェは知っている。
「終末の獣」という忽せには出来ない一大事。
それでも皆に危機感があまりないのは、自身には手に余る事柄だからだ。
その上、コウやリシェ、竜たちが何とかしてくれると、不安に思いながらも信じている。
リシェや竜の、緩んだ態度もそれらの思いに拍車を掛けている。
「『終末の獣』ですが、少なくともミースガルタンシェアリ様と魔獣が闘ったときには目覚めていたようです」
「リシェは、両者の闘い以前から『終末の獣』が目覚めていたかもしれないと考えている。それだけでなく、三本目の竜道も、両者の闘いで出来たものではないと考えている」
リシェ一人に喋らせると、臍を曲げてしまうかもしれないので、僕からも考えを述べておく。
「ええ、その通りです。この世界は不完全。『終末の獣』は、この世界が出来たときから目覚めていたのではないか、という可能性も視野に入れています。可及的速やかに対処に当たらなかった理由もそれです。急いては事を仕損じるーーとっくに目覚めていたのなら、地竜のように腰を据えたほうがいいと考えました」
「嘘はあまり混ぜないで欲しい」
「……善処します。南の竜道に鑑みるに、三本目の竜道ーー地下竜道は巨大過ぎます。『終末の獣』の仕業、或いはミースガルタンシェアリ様が長周期掛けて造った、などが考えられますが。僕は、自然現象で出来た可能性が高いと思っています」
あまりにも現実離れしているので、僕は竜たちを見た。
リシェの見解に、疑義を抱く竜は一竜も居ない。
それどころか炎竜氷竜など、口元に笑みを浮かべているほどだ。
「次に、王様代理でお忙しい、ナトラ様に来ていただいた理由です」
「僕が、リシェ殿にとっての、四大竜の一竜だからです。それとアランを連れてこなかったのは、『魔法王』と同様に、不確実性を排除する為です」
理解はするが納得はしない、といった表情でユミファナトラは竜の鼻息。
膝上の地竜を慰める為なのか、ケイニーは岩髪を撫で撫で。
それを見たマホフーフとパンも、負けじと氷髪と風髪を撫で撫で。
どうするか迷っていたリャナの手を、みーならぬ百竜が取って、自身の炎髪に持っていく。
「あと、『やきやき』は四十二番、『そわそわ』は五十九番、『らんらん』は三十八番です」
律儀なユミファナトラは、リシェが言わなかった、或いは忘れているラカールラカの査定の結果を伝える。
三人の中で一番順位が良かったパンは、腕の中のラカールラカを笑顔満面で抱き締める。
羨ましがるだけでは済まなかったワーシュを、立ち上がる前に皆で止める。
「スナ、ラカ、百竜、ナトラ様。僕にとっての、四大竜です。何かあった際には、僕と四大竜が対処に当たります。なので、ぶっちゃけてしまうと、皆さんは要りません」
言葉を濁すことも飾ることもなく、リシェは本当にぶっちゃけた。
その上で、僕の希求を容れてくれる。
「ただ、一人、連れていきます。それはーー」
「我の伝説が今っ、ここに始まるぅぶぶぶっぶ!?」
「アーシュさんを連れていきます」
何故か手加減が少ないリャナが、魔法でミャンを取り押さえる。
ミャンに取り合わず、意思表示なのか、リシェは竜を回収しながら告げてくる。
三人娘から竜を回収したリシェだが、何故かリャナからは炎竜を回収しなかった。
「ぴゃ~、こんっ、放すのあ! なおっ、放すのあ!」
帰巣本能の如くリシェにくっ付こうとしたラカールラカを、ヴァレイスナとユミファナトラが止める。
リシェと係わった竜が、竜らしからぬ振る舞いをすることを、僕はもう知っている。
話の進行を邪魔させないように行動したーーだけではなく、「風剣」で氷塊と岩塊を割られた意趣返しも含んでのことだろう。
ラカールラカが諦めて無風になると、皆の視線が僕とエルムスに集まった。
「リシェ殿の言う通りであるのなら、間尺が合わないことになる。私たちを連れていかないのなら何故、この危険ーーかもしれない場所まで私たちを連れてきたのか」
エルムスは当然の疑問をーーと思ったが、今気付いた、といった表情の者が幾人か居た。
今回は、ワーシュとコルクスも含まれている。
リシェや竜との付き合いで、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
「予想、ではなく、予測、を用いますが今回、危険はないと思っています。干渉しなければ『終末の獣』も今のまま、変わらず在り続けるのではないかと。ですので、この度の接触の主目的は、確認です。『終末の獣』の状況、意思疎通を図ること、『終末の獣』の要求や思惑など、それが出来ないとなれば、即座に撤退します」
リシェは前置きした上で、エルムスの疑問に答える。
「危険はあります。なので、自己責任です。選択肢は多いほうがいい。だから、付いてきてくれる方が多いほうが、僕としては助かります。余裕があれば皆さんを助けます。ですが、余裕がなければ竜を優先して、皆さんを見捨てます。それで良ければ、付いてきてください」
「ふぉっふぉっふぉっ、使い魔たるみーが行くのだ! 主たる我が行かぬなど有り得ないんだぞ!!」
ミャンはリシェ相手に大上段に構えるが当然、別の方向から声が掛かる。
「我は其方の使い魔ではない。故に、付いて来ぬでも良い」
「みー? ……ではないのだ!?」
「こうして話すは初めてか。しかし、我の名ーー『百竜』くらい、耳にしたことはあろう?」
「邪竜っ、みーが邪竜に乗っ取られたのだ! さてはっ、侍従長の使い魔なんだぞ!!」
「我は主の使い魔などではない。……魂の、深き繋がりを持つ竜だ」
方向性は違えど、初々しさでは仔炎竜に負けていない百竜。
リシェとの、ただならぬ関係を仄めかす割には、羞恥心と自尊心が不完全燃焼中。
竜だというのに、見様によっては魔法娘たちよりも幼く、不器用で経験値が不足している。
炎竜の様を見ていられなかったのか、ユミファナトラが先に進めてしまう。
「一晩掛けて終わらせた仕事を台無しにはしたくないので、ユルシャールは残るです」
「いえっ、私はナトラ様の下僕とし……」
「残るです。言うことを聞かないのなら、補佐の役目をユルシャールからフレイ・フルナスフルに交代するです」
ユルシャールの言葉を遮ってユミファナトラが言い聞かせると、ユルシャールは複雑な表情を覗かせる。
ヴァレイスナが言っていた通り、魔法以外の能力は不足しているらしく、即断出来ないようだ。
逆に、即断したのはナードだった。
「この先では、俺は戦力にならない。何があるかわからない。ここに残って、有事の際には魔法使い殿の盾となろう」
「……わかりました。お帰りをお待ちしております」
ユミファナトラの言葉を跳ね返すだけの気力が湧かなかったのか、ユルシャールは頭を垂れた。
「はいは~い! あたしも行っきま~す!」
「行くってよ。どーすんだ?」
「どうもこうもない。私たちも行く」
「ワーシュを野放しにすると危険だからね」
「な~によなによ~、人の所為にして~、皆だって行きたいの知ってるんだからねんねん!」
ワーシュの指摘に、皆は笑顔で応える。
本当なら、危険だから皆には引き返してもらうべきなのだが。
付いてきてくれることが、一緒に行けることが、素直に嬉しいと思える。
皆の同行の意思を確認したリシェは、残りの少女たちに声を掛ける。
「ポンさん以外の、残りの魔法娘は全員、来ますよね」
「我はーー」
「私はーー」
ミャンとマホフーフの言葉が被って、二人が睨み合う。
二人だけでなく、ケイニーもパンも、リシェの真意に気付いていない。
リシェの言葉は、リャナに向けられたものだ。
リシェは、全員、と強調した。
同行しないのであれば、声に出して断るしかない。
魔法使いとして、自身の限界を知ってしまったリャナ。
僕たちと共に、迷宮で経験を積んでも道は拓けなかったのだろう。
背中を押したい。
僕自身の欲で。
でも、それをしてはならないことを、僕は知っている。
リャナを支えるのなら、リャナが決断したあとだ。
「あたしは残りま……」
「我は百竜。我は竜の魂たる存在。炎竜にして、ミースガルタンシェアリの代理を担う竜ぞ」
リャナの腕の中の百竜は、振り向いて瞋恚の炎に似た眼差しを注ぐ。
リャナの空色の瞳は、炎に灼かれることなく鮮やかに輝く。
「我の炎眼から逃れることなど敵わぬ。其方ほど炎に焦がれし者……は?」
「リシェ。この駄炎竜を預かっておいてくれ」
気持ちはわかるが、炎は読めても、完全に空気が読めていない。
僕はリャナから百竜を分捕る。
それから百竜の若草色の外套を掴んで、リシェに向かって放り投げた。
「はい。この見炎竜は預かっておきます」
「っ……」
逃れようと思えば逃れられるのに、描かれる放物線。
過たず百竜はリシェの腕の中に。
リシェは、ヴァレイスナとラカールラカを魔力で牽制してから百竜を抱き留める。
百竜は無言で発火したが、リシェは構わずお姫さま抱っこ。
「あたしは……」
「ふぬ? 何しているのだ! リャナも一緒に行くのだ!」
機微を捉えることが出来ないミャンは、何の迷いもなくリャナの手を引っ張った。
抵抗できず、リャナは片膝立ちになる。
挫折が人に益を齎すとは限らない。
心が折れたまま、道を見失ってしまうかもしれない。
ーーそれでも。
リャナと触れ合ってきて、降り積もった温かさが教えてくれる。
僕の心を照らしてくれた、リャナの炎。
リャナには再び歩き出す力があると、僕は確信している。
その為の、手伝いをするつもりだったのだが。
おしゃかにしてくれた、炎竜。
管理者責任ということで、リシェには強制的に手を貸してもらう。
リシェを睨み付けると、了承した証しなのか、百竜の炎髪に自身の顔を埋もれさせた。
直後に、四竜が「ぼっかん」した。
「あたしは行きます」
リャナの決意の言葉は、リシェの断末魔と竜々によって掻き消されてしまった。
百竜の照れ隠しの一撃とラカールラカの吶喊、ユミファナトラに協力を仰いだヴァレイスナの魔法攻撃ーーだけでなく、ミャンやユルシャールまでどさくさに紛れてリシェを攻撃。
それを見たワーシュと、ナードまで便乗。
「リャナ。手伝って」
「はい!」
僕は間違っていたのかもしれない。
リャナの未来を決めるのは、リャナだ。
リャナが選んだのであれば、僕もまた、困難な道を選ぼう。
「っ……」
リャナの驚いた顔。
ゆっくりと落ちてくる。
あの空への放ったもの。
もしかしたら、僕は笑っているのかもしれない。
リャナの魔法のあと、リシェへの止めに「初殺」を放ったのだった。
やっとこ場が静まったかと思ったら、またぞろミャンが騒ぎ出す。
周期が上の面々は諦め顔だが、ダニステイルの少女たちはそうもいかないようだ。
先手を打って、リシェはミャン以外の四人に、四竜を分配。
リャナにみー、マホフーフにラカールラカ、ケイニーにヴァレイスナ、パンにユミファナトラ。
もうミャンの好きなようにやらせるらしい。
「『やきやき』」
「『三宝』の一宝はっ、杖! 『魔法王の杖』なのだ!!」
マホフーフの査定を行ったラカールラカの声を押し遣って、意気天竜をど突くミャンは「魔法王の杖」を右手で掲げた。
マホフーフは一瞬、迷ったもののケイニーと風氷交換した。
「『そわそわ』」
「『三宝』の一宝はっ、剣! 昨日拾った『白竜剣』なのだ!!」
ケイニーの査定を行ったラカールラカの声を押し遣って、灯火消えんとして光竜が暴れるミャンは純白の心象がある長剣を左手で掲げた。
ユミファナトラはケイニーが行動する前に、自分から動いて風地交換。
「白竜剣」という銘を聞いたヴァレイスナの竜眉が、危険な角度に傾いた。
「『らんらん』」
「『三宝』の一宝はっ、使い魔! 『炎竜』のみーなのだ!!」
「たーう、ほのーはやわやわ、りゅーはもみくちゃ、むくむくおっきなゆめふくらむ! みゃーのつかいま、みーちゃんさんじょーなのだー!」
パンの査定を行ったラカールラカの声を押し遣って、焔焔に滅せずんば炎竜を如何せんミャンとみーはポーズを決めた。
直後に、みーが爆発。
恐らく、ヴァレイスナの仕業だろう。
爆音に一人と一竜の悲鳴が呑み込まれる。
「リャナ。ミャンが持っている、あの剣は?」
「あ、はい。昨日、あたしたち五人は纏め役に呼ばれ、翠緑宮に向かいました。個別の面接のようなものが済んだあと、『飛翔』で『雷爪の傷痕』に戻るまで自由行動ーーということになったのですが。『何か匂うのだ』と言ったミャンが、草叢から拾ってきました」
「りゅうのはっぷんっ!」
「もきょーっ!?」
ミャンに跨ったみーは、ミャンの頬を両手で叩いた。
発奮したミャンが勢いよく立ち上がると、みーはミャンのお腹から転げ落ちる。
そのまま外套に包まれた格好でリャナのところまで戻ってくる。
色々とあった所為か、皆はもう、これくらいでは動じなくなったようだ。
「あの『白竜剣』は、たぶん持ち主が居ると思うのですが……」
清廉なリャナからすると、気が気でないようだ。
自身を落ち着かせるように、くっ付いてきたみーの背中を優しく撫ぜる。
遅かれ早かれわかることだろうと、僕はヴァレイスナ、ではなく、リシェに尋ねる。
「あの長剣は、竜騎士の隊長が佩剣。リシェから伝えておいて欲しい」
僕は話したこともない隊長ではなく、ミャンの味方をする。
リシェを挟むことで、天秤を拮抗するところまで持っていけたはず。
「昨日、エルネアの剣隊は休養日でした。迷宮に吶喊できないと知ったギルースさんたちは、僕の悪口を肴に真昼間から一杯やっていました。因みに、長剣の銘は『白竜剣』ではなく『宝剣ヴァレイスナ』です。『宝剣ヴァレイスナ』は、万人が持てる魔力剣です。特定の人物しか持つことが出来ない『氷剣』は、ドゥールナル卿が所有しています」
僕はリシェを利用して、リシェは僕を利用する。
リシェが本気なら分が悪いが、ヴァレイスナがーー愛娘が絡んでいるので、リシェは最後には手を引く。
ヴァレイスナは森の奥の、深雪から覗き込んでくるような半眼で、僕とリシェの遣り取りを見ていた。
「酩酊して『宝剣』を落とした。とはいえ、誰にでも失敗はある。ギルースを咎める必要はないだろう」
「ーー二巡り。剣はポンさんに預けましょう。それだけ経てば、お冠のスナの……」
「ライルと侍従長は何を言っているのだ? この『白竜剣』はもう我のものだべっ、べべべべっ!」
僕の努力を打ち壊してくれたミャンの頬を、リャナは両手で掴んで捏ね繰り回す。
混乱の度合いが酷いのか、竜耳に届いていることに思い至らないようで、リャナはミャンに耳語する。
「ミャンっ、ライルさんがミャンの為に頑張っているのに、何で邪魔するの!」
残念ながら、リャナの言葉と真意はミャンには届かなかったようだ。
ミャンは思うまま、その矛先はリシェに向かう。
「侍従長は見る目がないのだ! 我に『白竜剣』を使わせずっ、魔法ばっかり使わせたのだ!!」
ミャンに魔法を使わせることが出来たリシェの指揮は、悪いものではなかった。
いや、悪いどころか、竜すら使い熟す、稀有なものだったと言っていい。
どうしたものか悩む。
真っ直ぐ過ぎるミャンは気付いていないが、リシェにはリシェの思惑がある。
リシェは周りから見られている以上に、苦労人だ。
コウを始めとした魔法使いに苦労させられてきたのなら、方針を転換したほうがいいかもしれない。
「僕はポンさんの、剣の技倆を知りません。それに、見たところ、剣に魔力を纏わせることは出来ないように見受けられます」
リシェはミャンではなく、リャナを見る。
「はい。ミャンは幼い頃から、『魔法剣士』の称号を持つ、ケイニーさんの御父上から指導を受けてきました。『不完全は不健全』との指標を掲げる御父上は、基準に達しない者に真髄を示すようなことはしていないようです」
「だが、ミャンは剣に魔力を纏わせることを何度も試してきたはず。ミャンは、遣らなかったのではなく、ーーできない」
僕がミャンの味方をしなかったのでリャナは驚く。
それ以上に、煮え湯を飲まされたことに心が揺さぶられたのか、ミャンの目の端に水竜の涙。
「我はっ、『魔女』……」
「そう、『魔女』を継ぐミャンが一切、怠ることがないことを僕は知っている」
僕はミャンの手を取って、掌を見る。
「治癒」は完璧ではない。
特に同一箇所の傷への、短期間での重ね掛けは効果を減じさせる傾向がある。
それは、身を以て体験したからわかる。
ミャンは、僕と同じ手をしていた。
「ミャンに、その先はまだ要らない。ミャンは、ミャンのまま『魔女』を目指せばいい。そんなミャンを、僕は好ましいと思っている」
リシェの譲歩を引き出す、打算のある言葉だが、本心でもある。
竜の国に遣って来たからこそ、出逢いを重ねたからこそ、届いた言葉。
「ふおぉぉ~~??」
自身の想いを言葉に出来なかったのか、ぷるぷる震えながらミャンは僕に近付いてくる。
口に口をくっ付けようとしてきたので、額に手を突いて止める。
「まだ早い」
「ふぬぬ、よくわからないけど、よくわからないのだ。だが、ライルと居れば、わからないものがわかるようになる気がするのだ」
それは、僕も同様。
空に放ってしまった以前の、僕を思い出させてくれる。
「魔女」ではなく「おうさま」に向けたーーあの誓いを。
「話は纏まったということで、そろそろ『終末の獣』について話しましょう」
リシェは僕を見てから、本題に入った。
この先、遠くない未来で、リシェが提案することを僕は断れない。
僕の、「終末の獣」に抱いた何かを。
リシェは酌んでくれている。
何故か、リシェを好きになることは不可能だが、この恩義に報いないことなど今の僕には考えられない。
「『終末の獣』について話すんですが、その前に。ここまでのことで気になったことを、エイルハーンさん。ちょろっと聞かせてもらえますか」
リシェは緩んだ笑顔でエルムスに振った。
リシェが言うように、「ここまで」に多くの腑に落ちない点があった。
ミャンや三人娘だけでなく、あに図らんやユルシャールも意に介していなかったようだ。
みーは興味自体がなかったのか、リャナの腕の中で寝入っていたーーその炎眼が、ゆっくりと見開かれて僕を見た。
「先ず、一番の疑問は、のんびりとし過ぎている点だ。『終末の獣』という重大事ーー時は竜を待たず、それこそ『魔法王』や侍従長、竜の方々が速攻で対処に当たる事柄。であるのに、今もこうして昼食の後片付けをしている」
エルムスの真剣な表情が緩んでしまう。
皆が使った食器は、勝手に「水球」に吶喊。
振動しているらしい「水球」。
どのような「魔法」なのかまったくわからないが、綺麗になった食器は突如、出現した一抱えもある箱に納まっていく。
「これはスナ箱です。改良した新スナ箱で、箱の大きさの十倍まで詰め込むことが出来るそうです」
「次に解せない点は、私たちを連れてきたことだ。正直、竜に匹敵する者以外は、役立たずと言って良い。役に立たないだけなら未だしも、足を引っ張ることになるだろう」
これまでリシェに振り回されてきたエルムスは、リシェが寄り道をするのを許さない。
躊躇いが見える、リシェ。
もしかしたらリシェは、怖じ気付いているのかもしれない。
これまでもそうであったように、僕たちが知らないことをリシェは知っている。
「終末の獣」という忽せには出来ない一大事。
それでも皆に危機感があまりないのは、自身には手に余る事柄だからだ。
その上、コウやリシェ、竜たちが何とかしてくれると、不安に思いながらも信じている。
リシェや竜の、緩んだ態度もそれらの思いに拍車を掛けている。
「『終末の獣』ですが、少なくともミースガルタンシェアリ様と魔獣が闘ったときには目覚めていたようです」
「リシェは、両者の闘い以前から『終末の獣』が目覚めていたかもしれないと考えている。それだけでなく、三本目の竜道も、両者の闘いで出来たものではないと考えている」
リシェ一人に喋らせると、臍を曲げてしまうかもしれないので、僕からも考えを述べておく。
「ええ、その通りです。この世界は不完全。『終末の獣』は、この世界が出来たときから目覚めていたのではないか、という可能性も視野に入れています。可及的速やかに対処に当たらなかった理由もそれです。急いては事を仕損じるーーとっくに目覚めていたのなら、地竜のように腰を据えたほうがいいと考えました」
「嘘はあまり混ぜないで欲しい」
「……善処します。南の竜道に鑑みるに、三本目の竜道ーー地下竜道は巨大過ぎます。『終末の獣』の仕業、或いはミースガルタンシェアリ様が長周期掛けて造った、などが考えられますが。僕は、自然現象で出来た可能性が高いと思っています」
あまりにも現実離れしているので、僕は竜たちを見た。
リシェの見解に、疑義を抱く竜は一竜も居ない。
それどころか炎竜氷竜など、口元に笑みを浮かべているほどだ。
「次に、王様代理でお忙しい、ナトラ様に来ていただいた理由です」
「僕が、リシェ殿にとっての、四大竜の一竜だからです。それとアランを連れてこなかったのは、『魔法王』と同様に、不確実性を排除する為です」
理解はするが納得はしない、といった表情でユミファナトラは竜の鼻息。
膝上の地竜を慰める為なのか、ケイニーは岩髪を撫で撫で。
それを見たマホフーフとパンも、負けじと氷髪と風髪を撫で撫で。
どうするか迷っていたリャナの手を、みーならぬ百竜が取って、自身の炎髪に持っていく。
「あと、『やきやき』は四十二番、『そわそわ』は五十九番、『らんらん』は三十八番です」
律儀なユミファナトラは、リシェが言わなかった、或いは忘れているラカールラカの査定の結果を伝える。
三人の中で一番順位が良かったパンは、腕の中のラカールラカを笑顔満面で抱き締める。
羨ましがるだけでは済まなかったワーシュを、立ち上がる前に皆で止める。
「スナ、ラカ、百竜、ナトラ様。僕にとっての、四大竜です。何かあった際には、僕と四大竜が対処に当たります。なので、ぶっちゃけてしまうと、皆さんは要りません」
言葉を濁すことも飾ることもなく、リシェは本当にぶっちゃけた。
その上で、僕の希求を容れてくれる。
「ただ、一人、連れていきます。それはーー」
「我の伝説が今っ、ここに始まるぅぶぶぶっぶ!?」
「アーシュさんを連れていきます」
何故か手加減が少ないリャナが、魔法でミャンを取り押さえる。
ミャンに取り合わず、意思表示なのか、リシェは竜を回収しながら告げてくる。
三人娘から竜を回収したリシェだが、何故かリャナからは炎竜を回収しなかった。
「ぴゃ~、こんっ、放すのあ! なおっ、放すのあ!」
帰巣本能の如くリシェにくっ付こうとしたラカールラカを、ヴァレイスナとユミファナトラが止める。
リシェと係わった竜が、竜らしからぬ振る舞いをすることを、僕はもう知っている。
話の進行を邪魔させないように行動したーーだけではなく、「風剣」で氷塊と岩塊を割られた意趣返しも含んでのことだろう。
ラカールラカが諦めて無風になると、皆の視線が僕とエルムスに集まった。
「リシェ殿の言う通りであるのなら、間尺が合わないことになる。私たちを連れていかないのなら何故、この危険ーーかもしれない場所まで私たちを連れてきたのか」
エルムスは当然の疑問をーーと思ったが、今気付いた、といった表情の者が幾人か居た。
今回は、ワーシュとコルクスも含まれている。
リシェや竜との付き合いで、感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。
「予想、ではなく、予測、を用いますが今回、危険はないと思っています。干渉しなければ『終末の獣』も今のまま、変わらず在り続けるのではないかと。ですので、この度の接触の主目的は、確認です。『終末の獣』の状況、意思疎通を図ること、『終末の獣』の要求や思惑など、それが出来ないとなれば、即座に撤退します」
リシェは前置きした上で、エルムスの疑問に答える。
「危険はあります。なので、自己責任です。選択肢は多いほうがいい。だから、付いてきてくれる方が多いほうが、僕としては助かります。余裕があれば皆さんを助けます。ですが、余裕がなければ竜を優先して、皆さんを見捨てます。それで良ければ、付いてきてください」
「ふぉっふぉっふぉっ、使い魔たるみーが行くのだ! 主たる我が行かぬなど有り得ないんだぞ!!」
ミャンはリシェ相手に大上段に構えるが当然、別の方向から声が掛かる。
「我は其方の使い魔ではない。故に、付いて来ぬでも良い」
「みー? ……ではないのだ!?」
「こうして話すは初めてか。しかし、我の名ーー『百竜』くらい、耳にしたことはあろう?」
「邪竜っ、みーが邪竜に乗っ取られたのだ! さてはっ、侍従長の使い魔なんだぞ!!」
「我は主の使い魔などではない。……魂の、深き繋がりを持つ竜だ」
方向性は違えど、初々しさでは仔炎竜に負けていない百竜。
リシェとの、ただならぬ関係を仄めかす割には、羞恥心と自尊心が不完全燃焼中。
竜だというのに、見様によっては魔法娘たちよりも幼く、不器用で経験値が不足している。
炎竜の様を見ていられなかったのか、ユミファナトラが先に進めてしまう。
「一晩掛けて終わらせた仕事を台無しにはしたくないので、ユルシャールは残るです」
「いえっ、私はナトラ様の下僕とし……」
「残るです。言うことを聞かないのなら、補佐の役目をユルシャールからフレイ・フルナスフルに交代するです」
ユルシャールの言葉を遮ってユミファナトラが言い聞かせると、ユルシャールは複雑な表情を覗かせる。
ヴァレイスナが言っていた通り、魔法以外の能力は不足しているらしく、即断出来ないようだ。
逆に、即断したのはナードだった。
「この先では、俺は戦力にならない。何があるかわからない。ここに残って、有事の際には魔法使い殿の盾となろう」
「……わかりました。お帰りをお待ちしております」
ユミファナトラの言葉を跳ね返すだけの気力が湧かなかったのか、ユルシャールは頭を垂れた。
「はいは~い! あたしも行っきま~す!」
「行くってよ。どーすんだ?」
「どうもこうもない。私たちも行く」
「ワーシュを野放しにすると危険だからね」
「な~によなによ~、人の所為にして~、皆だって行きたいの知ってるんだからねんねん!」
ワーシュの指摘に、皆は笑顔で応える。
本当なら、危険だから皆には引き返してもらうべきなのだが。
付いてきてくれることが、一緒に行けることが、素直に嬉しいと思える。
皆の同行の意思を確認したリシェは、残りの少女たちに声を掛ける。
「ポンさん以外の、残りの魔法娘は全員、来ますよね」
「我はーー」
「私はーー」
ミャンとマホフーフの言葉が被って、二人が睨み合う。
二人だけでなく、ケイニーもパンも、リシェの真意に気付いていない。
リシェの言葉は、リャナに向けられたものだ。
リシェは、全員、と強調した。
同行しないのであれば、声に出して断るしかない。
魔法使いとして、自身の限界を知ってしまったリャナ。
僕たちと共に、迷宮で経験を積んでも道は拓けなかったのだろう。
背中を押したい。
僕自身の欲で。
でも、それをしてはならないことを、僕は知っている。
リャナを支えるのなら、リャナが決断したあとだ。
「あたしは残りま……」
「我は百竜。我は竜の魂たる存在。炎竜にして、ミースガルタンシェアリの代理を担う竜ぞ」
リャナの腕の中の百竜は、振り向いて瞋恚の炎に似た眼差しを注ぐ。
リャナの空色の瞳は、炎に灼かれることなく鮮やかに輝く。
「我の炎眼から逃れることなど敵わぬ。其方ほど炎に焦がれし者……は?」
「リシェ。この駄炎竜を預かっておいてくれ」
気持ちはわかるが、炎は読めても、完全に空気が読めていない。
僕はリャナから百竜を分捕る。
それから百竜の若草色の外套を掴んで、リシェに向かって放り投げた。
「はい。この見炎竜は預かっておきます」
「っ……」
逃れようと思えば逃れられるのに、描かれる放物線。
過たず百竜はリシェの腕の中に。
リシェは、ヴァレイスナとラカールラカを魔力で牽制してから百竜を抱き留める。
百竜は無言で発火したが、リシェは構わずお姫さま抱っこ。
「あたしは……」
「ふぬ? 何しているのだ! リャナも一緒に行くのだ!」
機微を捉えることが出来ないミャンは、何の迷いもなくリャナの手を引っ張った。
抵抗できず、リャナは片膝立ちになる。
挫折が人に益を齎すとは限らない。
心が折れたまま、道を見失ってしまうかもしれない。
ーーそれでも。
リャナと触れ合ってきて、降り積もった温かさが教えてくれる。
僕の心を照らしてくれた、リャナの炎。
リャナには再び歩き出す力があると、僕は確信している。
その為の、手伝いをするつもりだったのだが。
おしゃかにしてくれた、炎竜。
管理者責任ということで、リシェには強制的に手を貸してもらう。
リシェを睨み付けると、了承した証しなのか、百竜の炎髪に自身の顔を埋もれさせた。
直後に、四竜が「ぼっかん」した。
「あたしは行きます」
リャナの決意の言葉は、リシェの断末魔と竜々によって掻き消されてしまった。
百竜の照れ隠しの一撃とラカールラカの吶喊、ユミファナトラに協力を仰いだヴァレイスナの魔法攻撃ーーだけでなく、ミャンやユルシャールまでどさくさに紛れてリシェを攻撃。
それを見たワーシュと、ナードまで便乗。
「リャナ。手伝って」
「はい!」
僕は間違っていたのかもしれない。
リャナの未来を決めるのは、リャナだ。
リャナが選んだのであれば、僕もまた、困難な道を選ぼう。
「っ……」
リャナの驚いた顔。
ゆっくりと落ちてくる。
あの空への放ったもの。
もしかしたら、僕は笑っているのかもしれない。
リャナの魔法のあと、リシェへの止めに「初殺」を放ったのだった。
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