竜の国の異邦人

風結

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氷蛇

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「リシェさ~ん、生きてるてる~?」

 ワーシュは倒れたリシェを突く。
 普通の人間にとっては断末魔、となるが普通ではないリシェには「おしおき」で済んだようだ。

「僕に損傷を与えるには、幾つか方法があります。ナードさんは、手加減のつもりで剣に魔力を纏わせなかったのでしょうが、実はあの一撃が一番効きました。他はーー、説明する時間がないので、秘密ということにしておきます」
「ほ? 時間って?」

 リシェは漂ってきたラカールラカを掴むと、風竜と一緒に浮き上がるように立ち上がった。

「ラカは気付いただろうけど、ナトラ様はどうですか?」
「ひゅー。ぐるぐるしてう」
「魔鏡を見なければ、わからなかったかもしれないです」

 金の鎖のついた魔鏡に触れるユミファナトラ。
 その眼差しは崖、というより、その先の闇に向かっていた。

「主よ。我には聞かぬのか?」
「えっと、百は……」
「それより、父様はどうやって気付けたのですわ」
「今、我が主に聞いておるのだ。横から口を挟むでない、氷柱」
「熾火風ーー」
「はいはい、風を上げるから。『終末の獣』を刺激してしまうかもしれないから、こんなところで炎竜氷竜は駄目だよ」

 風情ーーと続けようとしたらしいヴァレイスナにラカールラカをくっ付けて、口喧嘩に至ろうとしていた二竜を仲裁。
 いや、仲直りは無理だろうから、仲裁ではなく調停のほうが正しいだろう。

「リシェは、ヴァレイスナに言及しなかった。『終末の獣』まで向かう手段を、ヴァレイスナが準備していたということか?」
「ひゃふ。ライル、正解ですわ。エルムスと、ーーあら、リャナも気付いていたみたいですわね。三人も気付いたというのに木炭はーーひゃめっ!?」
「びゅー」

 また炎氷し始めそうになったヴァレイスナに呆れたのか、ラカールラカは氷竜に腕を回してリシェに向かって飛んでいった。
 心的外傷かみつきの記憶が蘇ったのか、ヴァレイスナはジタバタ暴れるが、振り返れば竜ならぬ侍従長じゃりゅう

「……?」
「ひゅ~」

 リシェにヴァレイスナを渡したラカールラカは、コルクスに向かって一直線。
 ラカールラカなりに、リシェとの触れ合い方を学んでいるようだ。
 僕はコルクスの、昨日の頑張りを知っているので一応、忠告する。

「コルクス。ラカールラカを迎えに行ったほうがいい」
「を……っ!」

 エルムスとホーエルは間に合わなかった。
 気付いたコルクスが飛び出すが一風、ワーシュのほうが速かった。

「ふ~りゅ~っ、いっただきだき~!」
「ぴゃ~、ふるっ、ふるっ、ふるっ!」
「ぎーっ! このっ欲望ごった煮娘が! 風竜様を放しやがれ!」

 逃げるワーシュと追うコルクス。
 時間がないと言ったリシェは、二人に構わず組み分けを行う。

「百はそのまま、シィリさんとポンさんをお願いします。有事の際に対処出来るのは、スナとナトラ様ですので、ナトラ様には殿しんがりをお願いします」
「わかったです。最後に『三魔槍』と一緒に行くです」
「お、お願いしますっ、ですわ!」

 これから「終末の獣」が居る場所に向かうとあって緊張しているのか、マホフーフは必要以上に力を籠めて頭を下げる。
 リシェは三人娘を見たが、ユミファナトラに任せるようだ。

「そんなに気を張らなくて良いです。僕はリシェ殿より優しいので、三人を見捨てたりしないです。百竜より賢いし、ラカールラカより責任感があるので、安心するです」
「……えっと、もしかしなくても怒っていますか、ナトラ様」
「僕が連れ去られたので、ストーフグレフは今、大変なことになっているです。アランは、リシェ殿の策だからと今回は、自分からは動かないです。ーーどうしてリシェ殿は、僕が怒っていないと思えるです?」
「あの、その、……ごめんなさい」

 ユミファナトラに頭を下げるリシェ。
 リシェもユミファナトラも、半分は演技だろう。
 地竜に謝る侍従長の図、ということで三人娘の表情が和らぐ。

「何ぞ、まだ我を警戒しておるの……ぎゃっ!?」
「ふがーっ! 今すぐ化けの皮ぼぼぼぼっぼぼっ!?」
「ミャン! 百竜様に何てことをしているの!?」

 二人と一竜は、色々と大変なことになっていた。
 ラカールラカはまだ僕のことを苦手としているようなので、「炎竜組」に移ることにした。

「エルムス。見ての通りだし、人数的にも僕は『百竜組』に入ることにする」
「確かに。そのほうが良さそうだ。ホーエルも、『風竜組』より『氷竜組』のほうが安心出来るのなら、リシェ殿にーー無理か」
「だ、だだっ、大丈夫……。どんな風に移動するのかとか、不安しか湧かないけど、皆と一緒のほうがたぶんきっと大丈夫……だよ?」

 父娘の貴重な時間を邪魔するな、とばかりに氷眼を向けてくるヴァレイスナ。
 氷竜の無言の圧力に、エルムスは諦観、ホーエルは混乱。
 これから「終末の獣」の許に向かうとは思えない、賑やかな一行を眺めてから、リシェはの到着を告げる。

「皆さん、来ましたよ。準備をお願いします」

 いや、氷柱というと語弊があるかもしれない。
 崖から、顔を覗かせたーー氷の円柱。
 焼けた鉄のように、ぐにゃっと曲がると、リシェに向かって伸びてくる。
 円の直径は、ホーエルの身長よりも長い。
 さながら巨大な「氷蛇」のような柱は、リシェに食い付こうと獰猛な勢いで迫る。
 皆が声もなく呆然と眺めていると、円柱の先端が崩れて「氷蛇」は凶悪な口を開いた。

「大丈夫ですから。剣も魔法も必要ありません」

 リシェは、咄嗟に身構えた魔法娘やナードに声を掛ける。
 「氷蛇」の口の中には、寒々しい真白な空間。
 氷の円柱は、円筒にーー氷の隧道トンネルが姿を現した。
 隧道の氷床には、馬車のわだちのように凹んだ二筋の線。
 轍の間隔は、馬車のそれではなく人間の肩幅ほど。
 皆の理解が及ぶ前に、リシェは説明を始めた。

「僕とスナなら、何があったとしても、たぶん逃げ切れます。なので、安全かどうか確かめてきます。問題がなければ、竜笛で合図します。出口では、スナが魔法で受け留めますので、慌てずそのまま滑ってきてください」

 説明の途中でヴァレイスナは浮き上がって、正面からリシェに抱き付いた。
 リシェの肩に顎を乗せたヴァレイスナの顔が、百竜に向けられる。

「っ……」
「というわけで、ラカ。『幸運の白竜』ということで、お願いね」

 炎氷しそうになったのを止める為にリシェは、迂闊にもラカールラカに頼んでしまう。
 氷風の関係を甘く見ているようだ。
 ラカールラカは、突風のような息吹ブレスを吐いた。

「ぴゃ~!」
「ちょっ、待っ!?」
「ひゃっほーい、ですわ~」

 風の息吹を食らって吹き飛んでいったリシェの慌てた声と、ヴァレイスナの歓声。
 「氷蛇」に呑まれていった一人と一竜。
 残った者の中での代表者ということで、ユミファナトラが冷たい沈黙を破った。

「リシェ殿は『氷焔』と行動を共にするようになってから、落っこちたり転がったり、豊富に経験してきたです。そんなリシェ殿なので、悲鳴を上げるようなことは……」
「ぁ~」

 「氷蛇」の胃袋から悲鳴のような声が響いてきた。
 それからユミファナトラは、何もなかったことにして話を逸らした。

「一応、何があるかわからないので、皆に付与魔法を……」
「でしたら! ミャンは『魔法王の杖』を持っているので、私たちは『地竜の杖』をいただきたいですわ!」
「は……です?」

 当然のように要求するマホフーフと、目を輝かせながら同意するケイニーとパン。
 三人娘はユミファナトラを取り囲んで、竜も逃がさない配置フォーメーション

「リシェは、ヴァレイスナとユミファナトラを同等と見做していた。ヴァレイスナは魔法具を造っている。ユミファナトラなら、同等のことが出来るだろうと、僕は踏んでいる。これまでに魔法具を造ったことがないのであれば、やってみるのも面白いと思う」

 僕がユミファナトラを唆すと、地竜は思案顔に。
 ミャンの味方である僕が助勢したことに、三人娘は驚いたようだが、僕の目的は他にある。
 ユミファナトラはラカールラカを見てから、一考。
 その視線は百竜に向けられる。

「ぴゅ~?」
「杖を造るのなら、風よりも炎が良いです。百竜、手伝うです」
「叡智竜であるユミファナトラは、我より賢いのであろう? ならばーー」
「拗ねてないで、さっさと行くです。ラカールラカは、こちらから『結界』を張っておくです」
「このっ、せっか地竜! 角を引っ張るでない!」

 百竜の角を掴んだユミファナトラは、「浮遊」で来た道を引き返していった。
 製作過程で危険が伴うとユミファナトラは判断したようだ。

「今、僕たちが頼れるのは、ラカールラカしか居ない。何かあったら、ラカールラカを頼みとするほかない。あと、そうだった、ユミファナトラが付与魔法を掛け忘れていったから、ラカールラカに掛けて欲しい」

 ワーシュの胸で不貞寝しようとしていたラカールラカにお願いする。
 今回はリシェを絡めず直接、頼んだほうが風竜に風を吹き込めるだろう。

「ひゅー。もう、終わっあ」
「ほ? あ、ほんと、何かいー感じになってるわ」

 ワーシュが自身の体を見ると、皆も確認した。
 風か魔力か、複数の魔法が掛けられているようだ。

「ぴゅー。扱い慣れてないと肉体を強化しても藪竜だから、防御面と底上げをしあ」
「凄い……です。風以外の属性も、強化ーー底上げされています。途轍もない魔法ーー技術です」
「ほぉお! 何か魔力の通りがいいのだ! 魔法がずんどこ炸裂なんだぞ!」

 実際に聖語を描き始めたので、後ろからミャンの両腕を掴んで邪魔をする。
 ミャンが騒ぎ出す前に、僕は表情が固まっているホーエルに尋ねる。

「ホーエル。二竜が戻ってくるまでに聞いておくが、無理はしなくてもいい」
「だ、大丈夫だよ! 皆が行くんだから、一緒に行くよ!」

 いつもの余裕がない。
 竜に乗っても大丈夫だったホーエル。
 僕たちが知らないところで、ヴァレイスナに弄ばれたらしい。
 生物に依らない移動手段を苦手としているとなれば、ここは竜を利用するのが適当だろう。

「ワーシュ。ラカールラカをホーエルに渡して」
「やだ」
「ほれ、渡してやれって。みー様は大丈夫だったみてーだけど、微妙に竜に嫌われ娘に抱かれて、風竜様がムズムズな顔をしてるじゃねぇか」
「やあ」
「っ……」

 ワーシュがラカールラカの物真似をすると、何故か劣勢になるコルクス。
 隙を衝いて、エルムスがラカールラカを取り上げたところで、ーー爆発。
 「結界」のお陰で被害はないが、地面だけでなく、魔力が関係しているのか空間ごと揺れる。
 エルムスの手から零れたラカールラカを、コルクスが捕竜。

「ぴゃー。なおは『破壊魔』なのあ。五階層分が、粉々のごなごななのあ」

 ラカールラカによると、五階層分が草臥れて、再起不能になったらしい。
 あとは二竜から聞け、ということなのか、コルクスの肩口に顔を埋めた。

「コルクス~? ほらほら~、ホーエルに風竜を渡さないとね~?」

 ワーシュが反撃に出た直後に、二竜が「結界」の向こう側から戻ってくる。

「何で爆発するです。炎竜は爆発しないと気が済まないです?」
「集中しておったのだ、仕方があるまい。そも、爆発したは、調整を誤ったあやま地竜の所為であろう」
「ヴァレイスナは、僕のことを『ナトラ』と呼んでいるです。好い加減、百竜も『ナトラ』と呼ぶです」
「わかっておらんな。主以外の者が付けた名を、我に呼べと強要するか」

 魔触竜発。
 一竜、持ってきた杖を投げ捨てて、炎竜地竜。
 僕はミャンから片手を放して、リャナの背中を押す。

「え? ライル……さん?」
「そこの男が僕を唆したので、四本造ったです。そうでなければ、三本しか造らなかったです」

 炎地中のユミファナトラは、僕の目的ーーリャナの分の杖も造らせる、をあっさりとばらしてしまう。
 リャナは杖を持っていない。
 「魔触」でリャナに「触れた」ときに、感じた。
 「魔力量」、「青魔法使い」、「魔香師」。
 お祖母さんが亡くなったあと、減魔症になりながらも諦めなかった。
 吐こうが涙が溢れようが、構わず自身を痛め付けた日々。
 夢と現実と理想と、後悔が擦り切れて、透明な場所に。
 それから。
 リャナは、杖を置いた。

「ミャンの分は無い」
「ふぬぬっ、我の予備の分の杖ではないのだ!? リャナが要らないのならっ、我が『地竜の杖』を貰うんだぞ!!」

 叫んだミャンの視線は、「地竜の杖」ではなくリャナに向けられていた。
 ミャンなりに、リャナに発破を掛けたようだ。
 ーー「おうさま」。
 道の向こうに、僕が望んだものはなかった。
 望まれていないから、「おうさま」のようになれなかった。
 でも、違うのかもしれない。
 空に放ってすててしまった、僕。
 リャナに、「触れた」。
 今、こうして、僕の胸の内にあるのは。
 リャナから、もらったものだ。
 ーー「おうさま」。
 道の向こうに何もなかったとしても。
 僕はまたーー。

「僕は、リャナと一緒に歩きたい」

 リャナは歩き出す。
 僕は、追い掛けないといけない。
 勝ち気な、子供っぽい笑顔。
 リャナの、本当の笑顔。

「『魔聖』様?」

 杖を品定めしていた三人娘が顔を上げる、その合間に、リャナは迷うことなく杖を掴み取った。

「ユミファナトラ様。『地竜の杖』、ありがたくいただきます」
「これはしたり。魔力がーー遅滞なく行き来しているです。自分で造っておいて何ですが、良い品です。……この不思議な心地は、製作者冥利に尽きる、というものです」
「お返し、になるかどうかわかりませんが、あたしがこれまでに調合に成功した魔香を、……えっと、あの、紙に書いて渡しますので、暗黒竜の実家に寄っていただけるとーー」
「わかったです。帰りに寄って、受け取っていくです」

 リャナを安心させるように、ユミファナトラは竜の微笑みを浮かべた。

「これは……」

 ケイニーは三本目の杖に触れた途端、リャナのときと同様に迷いなく掴み取った。
 慥か、ケイニーは「土槍」の地属性だったから、ユミファナトラの「地竜の杖」とは相性がいいのかもしれない。

「優位属性が地であることを除いても、悪くない相性です」
「大事に、します」
「逆です。存分に使って欲しいです。これも何かの縁です。壊れたら、また造ってあげるから、ストーフグレフに来るです」
「ケイニーちゃん! 狡いっ、ズルい!」

 どちらの杖がいいか迷っているパンが、ケイニーを見て膨れっ面になる。
 そこで、残りの魔法使いの内の一人が、ユミファナトラの背中に抱き付きつつ尋ねた。

「あの~、地竜~? あたしの分は~、ないのカナカナ~?」
「その杖が、どんなものか知らないです?」
「ほ?」

 ユミファナトラが魔鏡でワーシュの杖を見ると、何を思ったのか、ワーシュは自身の後ろに杖を隠してしまう。

「隠しても、無駄です。知らないのなら、話しても良いです。どうするです?」

 ユミファナトラは、ワーシュから僕たちに視線を移す。
 近付いてきて、ワーシュの杖を調べるユルシャール。

「ユルシャールの分は無いです」
「いえ、それはわかっていますので、声に出さなくても大丈夫です。この杖は一応、当主の杖ですので、ーーと、それは良いとして、これは?」

 ユルシャールは杖の魔力を探ってから、軽く驚いた表情になる。
 表情を見るに、ワーシュの杖は予想よりも優れたつえだったらしい。

「僕たちは杖について、何も知らない。ワーシュが望むなら、話してあげて欲しい」

 皆を見て確認してから、ユミファナトラに頼む。
 それからコルクスにくっ付いているラカールラカを見る。

「ラカールラカでもいい」
「ぴゅ?」

 僕が振ると、目を覚ますラカールラカ。
 百竜の表情からすると、炎竜に振らなかったのは正解らしい。
 風竜と地竜でワーシュが迷っている間に、ユミファナトラはマホフーフとパンの許に向かった。

「決められないのなら、魔鏡で相性を見てあげるです」
「それは大丈夫ですわ。遣りますわよ、パン!」
「行くわよ、マホフーフ!」

 竜に頭突きする勢いで立ち上がったマホフーフとパンは、杖を一本ずつ持って謎舞踊を開始した。

「ダニダニステイルっ、ダニステテイルっ!」
「始祖様っ、始祖様っ、どーか教えてくーださい!」

 短い謎舞踊を終えると、二人は杖を上に向かって放り投げた。
 突然の奇行、或いは儀式に、目が点になるユミファナトラ。

「……ダニステイルでの、その、おまじないのような、ものです」

 リャナが説明してくれている間に、落っこちてきた杖が地面に当たって跳ね返った。
 ただの偶然だろうが、マホフーフとパンの足元に一本ずつ転がってくる。
 何の疑問もなく、杖を掴み取る二人。

「それで、ワーシュは知りたいです?」

 見なかったことにしたようだ。

「はいっ、知りたい! というわけわけ、風竜っ、お願い!」

 今日で居なくなる予定のユミファナトラと、竜の国に居るラカールラカ。
 打算が働いたらしい。
 説明する為に口を開き掛けたユミファナトラが、露骨に拗ねる。
 構わずワーシュがユミファナトラに再度、抱き付こうとしたので総出で止める。

「ぴゅ~、ぴゅ~、ぴゅ~、ぴゅ~!」
「ぐっ……」
「っ……」

 突然、ラカールラカが暴れ始めて、風を溢れさせた。
 百竜は発火して、ユミファナトラはわずかに顔を顰めた。
 どうやら、リシェの合図があったようだ。
 皆も知りたがっているようなので、尋ねることにする。

「竜笛の、言葉が届いたのか?」
「……そうです。竜が好きーーという言葉の、千倍くらい濃縮したようなものが、……来たです」
「千倍は言い過ぎであろう。精々、十倍といったところか」
「速攻で着火した炎竜が何を言っているです」
「ひゅ~」

 コルクスはラカールラカに覆いフードを被せて、垂れ耳風竜にした。
 風を集めるように、ラカールラカを労わる。
 子供の扱いが上手いコルクスだが、風竜の扱いにも慣れてきたようだ。
 薫風を抱き締めるようなコルクスの腕から、ユミファナトラは情け容赦もなくラカールラカを引っこ抜いた。

「びゃ~、なおっ、放すのあ! なっとーっ、放すのあ!」
「誰が、なっとー、です」

 ユミファナトラはホーエルに向かってラカールラカを投げ付けた。
 話は「氷蛇」の中で聞け、ということだろう。

「周期が上ということで、ラカールラカ様と共に私たちが先に行こう。ホーエルは目を瞑り、ラカールラカ様を確保。殿はワーシュのほうが良いだろうから、私、コルクス、ワーシュの順で続こう。下に着くまでに、ラカールラカ様にはワーシュの杖について語っていただく」
「え? えっ、と、ちょっ、二人とも!?」

 僕とエルムスで、ラカールラカを抱えたホーエルを問答無用で押していく。
 リシェは、ラカールラカとの触れ合い方を模索しているようだった。
 人と竜との関係に、少しだけ貢献してみようと思う。

「ラカールラカ。皆を頼む」
「ぴゅ? ……頼まれてやらなくもなー」
「お願いっ! ゆっくりねっ、そぉ~と出発だからね!」

 ホーエルの懇願が効いたのか、微風のように出発する一行。
 四人と一竜が一列になって、滑り降りていった。

「百竜。僕に近付きたくないだろうから、前か後ろか決めてくれ」
「あれは氷が造りようものだ。触れたくないでーー」

 何を思ったのか、百竜はしゃがみ込むと、リャナとミャンの脹ら脛を揉んだ。

「ふぬ?」
「きゃっ!?」

 ミャンは首を傾げただけだったが、擽ったかったようでリャナは百竜の腕から竜速で逃れた。

「ふむ。先頭はライル。ミャンは我を負んぶしてくれぬであろうから、真ん中。リャナは鍛えてある故、問題なかろう」
「っ……、……あ」

 リャナが百竜に魔法を使おうとしたので、リャナの手を掴んで止める。
 反射的にとはいえ、竜との心理的な垣根が低くなっているようだ。

「百竜を攻撃しても問題はない。竜からすれば、蝋燭の炎よりも儚いものだから。でも、相応の理由がないのであれば、竜を攻撃するのは止めたほうがいい」
「……あ、はい。百竜様、申し訳ございま……」
「ふぉっふぉっふぉっ、侍従長の使い魔であるひーを負んぶなどっどどどどどぉ~っ!?」

 毎度の光景が再現されたので、僕は百竜を見てから「氷蛇」の口まで歩いていった。
 一番足が大きいホーエルに合わせてあるのか、轍は両端に指が入るほどの幅だった。

「ミャン。僕と百竜の間に、空間スペースを取る必要があるから、負んぶは無し」
「ぶーっぶーっぶーっ、ライルは横暴なのだ!」

 以前なら我を通していただろうが、ミャンは飛び乗った僕の背中から降りてくれる。
 どこで調達したのだろうか、ミャンは魔法の紐のようなものを用いて「魔法王の杖」と「白竜剣」を背負っていた。
 リャナは百竜に「地竜の杖」を渡してから、炎竜を背負った。
 ユミファナトラに一言掛けてから行こうと思ったが、百竜は早々に魔法で僕たちを押した。

「もっともっとーっ、スピードは出ないのだ!?」
「思ったより安定している。恐らく、ヴァレイスナの魔法だろう。螺旋状に、緩やかに曲がりながら下りているようだ」
「氷のこと故、この先が如何様なことになっているかわからぬ。警戒はしておくが良かろう」
「百竜に尋ねたいことがある」
「ぬ?」

 ミャンが飽きて余計なことをしないように、話題を提供することにした。
 何かをしようとしていたミャンの手が、再び僕の服を掴む。

「我は竜の魂ーー竜の叡智とも言うべき存在。主が禁じよる以外のことであれば、大抵のことには答えてやろう」
「いや、気になっていたことを聞くだけだ。先ず、みーは何周期?」
「……三歳。三周期と、四星巡り」

 世界の隠された秘密のような、もっと壮大な質問が来ると思っていたらしい百竜には申し訳ないが、卑近な事柄から聞かせてもらう。

「え? みー様は、三歳……ですか?」
「竜であるからの。『人化』した際の姿は、竜の周期と合致するとは限らぬ」

 百竜の予測、というか、竜の本能かんが当たっていたのか、勾配が急になっていく。
 この先、質問する時間がなくなるかもしれないので、肝所に触れることにする。

「百竜は何周期?」
「……竜に周期を尋ねる者は、竜の呪いに掛かると噂されておる」
「百竜は何周期?」
「……主と同等の意地悪と認定しようぞ」
「それはもう、ヴァレイスナから言われた。百竜は何周期?」

 ヴァレイスナと同じことを聞いてしまったことが心に突き刺さったのか、百竜は観念の臍を固めたようだ。

「……『千竜賛歌』で我は目覚めたで、まだ半周期経っておらん」
「ぷっ、ぷぷぷぷっ、ひーはみーより周期が下なのだ!」
「竜に喧嘩を売るとは見上げた度胸だ。今すぐ買うてやろう」
「もきゃ~っ!?」

 面倒なので、竜の制裁おしおき確認しないことにするいないいないりゅう
 人と竜が戯れている間に、勾配が更に急になる。
 そして「氷蛇」の尻尾から、悲鳴の合唱が響いてくる。
 ホーエルの声だけが聞こえない。
 もう気絶しているのかもしれない。
 どうやらこの先に、確実に何かがあるようだ。

「百竜。僕たちが転倒しないように、備えておいて欲しい」
「わかっておる。ミャンまでを魔力で覆うで、しっかとライルに掴まっておれ」

 魔力でも僕には触れたくないらしい。
 それから角度が急になって、急になって。
 ーーほぼ直角に、というか垂直。
 更に回転が加わる。

「いーやーっ!?」
「『魔女』は恐れずっ、魔突猛進! なのだー!!」
「あの氷筍、わかっておるのか。『終末の獣』が居るというに、……我は知らんぞ」

 僕はもう、二人と一竜の声は聞こえていなかった。
 魔力ーーとは違うのかもしれない。
 存在そのものが、僕に「触れて」くる。
 僕は、ちっぽけだから。
 透明せかいそのもののような空白に、身を委ねたのだった。
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