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炎の凪唄
ベルニナ・ユル・ビュジエ 12
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「きぃえええぇぇーーっっ!!」
炎神ですら、耳を塞ぎたくなるような絶叫。
沈降した精神を焦げつかせるように。
ーーまるで、残り火が、燃え移ったみたい。
あたしは、血に塗れた短剣を構える。
全身を炎で炙られたかのような熱に浮かされたまま、大鬼を睨み据える。
見上げる位置に、頭がある。
後頭部から溢れた、どす黒い血が全身を纏い。
禍々しい姿は、宛ら悪鬼のよう。
こんな魔物と戦っている、自分が、馬鹿馬鹿しく思えて、勝手に笑みが込み上げてくる。
「ブォオオォ!」
「キャギーッツ!」
オーガの右足に、二匹の母豚鬼が、左足に、三匹の爺豚鬼がしがみつく。
全員が、わかっている。
この好機を、逃してはならないと。
「ーーアっ!!」
あたしの不意打ちで、真面に声が出せなくなったオーガが、纏わりつく爺オークを振り払おうとする。
ーーさせない!
不用心に、正面から、あたしは突っ込む。
これまで、三回の攻撃、すべてに牽制を入れてきた。
ブラフとするには、物足りないけれど。
賭けに近い、突撃。
「やぁああぁぁーーっっ!!」
一本の、火矢となる。
間に合わない。
オーガの攻撃を止めることはできない。
ーーなら。
先に当てて、威力を弱める!
「プゥっ!!」
粘土に、突き立てるような感触。
首に刺さるが、ーー致命傷には至らない。
右足の、爺オークたちが吹き飛ばされたけれど、全員、軽傷のようで、すぐに立ち上がる。
「っ!」
ーー喀血。
泡っぽい性状の、生温かい液体を浴びながら、即断する。
ーーまだ、諦めていないのね。
オーガの、憎悪の炎。
呼応するように。
まただ。
また、溢れてくる。
ーー生き汚さでは、わたしも負けない!
ここ数日の、死んでいたような、肉体が、命に炙られる。
オーガの、鋼のような筋肉が隆起する。
抜けない短剣を、そのままに。
着地と同時に、転がって、逃れる。
「ーーッゥ!!」
ーー光栄ね。
転がりながら、確認する。
オーガは、あたしを、最大の敵と認識した。
母オーク二匹を右足にくっつけたまま、走っていたオーガの足がーー。
「アーッ!」
子オークが投げた、石が、オーガの頭に当たった。
それだけじゃない。
爺オークたちは、粗末な槍でオーガの背中を突き刺し、しがみついた母オークたちも、負けじと噛みつく。
オーガは、回転しながら、槍を振り払い、その勢いのままに、母オークを振り払う。
「ーーッ!!」
無言で、跳び上がった、あたし。
オーガと視線が絡まる。
憎悪を瞋恚で掻き消すかのように。
両手で抱え上げた、大きな石。
頭を手で隠されるけれど。
ーー残念。
あたしの狙いはっ、頭じゃない!
「せいっ!!」
あたしは、短剣の柄頭に、あらん限りの力で、大石を叩きつける。
「くっ!?」
全力でやったから。
バランスを崩して、地面に落っこちる。
柄頭が壊れたことまでは、わかったけれどーー。
「あ……」
突き飛ばされた。
ーー一瞬。
オーガに蹴り飛ばされたのかと、錯覚したけれど。
ーー違う!
あたしは、即座に、歯を食い縛って、立ち上がる。
「アーッ!」
あたしの前で、オーガ相手に、立ちはだかる、子オーク。
さっき、オーガに石を投げた子だ。
そう。
あの子が、オーガに襲われていて。
見た瞬間に。
無我夢中で、オーガの後頭部に、短剣を突き立てていた。
それから、どういうわけか、オークたちと一緒に戦っていた。
「ーーーー」
ーーたぶん、致命傷。
もう、助からない。
短剣は、刃の部分が見えないくらい、深く、ーーとても深く、食い込んでいる。
子オークの背中まで歩いていって、一緒にオーガを見上げる。
憎悪が消えて。
オーガは、そのまま、背中から倒れる。
「大丈夫よ」
あたしを止めようとする、子オークの目を見て、言ってから、オーガの頭上に回る。
「いくわね」
目を閉じる、オーガ。
あたしは、短剣に、大石をぶつける。
ーー良かった。
止めの刺し方なんてわからないけれど、オーガを絶命させることができた。
短剣の柄も壊れた。
「もう、駄目」
体力は残っていたけれど、気力がすり切れて。
ぺたんっ、とその場に座り込んでしまう。
「バァーア!」
横を見てみると。
何を言っているのか、もちろんわからなかったけれど、爺オークが笑っているのがわかったから、あたしも、にんまりと笑い返してあげる。
「あれ? あの子がいない?」
あたしが助けた、あたしを助けてくれた、子オークが、近くの粗末な小屋に入っていくところだった。
見回すと、幾つか家らしきものが壊れているけれど、この程度なら問題ないはず。
爺オークたちは、怪我したみたいだけれど、命に別状はない。
ーー安堵した、瞬間。
あたしは、立ち上がった。
足が動き出す前に。
子オークが、戻ってきてしまった。
「アーウ」
差し出してきたので、受け取ってしまった。
「……本?」
ーーお礼、なのかしら。
オークは、文字が読めないでしょうから、本を持っていても宝の持ち腐れ。
あたしが立ち去ろうとしていることが、わかっているのか、子オークが、ぽんっと両手で自分のお腹を叩く。
母オークたちや爺オークたちも、同じく、ぽんっ。
涙が、出てしまう前に。
あたしも、ぽんっと、お別れの挨拶をする。
それから、背を向けて。
見知った、オークの集落から、離れる。
「ーーっ!」
気づけば、走り出していた。
走れなくなるまで、走った。
足が止まって、座り込む。
ーーあたしは、何をやっているのかしら。
居ても立っても居られなかった。
「……ごめん、なさい」
あたしは、三匹のオークを殺した。
美味しいと、喜んで、食べた。
あのオークたちは、あの子の、父親かもしれない。
母オークの夫で、爺オークの息子かもしれない。
今頃、涙が出てくる。
ーーそんな資格、あたしにはないのに。
そんなことばかり、考えている。
ラクンさんと別れてから、死んだように、何も感じなかったのにーー。
力が抜けて、ぼとっ、と落ちる。
「……そうだったわね」
子オークから、もらった。
ーーえ?
「『魔法の手引書』?」
表紙に、古代期の文字で記されていた。
「それにしては、新しいわね」
少しだけ興味が惹かれて、捲ってみると。
ーー真っ白だった。
「な、何これ……?」
何だか、本にまで馬鹿にされているようで。
投げ捨てようとしたところで、青年の言葉を思い出した。
ラクンさんの、同行者の、不思議な魔法使い。
「魔力を籠めるーーだったかしら?」
意識して、やったことはない。
でも、そこまで難しくないような気がする。
ーー魔力を感知できるようになった、今のあたしなら。
「現代の文字?」
紙に、文字が浮かび上がる。
「えっと、何々? 『望む魔法を思い浮かべよ』?」
兎にも角にも、周辺を確認する。
危険はない。
急がなければいけない。
でも、一日中、歩き続けるのは、得策ではない。
「休憩と、割り切りましょう」
ほんと、人種って、どうしようもないわね。
こんなときだっていうのに、好奇心が抑え切れない。
「そうね。まずは、ーー『火球』」
一番、得意な魔法にする。
とはいえ、闘いながら呪文を唱えることはできないので、使い慣れている、のほうが正しいかもしれない。
「ーーこれは?」
魔力が、吸い取られる。
微量だけれど、魔法を使ったときと似ている。
「五ページ、文字が浮かび上がったわね」
びっしり。
文字と図解で埋まっている。
読み始めて。
止まらなくなった。
五ページ目、最後まで読んでから。
「ぷは~っ」
集中し過ぎて、呼吸が浅くなっていたので、盛大に息を吐く。
ーーな、何、なんなの、これ?
可愛い兎さんがいないかと、辺りを見回す。
ーーそうではなくて。
もう一度、深呼吸をする。
裏表紙を見るとーー。
「……ハビヒ・ツブルク」
ーー魔雄ハビヒ・ツブルクの、「魔法の手引書」。
どっと、疲れてしまった。
あたし。
呪われているのかしら?
「あっ!」
思いついてしまった。
兎にも角にも、事実やら真実やらは、後回し。
今は、衝動のままに、試してみることにする。
「清潔、か、洗浄? そうね、ーー『浄化』」
先程の、倍くらいの魔力が吸い取られる。
目を皿のようにして、読み取っていく。
清浄なるは
無上の喜び
「『浄化』」
淡い光が、あたしの肌を撫ぜると。
「……これ、とんでもないわね」
薄汚れ、血まで付着していた肌が、旅立ち前のーー素肌、と言える白さを取り戻していた。
ーー本当に、とんでもないのは。
この、手引書。
あたしが、ビュジエ家で見た、魔法書とは、段違い。
ーーそんな、生易しいものじゃない。
次元が、違う。
「こんなものが、世に出たらーー」
大半の人が、魔法を使えるようになる。
なってしまう。
ーーわからない。
そうなったら、世界は、どうなるのか、どれだけの影響力、波及力があるのか、想像がつかない。
「……とりあえず」
最後まで読んで、服を綺麗にする方法を探す。
「『浄化』」
魔法を使うと、淡い光が、服の表面を撫ぜていく。
「綺麗にはなったけれど、……ボロボロね。街に戻ったら、魔物に襲われたことにして、服を調達しましょう」
ーーこれで、ラクンさんに、本当のあたしを見てもらえる。
「……っ~」
羞恥心が、風の女神とダンスを踊って、あたしを悶えさせる。
少しだけ、浸ってから。
現状を、認識。
一瞬で、ーー冷える。
「始めましょう」
言葉を考える。
選んで、決める。
上手くいくかはわからないけれど、やらないという選択肢はない。
「『幻影』などの、幻ではなく、実際の、肌を弄って、姿を変える方法」
ーーえ?
魔力が吸い取られた。
「火球」と同じ量だけ。
ーーまさか、そんな簡単な魔法なの?
「ーー第二段階?」
魔法ではなく、これはーー。
説明文?
「えっと、つまり、この第二段階ーーまで完成させれば、いいということ?」
注意書きのようなものがあって、ーー減魔症になるかもしれないので、第三段階以上は、こまめに表示すること、とある。
「ーーーー」
空を、見上げる。
やることは、決まっている。
ーーイオアニス。
彼と係わらず、家に、ーー帰れる。
嫌な予感を、振り払う。
前に進むために、空っぽにする。
「どれだけ、馬鹿なのよ」
浮かんできてしまったのは。
父様でもなく、母様でもなくーー。
「ーー第一段階」
言葉にした、刹那。
ぞっとした。
半分以上、持っていかれた。
体を支える気にならず、仰向けになる。
「見たくない……」
もう、嫌だ。
何で、あたしばっかり。
ーー結局。
縋らなければならない。
涙なんか、枯れてしまえばいいのに。
なのに、勝手に手が動いてーー。
「一五一三の内の、二一三……」
最後のページに、そんな数字があった。
ーー七冊分。
だいたい、それくらい。
正確に、計算する気にもならない。
ーー半年前なら。
どうかしら。
やってみる価値はあったかもしれない。
ーーたぶん、無理。
第一段階でこれなら、第二段階は、もっと酷いはず。
「ラクンさん……」
垂れ流されてしまった、泣き言の、代わりの言葉。
穿った、名前は。
際限なく、傷つけ。
ーー一日。
命の時間を、あたしは、無駄にしてしまうのだった。
炎神ですら、耳を塞ぎたくなるような絶叫。
沈降した精神を焦げつかせるように。
ーーまるで、残り火が、燃え移ったみたい。
あたしは、血に塗れた短剣を構える。
全身を炎で炙られたかのような熱に浮かされたまま、大鬼を睨み据える。
見上げる位置に、頭がある。
後頭部から溢れた、どす黒い血が全身を纏い。
禍々しい姿は、宛ら悪鬼のよう。
こんな魔物と戦っている、自分が、馬鹿馬鹿しく思えて、勝手に笑みが込み上げてくる。
「ブォオオォ!」
「キャギーッツ!」
オーガの右足に、二匹の母豚鬼が、左足に、三匹の爺豚鬼がしがみつく。
全員が、わかっている。
この好機を、逃してはならないと。
「ーーアっ!!」
あたしの不意打ちで、真面に声が出せなくなったオーガが、纏わりつく爺オークを振り払おうとする。
ーーさせない!
不用心に、正面から、あたしは突っ込む。
これまで、三回の攻撃、すべてに牽制を入れてきた。
ブラフとするには、物足りないけれど。
賭けに近い、突撃。
「やぁああぁぁーーっっ!!」
一本の、火矢となる。
間に合わない。
オーガの攻撃を止めることはできない。
ーーなら。
先に当てて、威力を弱める!
「プゥっ!!」
粘土に、突き立てるような感触。
首に刺さるが、ーー致命傷には至らない。
右足の、爺オークたちが吹き飛ばされたけれど、全員、軽傷のようで、すぐに立ち上がる。
「っ!」
ーー喀血。
泡っぽい性状の、生温かい液体を浴びながら、即断する。
ーーまだ、諦めていないのね。
オーガの、憎悪の炎。
呼応するように。
まただ。
また、溢れてくる。
ーー生き汚さでは、わたしも負けない!
ここ数日の、死んでいたような、肉体が、命に炙られる。
オーガの、鋼のような筋肉が隆起する。
抜けない短剣を、そのままに。
着地と同時に、転がって、逃れる。
「ーーッゥ!!」
ーー光栄ね。
転がりながら、確認する。
オーガは、あたしを、最大の敵と認識した。
母オーク二匹を右足にくっつけたまま、走っていたオーガの足がーー。
「アーッ!」
子オークが投げた、石が、オーガの頭に当たった。
それだけじゃない。
爺オークたちは、粗末な槍でオーガの背中を突き刺し、しがみついた母オークたちも、負けじと噛みつく。
オーガは、回転しながら、槍を振り払い、その勢いのままに、母オークを振り払う。
「ーーッ!!」
無言で、跳び上がった、あたし。
オーガと視線が絡まる。
憎悪を瞋恚で掻き消すかのように。
両手で抱え上げた、大きな石。
頭を手で隠されるけれど。
ーー残念。
あたしの狙いはっ、頭じゃない!
「せいっ!!」
あたしは、短剣の柄頭に、あらん限りの力で、大石を叩きつける。
「くっ!?」
全力でやったから。
バランスを崩して、地面に落っこちる。
柄頭が壊れたことまでは、わかったけれどーー。
「あ……」
突き飛ばされた。
ーー一瞬。
オーガに蹴り飛ばされたのかと、錯覚したけれど。
ーー違う!
あたしは、即座に、歯を食い縛って、立ち上がる。
「アーッ!」
あたしの前で、オーガ相手に、立ちはだかる、子オーク。
さっき、オーガに石を投げた子だ。
そう。
あの子が、オーガに襲われていて。
見た瞬間に。
無我夢中で、オーガの後頭部に、短剣を突き立てていた。
それから、どういうわけか、オークたちと一緒に戦っていた。
「ーーーー」
ーーたぶん、致命傷。
もう、助からない。
短剣は、刃の部分が見えないくらい、深く、ーーとても深く、食い込んでいる。
子オークの背中まで歩いていって、一緒にオーガを見上げる。
憎悪が消えて。
オーガは、そのまま、背中から倒れる。
「大丈夫よ」
あたしを止めようとする、子オークの目を見て、言ってから、オーガの頭上に回る。
「いくわね」
目を閉じる、オーガ。
あたしは、短剣に、大石をぶつける。
ーー良かった。
止めの刺し方なんてわからないけれど、オーガを絶命させることができた。
短剣の柄も壊れた。
「もう、駄目」
体力は残っていたけれど、気力がすり切れて。
ぺたんっ、とその場に座り込んでしまう。
「バァーア!」
横を見てみると。
何を言っているのか、もちろんわからなかったけれど、爺オークが笑っているのがわかったから、あたしも、にんまりと笑い返してあげる。
「あれ? あの子がいない?」
あたしが助けた、あたしを助けてくれた、子オークが、近くの粗末な小屋に入っていくところだった。
見回すと、幾つか家らしきものが壊れているけれど、この程度なら問題ないはず。
爺オークたちは、怪我したみたいだけれど、命に別状はない。
ーー安堵した、瞬間。
あたしは、立ち上がった。
足が動き出す前に。
子オークが、戻ってきてしまった。
「アーウ」
差し出してきたので、受け取ってしまった。
「……本?」
ーーお礼、なのかしら。
オークは、文字が読めないでしょうから、本を持っていても宝の持ち腐れ。
あたしが立ち去ろうとしていることが、わかっているのか、子オークが、ぽんっと両手で自分のお腹を叩く。
母オークたちや爺オークたちも、同じく、ぽんっ。
涙が、出てしまう前に。
あたしも、ぽんっと、お別れの挨拶をする。
それから、背を向けて。
見知った、オークの集落から、離れる。
「ーーっ!」
気づけば、走り出していた。
走れなくなるまで、走った。
足が止まって、座り込む。
ーーあたしは、何をやっているのかしら。
居ても立っても居られなかった。
「……ごめん、なさい」
あたしは、三匹のオークを殺した。
美味しいと、喜んで、食べた。
あのオークたちは、あの子の、父親かもしれない。
母オークの夫で、爺オークの息子かもしれない。
今頃、涙が出てくる。
ーーそんな資格、あたしにはないのに。
そんなことばかり、考えている。
ラクンさんと別れてから、死んだように、何も感じなかったのにーー。
力が抜けて、ぼとっ、と落ちる。
「……そうだったわね」
子オークから、もらった。
ーーえ?
「『魔法の手引書』?」
表紙に、古代期の文字で記されていた。
「それにしては、新しいわね」
少しだけ興味が惹かれて、捲ってみると。
ーー真っ白だった。
「な、何これ……?」
何だか、本にまで馬鹿にされているようで。
投げ捨てようとしたところで、青年の言葉を思い出した。
ラクンさんの、同行者の、不思議な魔法使い。
「魔力を籠めるーーだったかしら?」
意識して、やったことはない。
でも、そこまで難しくないような気がする。
ーー魔力を感知できるようになった、今のあたしなら。
「現代の文字?」
紙に、文字が浮かび上がる。
「えっと、何々? 『望む魔法を思い浮かべよ』?」
兎にも角にも、周辺を確認する。
危険はない。
急がなければいけない。
でも、一日中、歩き続けるのは、得策ではない。
「休憩と、割り切りましょう」
ほんと、人種って、どうしようもないわね。
こんなときだっていうのに、好奇心が抑え切れない。
「そうね。まずは、ーー『火球』」
一番、得意な魔法にする。
とはいえ、闘いながら呪文を唱えることはできないので、使い慣れている、のほうが正しいかもしれない。
「ーーこれは?」
魔力が、吸い取られる。
微量だけれど、魔法を使ったときと似ている。
「五ページ、文字が浮かび上がったわね」
びっしり。
文字と図解で埋まっている。
読み始めて。
止まらなくなった。
五ページ目、最後まで読んでから。
「ぷは~っ」
集中し過ぎて、呼吸が浅くなっていたので、盛大に息を吐く。
ーーな、何、なんなの、これ?
可愛い兎さんがいないかと、辺りを見回す。
ーーそうではなくて。
もう一度、深呼吸をする。
裏表紙を見るとーー。
「……ハビヒ・ツブルク」
ーー魔雄ハビヒ・ツブルクの、「魔法の手引書」。
どっと、疲れてしまった。
あたし。
呪われているのかしら?
「あっ!」
思いついてしまった。
兎にも角にも、事実やら真実やらは、後回し。
今は、衝動のままに、試してみることにする。
「清潔、か、洗浄? そうね、ーー『浄化』」
先程の、倍くらいの魔力が吸い取られる。
目を皿のようにして、読み取っていく。
清浄なるは
無上の喜び
「『浄化』」
淡い光が、あたしの肌を撫ぜると。
「……これ、とんでもないわね」
薄汚れ、血まで付着していた肌が、旅立ち前のーー素肌、と言える白さを取り戻していた。
ーー本当に、とんでもないのは。
この、手引書。
あたしが、ビュジエ家で見た、魔法書とは、段違い。
ーーそんな、生易しいものじゃない。
次元が、違う。
「こんなものが、世に出たらーー」
大半の人が、魔法を使えるようになる。
なってしまう。
ーーわからない。
そうなったら、世界は、どうなるのか、どれだけの影響力、波及力があるのか、想像がつかない。
「……とりあえず」
最後まで読んで、服を綺麗にする方法を探す。
「『浄化』」
魔法を使うと、淡い光が、服の表面を撫ぜていく。
「綺麗にはなったけれど、……ボロボロね。街に戻ったら、魔物に襲われたことにして、服を調達しましょう」
ーーこれで、ラクンさんに、本当のあたしを見てもらえる。
「……っ~」
羞恥心が、風の女神とダンスを踊って、あたしを悶えさせる。
少しだけ、浸ってから。
現状を、認識。
一瞬で、ーー冷える。
「始めましょう」
言葉を考える。
選んで、決める。
上手くいくかはわからないけれど、やらないという選択肢はない。
「『幻影』などの、幻ではなく、実際の、肌を弄って、姿を変える方法」
ーーえ?
魔力が吸い取られた。
「火球」と同じ量だけ。
ーーまさか、そんな簡単な魔法なの?
「ーー第二段階?」
魔法ではなく、これはーー。
説明文?
「えっと、つまり、この第二段階ーーまで完成させれば、いいということ?」
注意書きのようなものがあって、ーー減魔症になるかもしれないので、第三段階以上は、こまめに表示すること、とある。
「ーーーー」
空を、見上げる。
やることは、決まっている。
ーーイオアニス。
彼と係わらず、家に、ーー帰れる。
嫌な予感を、振り払う。
前に進むために、空っぽにする。
「どれだけ、馬鹿なのよ」
浮かんできてしまったのは。
父様でもなく、母様でもなくーー。
「ーー第一段階」
言葉にした、刹那。
ぞっとした。
半分以上、持っていかれた。
体を支える気にならず、仰向けになる。
「見たくない……」
もう、嫌だ。
何で、あたしばっかり。
ーー結局。
縋らなければならない。
涙なんか、枯れてしまえばいいのに。
なのに、勝手に手が動いてーー。
「一五一三の内の、二一三……」
最後のページに、そんな数字があった。
ーー七冊分。
だいたい、それくらい。
正確に、計算する気にもならない。
ーー半年前なら。
どうかしら。
やってみる価値はあったかもしれない。
ーーたぶん、無理。
第一段階でこれなら、第二段階は、もっと酷いはず。
「ラクンさん……」
垂れ流されてしまった、泣き言の、代わりの言葉。
穿った、名前は。
際限なく、傷つけ。
ーー一日。
命の時間を、あたしは、無駄にしてしまうのだった。
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恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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