竜の庵の聖語使い

風結

文字の大きさ
6 / 54
邂逅

領域  マルカルディルナーディの決断

しおりを挟む
 この環境はよくない。
 自分と似たような境遇の人種を見て、マルは思いました。
 マルはまだ、ここに来たばかりです。
 先ずは、周辺の調査から始めることに決めました。

「ティノは、竜が世界の魔力の調整役であろうことを知っておるか?」
「竜には何か役割があるーーと、『お爺さん』が言っていたような……?」
「ほうほう。それがわかろうだけでも大したものだ。だが竜というは、人種だけでなく『魔獣』である我ともまた時間の尺度が異なっていてな。魔力の調整をおこたることがあるのだ」

 自覚が欠けている少年。
 マルは、違和感しかありませんでした。
 でも今は、ティノの警戒を解くことを優先しないといけません。
 マルは自分の持つ知識を、惜しみなく提供することに決めました。

「多すぎる魔力は毒となる。竜が役割を負うておるとするなら、我ら魔獣は『摂理』であろうな」
「『摂理』、ですか?」
「ふむ。魔獣は、『魔力溜まり』に発生するのだ。その領域テリトリーは、人種や動物からすれば汚染地域に相当しよう。魔獣は、その汚染地域を領域とし、領域に立ち入られようことを極度に嫌う」
「……それって、魔獣は良い人、じゃなくて、良い獣ということですか?」
「そうとは言い切れぬな。我は追い払うだけだが、大抵の魔獣は、己が領域に入ろうものなら鏖殺おうさつしよう。汚染されし地域を正常にはするが、それをもって良い獣ということにはならぬであろう。それゆえに『摂理』と言うたのだ。魔獣の寿命は三千周期程度。魔力を使い切ったときが仕舞いのときだ」

 マルの言葉を理解しようと、一生懸命なティノ。
 そんな純朴そうな少年を見て、マルは違和感だけでなく、「場違い」という言葉まで浮かんできました。

 マルとティノが居る場所は、これまでマルの領域ではありませんでした。
 マルは自分から、この場所を領域にすると宣言したのです。
 それでは、マルがこれまで領域としていた場所は、どうなったのでしょう。

 ここまでのマルの話を聞いて、ティノはそうした矛盾に気づくことができませんでした。
 マルは、今度はティノ自身を魔力で探ってみましたが、「」以外は至って普通の人種でした。

「ティノはーー。何というか、普通であるな」
「……あはは、自覚はあります」
「そうさな、特徴と言わばーー。男であろうに、ずいぶんと『腑抜けた顔』をしておる」
「そこは、僕の所為じゃないと思います。きっと、顔も名前も知らない、僕の両親の所為でしょう」

 腑抜けた顔、が気に入っていないのか、即座に反駁はんばくしてきました。
 わかり易いにもほどがあります。
 そんな特別ではないティノを、マルは気に入りました。

 マルは獣ですので、人間とはだいぶ美的感覚が異なっています。
 そろそろ自分の容姿の「」に気づいたほうが良いのですが、ティノはまたもや機会をのがしてしまいました。

「悪うない。ティノよ、また我と語らおうぞ。次にうたときは、我に乗せてやろう」
「……それは嬉しいんですけど」
「む? 我が人種を乗せるなぞ、これまで無かったことだ。何が気に入らぬというのだ?」
「えっと、僕はと友達になりたいと思っています。だから、友達には、本当のことを言おうと思うんですけど、いいですか?」

 顔も体つきも、若干頼りなさが勝っているティノですが。
 揺るがない意志を、ティノの表情から見て取ることができます。

 他者との交流、という点では、圧倒的に経験値が足りていないマル。
 三千周期も生きてきたというのに、気後れしてしまいます。
 それでも、魔獣の沽券こけんを守る為に、何気ないふうを装って頷きました。

「ほうほう、友達同士となれば、確かに。構わぬ、忌憚きたんなくもうすが良い」

 内心の動揺で体の魔力が乱れるなど、何百周期ぶりでしょう。
 たしか、領域の上空を竜が低空飛行したとき以来です。

 マルの緊張を他所よそに。
 ティノは厳然たる事実を伝えました。

「臭い、です」
「ほ……?」
「獣臭が、酷いです。次までに、体を洗ってきてください」
「……わかった。次までに、『浄化』を体得しておこう」

 戦いの際は。
 気配を消す為に魔力を纏っていたので、臭いも遮断されていました。
 これまでマルは、自分の体臭など気にしたことはありませんでした。
 ついでに、水浴びをした記憶もありません。

 ティノは丁寧に頭を下げてから、去ってゆきました。
 周囲には、誰も居ません。
 マルは「結界」を張りました。

「オオオォォーーっっ!!」

 雄叫び。

 それから、精一杯生き抜いてきた、近くの樹木に八つ当たり。
 樹木を両断してから。
 地面に転がって、灌木を薙ぎ倒しながらジタバタ。

 誇りが傷ついた。
 マルはそんな風に思っていますが、そんな上等なものではありません。

「次は大丈夫! 次も大丈夫! まだ名誉汚名は可能! 挽回返上は可能!」

 大丈夫ではないようです。
 永い獣生で、これほどの恥辱は初めてです。

「くっく、かははっ!」

 腹の底から、笑いが込み上げてきました。
 楽しい、という感情。
 そんなものが自分にあることに、マルは驚きました。

 新鮮な、生き返るような情動。

「友達になりたい?」

 ティノはそう言っていました。

「楽しみだ!」

 マルは、後悔させてやりたくなりました。
 友達になったティノを、困らせてやりたくなりました。
 自分が素直な性格ではなかったことに初めて気づきましたが、マルは見て見ぬふりをしました。

「さても、これからティノはどうするのかの」

 普段の言葉遣いに戻ったマルは、去っていったティノの先にある「結界」に視線を向けました。
 魔力に汚染されていたティノ。
 汚染、そのものでありながら、汚染を浄化してゆく魔獣。
 マルと戦うことで、ティノの汚染の度合いが低まりました。

 ティノは「目覚め」ました。
 マルが「目覚め」させました。
 何という巡り合わせでしょう。

 領域に縛られなくなって、を求めていたというのに。
 あの場所で、朽ち果てたくなかったから。
 空っぽの何かを抱え、歩き続けてーー。

 マルは、見つけてしまいました。

「あの『結界』に『お爺さん』となると、ファルワール・ランティノールしかおらんの。『天を焦がす才能』とて、所詮しょせんは人種。なら、今のわしでも、対処は可能じゃろう」

 若返ったかのように、力がみなぎります。
 五百周期ぶりの、全力疾走。
 熱に浮かされたマルは、衝動のままに闇を疾駆してゆきました。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ

和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか

宮崎世絆
児童書・童話
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。 公爵家の長男レイルーク・アームストロングとして。 あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「僕って何かの主人公なのかな?」と困惑するレイルーク。 溺愛してくる両親や義姉に見守られ、心身ともに成長していくレイルーク。 アームストロング公爵の他に三つの公爵家があり、それぞれ才色兼備なご令嬢三人も素直で温厚篤実なレイルークに心奪われ、三人共々婚約を申し出る始末。 十五歳になり、高い魔力を持つ者のみが通える魔術学園に入学する事になったレイルーク。 しかし、その学園はかなり特殊な学園だった。 全員見た目を変えて通わなければならず、性格まで変わって入学する生徒もいるというのだ。 「みんな全然見た目が違うし、性格まで変えてるからもう誰が誰だか分からないな。……でも、学園生活にそんなの関係ないよね? せっかく転生してここまで頑張って来たんだし。正体がバレないように気をつけつつ、学園生活を思いっきり楽しむぞ!!」 果たしてレイルークは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?  そしてレイルークは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか? レイルークは誰の手(恋)をとるのか。 これはレイルークの半生を描いた成長物語。兼、恋愛物語である(多分) ⚠︎ この物語は『レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか』の主人公の性別を逆転した作品です。 物語進行は同じなのに、主人公が違うとどれ程内容が変わるのか? を検証したくて執筆しました。 『アラサーと高校生』の年齢差や性別による『性格のギャップ』を楽しんで頂けたらと思っております。 ただし、この作品は中高生向けに執筆しており、高学年向け児童書扱いです。なのでレティシアと違いまともな主人公です。 一部の登場人物も性別が逆転していますので、全く同じに物語が進行するか正直分かりません。 もしかしたら学園編からは全く違う内容になる……のか、ならない?(そもそも学園編まで書ける?!)のか……。 かなり見切り発車ですが、宜しくお願いします。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

処理中です...