竜の庵の聖語使い

風結

文字の大きさ
42 / 54
聖休と陰謀

空と竜の庵  追跡と「結界」と「魔毒者」

しおりを挟む
 ベズが直す。
 アリスは「竜化」し、盛大に「結界」をぶち壊しました。

 竜の咆哮。

 消し炭になったとしても持ち帰る。
 アリスは全身を駆け巡る衝動を世界へと放ちます。
 なぜ苛立っているのか。
 そんなことはもう関係ありません。
 アリスは対象を、「敵」と認識しました。

 ならば、あとは焼き尽くすのみ。
 ティノに疑われた。
 そんなことでどうにかなるほど、アリスは弱い存在ではありません。
 「最熱の炎竜」。
 降り頻る雨を蒸発させながら。
 熱く熱く、無尽の炎を燃料に、空を焦がします。

 空間を灼熱で彩る、爆炎の覇者が迫ります。
 「敵」は森。
 森の中を移動する魔力。
 あの移動速度は、人種のものではありません。

 「竜化」しないのであれば。
 肉体を損傷しただけでは、竜は死にません。
 炎の息吹ブレスを放つ。
 アリスがそう判断した瞬間、「敵」はジグザクに走り始めます。

 逃走を遅らせる、無駄な行為。
 そのはずでしたが。
 「敵」のその行為が、アリスの魂を穿ちます。

「ちっ!」

 「敵」が逃走する先に、街があります。
 危うく、街の住人を鏖殺おうさつしてしまうところでした。
 スグリに怒られる。
 少しだけ炎の勢いを弱まらせながら、アリスが街を感知するとーー。

 街の向こう側にーー風竜。

 ギリギリで感知できる、わずかな魔力。
 あえて正体を明かすということは。
 街の人々を、人質に取っているとの意思表示でしょうか。

「っ! しまっ……」

 風竜に気を取られている間に、「敵」の気配を見失ってしまいました。
 そして。
 「敵」を捜している間に、風竜の気配も喪失。

「『爆降フサッグァ』!!」

 雨を孕む、暗い空に向かい、方術を放ちます。
 「越境方術」ーーアリスが行使できる最強の方術。

 炎の属性だけでなく、他属性の領域に踏み込んだ方術。
 そうであるがゆえに。
 アリスを蝕みます。

 アリスの体内で軋む魔力。
 荒れ狂う衝動。
 まだ足りません。
 「敵」を逃がした。
 炎が炎で灼かれる前にーー。

「『爆降』!!」

 ズタズタに、灼熱に侵される空。
 曇天を焼き尽くし、太陽の光が降り注ぎます。

 語るのも馬鹿馬鹿しくなるほどの威力。
 ーー快晴。
 見える範囲に、雲はありません。

 何もない空に、ぽつりとアリスの巨体。
 光降り注ぐ、虚しい場所で。
 思いだしたかのように遣って来た夏の炎熱が、冷めやらぬ彼女の体を転がり落ちてゆきます。

 快晴の空に君臨する炎竜。
 長雨に苦しむ、「イオラングリディア僻地」の人々の目には、そう映りました。
 爾後じご、この地域には炎竜信仰が芽生え、アリスは「聖(晴)炎竜」ととなえられることになるのですが、それはまた別のお話。

 アリスは無言で引き返します。
 神経を掻き毟るような痛み。
 「越境方術」を二発も放ったのですから、当然です。
 魔力体をも傷つける、深刻な状態ですが。
 その痛みが、アリスの精神を支えます。

 「庵」まで戻ると、アリスが壊した箇所は修復されていました。
 イオリが壊した箇所はそのままです。
 そこから入ってこい、ということでしょう。

 「人化」したアリスが「結界」内に入ると、「穴」が修復されます。
 「庵」から、やや離れた場所に着地。
 「庵」に張った「結界」の周囲に木材が置いてあります。
 ティノはさっそく行動しているようです。

「何? ティノの手伝いでもしているのかしら?」
「まさか。私が手伝ったら、な家が建ってしまう。『庵』は、ティノ君が一人で造ることに意味があるのだろう」

 森の方角から歩いてきたベズ。
 まさか、こんなときに遺跡でも調べてきたのでしょうか。
 「敵」を逃がしたことと相俟ち、きつい口調でアリスは尋ねます。

「どこに行っていたのか、答えなさい」
「墓参りだ」
「墓参りーーということは、ランティノールの?」
「ああ、ランティノールの墓があることは、ティノ君から聞いていた。私は大陸中を巡ったことがある。おおよその位置は把握しているから、今回遣って来たというわけだ。ーーそれでは先ず、顛末てんまつを聞こうか」

 アリスが平静であったなら。
 ベズが話を逸らしたことに気づいたでしょうが、失敗を報告するように促され、再燃してしまいます。

「無事だった森まで焼けてしまう。『結界』くらい、自身で張ってくれ」
「『敵』は、森の中を疾駆。人種や獣の速度ではなかったわ」
「魔物の可能性はあれど、ほぼ『竜』と見て良いわけか」
「『敵』はジグザグに動き、前方に街があることを示唆。私が街を感知すると、街の向こう側に、ーーかすかに感じ取れるくらいの、風竜の魔力があったわ」
「……なるほど。誘導ーー意識を持っていかれたというわけか」

 ラスファルフィーレ。
 不運な風竜のことを思い、わずかに動揺したベズでしたが、この度もアリスは気づけません。
 間違いを正そうか迷いながら、ベズはアリスの話に耳を傾けます。

「ええ、風竜に気を取られている内に、『敵』をロスト。今度は、『敵』を捜している間に、風竜も。『庵』や『施設』が燃えるだけでは『逆気流現象バックドラフト』は起こらない。明らかに、これは罠。『敵』は罠を仕かけ、逃走も私たちに気取られるようにした」
「『敵』の計略の内。まんまと乗せられたというわけか。ただ、この遣り口に、街を利用したとなるとーー」

 ベズは言葉を切りました。
 アリスに言わせようとしている。
 たったそれだけのことで、アリスの炎が猛りますが。
 言葉ほのおを吐くことで耐えました。

「そうよ。この遣り口は、人種に特有のモノ。竜の遣り方ではないわ。『結界』の罠、あえて追跡させ、街の人々を人質に取る行動。自身が風竜ーー竜であることを、正体を明かしてきた。まるで挑発するかのように、揶揄からかうかのように」

 竜は。
 こんなまだるっこしいことはしません。
 ーー可能性。
 ティノは、四竜と出逢いました。
 そんな奇跡的な出逢いを果たした人種が、他に居ないとも限りません。

「今はそこまでで良いだろう。次は私から尋ねる。ティノ君と逢ったのは、エーレアリステシアゥナとマル殿、どちらが先だ?」
「何よ、藪から竜に」

 そう答えたアリスでしたが。
 ベズの真剣な眼差し。
 未だ解くことが敵わない、ランティノールの「結界」の秘密を打ち明けようとしているのだと察し、即座に言葉を継ぎました。

「私が逢う一日前に、ティノはマルっころと接触したわ。『結界』の外に、『魔物退治』をおこなっていたティノと遭遇。ティノが退かなかったから、マルっころが戦いを楽しんだみたいね」
「ーーそうか」

 そう言った切り、ベズは考え込んでしまいます。
 アリスはまったき炎竜。
 炎竜は、短気なことでも知られています。
 本来ならベズの考えが煮詰まるまで待つべきなのですが、れたアリスは彼をせっつきます。

「考えるのは、いつでもできるでしょう。先ずは、わかっていることだけ私に教えなさい」
「そうか。教えるにやぶさかではないが、ーーこれは、学園長を揶揄う必要があるようだ」
「ーーは?」
「一巡りもここに滞在しながら、『結界』の秘密もわからないとは。ーー幻滅したぞ、エーレアリステシアゥナ」
「魂まで焼くわよ」

 紙切れのように、「結界」が焼かれたので、ベズは「多重結界」を張り直しました。
 次から次へ、壊れてゆく「結界」。
 切りがないので、ベズは早々に、アリスを鎮火することにしました。

「事前に、『揶揄う』と言っておいただろう。短気も過ぎると、イオリに嗤われるぞ」
「時と場所を選びなさい。『越境方術』を二発も放って、今の私は駄々洩れなのよ。もう少し、気を遣いなさい」
「わかった。そこは謝ろう。『結界』だが、その内側にいる生物を、ああ、植物は影響を受けていないようだが、『汚染』する効果がある。イオリは竜ゆえ、『汚染』の影響は受けなかったようだ」
「『汚染』……ですって?」
「ああ、そうだ。ティノ君がマル殿と戦ったとき、マル殿が『汚染』を浄化したのだろう。竜にはむずかしくとも、魔獣なら容易。それゆえ、学園長は『汚染』を気取る機会を逸した」
「はぁ、ソレ。『エーレアリステシアゥナ』と『学園長』を使い分けるの、うざったいからやめなさい」

 そろそろ、アリスの精神も限界です。
 このままでは、またどこぞの竜をぶっ飛ばす為に、捜しに飛び立たないといけなくなります。

「了解した。これからは『学園長』で統一しよう」
「で。『汚染』って、ソレをやったのは当然、ランティノールなのよね?」
「意図せず、そうなってしまった可能性はあるが、ランティノールであればしくじるまい。そうなれば、ティノ君を『汚染』させることを目的に、いや、目的の一つとし、『結界』は張られたのだろう」
「で。その目的って何?」

 アリスの目が据わっています。
 聞き返すだけになってしまった炎竜。
 正直、ここから先のことを、ベズは話したくありませんでした。
 とはいえ、こんな状態のアリスを放置しておくことはできません。

 ほとほと困っていると、空から天啓、ではなく、「狼」が降ってきました。
 もっけの幸い。
 ベズは「結界」を操作しながら、魔狼ーーマルを招き入れました。

 「結界」の内側の惨状。
 二竜の前に降り立ったマルは、激しく牙をむきました。

「ーーエーレアリステシアゥナよ。これやどういうことだ!!」
「……だから、ティノもマルっころも、何で私に突っかかってくるのよ」

 アリスの炎が完全に鎮火。
 さすがにこのままでは可哀想なので、ベズはアリスを擁護ようごすることにしました。

「それだけ、学園長を信頼しているということだろう。ティノ君やマル殿のそれは、その裏返しだ」

 ズバリ言い当てられてしまったマルは。
 ベズの指摘を否定するかのように、「狼」から「仔犬」に縮小化。
 加工した木材を持ったティノが戻ってきたので、マルはベズの肩に移動しました。
 マルもまた、「庵」の建て直しはティノに任せると決めたようです。

「ティノ君。恐らく隣の村からだろうが、二人、遣って来る。この魔力の感じは、老人と若者。若者が老人を背負っているようだ」
「あら、ほんと。魔力に覚えがあるわ。老人は村長ね。若者のほうは、前に見たとき、現状に満足していない、不満を溜め込んだような顔をしていたわね」

 聞こえているのかいないのか、二竜の話を聞き、生気が欠けたティノが遣って来ます。
 ティノの元気の素は、今もお寝んね中。
 空気の重さでも感じているのか、ティノの視線は斜め下に。
 マルの存在にも気づいていないようです。

「ワンっ」
「あ、マル?」

 せっかく急いで戻ってきたというのに、気づいてもらえないのは嫌だったので、マルは吠えました。
 ティノの視線が上を向きます。
 ティノの肩に移動しようとしたマルですが。
 彼の顔を見て、後ろ脚から力を抜きました。

 そうこうしている内に、近づいてくる魔力を皆が捉えます。
 体力があるのか、若者は走っているようです。

「おおっ、ティノや、大丈夫かのう!」

 若者に背負われた村長は、ティノの姿を見るなり、大声で彼が無事か確認。
 そんな村長を見て、表情が緩んだティノでしたが。
 若者を見た瞬間、彼の顔から感情が抜け落ちました。

「村長。お久しぶりです。足は、悪化したんですか?」
「ほっほ、長く歩くのは無理じゃが、日常生活には問題がないでの。それよりも、これは何があったんじゃ?」

 ティノは、若者を無視し、地面に下りた村長と挨拶。
 見兼ねたアリスは、一歩前にでて、状況を説明することにしました。

「お久しぶりね、村長。私たちは今、二巡りの学園の休暇で、戻ってきているの。12日間の滞在の予定よ」

 12日間。
 どうやら、帰りもスグリの塒に寄って行くようです。
 やはり、何か気がかりがあるのか、アリスの言葉はティノに届いていません。

「この火災だけれど。少し大事になりそうだから、私たちに任せてちょうだい」
「じゃな。わしらではどうにもなりそうもないで、そこはアリス様にお任せいたします。あ、そうじゃった、アリス様。学園でティノが迷惑をかけておらんか心配でのう。ちょっと抜けておるが、ティノは良い子じゃて、これからも面倒を見てやってくだされ」
「心配いらないわ。こう見えて、ティノは学園では優秀なのよ。私の補佐もしてくれているし、十分にあげるわ」

 ある意味、保護者の会話に、ティノの感情が大きく揺らぎました。
 頃合い。
 見て取ったベズが、話を動かします。

「私は学園の教師で、ベズ・ランティノールと申します。ーーどうも、村長にはがある御様子。差し支えなければ、そちらのことから話していただきたい」
「ランティノール? ……と、そうじゃったそうじゃった、ティノだけじゃのうて、アリス様やベズ様までいてくださるとは、何という幸運。ーー実は、お話ししたい、というか、頼みたいことがありましてな。こちらのホルポスのことなのじゃが」

 村長はホルポスを紹介しましたが、彼は下を向いたまま、ぐっと歯を噛み締めています。
 すでに不幸が発生している。
 竜の感覚で、村長たちに何かがあることは察知していました。

 同時に、ホルポスの体を魔力で探ったベズは。
 たわいもない事態であることを理解しました。
 とはいえ、それは竜にとってはーーということ。
 人種からすれば、相当に面倒で厄介なことです。

「……俺は、『魔毒者』になった」

 ぽつりと、ホルポスが初めて口を開きます。
 死に等しい絶望を孕んだ、悲痛な声音。
 衝撃の告白ーーのはずでしたが。
 アリスとマルは言わずもがな、ティノも「感知」で見抜いていたので、誰も驚きませんでした。

 子供の頃も大きかったホルポスの体は、更に大きく、屈強と言える水準まで成長しました。
 ティノを苛めていた村の子供たち。
 その先頭に立っていたのが、ガキ大将のホルポス。

「ティノが旅立ってからのう、ときどき魔物の襲撃があったのじゃ。ランティノール様の『結界』のお陰で、強い魔物はおらんかったのじゃがな。ーー狩りの最中、ホルポスたちが襲われてのう、ホルポスが『魔毒』……魔物を氷で貫いたのじゃ。それで皆は助かったのじゃが……」
「先ず、口どめはしてあるのよね?」

 村長が言い切る前に、ぶっきら棒に確認を取るアリス。
 大人げない。
 「氷」と聞いただけで顔をしかめたアリスに、マルとベズは冷たい視線を向けました。

「うむ。狩りの仲間たちには、期限つきで口をつぐむように頼んでおいた。わしの息子夫婦には、嘘を言い、今は別のきょに移ってもらっておる。ホルポスは怪我をしたということで、わしの家におるのじゃがな。そう長くは持たぬじゃろう」

 村には、ロープではなく魔石が配置されています。
 魔石には、魔力を反発する性質が付与されていて、強い魔物は近づいてきません。
 ティノの仕事の一つが、この魔石への魔力補充でした。

 出発前、アリスが過剰に魔力を注いでおいたので、一周期は持ちます。
 魔物の襲撃が増えたのは、むろんティノが「魔物退治」をしなくなったからです。

「そう。それにしても、村長さんも剛毅な人ね。『魔毒者』と一緒にいるだけでなく、こうして『おんぶ』されてまで遣って来るなんて」
「ほっほ。わしはもう爺じゃからのう。『魔毒』に感染しようと、思い残すことはないのじゃがな。ーーホルポスは村の大事な若者じゃで、どうにかならんじゃろうか?」

 村長に尋ねられましたが、アリスもベズも答えませんでした。
 それは、ホルポス自身が頼んでいるわけではないからです。
 そうであるのなら。
 この問題に係わるのは、竜でも魔獣でもなく、ティノの役目。
 必要な欠片は揃ったと、皆はティノの判断を待つことにしました。

「ホルポス。先ず僕を見ろ」
「……ああ」

 ティノを見て、目を逸らしそうになったホルポスですが、何とか視線を彼に固定。
 以前より輝きを増したティノ。
 ホルポスのその行動を、ティノは完全に誤解してしまいます。

 ランティノールが亡くなったあと、しばらくしてからティノは村との係わりを減らしてゆきました。
 そうして一周期ぶりに会ったティノを見て。
 一段と容姿に磨きがかかった彼の姿に、ホルポスの魂が「もにゅもにゅ」してしまったのは秘密です。
 それ以後、ホルポスはティノを苛めるのをやめました。

 でも、ティノを無視することはできても、意識しないことは不可能でした。
 どれだけ忌避しようと、ティノは「特別」でした。
 どれだけ蔑もうと、「異物」のティノは、「聖域」に受け容れられるという成功をつかみ取りました。
 それに比べ、ホルポスはどうでしょう。

 寂れた村からでる。
 それがホルポスの夢、いえ、数少ない妥協した選択肢の一つでした。

 傭兵になる、そして、成功する。
 近隣の街にすら、二回しか行ったことのないホルポスが想像できるのは、この程度。
 自分は「特別」だと、そう信じる以外に、ティノに対する劣等感を吹き払う術はありませんでした。

 始まる前に終わりました。
 「特別」どころか「異物」の「魔毒者」。
 それに対してティノは。
 「聖域とくべつ」な中にいても、更に「特別」なーー「成功者」。
 ホルポスは、もうどうでも良くなってしまいました。

「ホルポス。約束しろ」
「……何をだ?」
「その力は、村を守る為だけに使え。約束できるのなら、『魔毒』が他人にうつらないようにしてやる」
「村を……?」

 もうすぐ。
 村長が庇い切れなくなれば、ホルポスは村を追いだされ、独りで生きてゆくことになります。
 森か山で、たった独り。
 漠然とし過ぎて、これまで考えることをやめていました。

 ーー村。
 つまらないと思っていた場所。
 自分を束縛し、「成功」を邪魔する存在。

 でも、本当にそうでしょうか。
 村を守れーーそう言われたとき。
 ホルポスの心に去来したのはーー。

「わかった。約束する。この命は、ーーを守る為に使う」

 ホルポスの思う「村」と、ティノの思う「村」が違うことはわかっていましたが。
 ホルポスは、正面からティノに誓いました。

「ベズ先生。何か、証しとなるようなものをお願いします」
「了解した。引き受けよう」

 頑是ない。
 苛められたことを未だ根に持っているティノを見て、マルとベズは内心で溜め息を吐きました。

 ベズは地面に手を突き、「聖語」を使うのが面倒だったので方術を行使しました。
 どうせ人種にはわからない。
 更に方術を立て続けに用い、土色の三つのリングを作製。

「この一つを腕に通してみなさい」
「あ、はい。え……、浮いてる?」
「ただのリングよりも、『不思議なリング』のほうが、周囲に対し、説得力が増すだろう。残り二つは予備だ。もし他に『魔力者』となった者がいたら渡しなさい。あとはティノ君が『聖語』を刻み、そのリングに封じの力を付与する」

 ティノは。
 ベズだけでなく、マルにも視線を向けていました。
 マルは。
 「魔毒者」の「魔毒」が他人にうつったりしないことを知っているので。
 結構乗り乗りで、鍛錬の成果を見せることにしました。

 ティノが両手を上にあげると、巨大な「聖語」による輪が出現。
 そこから「聖語」の光の線が延び、円蓋ドームを形成。
 空間内にも、「聖語」を核とした「聖語球」が規則的に飛び回り、幻想的な光景を作り上げます。

「ティ…ティノや……。『聖域テト・ラーナ』に行ってまた、ずいぶんと腕を上げたようじゃのう」

 村長の言葉に、ぷふーとマルの得意気な鼻息。
 もう面倒になったティノは、さっさと腕を振り下ろしました。
 「聖語」が収縮し、三つのリングに吸い込まれてゆきます。

「また会おう、ティノ」
「え? あー、まぁ、そうだね。人生で、あと一回くらい、会う機会があるかもしれないね」

 そんな捻くれたティノの言葉に。
 笑みを一つ溢してから、村長を背負ったホルポスは去ってゆきました。
 「庵」に来たときと異なり、彼の視線は真っ直ぐ、正面だけを見ています。

「あ、アリスさんは休んでいていいですよ。暇ならテーブルを直しておいてください」

 ホルポスの態度が気に入らなかったようで、ティノはアリスに八つ当たり。
 木材を調達しに、さっさと山に向かいます。

 「ふんっ、だ。良いわよ、良いわよ、除け者竜の私は、『施設』を確認してくるわ」

 ティノはアリスに甘えている。
 そうとわかっていても、心に余裕がない今のアリスには受け流すことはできません。
 子供っぽく頬を膨らませ、こちらもさっさと「施設」に向かってゆきました。

「学園にも『敵』の手が伸びるかもしれない。私はこれからすぐ、学園に戻るとしよう。ーーマル殿。もし竜の襲撃があったなら、学園長を盾に、ティノ君とイオリを連れ、学園に。異変となれば、魔竜王の助力も得られる可能性が高い」

 マルを撫でながら、ベズは方針を決します。
 それから。
 背中ではなく尻尾を押します。

 草臥れた炎竜。
 その背中を、放っておけないマル。

「マル殿。夜に、適度な大きさになり、ティノ君とイオリの寝床になることを勧める。学園長にはーー、尻尾くらい貸してやっても良いのではないか?」
「……わかったかの。わしは遺跡と、術具が残っていればそれを確認してこよう」
「術具?」
「エーレアリステシアゥナが、『原型の術具』ではないかと言うておった。わしは興味などないが、残っておると良いがの」

 ベズの肩から下りたマルは、ティノの背中を一瞥、森に向かって走ってゆきました。

 これからすぐ。

 ベズはマルに、そう言ってしまいました。
 ラスなど待たせておけば良いだけですが。
 竜が撫でられる、貴重な獣。
 マルの信頼を損ねるのは得策ではありません。

 「原型の術具」ーー研究の対象としては垂涎の品。
 あのときのアリスと同様に。
 ベズは泣く泣く、学園へーー目的地へと旅立って行ったのでした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ

和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか

宮崎世絆
児童書・童話
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。 公爵家の長男レイルーク・アームストロングとして。 あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「僕って何かの主人公なのかな?」と困惑するレイルーク。 溺愛してくる両親や義姉に見守られ、心身ともに成長していくレイルーク。 アームストロング公爵の他に三つの公爵家があり、それぞれ才色兼備なご令嬢三人も素直で温厚篤実なレイルークに心奪われ、三人共々婚約を申し出る始末。 十五歳になり、高い魔力を持つ者のみが通える魔術学園に入学する事になったレイルーク。 しかし、その学園はかなり特殊な学園だった。 全員見た目を変えて通わなければならず、性格まで変わって入学する生徒もいるというのだ。 「みんな全然見た目が違うし、性格まで変えてるからもう誰が誰だか分からないな。……でも、学園生活にそんなの関係ないよね? せっかく転生してここまで頑張って来たんだし。正体がバレないように気をつけつつ、学園生活を思いっきり楽しむぞ!!」 果たしてレイルークは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?  そしてレイルークは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか? レイルークは誰の手(恋)をとるのか。 これはレイルークの半生を描いた成長物語。兼、恋愛物語である(多分) ⚠︎ この物語は『レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか』の主人公の性別を逆転した作品です。 物語進行は同じなのに、主人公が違うとどれ程内容が変わるのか? を検証したくて執筆しました。 『アラサーと高校生』の年齢差や性別による『性格のギャップ』を楽しんで頂けたらと思っております。 ただし、この作品は中高生向けに執筆しており、高学年向け児童書扱いです。なのでレティシアと違いまともな主人公です。 一部の登場人物も性別が逆転していますので、全く同じに物語が進行するか正直分かりません。 もしかしたら学園編からは全く違う内容になる……のか、ならない?(そもそも学園編まで書ける?!)のか……。 かなり見切り発車ですが、宜しくお願いします。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

処理中です...