伯爵令嬢のアルバイト事情ー婚約者様が疑わしいですー

柚木

文字の大きさ
29 / 77
2章 アルバイト開始

5

しおりを挟む
 勧められた紅茶をひとくち含めば、ミントの味が広がる。
 リラックスすることが出来たので、この紅茶は香りもいいものだったから、高価なものかもしれないという考えまで浮かんでくる。
「そのペパーミントティー気に入ってくれた?」
「は、はい。とてもいい香りで、高価な物ではないのですか?」
「ふふふ、いい香りが全て高価な物だと思わないほうがいいわよ。淹れ方次第で、紅茶は香りと味が活かされる。覚えておいてね」
 オリヴィア様が優しく微笑む。先程、微笑まれたときにも、どこかで見たことがあると考えていたら、以前ユーゴと訪れた王立美術館で見たことがある「」に似ている。あの絵のモデル、ハミルトン家の女性だとユーゴは言っていたが、もしかして、目の前にいるオリヴィア様はハミルトン家の縁者なのではないだろうか。
 聞いていいのかわからないが、ここにいるのは私が伯爵令嬢と知っているアイリーン様とオリヴィア様だけだ。
 だが、油断してしまい他の者に聞かれれば、家名は名乗らずともそのうち伯爵家の者と知られてしまう。
「体調が戻ったらところで、そろそろ朝礼だから移動しましょうか。アイリーン、片づけを頼むわ」
「仕方ないですね。アンジュちゃん、また後でね」
 隣にいたはずのアイリーン様が立ち上がり、飲み終わると同時に片づけてくれる。
 その所作が、我が家の侍女にも劣らぬものだった。私はこれから、一連の所作を学ぶのかと思うと、緊張してしまう。
 一礼して、控え室から退出をする姿を眺めていると、考えてしまう。
 伯爵令嬢として、貴族の振る舞いは習ってきたが、誰かに給仕するということには慣れていない。自分に出来るのかと不安が襲う。その不安に気づかれたのか「最初は誰もが失敗しながら成長するの。だから、きっとあなたも出来るようになるから、何も心配はしないで」と。そう言われても、不安しかない。
「ほら、暗い顔はしないの。皆、あなたのことを歓迎しているのよ。レディ・アンジュ・グレアム」
「えっ」
 いきなり名前を呼ばれ、オリヴィア様の顔をまじまじと見ていると「きちんと挨拶したことがなかったから、挨拶するわね。私はオリヴィア・ハミルトン。ユーゴの姉に当たる者よ」と、言われるがハミルトン家に…ユーゴに姉がいると言うことは聞いていない。
 驚きすぎて、言葉にすることも出来ない。この驚きはジェード殿下とユーゴが血縁関係にあるということを知ったときと、同じ位の衝撃だ。
 ユーゴ自身、あまり家族のことを口にするようなことはしていなかったため、ひとり息子なのだと思っていた。もっと、家族のことなど話してくれてもよかったのに。胸の奥がチクリと痛む。
 それに、今までも私はハミルトン家に踏み入れたことは数回しかなく、殆どユーゴが家に来ることばかりだ。
 初めて知らされた姉の存在に戸惑ってしまう。
「あの…えっと、はじめまして。そのよろしくお願いします。お義姉様?」
「よろしくね。やっぱり、生意気な弟よりも素直な妹の方が数倍可愛い。なかなか、あなたに会わせてくれないから、会えてよかったわ。さあ、行きましょうか」
 手を掴まれ引かれる。その引かれ方が、昔迷子にならないようにと兄が差し出してくれた温もりに似ていた。
 きっと、ユーゴのお姉様だからなのだろうか。優しい瞳の色が、ユーゴにすごく似ている。
 彼女は知っているのだろうか。弟が婚約者以外の令嬢と、この店に通っているということ事実を。
 連れていかれた場所には、既に数十人がいる。上座と呼ばれる場には、もちろんグレン様がいた。手を引かれている私は、オリヴィア様に連れていかれグレン様の隣に立たされる。
 目立っているのか、視線が痛い。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

処理中です...