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第五章 精霊
(三)
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トゥレットの声は小さくて聞き取るのがやっとだ。
「この呪はね、彼が聖気に会ったら、本来なら休息期間で汚れを撥ねのけるはずの聖気に、汚れを与えてしまうようになるの。私に汚れを与えないかわりに。ああディレス、もう今は大丈夫なんだけど。そんなに下がらないでよ」
後退るディレスに笑いながら、ピリトは手招きする。
「トゥレットが来る前も、来た後も、風の精は他の汚れが入らないように、森を封じてくれていたの」
「ちょっと待て」
ディレスが口を挟む。
「どうして聖気の俺まで入れなかったんだ?」
ディレスの顔には怒気が露わだった。沸騰しそうな感情を受け止めて、ピリトはもう一度深く頭を下げる。
「ごめんね。でもディレスに会えば、私は力を得るために、否応なしにあなたの清さを吸ってしまったもの」
「そんなの別に構わねえよ。拒絶されたかと思ったんだよ⁉︎」
「でも私は、自分の過失のせいで、しかもその過失を埋めるために、ディレスを邪気に近付けるのは嫌だわ」
「友達のためなら邪気になることも厭わないよ。分かってるだろそんなこと!」
「分かっているからこそそれを避けたかったのよ! ディレスが良くったって私が嫌だって言っているの! 友達だからこそ嫌なのよ!」
ピリトの気迫に押され、ディレスは黙り込んだ。まだ何か言いたそうにはしていたが、ピリトを見つめたまま先を待っている。
「トゥレットはとても頑張ってくれたのだけれど、妙な勘違いをしたらしく」
「勘違い?」
トゥレットが眉根を寄せる。
「聖気と邪気の話もしたからね。人間のせいだからって思っていたのじゃない?」
「だって、そうだろ?」
ピリトをちらと見やる目の形が苦しげに歪む。そんなトゥレットをピリトがやんわり宥めた。
「何度も私の過失だって言ったじゃない」
穏やかで落ち着いた言葉をかけられたのに、トゥレットは瞳を険しくしたまま視線を落とした。
「人のせいだろ。俺たち人間は、自分たちのことばかり考えて。精霊に助けてもらってるのに、有頂天になって精霊を苦しめることにもなった。しかも普段、助けられている存在に汚れを与えるなんて……」
トゥレットの手が徒らに足元の草を握った。
「自分の邪な感情は天使に押し付けて、彼らを……他を犠牲にして生きて。自分たちの汚いものに自分で始末もつけずに。だからこんな形でしか償えないと思って……」
「おまえ、馬鹿だな」
容赦ない言葉で遮られて、トゥレットは顔を上げた。しかめ面で睨まれたディレスは構わず続ける。
「ピリトが自分の過失だって言ってる。その気持ちを受け取ってやれよ。それに、おまえたちは他を犠牲にしているだけではないだろう?」
「それだけだろう」
唇を突き出し、聞き分けのない子供みたいな返事だ。
「違うな」
ディレスはきっぱりと言い放つ。
「犠牲にしているだけじゃ生きられないよ。誰か別の人やものを助けてるから生きてるんだ。他のものを支えてやってるから、そっちも力をくれてるんだよ」
ちら、とディレスがララナを盗み見た。つんとしているけれど恥ずかしそうな顔だ。
何を思ったのか分かって、ララナはくすりとしてしまう。もうララナが無理やり引っ張ってこようとした時の情けない顔じゃない。
「それにね、トゥレット」
今度はピリトが、草色の瞳でトゥレットの顔を覗き込む。
「必要とされていなければ、それらは喜びを感じられないわ。私たちも、森も、風も、陽も、人もね。必要とされているから存在する。神様が命をお造りになり、そして神様がお造りになった私たちの力があってこそ、生きとし生けるものは存在している。そしてこのトティーナの町の人たちは、そのことを分かってくれている。だからお祭りがあるのではなくて?」
祭りはトティーナの由緒あるしきたり。ララナたちが知らない、ずっとずっと古い時代から、途切れなく続けられてきた。
それはきっと、自然の精たちと、人間たちとを繋いで。
「私たちは大切に思われていることが嬉しい。だから人に力を貸している」
過剰な犠牲や依存は良くない。でも、人は何かを犠牲にしたり、頼らないと生きられない。だから、何かに頼る代わりに、自分も必要な存在になろうとし、感謝もする。寒いときには木々を割った薪の暖炉に暖められ、お肉の煮込み料理が震える体をじわりとほぐす。暑い時には木陰が嬉しく、木からもいだみずみずしい果物が喉を潤す。一方で人々も、枯れそうな花には水をあげ、震えている鳥たちの巣箱を作る。嵐で倒れそうな木があれば支え、風邪をひいた子牛に毛布をかける。
人と人との関係も同じで、気になることで頭の中がぐるぐるし始めたら、友達や家族に聞いてもらったり、逆に泣きそうになっている子がいたら声をかけずにはいられない。
そういうことかな、とララナは季節ごとの植物や空模様を思い出し、そして色んな人たちの顔を頭に浮かべた。
「忘れてはならないのは、両者の気持ち。自分が犠牲にしてしまうものの尊さを知ること。そしてそれを使うことの意味を知ること。そして使わせてもらうことへの感謝の気持ち。それを大切だと思う心。それさえ、忘れていなければ」
森は、風は、陽は、きっと力をくれる。
「一人で全てを背負い込んじゃ駄目だな」
この世界には、温かい笑顔がある。それは万物に宿る精のもの、人のもの、聖気のもの、存在する全てが持つもの。それらの笑顔のために、全ては動く。
「トゥレット、頼りすぎはいけない。けれども支え合えればいいの。助けてもらったら助けてあげれば。この町の人たちにはそれができる。それを知っている。だから私たちは存在している」
ピリトの言葉は、流れていく水のよう。気持ちよくて、身を委ねたくなる心地よさ。かたくなになってしまった心も、自然とほぐしていく。
それを黙って聞いていたトゥレットは、ぽそりと呟いた。
「でも、全部取ってしまった聖花については、謝らせて」
「それじゃあ、人間の一人として、私もだわ」
トゥレットが頭を下げたのを見て、ララナも並んで頭を下げる。
「ごめんなさい」
声を揃えた二人を前に、ピリトは目を細めた。
「大丈夫だから顔を上げて。そうね、その気持ちは、しっかり受け取ったわ」
顔を上げてララナははにかんだ。トゥレットも、ようやく笑みを浮かべる。ディレスも笑っている。
「トゥレットにね、色々と運んでもらったの」
ピリトがまた話し出す。
「夜露を溜めた葉っぱとか、陽の光を浴びた花とか、少しでも清い力をためているものを沢山。でも、それだけだと足りないくらい力を使っちゃったのよね」
もしかして、とディレスが身を乗り出した。
「聖気の羽根も、か?」
ディレスの瞳を見つめたまま、ピリトは頷く。
「本当は、普段なら人には見えないのだけれど、見えるようにまじないをかけて。トゥレットにかけたまじないと同じで、このくらいならほとんど私の力を使わないし」
細い指が魔法をかける杖みたいに、クルクルと宙に円を描いた。
「そういうわけで、落ちているあなたの羽根を集めてきてもらったの。そうしたら、この通りよ」
さっきの光の原因だと説明されて、ララナは納得する。ディレスの背にあるのと同じ、輝かしい羽根が集まった光だったから、あんなに大きくなったのだろう。
「ディレスの聖気の力が発せられたのだから、すごい光だったでしょ? 見えた?」
ララナは大きく首を縦に振る。あんなに綺麗なものの力なのだから、きっとその威力も想像できないくらい大きいのだろう。ピリトだって、その力を受けたから復活できた。
「どうりで羽根が道に一つしか落ちてないはずだよ。焦った……」
「ディレスが頑張って仕事してくれたおかげもあるわね。沢山落ちていて良かったわ」
「でも、羽根が無くなっちゃったら浄化作用はどうなっちゃうかとか心配にならなかったんですか? ディレスは浄化したあと羽根がそこを守る期間がどのくらい長いのか、分からないって」
ララナは首を傾げた。なんでもないようにピリトが言う様子は、ディレスの慌てようとずいぶん違う。守護の力が切れたらとか、考えなかったのだろうか。
そう疑問をぶつけると、ピリトは朗らかに返した。
「今は祭りの休息期間でしょう。この期間のトティーナはね、人々が一年で一番、プラスの気を持つのよ。祭りが皆の祈りと感謝のしるしなのがその証拠。だから、祭りのこの時期なら大丈夫」
「大丈夫って、そんな簡単に言えるものなのか」
まだトゥレットは半信半疑のようである。しかしピリトの瞳は優しく和らいで、ディレスの翼にそっと触れた。
「言えるわ。この羽根がなくたって、トティーナの人たちは優しいもの。今、多少の喧嘩が起こったとしたら、それは祭りをちゃんと行おうと思うからでしょう。少し話し合いをすれば、喧嘩の後はとてもいいものができる。私たちはそれくらい人間を信頼できる」
それを信じて少しは人間自身の力に任せてあげないと、また下手に力をあげすぎちゃうから、とピリトは付け加える。
しばらく大人しく話を聞いていたディレスが、はあぁ、ととてつもなく長い息を吐いた。
「そういうことなら神様、先言ってくれ……何しろ、ホッとした」
大きな翼をだらりとさせて胸をなで下ろす。全てが明らかになってやっと力が抜けたようだ。その証拠に、ディレスはそのまま地面に寝転がってしまった。
「寿命、縮まる……」
「聖気に寿命は無いでしょう」
すぐさまピリトがからかった。そんな二人のやりとりを聞いて、トゥレットとララナは同時に吹き出した。
空には満天の星。地上には聖気と精霊の清らかな光。
今この瞬間、森の毎年の行事が、いつものように始まっているのだろう。瞬く星々を仰いで、ララナは伝説の一節を思い出していた。
トゥレットも同じ気持ちだったのかもしれない。二人で顔を見合わせ、同時に立ち上がる。そして揃ってディレスとピリトに向かい合った。
「じゃあ、私たちは帰ろうかな」
天使と精霊、二人だけの約束の時間は、二人だけのもののはずだ。
「毎年のことなんだろ。楽しんでくれよ」
笑いかけ、踵を返して森の入り口へ歩き出す。
「ララナ! トゥレット!」
少し行ったところで、明るい声が足を止めた。ディレスとピリトが手を振っている。
「ありがとう!」
離れた位置からでもわかる。顔に喜びが溢れていた。ララナもトゥレットも、感謝を伝えたいのは自分たちの方だった。
自分は誰かの力になることができた。それがこんなにも、胸を温かくする。
再会の挨拶はしない。多分、また会えるのだから。
「天使ー!」
いきなりトゥレットが叫び、おや、とディレスが首を傾げる。
「倒れてるときに助けなくてごめーん!」
返ってきた返事には、呆れ笑いが含まれていた。
「気にしてないぞ―!」
木霊する声に笑い返して、もう一度森の入り口に向かって、今度は走り出す。弾みをつければ、足は軽々動いてくれる。
ほんの数本、太い樫の木を通り過ぎた。するとトゥレットと並んで駆けるララナの背に、後ろからディレスの声が投げられる。
「ララナー! 聖気はな、嘘つかないんだぞー!」
いきなりなに、と思って振り返ると、ディレスが翼をピンと張って叫んでいた。
「正直になれよー! 『でも』も『だって』も、無しだからなー!」
一瞬、何のことだか意味が分からなかったが、思い至って苦笑がこぼれる。見透かされていたか、と思うと少し悔しい。
でも嬉しかったから、お礼のつもりで手を振り返す。
見送ってもらっているのが分かる。あえて後ろは見ないで走る。きっとまた会えると信じているから。
向こうも信じてくれていると思うから。
もう友達だから、相手も、自分も信じている。
森を抜けたら、月が見えた。少し欠けた、満月の一日前の月。
「この呪はね、彼が聖気に会ったら、本来なら休息期間で汚れを撥ねのけるはずの聖気に、汚れを与えてしまうようになるの。私に汚れを与えないかわりに。ああディレス、もう今は大丈夫なんだけど。そんなに下がらないでよ」
後退るディレスに笑いながら、ピリトは手招きする。
「トゥレットが来る前も、来た後も、風の精は他の汚れが入らないように、森を封じてくれていたの」
「ちょっと待て」
ディレスが口を挟む。
「どうして聖気の俺まで入れなかったんだ?」
ディレスの顔には怒気が露わだった。沸騰しそうな感情を受け止めて、ピリトはもう一度深く頭を下げる。
「ごめんね。でもディレスに会えば、私は力を得るために、否応なしにあなたの清さを吸ってしまったもの」
「そんなの別に構わねえよ。拒絶されたかと思ったんだよ⁉︎」
「でも私は、自分の過失のせいで、しかもその過失を埋めるために、ディレスを邪気に近付けるのは嫌だわ」
「友達のためなら邪気になることも厭わないよ。分かってるだろそんなこと!」
「分かっているからこそそれを避けたかったのよ! ディレスが良くったって私が嫌だって言っているの! 友達だからこそ嫌なのよ!」
ピリトの気迫に押され、ディレスは黙り込んだ。まだ何か言いたそうにはしていたが、ピリトを見つめたまま先を待っている。
「トゥレットはとても頑張ってくれたのだけれど、妙な勘違いをしたらしく」
「勘違い?」
トゥレットが眉根を寄せる。
「聖気と邪気の話もしたからね。人間のせいだからって思っていたのじゃない?」
「だって、そうだろ?」
ピリトをちらと見やる目の形が苦しげに歪む。そんなトゥレットをピリトがやんわり宥めた。
「何度も私の過失だって言ったじゃない」
穏やかで落ち着いた言葉をかけられたのに、トゥレットは瞳を険しくしたまま視線を落とした。
「人のせいだろ。俺たち人間は、自分たちのことばかり考えて。精霊に助けてもらってるのに、有頂天になって精霊を苦しめることにもなった。しかも普段、助けられている存在に汚れを与えるなんて……」
トゥレットの手が徒らに足元の草を握った。
「自分の邪な感情は天使に押し付けて、彼らを……他を犠牲にして生きて。自分たちの汚いものに自分で始末もつけずに。だからこんな形でしか償えないと思って……」
「おまえ、馬鹿だな」
容赦ない言葉で遮られて、トゥレットは顔を上げた。しかめ面で睨まれたディレスは構わず続ける。
「ピリトが自分の過失だって言ってる。その気持ちを受け取ってやれよ。それに、おまえたちは他を犠牲にしているだけではないだろう?」
「それだけだろう」
唇を突き出し、聞き分けのない子供みたいな返事だ。
「違うな」
ディレスはきっぱりと言い放つ。
「犠牲にしているだけじゃ生きられないよ。誰か別の人やものを助けてるから生きてるんだ。他のものを支えてやってるから、そっちも力をくれてるんだよ」
ちら、とディレスがララナを盗み見た。つんとしているけれど恥ずかしそうな顔だ。
何を思ったのか分かって、ララナはくすりとしてしまう。もうララナが無理やり引っ張ってこようとした時の情けない顔じゃない。
「それにね、トゥレット」
今度はピリトが、草色の瞳でトゥレットの顔を覗き込む。
「必要とされていなければ、それらは喜びを感じられないわ。私たちも、森も、風も、陽も、人もね。必要とされているから存在する。神様が命をお造りになり、そして神様がお造りになった私たちの力があってこそ、生きとし生けるものは存在している。そしてこのトティーナの町の人たちは、そのことを分かってくれている。だからお祭りがあるのではなくて?」
祭りはトティーナの由緒あるしきたり。ララナたちが知らない、ずっとずっと古い時代から、途切れなく続けられてきた。
それはきっと、自然の精たちと、人間たちとを繋いで。
「私たちは大切に思われていることが嬉しい。だから人に力を貸している」
過剰な犠牲や依存は良くない。でも、人は何かを犠牲にしたり、頼らないと生きられない。だから、何かに頼る代わりに、自分も必要な存在になろうとし、感謝もする。寒いときには木々を割った薪の暖炉に暖められ、お肉の煮込み料理が震える体をじわりとほぐす。暑い時には木陰が嬉しく、木からもいだみずみずしい果物が喉を潤す。一方で人々も、枯れそうな花には水をあげ、震えている鳥たちの巣箱を作る。嵐で倒れそうな木があれば支え、風邪をひいた子牛に毛布をかける。
人と人との関係も同じで、気になることで頭の中がぐるぐるし始めたら、友達や家族に聞いてもらったり、逆に泣きそうになっている子がいたら声をかけずにはいられない。
そういうことかな、とララナは季節ごとの植物や空模様を思い出し、そして色んな人たちの顔を頭に浮かべた。
「忘れてはならないのは、両者の気持ち。自分が犠牲にしてしまうものの尊さを知ること。そしてそれを使うことの意味を知ること。そして使わせてもらうことへの感謝の気持ち。それを大切だと思う心。それさえ、忘れていなければ」
森は、風は、陽は、きっと力をくれる。
「一人で全てを背負い込んじゃ駄目だな」
この世界には、温かい笑顔がある。それは万物に宿る精のもの、人のもの、聖気のもの、存在する全てが持つもの。それらの笑顔のために、全ては動く。
「トゥレット、頼りすぎはいけない。けれども支え合えればいいの。助けてもらったら助けてあげれば。この町の人たちにはそれができる。それを知っている。だから私たちは存在している」
ピリトの言葉は、流れていく水のよう。気持ちよくて、身を委ねたくなる心地よさ。かたくなになってしまった心も、自然とほぐしていく。
それを黙って聞いていたトゥレットは、ぽそりと呟いた。
「でも、全部取ってしまった聖花については、謝らせて」
「それじゃあ、人間の一人として、私もだわ」
トゥレットが頭を下げたのを見て、ララナも並んで頭を下げる。
「ごめんなさい」
声を揃えた二人を前に、ピリトは目を細めた。
「大丈夫だから顔を上げて。そうね、その気持ちは、しっかり受け取ったわ」
顔を上げてララナははにかんだ。トゥレットも、ようやく笑みを浮かべる。ディレスも笑っている。
「トゥレットにね、色々と運んでもらったの」
ピリトがまた話し出す。
「夜露を溜めた葉っぱとか、陽の光を浴びた花とか、少しでも清い力をためているものを沢山。でも、それだけだと足りないくらい力を使っちゃったのよね」
もしかして、とディレスが身を乗り出した。
「聖気の羽根も、か?」
ディレスの瞳を見つめたまま、ピリトは頷く。
「本当は、普段なら人には見えないのだけれど、見えるようにまじないをかけて。トゥレットにかけたまじないと同じで、このくらいならほとんど私の力を使わないし」
細い指が魔法をかける杖みたいに、クルクルと宙に円を描いた。
「そういうわけで、落ちているあなたの羽根を集めてきてもらったの。そうしたら、この通りよ」
さっきの光の原因だと説明されて、ララナは納得する。ディレスの背にあるのと同じ、輝かしい羽根が集まった光だったから、あんなに大きくなったのだろう。
「ディレスの聖気の力が発せられたのだから、すごい光だったでしょ? 見えた?」
ララナは大きく首を縦に振る。あんなに綺麗なものの力なのだから、きっとその威力も想像できないくらい大きいのだろう。ピリトだって、その力を受けたから復活できた。
「どうりで羽根が道に一つしか落ちてないはずだよ。焦った……」
「ディレスが頑張って仕事してくれたおかげもあるわね。沢山落ちていて良かったわ」
「でも、羽根が無くなっちゃったら浄化作用はどうなっちゃうかとか心配にならなかったんですか? ディレスは浄化したあと羽根がそこを守る期間がどのくらい長いのか、分からないって」
ララナは首を傾げた。なんでもないようにピリトが言う様子は、ディレスの慌てようとずいぶん違う。守護の力が切れたらとか、考えなかったのだろうか。
そう疑問をぶつけると、ピリトは朗らかに返した。
「今は祭りの休息期間でしょう。この期間のトティーナはね、人々が一年で一番、プラスの気を持つのよ。祭りが皆の祈りと感謝のしるしなのがその証拠。だから、祭りのこの時期なら大丈夫」
「大丈夫って、そんな簡単に言えるものなのか」
まだトゥレットは半信半疑のようである。しかしピリトの瞳は優しく和らいで、ディレスの翼にそっと触れた。
「言えるわ。この羽根がなくたって、トティーナの人たちは優しいもの。今、多少の喧嘩が起こったとしたら、それは祭りをちゃんと行おうと思うからでしょう。少し話し合いをすれば、喧嘩の後はとてもいいものができる。私たちはそれくらい人間を信頼できる」
それを信じて少しは人間自身の力に任せてあげないと、また下手に力をあげすぎちゃうから、とピリトは付け加える。
しばらく大人しく話を聞いていたディレスが、はあぁ、ととてつもなく長い息を吐いた。
「そういうことなら神様、先言ってくれ……何しろ、ホッとした」
大きな翼をだらりとさせて胸をなで下ろす。全てが明らかになってやっと力が抜けたようだ。その証拠に、ディレスはそのまま地面に寝転がってしまった。
「寿命、縮まる……」
「聖気に寿命は無いでしょう」
すぐさまピリトがからかった。そんな二人のやりとりを聞いて、トゥレットとララナは同時に吹き出した。
空には満天の星。地上には聖気と精霊の清らかな光。
今この瞬間、森の毎年の行事が、いつものように始まっているのだろう。瞬く星々を仰いで、ララナは伝説の一節を思い出していた。
トゥレットも同じ気持ちだったのかもしれない。二人で顔を見合わせ、同時に立ち上がる。そして揃ってディレスとピリトに向かい合った。
「じゃあ、私たちは帰ろうかな」
天使と精霊、二人だけの約束の時間は、二人だけのもののはずだ。
「毎年のことなんだろ。楽しんでくれよ」
笑いかけ、踵を返して森の入り口へ歩き出す。
「ララナ! トゥレット!」
少し行ったところで、明るい声が足を止めた。ディレスとピリトが手を振っている。
「ありがとう!」
離れた位置からでもわかる。顔に喜びが溢れていた。ララナもトゥレットも、感謝を伝えたいのは自分たちの方だった。
自分は誰かの力になることができた。それがこんなにも、胸を温かくする。
再会の挨拶はしない。多分、また会えるのだから。
「天使ー!」
いきなりトゥレットが叫び、おや、とディレスが首を傾げる。
「倒れてるときに助けなくてごめーん!」
返ってきた返事には、呆れ笑いが含まれていた。
「気にしてないぞ―!」
木霊する声に笑い返して、もう一度森の入り口に向かって、今度は走り出す。弾みをつければ、足は軽々動いてくれる。
ほんの数本、太い樫の木を通り過ぎた。するとトゥレットと並んで駆けるララナの背に、後ろからディレスの声が投げられる。
「ララナー! 聖気はな、嘘つかないんだぞー!」
いきなりなに、と思って振り返ると、ディレスが翼をピンと張って叫んでいた。
「正直になれよー! 『でも』も『だって』も、無しだからなー!」
一瞬、何のことだか意味が分からなかったが、思い至って苦笑がこぼれる。見透かされていたか、と思うと少し悔しい。
でも嬉しかったから、お礼のつもりで手を振り返す。
見送ってもらっているのが分かる。あえて後ろは見ないで走る。きっとまた会えると信じているから。
向こうも信じてくれていると思うから。
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