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第2章 席替えは運命(妄想)
第4話 隣の席が可愛すぎて、脳内が暴走した
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席替えは、だいたい運命だ。
――と、BLではよく言う。
隣の席になる。目が合う。ノートを覗き込む距離になる。
消しゴムが落ちる。拾う手が重なる。指先が触れる。心臓が跳ねる。
(はい、王道。始まるのは――だいたい“隣”)
担任が座席番号を読み上げるたび、教室がざわめいた。椅子の脚が床を擦り、鞄が持ち上がり、笑い声が飛ぶ。
俺も自分の新しい席に座った。
隣に、小鳥遊くんが来た。
近い距離を当たり前みたいに受け入れる顔をしている。悪気がないぶん、壁が薄い。
「朝倉くん、隣だね」
確認みたいな声。軽いのに、目だけはちゃんとこっちを見てくる。
「……よろしく」
「よろしく」
それだけで十分なはずなのに、頭の中が勝手に走り出す。
走っていい。漏らさなければ。
(落ち着け。楽しむのは脳内だけ。顔は平常。口は封印)
授業が始まった。黒板にチョークが走り、ノートに写す音が揃っていく。
ふと視線を上げた時、小鳥遊くんの前の席に神崎がいるのが見えた。
背が高くて、姿勢がいい。
その背中が、黒板の一部をちょうど隠している。
(……あ、これ)
見えないわけじゃない。見えづらい。
先生が式を書き足すたびに、俺は首を少しだけずらすことになる。
右へ、少し。
戻して、また少し。
その動きが続いたせいで、気づけば俺の身体は、隣の小鳥遊くんのほうへ寄る形になっていた。
小鳥遊くんが、ちらりと俺を見る。
小声が、机の上に落ちた。
「朝倉くん、どうしたの」
「……黒板、ちょっと見えづらくて」
「え、そうなの?」
小鳥遊くんが前を見る。神崎の背中、黒板。
それから小鳥遊くんは、気まずそうでもなく、ただ「ああ」と息を吐いた。
「神崎くん、大きいもんね」
言い方がさっぱりしていて、余計な含みがない。
俺は頷いて、またノートに戻ろうとする。
その時、前の神崎が、ほんの少しだけ身体を横にずらした。
黒板の見え方が、少し良くなる。
……聞こえてたのか。
気づいてやってくれたのか。
神崎は振り返らない。何も言わない。
でも、視界の端で“配慮”だけが動く。
(はい、“察して位置をずらす”――)
脳内が勝手にテンプレを立ち上げようとして、俺はすぐに噛み殺す。
(違う。そういうのじゃない。……ただいい奴なだけ)
それでも、こういうのは妄想の燃料になる。
なるけど、現実は勝手に綺麗な形にならない。ならないはずだ。
――と、思った矢先。
隣の小鳥遊くんが、小さく「あっ」と息を漏らした。
シャーペンの芯が折れたらしい。ペン先を覗き込み、困った顔をする。
(来た。ここで神崎が気づいて――)
妄想が勝手に加速する。
前を向いたまま、何も言わず、替え芯のケースだけが置かれる。
小鳥遊くんは顔を上げて、神崎の横顔を見て息を呑む。
(はい、“察して差し出す”攻め。王道。強い)
――ところが現実の小鳥遊くんは、俺のほうへ少しだけ顔を寄せた。
「朝倉くん、替え芯ある?」
そりゃそうだ。隣なんだから。
「ある」
俺は筆箱からケースを出して渡した。
小鳥遊くんが「ありがとう」と受け取る。指先が触れそうになって、ぎりぎりで避ける。
その避け方が自然すぎて、逆に腹が立つくらい現実だった。
(ほら。こういうもんだ)
小鳥遊くんは替え芯を入れ直して、すぐ授業の顔に戻る。
神崎も前を向いたまま、板書を追っている。
――それで終わり。
……のはずなのに、また小さな事件が落ちる。
小鳥遊くんの消しゴムが、ころん、と転がった。
机の端から落ちて、前のほうへ。神崎の足元あたりで止まる。
(はい。今度こそ“拾う手が重なる”)
妄想が勝手に走り出す。
小鳥遊くんが身を乗り出し、神崎も同時に屈む。指先が触れる。小鳥遊くんが固まる。
(……でも、現実では――)
小鳥遊くんは淡々と身体を伸ばし、自分で拾った。
誰の手にも触れない。何も起きない。
消しゴムは机に戻って、授業が続く。
なのに俺は、小鳥遊くんの横顔を“真剣に”見すぎている。
折れた芯の時の眉の動き。消しゴムを拾う時の肩の角度。神崎のほうを見たか見ないか。
(いけない。これ、顔に出る)
気づいた瞬間、背中の奥がひやりとした。
視線を感じる。
相沢朔。
席替えで離れたのに、俺の位置が見えるところにいる。
目が合う。ほんの一瞬。
朔の表情は変わらない。
でも目だけが硬い。音が消えたみたいに、静かに見ている。
俺が瞬きをした次の瞬間、朔は視線を逸らした。
逸らすまでに、一拍だけ間がある。
それから何事もなかったように、机へ視線を落とす。
(……なんだ。今の)
朔は世話焼きだ。
俺が雑で、朔が気づく。
それだけ。そういう関係。
そう整理して、俺はノートに意識を戻した。
黒板は相変わらず見えづらい時がある。
神崎が少しずらしてくれても、先生が書く位置が変わると、また隠れる。
俺は何度目かの首の動きのあと、つい息を吐いた。
その吐息を拾うみたいに、前の神崎が今度ははっきり身体を横へずらした。
黒板が、すっと開く。
神崎は振り返らない。
でも、聞こえている。気づいている。
数秒、板書が続く。
それでも先生が右端に文字を足した瞬間、また神崎の肩がかぶった。
俺が反射で身体を傾けた、その時。
神崎が、ふっと手を挙げた。
「先生。すみません」
チョークの音が止まる。
「どうした、神崎」
神崎は一度だけ黒板を指し、それから俺のほうをちらりと見た。
「朝倉が見えづらいみたいで。俺、背があるんで」
言い方が軽い。言い訳もしない。
“そういうこと”として、淡々と差し出してくる。
担任が「朝倉、そうか?」と聞く。
「……少し」
神崎が続けた。
「席、替わったほうが早いと思います。俺が後ろ行きます」
その瞬間だった。
「席、替わります」
朔の声が入った。
淡々としている。いつもの声。
なのに短くて、強い。
担任が朔を見る。
「相沢?」
「自分が神崎と席を交替します」
神崎は一拍も置かずに頷いた。
「いいのか? 相沢、助かる」
言い方が軽い。
なのに、朔はそれ以上何も返さない。
担任は「分かった」と手を振る。
「じゃあ神崎と相沢、席を交換。朝倉はそのまま」
椅子の脚が床を擦り、机が少し動く。
神崎が席を立ち、朔が前へ行く。教室の空気が数十秒だけざわついて、すぐ落ち着く。
配置が変わった。
朔が、俺の斜め前の席に座る。
神崎は一番後ろの席へ移った。
黒板が見える。
それだけのはずなのに、胸の奥が落ち着かない。
朔の背中が視界に入る。
表情は平常のまま、手だけが少しだけ速く動いている気がした。
(……世話焼き、通常運転だろ)
そう言い聞かせて、ノートを取る。
でも黒板を見るたび、視線の端に朔が入って、落ち着かない。
放課後。
小鳥遊くんが「相沢くん、ありがとう」と軽く言って、鞄をまとめる。
俺も片付けをしていると、背後に気配が近づいた。
「伊織」
朔の声。
さっきまで斜め前にいたはずなのに、急に近い。
「帰るぞ」
それだけ。
言葉はいつもと同じなのに、なぜか圧がある。
俺はその理由を探して、適当に決める。
(席、動いた分、疲れただけだろ)
教室を出る前に、小鳥遊くんへ小さく会釈した。
「じゃ」
「うん、またね。朝倉くん」
廊下に出ても朔は何も言わない。振り返らない。背中が、少しだけ硬い。
俺は心の中でだけ呟いた。
(……今日はなんか、落ち着かない)
妄想の中では運命が始まる。
でも息が詰まるのは、なぜか現実のほうだった。
――と、BLではよく言う。
隣の席になる。目が合う。ノートを覗き込む距離になる。
消しゴムが落ちる。拾う手が重なる。指先が触れる。心臓が跳ねる。
(はい、王道。始まるのは――だいたい“隣”)
担任が座席番号を読み上げるたび、教室がざわめいた。椅子の脚が床を擦り、鞄が持ち上がり、笑い声が飛ぶ。
俺も自分の新しい席に座った。
隣に、小鳥遊くんが来た。
近い距離を当たり前みたいに受け入れる顔をしている。悪気がないぶん、壁が薄い。
「朝倉くん、隣だね」
確認みたいな声。軽いのに、目だけはちゃんとこっちを見てくる。
「……よろしく」
「よろしく」
それだけで十分なはずなのに、頭の中が勝手に走り出す。
走っていい。漏らさなければ。
(落ち着け。楽しむのは脳内だけ。顔は平常。口は封印)
授業が始まった。黒板にチョークが走り、ノートに写す音が揃っていく。
ふと視線を上げた時、小鳥遊くんの前の席に神崎がいるのが見えた。
背が高くて、姿勢がいい。
その背中が、黒板の一部をちょうど隠している。
(……あ、これ)
見えないわけじゃない。見えづらい。
先生が式を書き足すたびに、俺は首を少しだけずらすことになる。
右へ、少し。
戻して、また少し。
その動きが続いたせいで、気づけば俺の身体は、隣の小鳥遊くんのほうへ寄る形になっていた。
小鳥遊くんが、ちらりと俺を見る。
小声が、机の上に落ちた。
「朝倉くん、どうしたの」
「……黒板、ちょっと見えづらくて」
「え、そうなの?」
小鳥遊くんが前を見る。神崎の背中、黒板。
それから小鳥遊くんは、気まずそうでもなく、ただ「ああ」と息を吐いた。
「神崎くん、大きいもんね」
言い方がさっぱりしていて、余計な含みがない。
俺は頷いて、またノートに戻ろうとする。
その時、前の神崎が、ほんの少しだけ身体を横にずらした。
黒板の見え方が、少し良くなる。
……聞こえてたのか。
気づいてやってくれたのか。
神崎は振り返らない。何も言わない。
でも、視界の端で“配慮”だけが動く。
(はい、“察して位置をずらす”――)
脳内が勝手にテンプレを立ち上げようとして、俺はすぐに噛み殺す。
(違う。そういうのじゃない。……ただいい奴なだけ)
それでも、こういうのは妄想の燃料になる。
なるけど、現実は勝手に綺麗な形にならない。ならないはずだ。
――と、思った矢先。
隣の小鳥遊くんが、小さく「あっ」と息を漏らした。
シャーペンの芯が折れたらしい。ペン先を覗き込み、困った顔をする。
(来た。ここで神崎が気づいて――)
妄想が勝手に加速する。
前を向いたまま、何も言わず、替え芯のケースだけが置かれる。
小鳥遊くんは顔を上げて、神崎の横顔を見て息を呑む。
(はい、“察して差し出す”攻め。王道。強い)
――ところが現実の小鳥遊くんは、俺のほうへ少しだけ顔を寄せた。
「朝倉くん、替え芯ある?」
そりゃそうだ。隣なんだから。
「ある」
俺は筆箱からケースを出して渡した。
小鳥遊くんが「ありがとう」と受け取る。指先が触れそうになって、ぎりぎりで避ける。
その避け方が自然すぎて、逆に腹が立つくらい現実だった。
(ほら。こういうもんだ)
小鳥遊くんは替え芯を入れ直して、すぐ授業の顔に戻る。
神崎も前を向いたまま、板書を追っている。
――それで終わり。
……のはずなのに、また小さな事件が落ちる。
小鳥遊くんの消しゴムが、ころん、と転がった。
机の端から落ちて、前のほうへ。神崎の足元あたりで止まる。
(はい。今度こそ“拾う手が重なる”)
妄想が勝手に走り出す。
小鳥遊くんが身を乗り出し、神崎も同時に屈む。指先が触れる。小鳥遊くんが固まる。
(……でも、現実では――)
小鳥遊くんは淡々と身体を伸ばし、自分で拾った。
誰の手にも触れない。何も起きない。
消しゴムは机に戻って、授業が続く。
なのに俺は、小鳥遊くんの横顔を“真剣に”見すぎている。
折れた芯の時の眉の動き。消しゴムを拾う時の肩の角度。神崎のほうを見たか見ないか。
(いけない。これ、顔に出る)
気づいた瞬間、背中の奥がひやりとした。
視線を感じる。
相沢朔。
席替えで離れたのに、俺の位置が見えるところにいる。
目が合う。ほんの一瞬。
朔の表情は変わらない。
でも目だけが硬い。音が消えたみたいに、静かに見ている。
俺が瞬きをした次の瞬間、朔は視線を逸らした。
逸らすまでに、一拍だけ間がある。
それから何事もなかったように、机へ視線を落とす。
(……なんだ。今の)
朔は世話焼きだ。
俺が雑で、朔が気づく。
それだけ。そういう関係。
そう整理して、俺はノートに意識を戻した。
黒板は相変わらず見えづらい時がある。
神崎が少しずらしてくれても、先生が書く位置が変わると、また隠れる。
俺は何度目かの首の動きのあと、つい息を吐いた。
その吐息を拾うみたいに、前の神崎が今度ははっきり身体を横へずらした。
黒板が、すっと開く。
神崎は振り返らない。
でも、聞こえている。気づいている。
数秒、板書が続く。
それでも先生が右端に文字を足した瞬間、また神崎の肩がかぶった。
俺が反射で身体を傾けた、その時。
神崎が、ふっと手を挙げた。
「先生。すみません」
チョークの音が止まる。
「どうした、神崎」
神崎は一度だけ黒板を指し、それから俺のほうをちらりと見た。
「朝倉が見えづらいみたいで。俺、背があるんで」
言い方が軽い。言い訳もしない。
“そういうこと”として、淡々と差し出してくる。
担任が「朝倉、そうか?」と聞く。
「……少し」
神崎が続けた。
「席、替わったほうが早いと思います。俺が後ろ行きます」
その瞬間だった。
「席、替わります」
朔の声が入った。
淡々としている。いつもの声。
なのに短くて、強い。
担任が朔を見る。
「相沢?」
「自分が神崎と席を交替します」
神崎は一拍も置かずに頷いた。
「いいのか? 相沢、助かる」
言い方が軽い。
なのに、朔はそれ以上何も返さない。
担任は「分かった」と手を振る。
「じゃあ神崎と相沢、席を交換。朝倉はそのまま」
椅子の脚が床を擦り、机が少し動く。
神崎が席を立ち、朔が前へ行く。教室の空気が数十秒だけざわついて、すぐ落ち着く。
配置が変わった。
朔が、俺の斜め前の席に座る。
神崎は一番後ろの席へ移った。
黒板が見える。
それだけのはずなのに、胸の奥が落ち着かない。
朔の背中が視界に入る。
表情は平常のまま、手だけが少しだけ速く動いている気がした。
(……世話焼き、通常運転だろ)
そう言い聞かせて、ノートを取る。
でも黒板を見るたび、視線の端に朔が入って、落ち着かない。
放課後。
小鳥遊くんが「相沢くん、ありがとう」と軽く言って、鞄をまとめる。
俺も片付けをしていると、背後に気配が近づいた。
「伊織」
朔の声。
さっきまで斜め前にいたはずなのに、急に近い。
「帰るぞ」
それだけ。
言葉はいつもと同じなのに、なぜか圧がある。
俺はその理由を探して、適当に決める。
(席、動いた分、疲れただけだろ)
教室を出る前に、小鳥遊くんへ小さく会釈した。
「じゃ」
「うん、またね。朝倉くん」
廊下に出ても朔は何も言わない。振り返らない。背中が、少しだけ硬い。
俺は心の中でだけ呟いた。
(……今日はなんか、落ち着かない)
妄想の中では運命が始まる。
でも息が詰まるのは、なぜか現実のほうだった。
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