歌舞伎町のかさぶたホームレス

ゆずまる

文字の大きさ
3 / 25

3.古傷

しおりを挟む
「ひぃっ!」

思わず身構えたが、目の前の青年は声のトーンも表情も昨日より幾分か落ち着いているようだった。比較的話が通じそうな状況に少し警戒心が薄れる。
今日は連れの先輩二人はいないようだ。

「あー……昨日は金持ったまま逃げて悪かったよ。でももう使いきっちゃってスッカラカン!今さら返してって言われても」
「探しましたよ。さぁ、一緒に帰りましょう。暖かい布団もお風呂も用意してありますよ」

あ、やっぱ駄目だ話通じないわ。
てっきり金を取り返しに来たものだと思っていたのに、兄ちゃんは俺の言葉を遮り無理矢理手を引いて立ち上がらせようとしてきた。

「帰るも何も、おじさんここがマイホームよ。兄ちゃんまた酔ってるでしょ~」
「酔ってません」

確かに兄ちゃんからは、昨日のように酒の匂いはしなかった。
嘘だろ、この子素面でホームレスに絡んでるの?

「帰りますよ、カツキさん」
「いや行かないって!」

というより。

「さっきからカツキサンカツキサンって、誰よそれ」

昨日から当然のように俺をその名で呼んでくるけど、俺にそんな名前の知り合いはいない。

「誰と勘違いしてるか知らないけど、おじさんの名前はカツキサンじゃありません」
「いいえ、貴方はカツキさんです」
「だから誰よそれ!」
「貴方のことですよ」

意味のない応戦を繰り返したところで、兄ちゃんは俺を頑なに『カツキさん』と呼ぶばかりで話は進まない。こうしている間にもぐいぐいと手を引っ張られて連れ去られそうになっている。

「詳しい説明は部屋でしますから。帰らないというのなら、どんな手を使ってでも貴方を連れていく」

どんな手って、マジでどんな手よ?
ホームレスを五万で買い取り財布をぶちまけた挙げ句びしょ濡れ全裸ハグまでかましたイカれ野郎のことだ、一般常識なんて通用しないだろう。
それに窃盗の前科ができてしまった以上、ここで断って逃げようものなら最終的に警察を使ってでも地の果てまで追いかけて来そうだ。

「……あ~わかったわかった、とりあえずついていくよ。けど話が終わったらとっとと解放してね」

こうして折れた俺は、二度と来ないだろうと思っていたマンションの一室に再び舞い戻って来ることになったのだった。

◇◇◇

「昨日はその、取り乱してすみませんでした」

部屋に入ってリビングに通されるなり、兄ちゃんは深々と頭を下げた。
昨日と違ってまともそうな様子に拍子抜けする。

「や、謝られても……どっちかってーと悪いのはおじさんの方だし……?」

あんだけ酷い目に合わされたのに、ついつられて頭を下げてしまった。俺だって食料漁って金盗んだ挙げ句全裸の兄ちゃんを放置して逃げた訳だし。

「いいえ、貴方が謝る必要はありませんよ」

兄ちゃんはそう言いながらソファに腰掛けると、隣に座るよう促された。昨日の経験から迂闊に近付くには危険だと感じ、テーブルを挟んで向かいの位置に恐る恐る胡座をかく。
彼はそんな俺の態度を気にかけることも無く話を続けた。

「昨日路地裏で見かけた貴方があまりにも、僕の初恋の人と……カツキさんと似ていたので。ついなりふり構わず声を掛けてしまったんです」

なるほど、これで謎は一つ解けた。
カツキさんとは何者なのか。道理で心当たりが無い訳だ。要するにただのそっくりさんで俺には何の関係もない人物だったのだから。
でも、それと俺が今日部屋に連れ込まれたことがどう繋がるんだろう。

「へえぇ、俺と似てるってことはカツキさんってよっぽどいい男なんだね!」
「カツキさんと初めて出会ったのは僕が中学生の頃でした。彼は父の学生時代からの旧友で、顔を合わせる度に実の息子のように可愛がって貰いました。カツキさんは優しくて、頼りがいがあって……」

兄ちゃんは俺の言葉を華麗にスルーして、勝手にカツキさんとの思い出をぺらぺらと話し始めた。
特に興味もないから適当に相槌をうつ。

「僕が高校受験に受かった時なんか、父よりも喜んでくれて嬉しかったなぁ。カツキさん、年下がタイプだって聞いたから僕にも脈があるんじゃないかって舞い上がったりして……」

彼の話は、まだ恋というものをよく知らない学生の初恋エピソードとしてはそう珍しくもない話だった。子供の頃に出会った大人が、同級生より余裕があって格好よく見えるのはよくあることだ。
相手が同性ということを除けば、だけど。

『カツキさん』って名前も、俺に似てるってことからも、この兄ちゃんはゲイなのだろう。
俺も同じだけど、俺にはこんな淡い初恋の思い出なんてない。初めての相手なんてそれはもう最低最悪のクソ野郎で……っと、今俺の話はいいか。

「で、実際そのカツキさんとはどうなったの?」
「結局最後まで気持ちを伝えられないまま……ご結婚されました。年下の女性と」

あ~、それは辛かったなぁ。
さっきまでイカれ野郎だと罵っていたにも関わらず、つい同情してしまった。
要するにカツキさんはノンケで、どうあがいても兄ちゃんの初恋が実ることは無かったってことだ。

何にせよ俺の容姿が兄ちゃんの古傷を開いてしまったようだ。可哀想に、学生時代の傷を大人になった今でも引き摺っているなんて。そりゃ酔ってる時によく似た顔の人を見かけたら声も掛けたくなるわな。
まぁ、流石に昨日の暴走っぷりは目に余るけどね。

「ちなみにカツキさんが結婚したのって、何年前の話よ」
「一昨日です」

ふーん、一昨日ねぇ。

「…………んっ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜

中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」 大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。 しかも、現役大学生である。 「え、あの子で大丈夫なんか……?」 幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。 ――誰もが気づかないうちに。 専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。 「命に代えても、お守りします」 そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。 そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める―― 「僕、舐められるの得意やねん」 敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。 その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。 それは忠誠か、それとも―― そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。 「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」 最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。 極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。 これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

俺の婚約者は小さな王子さま?!

大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」 そう言い放ったのはこの国の王子さま?! 同性婚の認められるパミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。 今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。 「年の差12歳なんてありえない!」 初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。 頑張り屋のアルミス王子と、諦め系自由人のカイルアが織り成す救済BL

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...