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15.決行の朝

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「ん゛ん…………」

カツキさんに会いに行こう大作戦決行の朝。
ご覧の通り体調は最悪だ。
抱き締められて身体はバキバキ、便所の度に付きまとわれてろくに眠れやしなかった。

それでもなんとか昨日より早く起きれたのは、作戦決行の為絶対に寝過ごすわけにはいかないという意地があったからだ。
未だに痛む腰を擦りながら、自身の肉体の為に一刻も早くここを出てやるんだと決意を固めた。

「おはようございますカツキさん。今日は随分と早いですね」
「……おはよ……」

とはいえ、流石に早起きしすぎた。今が何時かはわからないが、昨日は居なかったジロちゃんに挨拶されてまだ彼が出勤する前の時間だと理解する。
カーテンの隙間から降り注ぐ朝日に目をショボショボさせながら寝起きのガラガラ声で返事をすると、ジロちゃんからグラスに入った何かを手渡された。

「ミネラルウォーターです。よかったらどうぞ」

ペットボトルからわざわざ注いでくれたのだろうか。冷たすぎないそれを喉を鳴らしながら飲み込むと、喉が潤って声の調子が良くなった。

「ぷはぁ~……どーも」
「どういたしまして」

全身に新鮮な水が流れ込んだことで眠っていた身体の機能が徐々に目覚め始める。
確かに寝起きに水を飲むと良いってどこかで聞いたことあるけど、流石金持ちというか、こういうちょっとした行為に生活水準の差を感じてしまう。
所詮水なんてどれも同じだって思ってたけど、路地裏で啜っていたバケツに溜まった雨水とは臭いも味も天と地の差だ。ちゃんとした水ってウマイんだなぁ。知らなかった。

「今日は仕事終わりにジムに寄るので遅くなります。食事は昨日の内に三食分買って冷蔵庫に入れておいたので食べてくださいね」

俺がミネラルウォーターの旨さに感動している間にジロちゃんはささっと身支度を済ませていた。スマートな動きでネクタイを締めると、俺の手から空になったコップを回収する。
ジム?あぁ、前に通ってるって言ってたなぁ。

「へぇ。まだ続けてたんだ」

ジロちゃんが身体を鍛え始めたのはカツキさんに体型をからかわれたのがきっかけだと言っていた。
だからカツキさんが結婚したことでてっきりジムは辞めたものだと思ってたけど。

「はい。カツキさんに格好いいと、誉められたので」
「ふぅん」

通勤用の鞄とは別のリュックにトレーニング用のウェアやタオルを詰めながら、ジロちゃんは少し照れたように笑った。
深く考えず「よかったね」と呟いて、しばらくしてから気付く。

格好いいって言ったの俺じゃん。

うわぁ何やってんだ俺!好感度上げてどうするんだよ!確かに一昨日は可哀想だなぁとかちょっと同情して言っちゃったけど、そんな真正面から受け取られるとは思ってなかったよ!

意気揚々と支度を進めるジロちゃんの背中を見つめながら、今後の彼との接し方について再び頭を悩ませることになった。

何気ない一言でますます彼の症状を悪化させちゃったなぁ。
この部屋の中では、俺の一言一句全てが最愛の人からの言葉として受け取られる。下手に誉めたり好感度を上げるようなことを言うとジロちゃんは俺への依存度が高まる一方だ。

だからと言って急に突き放すと、それはそれで危ない気がする。相手は失恋のショックでそこら辺のホームレスを連れ帰り部屋に閉じ込め、フェラを強要してきた危険人物だ。拒絶すれば一昨日の焦らしプレイ以上に何をしでかすかわからない。
もっと言葉選びには慎重にならないと。

それはそうとして、これはチャンスかもしれない。今日は帰りが遅くなるということは、その分自由時間も長くなるということだ。

◇◇◇

「それじゃあいってきます。あまり遅くなりすぎないようにするので待っていて下さいね」
「うんうん、いってらっしゃぁい」

ひらひらと手を振って彼を見送った。
扉が閉まるのと同時に深呼吸し、部屋に向き直る。

「……おっし!やるか!」

朝食を爆速で流し込み、すぐさま支度に取り掛かる。

実は昨日昼寝する前に、腰の痛みに耐えながら可能な限りあらゆる場所を探索していたのだ。

モサモサの髪を昨日の牛すき弁当に使われていた輪ゴムでひとくくりにして、引き出しから偶然見つけたマスクと帽子を身に付けた。不審者感は拭えないがここ数日毎日風呂に入っているお陰か以前より不潔さは無くなった気がする。

服装は貰ったスウェットのままだけど、下手にジロちゃんの服を借りるよりは俺の外見にも馴染んで目立たないだろうからまあいいだろう。この服だって素材からして高いものだろうし、この格好で多少外をうろついても大丈夫そうだ。

ともあれこれで、お忍びスタイルの完成だ。
昨晩急遽決めたコーディネートにしては上出来だろう。

今日の作戦の目的はただ一つ。ジロちゃんにバレないよう彼の職場に接近し、本物のカツキさんを確認してすみやかに帰宅することだ。

ズボンのポケットには、朝ジロちゃんが用を足している間に鞄からかっぱらった五千円札が一枚入っている。またしても窃盗の罪を重ねてしまったが背に腹はかえられない。

愛用していたボロサンダルはいつの間にか処分されてしまったから、サイズは合わないが彼がジム用に履いているであろう予備の靴を拝借した。

「さぁて、行きますかぁ!」

これで準備は整った。
いざ行かん、ジロちゃんの職場へ!

そうして俺は数日ぶりに、外へと続く扉に手を掛けたのであった。



──数時間後、俺はこの日の行動を深く後悔することになる。目の前の単純な問題すら見落とす程、とにかく作戦を成功させることで頭がいっぱいだったのだ。

背後から聞こえるオートロックの音に、気が回らない程に。

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