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23. おともだち
しおりを挟む「こんにちは。はじめまして、カナちゃん」
「こんにちは……」
マンションの駐車場に着くと、荷物を運ぶ為に待っていてくれた勇太が、笑顔で私達を出迎える。
けれど、車から降りるなり目の前に現れた勇太に驚いたカナちゃんは、私の後ろにサッと隠れるようにした。それでも顔だけぴょこっと出してはチラチラと盗み見している。
「カナちゃん、さっき話してた『勇太』だよ」
「ゆうちゃ……」
事前に勇太と話し合って、カナちゃんには『勇太』と呼んでもらうと決めていた。
私は『勇太くん』でもいいんじゃないと言ったけれど、「どうせ私が普段は『勇太』と呼んでいるし、同じ呼び名の方がカナちゃんが覚えやすくて良いだろう」と勇太が言ったのだ。
確かにまだ何を話すも舌足らず気味のカナちゃんには、それで良かったかも知れないと思う。
「勇太は私のお友達なんだよ。これからはカナちゃんのお友達にもなりたいんだって」
「おともだち、なりたい!」
結局、マンションの部屋に着いて荷解きを終える頃には、勇太とカナちゃんはあっという間に仲良しになってしまった。
どうやら勇太がカナちゃんの為に準備したあの品々が、遺憾なく効果を発揮したようだ。
「ゆうちゃ、もっと読んで!」
「いいよ、じゃあカナちゃんも一緒に読もう」
勇太とカナちゃんが二人で声を合わせて絵本を読む姿は、まるで本当のお父さんと娘のようで微笑ましい。
カナちゃんの実父である新一が、こんな風にカナちゃんと寄り添うところは一度も見た事が無かった。
「カナちゃん、もう勇太と仲良くなったんだね」
「うん! ゆうちゃ、優しいのー」
「良かったねぇ」
「いっちゃんもいっしょに!」
三人で声を揃えて絵本を読む。最後まで読むとまた最初から。何度も何度もカナちゃんの要求のまま繰り返す。
勇太は嫌な顔ひとつせずにカナちゃんの遊びに付き合ってくれた。
「疲れたでしょ? ごめん」
絵本を読んだり玩具で遊んだりした後にお昼寝の時間が来ると、コトリと電源が落ちるようにカナちゃんは眠ってしまった。
「いや、このくらい大丈夫だよ。それより伊織はいつもこんな感じでカナちゃんと過ごしてたんだよね? 仕事しながら大変だったろうなって今更思って」
「それはもう慣れてるから」
カナちゃんを抱っこしてソファーまで運ぶと、随分と身体が大きくなった事を実感した。
赤ちゃんの頃は軽々抱っこ出来たのに、今では眠ってしまってクタリとなった身体を持ち上げるのは少々苦労する。起こさないように気遣うから余計に。
「俺は……小さい頃の妹を思い出したよ」
やっぱり、勇太は離れ離れになった異父妹の事を思っていたのだ。
もしかして辛いのでは、と思って勇太を見たけれど、意外な事に穏やかで優しい微笑みを浮かべていた。
「妹は……カナちゃんみたいに、大人の事情なんて何にも知らないまま純粋に俺に笑いかけてくれた。だからこっちも、自然と優しい気持ちになれた。あの時、妹が産まれた事で俺はあの家に居場所は無くなったけど、妹が笑いかけてくるととても可愛くて……だから腹も立たなかった」
はるか遠くの方を見つめる勇太は、懐かしがるような声色で語る。
「それは勇太だからだよ。普通はそんな風に思えない。妬んだり、憎んだりしちゃうはず」
「伊織だって、カナちゃんの事で時間も仕事も犠牲にしたけど、あの子の事を憎んだりしてないだろ?」
確かに、常にカナちゃんの面倒を見るのは大変な時もあったけれど、カナちゃん自身を疎ましく思った事は一度だってない。
大人の都合であちこち振り回されるあの子が、悲しい思いをしないようにと心配した事は幾度もあったけれど。
「な? だから同じだよ。それに、伊織が可愛がってきた姪っ子はめちゃくちゃ素直でいい子に育ってる。思わずこっちが何でも言う事を聞いちゃいたくなるくらいに」
「確かに、絵本も無限ループだったね。最後の方、喉がカラカラになっておじいさんみたいな声になってた」
「もう絵本を見なくても話ができそうだよ」
思わず勇太と私は声を出して笑い合った。
するとその声に驚いたのか、ビクリと一度身体を揺らしたカナちゃん。
目配せしてお互いに口元で人差し指を立てたけど、しばらくは込み上げてくる可笑しさを我慢できずに肩を震わせた。
「夕飯、お子様ランチ作ろうと思うんだよ。ほら、見て。ネットでレシピ検索してみたんだ。美味しそうだし、カナちゃんが喜びそうかなって」
「えっ、すごい。さすが勇太」
手渡されたスマホには、『三歳児お子様ランチレシピ』という名目でたくさんのレシピが表示されていた。
料理が得意な勇太らしい歓迎に、カナちゃんが大喜びするのが目に浮かぶ。
「探してみたらこういうの沢山あって、どんなのがいいかなって考えるのも結構楽しいね」
「ありがとう、きっとカナちゃんも喜ぶよ」
ソファーでスウスウと寝息を立てるカナちゃんを見る。時折チュクチュクと口元を動かしながら眠るのは、昔からの癖で、ミルクを飲んでいるみたいで可愛らしかった。
「カナちゃんが保育園に慣れたら、仕事探そうと思うんだ」
「そう。それは伊織が決めたらいいよ」
「やっぱり何もしないのは落ち着かないから」
「そうだろうね」
私の性格を誰よりもよく分かっている勇太は苦笑いして頷いた。優しい勇太に頼ってばかりなのは自分が嫌だった。
カナちゃんの事を一番に、条件をよく見て焦らず時間をかけて仕事を探そうと思う。
その夜、出来上がったお子様ランチに感激したカナちゃんは、何度も「んー、おいし!」と頬に手を当てるポーズを見せてくれ、勇太は満足げに笑っていた。
「ゆうちゃ、これおいし! うさぎりんご、かわいいねぇ!」
「そう? ありがとう」
仲良く話す二人は、もうすっかり打ち解けている。実家ではこういった料理は出なかったようだから、カナちゃんはとても嬉しそうだ。
生まれてこの方ファミレスも行った事がないカナちゃんにとって、はじめてのお子様ランチは『お友達』の勇太が作ったものだった。
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