かわいい猛毒の子

蓮恭

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24. 意外な事

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 月が変わり、カナちゃんが保育園に初めて通う日。

 一応前もって勇太と私で保育園について説明をしていたものの、カナちゃんは初めての環境と見慣れない先生に驚いて泣いてしまった。
 はじめの一週間は三時間だけの保育で、その後は通常通りの終日保育に切り替わる。

 私の心配をよそに、週末頃になるとすっかり環境に慣れてしまった様子のカナちゃんは、「いっちゃん、ばいばーい」と手を振ってさっさと教室へ入ってしまうほどになった。
 
「カナちゃんはとても賢い子ですね。まだ保育園のリズムに完全に慣れている訳ではないんですが、お友達とはとても仲良くできています」
 
 どうやらカナちゃんは常に『今はなにする時間?』と先生に聞くらしい。
 
 実のところ、実家から引き取った頃から何度もそういう事はあった。
 母がカナちゃんのスケジュールを厳密に管理して育てていたから、そのスケジュールと保育園のスケジュールが違っている事に戸惑いがあるようだ。
 
 けれどやはりそこはプロの先生方、うまく誘導してカナちゃんが混乱しないように対応してくださっているという。
 
「すみません、色々とお手数をおかけします」
 
 お迎えに行った時、先生から今日の様子を教えてもらう。やはり他の子に比べて保育園のスケジュールに慣れるのには少し手間取っているようだ。

 母の独特な子育ての弊害がこんな風に出るとは。小学生になるまでに何とかなるだろうか。
 
「いえいえ、それよりも凄いですね。ちゃんと時間通りに行動出来るなんて、習慣化させるのはとても大変だったと思います」
「カナちゃんの祖母が……ちょっと他から聞き齧った独自の方法でやっていたものですから、正直心配だったんです。これから慣れるでしょうか?」
「大丈夫ですよ。最初の頃より随分と慣れてきましたし、子どもは環境に適応するのが上手です」
 
 会えばいつも愛想の良い笑顔を浮かべる年配の保育士がそう言ってくれて、ベテラン先生の心強い言葉には心底ホッとした。
 
「いっちゃーん!」
「カナちゃん、先生にさようならして」
「せんせい、さようなら!」
 
 私が今朝結ってあげた不恰好なツインテールは、いつの間にか凝ったヘアアレンジに変わっている。
 髪を結うのが上手な先生が毎日崩れた髪型を直してくれていて、カナちゃんは帰りの車の中でそれを嬉しそうに報告した。
 
「保育園、楽しい?」
「うん、たのしいよー。あいちゃんと、ゆうちゃんと、じゅんくんがなかよしなの」
「そっか、良かったね。来週からは保育園が夕方までだから、たくさん一緒に遊べるね」
「やったー! やったー!」
 
 ジュニアシートの上でカナちゃんは器用に手足をバタバタさせ、お尻をぴょんぴょん跳ねさせる。
 その様子をルームミラーでチラリと確認し、口元が自然と弧を描いたちょうどその時、スマホが着信を知らせたので路肩に車を停めた。

 電話は母からだった。
 
「カナちゃん、今からバァバの家に行くね」
「え? バァバ? やったー!」
 
 病院から、姉が新一と離婚したという連絡があったそうだ。
 それにより書類や支払いの事で一度来て欲しいと言われ、寝耳に水の母はとにかく私に連絡を寄越したということらしい。
 
「姉さん、離婚……了承したんだ」
 
 実家へと向かう道中、思い出したかのようにポツリと言葉が漏れた。
 新一がどう言って離婚を同意させたのか分からないが、少なくとも私は姉が離婚を承諾するとはとても思えなかったからだ。
 そのため母からの連絡は意外な事で、正直言って何かの間違いではないのかと思うほどに驚いていた。
 
 
 実家に到着すると、早速カナちゃんは久しぶりに会う母に抱きついて嬉しそうにしていた。
 そして、慣れた様子で玩具のあるところへと移動し、ひとり遊びを始める。
 マンションに持って行かなかった玩具が懐かしいのか、夢中になって遊ぶ様子を私と母は少し離れたところから見ていた。
 
「電話でも言ったんだけど。詩織が新一さんと離婚したんですって。それで精神科の病院から電話があって……。お母さんびっくりしちゃったわよ。伊織、あれから何か聞いてた?」
「いや、カナちゃんを預かってから病院に行けてなくて」
「そう。こないだ伊織から聞いたあの夜にお父さんには一応話したんだけど、案の定怒られちゃったわ。精神科に入院して、その上離婚だなんて絶対に周囲に知られないようにしろって。それでね、精神科へ行くのなんてお母さん何だか怖いの。だから来週伊織に書類を取ってきて欲しいのよ。ついでに詩織の様子を見てきてちょうだい」
 
 来週からはカナちゃんも慣らし保育が終わって終日保育になる。その間に行けと言うことだ。
 
「分かった。私も姉さんの事は気になってたから」
「助かるわ、ありがとう。よろしくね」
 
 母は少し疲れた顔をしていた。父の機嫌がまた悪くなって家の中の雰囲気が良くないのかも知れない。
 
「母さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫。久しぶりにカナちゃんの顔が見られて嬉しいわ。最近は昼間に少しずつガーデニングしたりしていたの。ほら、昨日庭の草抜きがやっと終わったのよ」
 
 窓の外を見ると、あの荒廃した庭は雑草が抜かれ、伸びた枝の半分ほどが几帳面に剪定されていた。
 枯れた花の植わったプランターは庭の隅に固められ、前に来た時よりは随分とすっきりとしている。
 
「詩織……、どうなるのかしらね?」
 
 独り言のようにそう言った母の横顔からは、詳しい感情が読めない。いつの間にか影が出るほど落ち窪み、皺の増えた目元を細めて、じっと庭の方を見つめている。
 
 恐らく返事なんて求めていない。そう感じたから黙っておく。
 恐らく母の視線の先には庭なんかなくて、どこかもっと別の所に想いを馳せているのだと思った。

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