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10. 弥兵衛との再会
しおりを挟む「あの……っ、私は弥兵衛の娘で美桜と申します。こちらで父がお世話になっていると聞き、馳せ参じました」
美桜が慌てた様子で挨拶を述べ頭を下げると、視界の先に男物の草履とつま先が見える。どうやら紺色の前掛けもしているようだ。
しばらく美桜が頭を下げたままで居ると、先程の男の声で頭を上げるよう言われた。
「あ……」
頭を上げ、男の顔を見た美桜は一人でに驚きの声が漏れ、石のように固まってしまう。
「私はこの店の店主で遠夜と言います。弥兵衛さんは奥の住まいの方におりますから。どうぞ」
そう言って美桜を奥に誘うように身体を斜めにしたのは、牛の頭蓋骨の形をした面を被った男だったからだ。
着流しにタスキを掛けた男は、紺色の前掛けの一部を少し濡らしている。
「は、はい。お邪魔いたします」
ハッとしたように美桜が答えると、面の男がほんの少し笑ったように感じられた。
その間店内はシンと静まり返ったままで、客達は美桜と遠夜のやり取りを皆固唾を飲んで見守っているようだ。
様々な外観の異形達が一同に美桜達の方を見つめているものだから、ただ一人人間の女で場違い感のある美桜は、居心地の悪さを感じて身体を硬く縮こませる。
「皆見た目は恐ろしいですが気の良い人達です。……とはいえ、私のこの顔も恐ろしいですよね? すみません」
「いえ、そんな事は……」
「弥兵衛さんの事も、この顔で驚かせてしまいました。そのせいで倒れてしまったのだと思うと、心苦しいのです」
「いいえ、そんな事は……。倒れたおととさんをこれまでお世話してくださっていただけでも、本当にありがたい事です」
客がひしめく店の奥は静かな佇まいの住居になっており、物は少ないながらも綺麗に整頓されている。
足を置く度キシキシと鳴る廊下を進みながら、二人はぎくしゃくとした雰囲気を何とかしようとするかのように言葉を交わす。
美桜は遠夜の後ろをついて住まいの奥へと辿り着いた。
「ここです」
庄屋の屋敷と違い、ツギハギだらけの障子を指して遠夜が美桜を振り返る。
先程は驚いてしまって分からなかったが、よく見れば遠夜の付けている牛の頭蓋骨の面の奥には人の顔があるようで、首元や耳は美桜と同じ、人間のそれだった。
「弥兵衛さん。娘さんが来てくれましたよ」
「え! 娘が⁉︎ まさか!」
久しぶりに聞いた弥兵衛の声に、美桜の目には自然と涙が溜まっていく。鼻の奥がツンと痛んで、唇をギュッと結んだ。
「開けますね」
この短いやり取りだけでも、遠夜が弥兵衛を常から大切に扱ってくれているのだと感じ取れ、美桜の心がふわりと温かくなる。
自分が初対面で遠夜の出で立ちを恐ろしいと思ってしまった事が、恥ずかしいとさえ思ったのだった。
「み、美桜……っ!」
「おととさん……」
遠夜は障子を開けるとすぐに横に控え、久々の親子の対面を邪魔しないよう静かに見守っている。
敷かれた布団に横になっていたらしい弥兵衛は、慌てて起きあがろうとするも、半身の自由が効かないせいかそのままゴロリと畳に転がってしまった。
「お……! おお!」
「おととさん! 大丈夫?」
美桜はそんな弥兵衛に駆け寄ると、以前は枯れ枝のようだった腕でしっかりと父親の身体を支え、抱き起こす。
食事の内容が改善されてから、美桜の身体はやっと人並みの筋力と見た目近付いたのだ。
「美桜……美桜なのか? 本当に?」
「ええ、そうよ。美桜よ、おととさん」
「本物か? また屋島の太三郎狸さんが化けてるんじゃないのか?」
「いいえ、私は本物の美桜よ。よく見て、死んだおかかさんにそっくりでしょう」
末娘の美桜は特に母親似であった。それを言われた弥兵衛は、目の前の美桜がいつかのように屋島の太三郎狸が化けて出た姿では無く、確かに本物なのだと確信する。
「美桜っ、美桜……! 確かにお前だ! 本物だぁ」
美桜に支えられながらも右腕で自身の身体を支えている弥兵衛は、力が入らず垂れた左腕でダラダラと流れる涙も涎も拭き取る事が出来ない。
変わり果てた弥兵衛の姿を見た美桜は戸惑う事なく父の身体を抱きしめ、過ぎた喜びで流した涙や涎が着物に付くのも構わずに再会を喜んだ。
「おととさん、おととさん! 一人で苦労させてごめんなさい」
「そんな……美桜ぉ、美桜! 気にすんな、来てくれただけで嬉しいんだからよぉ。中風でこんな身体になっちまって、皆に迷惑かけてでも、生きてお前に会えて嬉しいよぉ」
親子の再会をずっと面越しに見守っていた遠夜は、瞳に何やら思う事を秘めたまま、そっと障子を閉めてその場を去ったのだった。
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