26 / 53
26. モフの危機とアフロディーテ降臨
しおりを挟むそこに立つのは長い白髪の、とても美しい女。
「私の可愛い愛し子……。可哀想に……。命の灯火が今にも消えてしまいそう……」
誰もがうっとりするような美しい声音で、けれども哀しげに嘆くのは女神アフロディーテだった。
不審がって身構えるユーゴの横をあっという間にすり抜けて、すうっと寝台に近付いた女神は、白く細い手を寝台に横たわるサビーヌにかざす。
「ねえ、ユーゴ。この子の頑張りを、まだあなたは知らないの?」
そう言ってユーゴの方を向いて微笑んだ女神の持つ紫色の神秘的な瞳は、美しいけれどもどこか激しい怒りをたたえているようにも見えた。
パァーッと、周囲が昼間の太陽の下に晒されたようにサビーヌの身体を中心として眩い閃光が走った。
その眩しさに思わず目を閉じたユーゴが次に目を開けた時、寝台に横たわっていたはずのサビーヌの姿は消えた。
「ほら、見てごらんなさい。可哀想に、もう人間の姿を保つ力など残っていないのに。あなたに迷惑をかけまいと、無理にサビーヌの姿を保っていたのよ」
アフロディーテの身体の前で揃えられた両の手のひらには、赤黒く血塗れではあるものの、見慣れた白い毛玉が乗っている。
「モフ……⁉︎」
驚きの声を上げたユーゴは、思わずアフロディーテの方へと手を伸ばす。
……が、アフロディーテはユーゴにモフを手渡そうとはしなかった。
「あなたにこの子を手にする資格があるのかしら?」
「どういう意味だ?」
「あなた、この子を愛しているの?」
アフロディーテの言葉に、一気にユーゴは眉を顰めて険しい顔つきになった。
「愛? 俺はモフが大切だし、好きだ。何故そんなことを言われなければならない?」
アフロディーテの正体を知らないからか、それとも知っていたとしてもユーゴならば気にしないかも知れないが、鋭い三白眼で美しい女神を睨みつけた。
「あなたのことを、この子はとても愛しているのよ。だからずっと健気にあなたの為に役立とうと頑張ってきたの。それでも鈍感なあなたは、全く気付かないじゃない」
ユーゴが何か言い募ろうとした時、アフロディーテは手の中のモフを優しく撫でながら言葉を続けた。
「ほら、これはパン屋のルネ。あなたがきちんと食事を摂ってくれるようにと美味しいパンを届けたわ」
アフロディーテとユーゴの間に、姿見ほどの大きさの水の膜のような物がユラユラと揺れて、そこに映し出されたのは、ブルネットの髪を三つ編みにしてパンを売るルネの姿。
「そして、これは薬師のヴェラ。あなたが怪我をしたり病気になった時に役立つ為に、色々な薬を調合したわ」
ルネの姿はじわじわと滲んで、次は薬師の証である緑色のワンピース、麦わら色の髪が肩まで伸びたヴェラが傷薬を持って笑っている姿が映し出される。
「そして、これが騎士のサビーヌ。あなたの職務を助けたい、もっと役立ちたいと、努力を重ねたの」
ヴェラの姿もじんわりと滲み、最後に現れたのは緋色の髪を靡かせた騎士服姿のサビーヌ。
華奢な体で長剣を振り回している。
「この小さくて可愛らしいケサランパサランが、三人の娘の正体よ。あなた、それに気付いていた?」
ユーゴはただ呆然とアフロディーテを見ていた。
いや、正しくはアフロディーテの手の中にいるモフを見つめていた。
「もしや、とは思っていた。だが、まさかと思う気持ちの方が勝っていた……」
モフと過ごしていて時々感じた違和感は、決定的な何かでは無かったものの、モヤモヤと気持ちの悪い澱みのように、ユーゴの心にずっと引っかかっていた。
モフの怪我、ルネが暴力を受けたと話した時のモフの言葉、モフから匂う色々な香り。
他にも多くのヒントはあったのだから。
「あなたのように桁外れの鈍感で、無愛想で、怖い顔をした人間には私の愛し子は預けられないわ」
「ま、待ってくれ! モフを、連れて行かないでくれ!」
「だって、あなたはこの子のことを愛している訳ではないのでしょう?」
とうとうため息を吐いたアフロディーテは、心底呆れたような表情をしてユーゴを見やる。
「愛……。俺は、愛というのが分からんのだ!」
ひと睨みで人を射殺すと言われる三白眼、逞しい体躯と剣技で部下達からも恐れられる騎士団長ユーゴ。
そんな男が必死の形相で、そのようなことを叫んだ。
「はぁ⁉︎ 愛が分からないですって? 冗談でしょう?」
愛の女神アフロディーテは、紫色の瞳をグンっと見開いて興奮した声を上げる。
そのうちに、まるで信じられないというように女神はゆっくりと首を横に振った。
「冗談などではない! 俺は……愛というのはよく分からないが……。家に帰ってもモフという癒しが居ないと思うと……寂しくて耐えられそうもないんだ!」
愛が分からないと言いつつも、この男ときたらこんないかつい外見をして恥ずかしげもなく一体何を言い出すのか。
少し意地悪な愛の女神は、「これは面白いことになりそうだ」と密かにほくそ笑んだのだった。
20
あなたにおすすめの小説
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる