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28. この変わり身の早さは砂糖を吐く
しおりを挟む自分が気持ちを伝えるのを失敗したのではないか、そのせいでモフが消えてしまう、居なくなってしまうのではないかという焦燥感が、ユーゴに悲痛な叫び声を上げさせた。
「モフ! ダメだ! 居なくならないでくれ! 消えないでくれ!」
ユーゴは何とか目を開けようとするが、あまりに眩しい光は一瞬で目を焼くのではないかと思うほどで。
その時、ユーゴの瞼に少しばかりひんやりとした手がそっと優しく添えられた。
「ダメだよ、ユーゴ。今目を開けたら……」
「……モフ?」
瞼を閉じていても感じるほどの光が収まった時、ユーゴは恐る恐るといった様子でそっと目を開いた。
だけども、見えるのは少し暗い肌色の手のひら。
ユーゴはもう我慢できずに、そのひんやりとする手をそっと掴んだ。
そしてゆっくりとずらしていくと、目の前に現れたのは柔らかな微笑みをたたえた一人の娘。
「……モフ?」
長い薄紅色の髪は絹糸のようにサラサラと揺れて、色白の顔に女神アフロディーテと同じような紫色の大きな瞳。
真っ白なワンピースはまさにモフの毛色のようで。
そんな娘を、ユーゴはその三白眼でじっと見つめていた。
間違えていたらどうしよう、これは本当に現実なのかと、思案しているのかも知れない。
やっと、ぷっくりとした薔薇色の唇が小さく動いた。
「ユーゴ……、モフモフ無くても……好き?」
困ったように髪色と同じ眉をハの字に下げ、コテンと首を傾げた娘を、ユーゴは掴んだ小さな手をそのまま引いて、己の方へと抱き寄せた。
「モフモフ無くても、好きだ。優しくて、強いお前が大好きだ」
美しい娘の華奢な身体を壊してしまわぬように、それでも逃すまいとユーゴはしっかりと抱き締めた。
「良かった……。ずっとユーゴのそばに居る」
娘はそおっとユーゴの背に手を回す。
温かくて、逞しくて……ケサランパサランだった時には、したくても出来なかった抱擁。
「あったかいね、ユーゴ」
「……そうだな」
やっと想いが通じ合った二人は、暫し熱い抱擁を交わしていた。
しかしいい加減退屈になったアフロディーテが、ふうっと息を吐いたことで、娘は慌ててユーゴの腕の中から逃れようとした。
「ユーゴ、アフロディーテ様が……」
「アフロディーテ様?」
「あの方は、女神アフロディーテ様だよ」
懸命にモソモソと離れようとする娘を、ユーゴはなかなか離そうとしない。
それどころか、ユーゴは抱きすくめた娘のサラサラと揺れる髪を、優しく弄ぶように撫でている。
「えっと……、ユーゴ? アフロディーテ様が何か話したいみたいだよ?」
「このまま聞けばいい」
「え……っ」
そんな変わり身の早いユーゴに、アフロディーテは極めて不機嫌な表情で告げた。
「ユーゴ。私の可愛い愛し子は、決してあなただけのものではないのよ。私を散々焦らしておいて、想いが通じ合った途端に独占欲を丸出しにするのはやめなさい」
アフロディーテの苦言に対して、仕方ないなとばかりに、やっとのことでユーゴは娘の身体を解放した。
チラリとユーゴの方を見てから、娘は薄紅色の髪を揺らして、タタタとアフロディーテの方へと駆け寄った。
「アフロディーテ様! 本当にありがとうございます!」
「まあ、いいのよ。私の可愛い愛し子。それにしても、あれほど人を焦ったくさせておきながら、あなたを手に入れたと思った途端に囲い込むなんてね」
「でも……、アフロディーテ様。私はそれも嬉しいのです」
頬を朱色に染めて恥ずかしげに語る娘を、アフロディーテはふわりと優しく抱擁した。
「いい? あのユーゴのことが嫌になったら、いつでも私の元へいらっしゃい。私はいつでも歓迎よ」
そう言って、アフロディーテは優しく娘の髪を何度も梳いてやった。
「はい。でもきっと大丈夫です。私はユーゴのことがいつでも大好きだから……」
「もう、なんて健気で可愛らしいのかしらね。さあ、もうあちらへお行き。恐ろしい顔の騎士団長さんが、あなたを返せと私を睨みつけているわ」
はにかんだような表情をした娘は、再びタタタと駆けてユーゴの隣に立った。
すかさずユーゴは娘の腰に手を回して、自分の方へと引き寄せる。
「あらあら、本当に変わり身が早いこと。まあいいわ、それで愛し子が幸せならば」
呆れたような口調で苦笑いを零したアフロディーテは、ユーゴに向かってこう告げた。
「愛し子が三人の娘として存在していたことは、ユーゴだけが知っていればいいわ。悪いけど、その他の人間たちの記憶からは、三人のことは消させてもらうわよ」
「え……っ! アフロディーテ様、何故ですか?」
ユーゴよりも早く、ひどく驚いたように娘が言った。
「私の可愛い愛し子。あなたはもう、一人の人間として生きていくの。だから三人の娘の姿には、もう二度となることはできないわ。それで良いのよ」
「……分かりました。アフロディーテ様、本当にありがとうございます」
娘は紫水晶のような瞳をじんわりと潤ませて、美しい顔を僅かに歪ませてから後に、女神アフロディーテに礼を述べた。
「さあ、もうあなた達は邸に帰りなさい。まだたくさん話すこともあるでしょう? あとは私が上手くやっておくわ」
今日は非常に機嫌の良いアフロディーテ、随分とじりじりさせられたけれども、やっと愛が成就した二人にさっさと帰るよう促した。
「女神よ、心から感謝する」
相変わらずの無愛想な顔に戻ったユーゴが、短くアフロディーテに感謝を伝えたところで、女神はさも可笑しそうに笑った。
「あら、私は面白いことが好きなだけよ。あなた達の愛は確かに面白かったわ。ふふっ……」
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