寡黙な騎士団長のモフモフライフ!健気な愛し子に溺愛されて

蓮恭

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29. 名付けの安直さ

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 それから別れ際、アフロディーテはユーゴに尋ねた。

「人間として生きるならば、いつまでもその子を『モフ』という名で生きていかせるわけにはいかないわよ。どうするつもり?」
「確かに、人間の娘には『モフ』という名は不自然だ。モフモフではない訳だしな」

 女神の問いに、暫し目を閉じて考えていた様子のユーゴは、突然ハッと思いついたようにまぶたを開いた。

「サラと……」
「えっ? 何ですって?」
「だから、これからはモフの事は『サラ』と呼ぼう」

 それを聞いたアフロディーテは、著しくいぶかしげな顔をしてユーゴを見た。

「どうしてサラなの? まさか、だからサラとかいう安直な名付けじゃないでしょうね? 以前の名も、モフモフだからモフだったんでしょう?」
「な、何故分かった⁉︎」

 心底驚いたような顔をしてユーゴが言うものだから、さすがの女神アフロディーテも、唇をプルプルと震わせて声を張り上げた。

「あなたねぇ! モフモフだからモフ、ケンパンだからサラだって、安直にも程があるでしょう!」
「アフロディーテ様っ! いいんです! 私、サラでいいです!」

 サラと名を変えたモフが、両手を広げてアフロディーテの前に飛び出して、何とか場をそうと訴える。

「もう! 愛し子はこの鈍感で、単純で、無愛想で、女心を理解しない、ついでに目つきの悪い男に甘過ぎるのよ!」
「何⁉︎    女神よ、あまりにもそれは言い過ぎなのではないか?」
うるさいわね! あれ程までにじれじれさせておきながら、サッと私の愛し子を奪っておいて、その上安直な名付けをされたら女神だって怒るわよ!」
「……確かに、それに関しては申し訳ないと思うが……。いや、それにしてもだな……!」

 二人の言い争いを見たサラは、オロオロと二人の顔を見比べて、終いには紫水晶のような瞳にじんわりと膜を張った。

「二人とも……喧嘩しないで……」

 ハッとしたユーゴと女神は二人同時に振り向いて、サラの涙目にギョッとする。

「モふ……サラ! な、泣くな! 悪かった!」
「まあ! 私の可愛いサラ、泣かないで」

 二人はお互いに睨み合いながらも、サラの薄紅色の髪を撫で、背を撫で、涙を拭ってやった。

「ふんっ! 愛し子が望むのならそれで良いわ!」

 アフロディーテは女神というよりも随分と人間らしい様子で、そう言い放つ。
 腕を組んでツンと顎を上げ、流し目でユーゴの方を見やっていた。

「アフロディーテ様、私はユーゴが与えてくれたものならば何でも嬉しいのです。それがたとえ、安直な名付けであったとしても……」

 サラサラと揺れる薄紅色の髪を耳にかけながら、サラは穏やかに微笑んだ。

「やはり安直だったか……」

 黒い短髪をガシガシと掻きながら、ぽつりと呟くユーゴを横目に、アフロディーテは優しくサラの頬に触れた。

「可愛い私の愛し子サラ。素敵な愛を見せてくれてありがとう。幸せにね」

 そして、今度こそユーゴはサラを連れて二人の邸宅に帰る為、駐屯地を後にする。
 もちろん、ガッチリとサラの手を繋いで歩く、鬼のような形相の騎士団長の姿は、まだ残っていた複数人の騎士や王城の関係者に目撃されていたのであった。

 王城を出てから近くにあるユーゴの邸宅へと帰る道すがら、サラは言葉少なめで、ずっと俯き加減のままユーゴの隣を歩いていた。
 背の高いユーゴからは、サラの頭頂部の可愛らしい桃色の旋毛つむじしか見えていない。

「サラ、どうしたんだ? やはりまだ身体が辛いのか?」

 傷は治ったものの、まだ人間になったばかりのサラのことが心配になったのか、ユーゴが不安げに声を掛ける。

「ううん、何か……恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「だって……ユーゴと手を繋いだこと、なかったから」

 よくよく見れば、サラの耳朶じだは真っ赤になっている。
 そんなサラを見て、ユーゴはグッと息を詰まらせた。

「……っ、そういえば、そうだったな」
「人間のままで、ユーゴの家に帰るのも初めてだね」
「今まではどうしていたんだ?」
「途中で人間からモフの姿になって、屋根裏から帰ってたんだよ」

 サラは顔を上げると、ふわっと可愛らしい笑顔を隣の無骨な男に向けた。

「そ、そうか。それは大変だったな……。だが、それにしても、全く気付かない俺もどうかしていた……」

 邸宅までの道のりは賑やかな通りであったから、夜遅くだというのにまだ人は多く行き交っている。

 無骨な男と評判の騎士団長が、美しい娘と親しげに寄り添う姿は異様な光景に映ったようだ。
 二人は遠巻きに密かな注目を浴びていた。

 他の人間に聞かれないようにと思ったのか、サラは隣を歩くユーゴの耳元に顔を寄せ、口元を手で覆ってから囁いた。

「いいの。私がしたくてやっていた事だから。それよりも、今はユーゴが私を人間にしてくれて本当に嬉しい!」

 そう言って無邪気に笑う美しい娘の手を、もう絶対に離すまいというように、ユーゴはしっかりと握り直した。

 



 



 









 
 
 
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